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鹿児島旧港施設 一丁台場

鹿児島旧港施設(かごしま きゅうこう しせつ)は、鹿児島市中心部に位置するかつての港湾施設です。遺産は新波止(しんはと)、一丁台場(いっちょうだいば)、遮断防波堤(しゃだんぼうはてい)から成る防波堤で、一列に並んで位置しています。鹿児島港では江戸時代、狭い城下町を拡張するために海岸の埋め立てが行われ、琉球との貿易も盛んとなり、岸壁や防波堤の整備が進められました。新波止は幕末に、一丁台場は明治5年(1872年)、遮断防波堤は明治37年(1904年)にそれぞれ竣工しています。これらの施設は昭和57年(1982年)ごろまでは埋立地の波除けとなっていましたが、その後は施設よりも更に海側が埋め立てられ、現在は公園となった埋立地の護岸として機能し、当時の姿をよく残しています。現在は遊歩道も整備され、鹿児島港の歴史を感じながら散策することができるようになっています。
鹿児島旧港施設は鹿児島港の代表的な歴史的遺構であり、港湾技術の歴史を振り返る上で高い価値があるとされ、平成19年(2007年)、国の重要文化財に指定されました。


遮断防波堤
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新波止
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鹿児島旧港施設 フォトギャラリー(36枚)




アクセス



鹿児島旧港施設は、上の地図、赤く囲ったところ


最寄りの駅から徒歩
鹿児島市営電車(通称「鹿児島市電」) 「市役所前」停留所から、徒歩約9分(700m)。

市電は路面電車。
運賃は均一170円(2019.5)。
乗り方は一般的な路線バスと同じで、中央のドアから乗り、運転席横の前のドアから降りる方式です。

両替は、運転席横の両替機で1000円札と硬貨の両替が可能。
両替を済ませた後、降車時に運転席横の運賃箱に運賃を入れます。

全国共通交通系ICカードには非対応。2019.5

時刻検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Map ルート案内機能が対応しています。



バス
鹿児島中央駅 東口 バスターミナル
東5のりば(地図・青4)
または
東6のりば(地図・青5)から、
鹿児島市営バス 16系統「鴨池港・文化ホール」行き、または 25系統 唐湊線に乗車。
 ↓
[運賃] 190円
全国共通交通系ICカード非対応(2019.5)
[乗車時間] 20分
中央のドアから乗り、前のドアから降りる。
 ↓
水族館前 バス停下車。
バス停から現地まで徒歩約3分(200m)。

鹿児島市営バスの時刻、料金検索は、各種乗り換え案内アプリ、及びGoogle Map ルート案内機能が対応しています。



駐車場
鹿児島県営駐車場がすぐそばにあります。

[入口] 地図・青2、青3。
[営業時間] 24時間
[料金] 鹿児島県公式サイトを参照。






見学のしかた



海沿いの公園なので、見学はいつでも可能です。
施設の上を歩くこともできます。

一丁台場。
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訪れた日は、一丁台場の向こうに桜島が美しく見えていました。
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↓ 遮断防波堤。現在では公園の護岸施設となっています。
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かつては防波堤の上に、砲台もあったようです。
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新波止。
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現地案内看板
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↓  またすぐそばには、かつて施設と防波堤で繋がっていた鹿児島旧港北防波堤灯台(登録有形文化財)があります。
灯台として機能していた頃と、場所自体は変わっていませんが、今では周辺は完全に埋め立てられ、現在は公園の一部となっています。


鹿児島旧港施設 フォトギャラリー(36枚)

文化財分布マップ
(全国の全ての国宝、国指定重要文化財建造物の詳細位置をプロットしています)

このページは、
現地案内看板
文化庁国指定文化財等データベース
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-09 06:53 | 鹿児島 | Comments(1)


案内所トップドイツの世界遺産エッセンのツォルフェライン炭鉱業遺産群フォトギャラリー

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47 ↓エッセン中央駅北口(左)と、トラム地下ホーム入口(右)。
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by h9w457y8i | 2017-10-20 10:05 | ドイツ | Comments(0)

サイトマップ埼玉県 近代文化遺産日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設


アクセス(行き方)

