サイトマップ > 神奈川県 江戸時代以前の文化財

国宝

国指定重要文化財

川崎市立日本民家園の国指定重要文化財 (7棟)

三渓園(横浜市)の国指定重要文化財 (10棟)

国指定史跡

文化財分布マップ



国宝



b0212342_05373776.jpg円覚寺 舎利殿
えんがくじ しゃりでん
神奈川県内で唯一の国宝建築物。普段は非公開。正月の1月1〜3日、および11月上旬の数日間に特別公開される。詳細は円覚寺に問い合わせ。
map 35.33931, 139.54894







国指定重要文化財



b0212342_15505744.jpg安養院宝篋印塔
あんよういん ほうきょういんとう
鎌倉最古の石塔。
map 35.31440, 139.55525

石井家住宅
いしいけ じゅうたく
江戸中期の民家。昭和12年(1937年)に茅葺から鉄板葺に変更。現住のため見学は要予約。詳細は石井家住宅ホームページへ。

b0212342_15513162.jpg英勝寺
えいしょうじ
仏殿(画像)、山門、鐘楼、祠堂、祠堂門

b0212342_15515348.jpg荏柄天神社本殿
えがらてんじんじゃ ほんでん
鎌倉時代後期、1316年建立。外観は自由に見学できる。

覚園寺
かくおんじ
開山塔、大燈塔
鎌倉時代、1332年建立の宝篋印塔(石塔の一種)。拝観はガイドツアー方式。1日に5〜6回。敷地内での写真撮影禁止。詳細は覚園寺公式ホームページを参照。

b0212342_16470027.jpg旧石井家住宅
きゅう いしいけ じゅうたく
江戸時代中期の茅葺き古民家。一般公開。
map 35.35146, 139.51981

b0212342_08230843.jpg旧一条恵観山荘
きゅう いちじょうえかん さんそう
元々は、江戸時代前期、京都に公家別邸内の離れとして建てられた。平安時代建築の要素を各所に取り入れている。昭和に入ってから鎌倉に移された。一般公開。
map 35.32044, 139.57115

建長寺
けんちょうじ
仏殿、昭堂、法堂、唐門、山門、大覚禅師塔

b0212342_15522211.jpg光明寺本堂
こうみょうじ ほんどう
江戸時代中期の建立。鎌倉にある仏殿の中では最大規模。

光明寺本堂内厨子
こうみょうじ ほんどうない ずし

極楽寺
ごくらくじ
忍性塔(にんしょうとう)、五輪塔
奥の院の墓地にある石塔。忍性塔は高さ357cm、五輪塔は高さ193cm。双方非公開。

五輪塔(逗子市)
ごりんとう

五輪塔(箱根町)
ごりんとう
鎌倉時代に建立された高さ約2.5mの3基の石塔。曽我兄弟(十郎祐成および五郎時致)、および十郎祐成の妾「虎御前」の墓とされる。国道1号線旧道沿いにあり、常時見学可能。

b0212342_15555216.jpg浄光明寺五輪塔
じょうこうみょうじ ごりんとう
高さ3mほどの巨大な石塔。普段は非公開。毎年4月、第二日曜日から第三日曜日までの一週間に開催される鎌倉まつりの期間中のみ特別公開される。
map 35.32784, 139.55214

b0212342_15594282.jpg関家住宅
せきけじゅうたく
主屋、書院、表門
住居として使用されており、普段は非公開。不定期で特別公開あり。詳細は横浜市教育委員会公式サイト参照。
map 35.5438, 139.58726

b0212342_16024141.jpg鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう
上宮、摂社若宮、大鳥居(一の鳥居)、末社丸山稲荷社本殿