見学のしかた

遺産の説明

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


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ホフマン輪窯六号窯



アクセス




スマートフォンの方はこちらのマップ


歩く距離がもっとも短くなる行き方 =バス利用
JR深谷駅 北口から、深谷市が運行するコミュニティーバス「くるリン」の北部定期便に乗車。バスというか、バン。
運行頻度は1時間に1本程度。
乗車時間 20分。
料金 200円。
「せきね商店前」下車、現地まで徒歩1分。
くるリンについての詳細は、深谷市公式サイトを参照。


駅から徒歩
JR深谷駅 北口から、徒歩約50分(4.1km)。
徒歩ルートは上の地図の紫の線。


駐車場
施設付属駐車場あり。無料。収容台数 約10台。
駐車場の入口は、上の地図の青色アイコン。

↓ 駐車場入口。
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見学のしかた



開館日、開館時間は深谷市公式サイトを参照。
2017.3 見学可能日は土・日のみ。時間は09:00〜16:00。見学は無料。

↓ 旧事務所は煉瓦資料館となっていて、日本煉瓦製造株式会社の歴史や煉瓦が作られる工程などが解説されている。
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↓ 見学の目玉、「ホフマン輪窯(わがま)六号窯」は、こんなふうにトタン張りの建屋で覆われており、外観は全く風情がない。
煙突はかつては煉瓦造りだったが、大正12年(1923年)の関東大震災で崩れ、その後コンクリート造りになっている。
建屋の中に入るには、煉瓦資料館(旧事務所。重要文化財)の中に詰めているボランティアガイドの方の案内が必要。
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↓ 建屋の中はこんな感じ。ヘルメットをかぶり、ガイドの方の説明を聞きながら見学する。写真撮影は自由。
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↓ 旧変電所(重要文化財)は駐車場から歩いて接近可能。内部は非公開。
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↓ 備前渠鉄橋(びぜんきょ てっきょう。重要文化財)は、煉瓦資料館入口のすぐそばの道から接近する。橋は通行可能。橋の詳細位置、橋へのアクセスは上の地図を参照。
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文化財の説明


国指定重要文化財「日本煉瓦(れんが)製造株式会社旧煉瓦製造施設」は、「ホフマン輪窯(わがま)6号窯」、「旧事務所」、「旧変電室」、「備前渠鉄橋(びぜんきょてっきょう)」の、4つの建造物で構成されています。平成9年(1997年)に重要文化財の指定を受けました。

日本煉瓦製造株式会社は、近代的な官庁街や鉄道等の整備を強く推進していた明治政府の意向を受け、明治21年(1888年)に操業を開始しました。当地で製造された煉瓦は、東京駅丸ノ内本屋や旧東宮御所(現迎賓館赤坂離宮)旧醸造試験所第一工場などに使用されており、日本の近代化に大きく寄与しました。しかし、時代とともに煉瓦需要が減少したこと、安価な外国産煉瓦の市場拡大を原因として、平成18年(2006年)、約120年の歴史に幕を下ろしました。
残された4つの建造物は日本煉瓦製造株式会社の事業清算の際に埼玉県深谷市に寄贈され、現在、市が所有、管理を行っています。また、市ではこれらの施設の保存・活用のための作業を進めています。

現存するホフマン輪窯は、明治40年(1907年)に竣工し、運転を始めた窯です。ドイツ人フリードリヒ・ホフマンが1858年に特許を得たと言われている窯で、昭和26年(1951年)には日本全国で50基がありましたが、現在では栃木県下都賀郡野木町、京都府舞鶴市、滋賀県近江八幡市にそれぞれ1基が現存するのみで、全国では4基しか残されていない貴重なものです。
そのうち、栃木県に残っている旧下野煉瓦製造会社ホフマン輪窯は国の重要文化財に指定され、一般公開されています。
ホフマン輪窯は、一度火をつけたら夜間でも炭を入れ続けなければなりません。このため職員は3交代制で就業し、昭和43年(1968年)まで稼働していました。操業中は窯の中の温度は1,000度を超えていました。
現在残っている6号窯は、関東大震災で崩れた煙突を鉄筋コンクリート造りに改め、3階部分の乾燥室が撤去されています。窯の周囲はトタン板で覆っていますが、現在も当時の覆屋の部材(木材)が残されています。

以上、深谷市公式サイト、現地案内看板、現地配布パンフレットより。
公式サイト掲載のパンフレットには、日本煉瓦製造株式会社の歴史や煉瓦窯のはたらきなどについて、かなり詳細に解説されている。


↓ 旧事務所
工場内で「異人館」「教師館」と呼ばれていたように、ドイツ人煉瓦製造技師ナスチェンテス・チーゼが、令嬢クララと暮らしていた事務所兼住宅。工場創始以来の建物として重要な建造物といえる。チーゼ自らが設計したとされ、明治21年(1888年)に竣工。当初は別の場所にあり、それ以来3回の曳家移転がなされ、現在の位置となった。チーゼが明治22年(1889年)に帰国した後は、工場の事務所として使用された。昭和53年(1978年)から会社が閉業する平成18年(2006年)までは、会社の沿革を示す資料を展示する資料館となっていた。
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↓ 旧変電室
明治39年(1906年)に高崎水力電気株式会社と契約を結び、電燈線を引いた時に建設された。この時期は、多くの産業で電灯・電動機の使用が広がりつつあったが、一般家庭にはまだ電灯はなく、現在の深谷市で最初に電灯線が引かれたのはこの煉瓦工場であったとされる。
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↓ 備前渠鉄橋
明治28年(1895年)、小山川・利根川水運に変わる煉瓦輸送手段として、煉瓦工場と深谷駅の間を結ぶ専用鉄道線が開通した。「備前渠」は埼玉県北部を流れる県内最古の農業用水路で、この鉄橋はその上にかけられ、プレート・ガーター橋と呼ばれるタイプ。線路があった場所は現在遊歩道となっている。
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管理人のおすすめポイント


2017.3の時点では、正直、外観はイマイチ。トタン板で覆われた工場はもちろん、旧事務所も塗装が剥げていたりして、「瀟洒な洋風建築」、といった趣きはあんまりありません。
ですが、旧事務所の内部は手入れが行き届いていて、明治時代の建物の雰囲気を味わえます。展示されている資料も充実。
そして、何と言ってもホフマン輪窯の内部がこの見学の見どころ。大人一人がかがんでやっと通れる窯の入口から中に入ると、巨大な煉瓦造りの空間がずっと奥の方まで続いていて、なんか洞窟を探検するようなワクワク感を味わえました。窯内部の様子はフォトギャラリーをご覧ください。

さらに健脚の方は、JR深谷駅から現地まで続く、かつてのレンガ運搬用鉄道の線路跡を利用して作られた遊歩道を歩いてみてはいかがでしょう。のんびり歩いて片道1時間。ハイキングにはオススメです。
遊歩道の位置は こちらのGoogle Map 参照。紫色の線が引いてあります。


文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-06-03 06:23 | 埼玉 | Comments(0)

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アクセス(行き方)

見学のしかた

煉瓦窯(れんががま)ってなに? どんなしくみなの?

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


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アクセス 

見学用マーカー付き Google Map


徒歩の距離が最も短い行き方 =駅から徒歩
JR古河(こが)駅 西口から、徒歩約35分(2.7km)。
付近には路線バスの停留所がない。残念ながら。


駐車場
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施設付属駐車場あり。
収容台数40台くらい?
無料。
駐車場の入り口はこちらの地図を参照。





見学のしかた 

煉瓦窯周辺は公園のように整備されていて、一般公開されている。
煉瓦窯の内部も見学できる。

開園時間、休園日、見学料などについては、野木町公式サイトを参照。

ボランティアの方による煉瓦窯のガイドツアーもあり。毎時0分に開催。参加自由。詳細は野木町公式サイト内、煉瓦窯パンフレット参照。

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煉瓦窯に近づいたり内部を見学するには、煉瓦窯のすぐ隣にある野木ホフマン館の受付で見学料 100円 を払い、見学者用のヘルメットを借りる。

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野木ホフマン館の中にある受付。
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受付の向かいには、煉瓦窯の歴史やしくみを解説する資料室があった。