宝篋印塔(箱根町)
ほうきょういんとう
鎌倉時代後期建立の、高さ3m近くある巨大な石塔。多田満仲の墓とされる。国道1号線旧道沿いにあり、見学自由。

宝城坊
ほうじょうぼう
本堂、旧本堂内厨子






川崎市立日本民家園の重要文化財



川崎市立日本民家園 公式ホームページ


b0212342_15474382.jpg旧伊藤家住宅
きゅう いとうけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。川崎市内から移築。一般公開。
map 35.60889, 139.55835

b0212342_11482510.jpg旧江向家住宅
きゅう えむかいけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。富山県西部、南砺市から移築。一般公開。
map 35.60962, 139.56028

b0212342_15481711.jpg旧太田家住宅
きゅう おおたけ じゅうたく
主屋、土間
江戸中期の建築。茨城県笠間市から移築。八丈島や南西諸島など南方でよく見られる分棟型で、関東地方では珍しい。一般公開。
map 35.60887, 139.55950

b0212342_15484531.jpg旧北村家住宅
きゅう きたむらけ じゅうたく
江戸時代初期、1687年の建築。建築年代がわかっている古民家の中では、東日本で二番目の古さ。神奈川県秦野市から移築。一般公開。
map 35.60921, 139.55903

b0212342_15491597.jpg旧工藤家住宅
きゅう くどうけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。岩手県の中部、紫波町からの移築。一般公開。
map 35.60848, 139.55870

b0212342_15495219.jpg旧作田家住宅
きゅう さくたけ じゅうたく
主屋、土間
江戸時代中期の建築。千葉県九十九里町から移築。代々網元を務めた漁師の住宅。一般公開。
map 35.60866, 139.56000

b0212342_15502141.jpg旧佐々木家住宅
きゅう ささきけ じゅうたく
江戸時代中期、1731年の建築。長野県の南端、南佐久郡から移築。一般公開。
map 35.60954, 139.56067







三渓園の重要文化財



国指定名勝・横浜三渓園 公式ホームページ

三渓園内でのスナップ写真 2017.1


b0212342_15411284.jpg旧天瑞寺寿塔覆堂
きゅう てんずいじ じゅとうおおいどう
豊臣秀吉が母のために建てた寿塔(生前に長寿を祝って建てる建物。現在は京都の大徳寺にある)を覆うための建物。桃山時代の1591年に建立。もとは京都にあったものを明治35年(1905年)にこの場所に移築。内部非公開。

b0212342_15415995.jpg旧東慶寺仏殿
きゅう とうけいじ ぶつでん
室町時代、1509年に建てられた仏殿。鎌倉の東慶寺内にあった。東慶寺は1285年に建てられた寺で、駆け込み寺、縁切り寺として有名だった。明治40年(1910年)に移築。内部非公開。

b0212342_15424069.jpg旧燈明寺三重塔
きゅう とうみょうじ さんじゅうのとう
燈明寺は京都府の南端、木津川市加茂町にあった寺。奈良時代に創られた古刹だったが、現在は廃寺となっている。三重塔は室町時代の建立と考えられ、関東地方に現存する塔の中では最古。大正3年(1914年)に移築。内部非公開。

b0212342_15432671.jpg旧燈明寺本堂
きゅう とうみょうじ ほんどう
室町時代中期の建立とされる。昭和22年(1947年)の台風で大きな被害を受け、解体・保存されていたが、昭和62年(1987年)に三渓園内に再建された。内部も公開されている。内装はいたってシンプル。
燈明寺については上の「旧燈明寺三重塔」を参照。

b0212342_15435267.jpg旧矢箆原家住宅
きゅう やのはらけ じゅうたく
もとは岐阜県の白川郷にあった合掌造りの農村家屋。飛騨三長者のうちの一家と言われた矢箆原家の主屋として、江戸中期に建てられた。昭和35年(1960年)に御母衣ダムの湖底に沈む運命だったのを、三渓園が矢箆原家から寄進を受けて移築。普通農家と格式ある書院造が合体した特徴ある構造となっている。内部公開。季節に応じた展示がある。

b0212342_15450126.jpg月華殿
げっかでん
江戸時代初期(1603年)に、徳川家康が京都の伏見城内に諸大名の控え室として建立したと言われる。その後、京都府宇治市の三室戸寺に移され、更に大正7年(1918年)、三渓園内に移築された。