↓ 煉瓦窯の内部
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建物の説明 

明治20年代、明治政府の殖産興業策が功を奏して、全国各地で鉄道や紡績などで企業設立が相次ぎ、機械技術を取り入れる本格的な日本の「産業革命」が始まりました。その時流に乗り、近代的な機械設備を備えた大量生産が可能な煉瓦工場が各地に登場しました。中でも、いち早く煉瓦製造の機械化を果たしたのが下野煉化(しもつけれんが)製造会社でした。下野煉化製造会社の赤煉瓦生産は、新しい技術の導入や経営者・技術者の努力により産業としての形が整えられ、建築、土木事業の社会的ニーズに応じ近代的建築物の素材を提供し、各地のインフラ整備に大きく貢献しました。立教大学池袋キャンパス本館、東京都千代田区の三菱一号館美術館などにその煉瓦が使われています。
下野煉化製造会社が設立されたのは明治21年(1888年)。敷地は渡良瀬遊水地のそばで、煉瓦製造に最適な粘土と川砂が採れ、渡良瀬川の水運も利用できる絶好の地でした。翌明治22年(1889年)にホフマン窯が2基完成。現在残っているのはこのうち「東窯」と呼ばれた窯です。下野煉化製造会社はその後社名を変え、昭和46年(1971年)には株式会社シモレンとなり煉瓦製造を休止しました。その後もセメントなどの建材の総合商社として平成13年(2001年)まで営業を続けました。
ホフマン窯と呼ばれる煉瓦を焼く窯は、ドイツ人のフリードリヒ・ホフマンが19世紀半ばに開発し特許を得た赤煉瓦焼成用の輪窯です。この煉瓦窯の場合、16区画の窯を順番に循環移動しながら、窯詰め、予熱、焼成、冷却、窯出しを繰り返し、連続的に赤煉瓦を焼くことによって大量生産に対応したのです。わが国に導入されてから各地に造られ、昭和26年(1951年)には全国で50基あったとされていますが、現在ではわずかに4基が残るのみです。埼玉県深谷市には、下野煉瓦製造会社煉瓦窯よりも更に大きいホフマン窯、日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設の6号輪窯が国の重要文化財に指定され、一般公開されています。(2017.3では週末のみ公開)
旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、煉瓦造りの建造物として珍しく貴重であること、国や地域の発展に果たした役割、産業の近代化に関わっていた先人たちの努力を表すことなどが評価され、昭和54年(1979年)に国の重要文化財に指定されました。更に平成19年(2007年)には、近代化産業遺産群の一つに選定されています。 ←現地配布パンフレット、現地案内看板より

この窯での煉瓦生成過程の解説は、野木町公式サイト内、煉瓦窯解説パンフレットを参照。





管理人のおすすめポイント

2011から5年をかけて修復工事が行われ、昨年2016年には野木ホフマン館もリニューアル・オープンしました。全国に4基残る大規模煉瓦製造窯であるホフマン窯の中で、もっとも保存状態が良い近代化遺産として評価されています。またそれでいてところどころ壁の煉瓦が欠けていたり、窯の内部には焼け焦げた跡が残っていたりと、古い産業遺産の趣きも十分。ヘルメットをかぶって、大人一人が小さくかがんでやっとくぐり抜けられる窯の入り口を入り、薄暗い窯の内部を見るだけでも、なんだかワクワクしてきます。
更にガイドツアーに参加すれば、窯の内外を見ながら明治時代の煉瓦製造の過程を詳しく知ることができます。解説はとてもわかりやすく、オススメです。

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見学とは全然関係ありませんが、見学に訪れた際、野木ホフマン館の中にあるカフェ、「こびとカフェ」でランチをいただきました。

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窯焼きのマルゲリータピザにスープとサラダがついて、734円。

とても美味しくて、直径20cmくらいありましたが一人でペロリと平らげました。


文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-05-13 06:18 | 栃木 | Comments(0)

アクセス(行き方)

見学のしかた

製鉄所が世界遺産ってどういうこと?

フォトギャラリー

ドイツの世界遺産リスト


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アクセス



スマートフォンの方はこちらのマップ


ドイツのフランクフルト中央駅(Frankfurt (Main) Hbf)か、フランス、パリの東駅(Gare de l'Est)から鉄道利用。

パリの東駅からは、フランス国鉄(SNCF)超特急TGVか、ドイツ国鉄(DB)超特急ICEでザールブリュッケン(Saarbrücken)へ。そこで普通列車に乗り換え、フェルクリンゲン(Völklingen)へ。合計2時間。
時刻・乗り換え・料金検索はDB公式サイト(英語)へ。「From」に「Paris Est」、「To」に「Völklingen」を入力する。DBのサイトだけどTGVも予約できる。逆にSNCF・TGVのサイトでは検索不可。
TGVの予約のしかた、乗り方はこちらのブログ記事へ。
ICEの予約のしかた、乗り方はこちらのブログ記事へ。