春草廬
しゅんそうろ
江戸時代。庭から内部を見ることができる。

b0212342_15454200.jpg聴秋閣
ちょうしゅうかく
江戸時代初期(1623年)、徳川家光が京都に上洛する際、二条城内に造らせたと言われる。大正11年(1922年)に移築。庭から内部を見ることができる。

b0212342_15461620.jpg天授院
てんじゅいん
江戸時代初期(1651年)、鎌倉の建長寺の場所にかつてあった心平寺に地蔵堂として建立。大正5年(1916年)に移築。内部非公開。

b0212342_15465141.jpg臨春閣
りんしゅんかく
江戸時代初期(1649年)、徳川頼宣により和歌山県紀ノ川沿いに建てられた別荘。現在では数奇屋風書院造として、京都の桂離宮とともに中世別荘建築の双璧と言われている。大正6年(1917年)に移築。建物内には入れないが、庭から部屋の中を見ることができる。

三渓園の建物の解説は、現地案内看板を元にしています。





国指定史跡 (一部)



b0212342_22424282.jpg朝夷奈切通
あさいな きりどおし
鎌倉時代、鎌倉東部の峠を削って作られた道。現在はハイキングコースとなっている。全長約1km。バスで容易にアクセス可能。
map 35.32721, 139.59101

b0212342_15374951.jpg安養院境内
あんよういん けいだい
北条政子が夫・源頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が鎌倉時代末期に焼失したため、この地に新しく移した際、政子の法名である「安養院」がそのまま寺の名になった。境内には鎌倉最古の石塔となる国指定重要文化財の宝篋印塔がある。一般公開。拝観時間、拝観料については、鎌倉市公式サイト/安養院案内ページを参照。
map 35.31415, 139.55533

b0212342_11234535.jpg円覚寺境内
えんがくじ けいだい
鎌倉時代中期(1282年), 幕府の執権北条時宗が元寇の戦没者追悼のために創建した寺院. 一般公開. 境内の奥には、神奈川県内で唯一の国宝建造物、舎利殿がある。
map 35.33774, 139.54798

b0212342_10041678.jpg大塚・歳勝土遺跡
おおつか・さいかちど いせき
弥生時代中期の大規模集落。公園、および横浜市歴史博物館の一部として一般公開。
map 35.55038, 139.58091

b0212342_07425809.jpg鎌倉大仏殿跡
かまくらだいぶつでんあと
鎌倉時代、1260年頃に築造された鎌倉大仏(阿弥陀如来座像)とほぼ同時期に建造。災害による倒壊と再建を何度か繰り返したあと、1400年頃以降は再建されず、大仏は雨ざらしとなった。大仏は国宝に指定されている。
map 35.31684, 139.53575

b0212342_14452706.jpg亀ヶ谷坂
かめがやつざか
鎌倉時代、鎌倉に入るために造られた切通のうちの一つ。現在は生活道路として使われている。
map 35.32987, 139.55011

b0212342_07550171.jpg旧相模川橋脚きゅう さがみがわ きょうきゃく
鎌倉時代後期に旧相模川に掛けられた橋の、木製の橋脚。その後川の流れが大きく変わり地中に埋まっていたが、1923年の関東大震災による液状化で水田の中に突如出現。その直後から文化財として保存措置が取られた。現在では周囲は公園として整備され、案内看板なども充実している。
map 35.33218, 139.38426

b0212342_09460540.jpg仮粧坂
けはいざか
鎌倉時代、山と海に囲まれた鎌倉への交通路として作られた「鎌倉七口」のうちの一つ。7つの切通の中ではもっとも短いが、平均勾配がもっとも急。
map 35.32592, 139.54476

b0212342_14441907.jpg極楽寺境内・忍性墓
ごくらくじ けいだい にんしょうのはか
鎌倉時代、13世紀中頃に忍性が開いた寺院。室町時代にかけて勢力のある寺だった。境内は一般公開。忍性墓は境内の北西角にあり、普段は非公開。4/8に特別公開される。境内は写真撮影禁止(←現地看板)。
map  35.31023, 139.52842

b0212342_17262813.jpg浄光明寺境内・冷泉為相墓
じょうみょうこうじ けいだい・れいぜいためすけのはか
鎌倉時代創建の古刹。一般公開。拝観時間、拝観料などは鎌倉市公式サイトを参照。