フランクフルト中央駅からフェルクリンゲンまでは、ドイツ鉄道=DBを利用。
フランクフルト → マンハイム(Mannheim) ICE(超特急) 35分。乗り換え。
マンハイム → フェルクリンゲン RE(快速) 1時間50分。
マンハイムでの待ち時間も含め、合計約2時間40分。
3日前までに買える格安チケットで、片道24ユーロ。正規料金39ユーロ。
時刻・乗り換え・料金検索はDB公式サイトへ。「From」に「Frankfurt(Main)Hbf」、「To」に「Völklingen」を入力する。
DB・ICEの乗り方は、こちらのブログ記事参照。


フェルクリンゲン駅のプラットホーム。ここにマンハイムからの列車が着く。
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フェルクリンゲン駅から製鉄所入口までは徒歩5分。降りたホームから線路越しに製鉄所の威容が見える。製鉄所とは反対側にある駅舎(上の地図、マーカーD)を抜けて外に出る。

駅舎を抜けてすぐの、左手の景色。
こっちの方向にゆるい坂(ラートハウス通り:Rathausstraße)を下っていく。
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駅舎から100mほど坂を下り、線路の下をくぐるトンネルに入る。
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トンネルを抜けたところ。
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道路の右側歩道の先に、施設入口がある。上の地図、マーカーE。
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施設入口から入ってすぐのところ。ピクニックエリアみたいになっており、その先、正面に青い階段が見える。その階段を上る。
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青い階段を上りきったところ。目の前に、インフォメーション・センター(入場チケット売り場・土産物店)がある。マーカーB。
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見学のしかた



開場時間:10:00〜18:00 5月下旬から10月末までは、〜19:00。
定休日:12月24日、12月25日、12月31日。
入場料:15ユーロ。毎週火曜日の15:00以降は無料。18歳以下は常時無料。
場内での飲食:原則禁止。イベント展示会場を兼ねたブロワー施設内に、スナックの自動販売機と簡素なテーブルがある。ペットボトルの水を口に含むくらいならいいと思うけど。
トイレ:ところどころにあり。
以上、フェルクリンゲン製鉄所公式サイトより。

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← インフォメーション・センターから出たところ。左手に入口ゲートが見える。

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← 入口ゲート。改札機手前の読み取り窓に、チケットのバーコードをタッチ。回転バーを回して入る。

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← 見学コース。クリックで拡大。インフォメーション・センターでもらえるパンフにも同じのがある。ドイツ語とフランス語のみだけど。

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← 溶鉱炉見学用ヘルメット貸し出し所。

高さ45mの溶鉱炉のてっぺんまで歩いて登れるが、そこに入るにはヘルメットの着用が必要。ここで勝手に借りて持っていく。貸出場所は、上の見学コース画像の黄色い「6」付近。



地図

ユネスコ公式サイト内、フェルクリンゲン製鉄所世界遺産登録範囲
アクセス・見学時参照用の自作Google Map






  フェルクリンゲン製鉄所とは


フェルクリンゲン製鉄所は、ドイツとフランスとの国境近くにある巨大製鉄所です。敷地面積は約6ヘクタール。ヨーロッパ最大の重工業地帯として発展したドイツ・ザール地方の原動力となりました。
1873年、ザール川沿いのこの地に開設された製鋼所が発祥と言われています。その後最新技術を次々と導入し、1920年代にはヨーロッパで最新・最大の製鉄所となりました。第二次世界大戦では女性を含む多くの強制労働者や戦争捕虜たちが、極めて過酷な環境で強制労働に従事させられた過去を持ちます。この戦争ではドイツ国内のほとんどの製鉄所が爆撃で壊滅してしまいましたが、フェルクリンゲン製鉄所は戦禍を免れ、戦後のヨーロッパ復興にも大きく貢献しました。1950〜60年代にはおよそ1万7千人もの労働者たちが勤務し、生産量もピークに達しましたが、その後近代化の波に押され、1986年には操業を停止しました。しかし現在でも施設はほぼ完全な形で残され、銑鉄生産の全過程の名残を見ることができる点で貴重と言えます。1994年、産業遺産としては世界で初めて、世界遺産として登録されました。
←ユネスコ公式サイト内、フェルクリンゲン製鉄所解説ページ(英語)


by h9w457y8i | 2016-03-18 15:33 | ドイツ | Comments(0)

福岡県/近代文化遺産三井石炭鉱業株式会社三池炭鉱宮原坑施設トップページ > アクセス



Google Map


鉄道
JR鹿児島本線 大牟田駅、
および
西鉄(西日本鉄道)天神大牟田線 大牟田駅から、徒歩約35分(約2.4km)




バス
大牟田駅前バス乗り場(JRおよび西鉄大牟田駅東口。上の地図の黒アイコン)
 ↓
 ↓  西鉄バス 15, 21, 25番系統
 ↓  10~20分に1本、大人160円、所要時間約7分
 ↓  時刻は、西鉄公式サイト内、にしてつ時刻表参照。
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早鐘眼鏡橋(はやがねめがねばし)バス停 (上に地図の黒アイコン)
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 ↓  徒歩約12分(約900m)
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現地




クルマ
施設付属無料駐車場あり。普通自動車約60台、大型バス4台が駐車可能。
上の地図の黒アイコン。



by h9w457y8i | 2015-02-15 09:00 | 福岡 | Comments(0)

みついせきたんこうぎょうかぶしきがいしゃ みついたんこうきゅうまんだこうしせつ
じむしょ

大正3年(1914年)?*1 明治38年(1905年)?*2 竣工。
煉瓦造、建築面積124.99㎡、二階建、スレート葺
国指定重要文化財 平成10年(1998年)指定。





万田坑の概要については、こちらの記事参照。

大正3年(1914年)頃の建設当初は、坑内の換気を行う電気を動力とした巨大な扇風機が備え付けられた扇風機室だった。昭和26年(1951年)の万田坑閉坑後から、1階を更衣室などに、2階を事務室と坑内の監視室として利用していた。*1


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見学メモ
万田坑概要記事の見学メモ参照。


*1 現地案内看板
*2 文化庁文化財等データベース
by h9w457y8i | 2011-07-14 09:46 | Comments(0)

碓氷峠鉄道施設  概要

群馬県 近代文化遺産リスト碓氷峠鉄道施設トップページ > 概要


うすいとうげてつどうしせつ

橋梁、隧道 明治26年(1893年)、竣工。 
旧丸山変電所 明治45年(1912年)、竣工。
橋梁、隧道、変電所 全て煉瓦造

国指定重要文化財  平成6年(1994年)、指定。



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 全体の概要はこちら

(左画像はクリックで拡大)

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旧丸山変電所(機械室・蓄電池室)
こちら

(第一橋梁は取り壊されており、橋台*3だけが残っている。文化財には指定されていない)


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第二橋梁 だいにきょうりょう

第一隧道、第二隧道の間にある、レンガ造りのアーチ橋。川底からの高さは12.2m、長さは23.5m。明治時代の2回の補強工事で、アーチ径間*3(橋の下の、アーチの間隔)が当初の7.3mから3.9mに変更されている。高欄(こうらん*3) は撤去されているが、ピラスター*3 を備え補強工事前のアーチの上部には要石も埋め込まれていた。橋自体は直線橋だが、線路は半径300mの弧を描いていた。現在はカルバート(径間4.6m以下)に分類されている。*2

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第三橋梁こちら

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第四橋梁 だいよんきょうりょう

アーチ径間(*3) 7.3m、高さ4.4m、頂部長さ9.8m。
アーチ全体がコンクリートで補強され、径間が短縮されている。*2

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第五橋梁 だいごきょうりょう

アーチ径間(*3) 11.0m、高さ8.8m、頂部長さ15.8m。
補強のため橋台(きょうだい*3)をコンクリートで固め、アーチを一回り小さくしている。*2

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第六橋梁 だいろくきょうりょう

アーチ径間(*3) 11.0m、高さ17.4m、頂部長さ51.9m。
隅角部を切石で補強し、高い橋台*3と片蓋柱(かたふたばしら*3)と長い側壁を持っている。
長さや煉瓦の使用量では、第三橋梁に次ぐ規模となる。*2


第一隧道、第二隧道、第三隧道、第四隧道、第五隧道、第六隧道、第七隧道、第八隧道、第九隧道、
第十隧道
については調査中。



*2 現地案内看板より。フォトギャラリーに画像あり。
*3 用語解説参照。


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by h9w457y8i | 2011-05-17 13:04 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。