b0212342_08001282.jpg大仏坂切通
だいぶつざか きりどおし
鎌倉時代、山と海に囲まれた鎌倉への交通路として作られた「鎌倉七口」のうちの一つ。岩を削って造られた「切通」の状況がよく残っている。現在はハイキングコースとして通行可能。
map 35.31877, 139.53152

b0212342_08454602.jpg伝上杉憲方墓
でん うえすぎのりかたの はか
上杉憲方は室町時代後期に活躍した武将。「伝」とあるのは、その墓と伝えられている、という意味。
map 35.30953, 139.52967

b0212342_14432236.jpg名越切通
なこし きりどおし
鎌倉時代、鎌倉に入るために山を削って作られた切通のうちの一つ。現在はハイキングコースとなっている。

b0212342_08030784.jpg北条氏常盤亭跡
ほうじょうし ときわてい あと
鎌倉幕府の摂政、北条氏が鎌倉時代に別邸を構えていた場所。鎌倉北西部の交通の要所を固めるためのものであったと考えられる。
map 35.32215, 139.53423

b0212342_14441464.jpg仏法寺跡
ぶっぽうじ あと
鎌倉時代から室町時代にかけて存在した有力寺院の遺構、地面に柱の跡などが残っているらしいが、現在は雑草が生い茂り冬でも地面を見ることはできない。接近は困難で、獣道をかき分けていく。
map 35.30699, 139.53147


by h9w457y8i | 2018-09-01 08:08 | 神奈川 | Comments(0)


サイトマップ東京都 江戸時代以前の文化財浅野長矩墓および赤穂義士墓

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大石良雄の墓


東京都港区にある泉岳寺。その境内に、泉岳寺浅野長矩(あさのながのり)の墓および赤穂義士の墓はあります。大正11年(1922年)に国の史跡に指定されました。
江戸時代中期の元禄14年(1701年)、江戸城内で起きた吉良上野介(きらこうずけのすけ)と浅野長矩の刃傷(にんじょう)事件、翌元禄15年12月14日の討ち入り、更に翌年2月の赤穂義士46人切腹までの流れはあまりにも有名です。
泉岳寺は播州赤穂(ばんしゅうあこう)の城主、浅野家の菩提寺。境内には、浅野家代々の墓、仇討ちを果たした大石良雄(おおいしよしお)以下46人の墓のほか、討ち入りに先立ち自害した萱野三平(かやのさんぺい)や、討ち入り後にゆかりの者たちに報告するためただ一人逃がされ、その後自首した足軽・寺坂吉右衛門(てらさかきちえもん)の供養塔があります。
現在では浅野長矩の墓、および赤穂義士たちの墓は一般公開され、お参りしてお線香を手向けることができるようになっています。
←現地案内看板、コトバンクなど



スマートフォンの方はこちらのマップ

国指定史跡「浅野長矩墓 および 赤穂義士墓」は、上の地図、マーカー4。


最寄り駅・バス停から徒歩

東京都営地下鉄 浅草線 泉岳寺駅 出口A2から、徒歩約3分。

JRおよび京浜急行電鉄 品川駅 高輪口から、徒歩約15分(1.1km)。

東京都営バス 反96系統 六本木ヒルズ行きまたは五反田駅行きバス、または、品97系統 新宿駅西口行きバス。それぞれ1時間に2〜3本。210円。
「泉岳寺前」バス停下車。徒歩1〜2分。
都営バスの路線図、時刻表、料金などは東京都交通局公式サイト参照。



駐車場

参拝者用のお寺付属駐車場はない。
半径200m以内に有料駐車場多数あり。NAVITIME駐車場検索ページにて「泉岳寺」で検索。



お参りのしかた

泉岳寺境内の公開時間、赤穂義士の遺品などが展示されている赤穂義士記念館の開館時間、入館料などは、泉岳寺公式HPを参照。

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2017.11
開門時間 4月〜9月 7:00〜18:00、10月〜3月 7:00〜17:00

浅野長矩および赤穂義士のお墓の前ではお線香が束になって売られており、参拝者はみんなそれを買ってお墓にお供えしていました。1束100円。

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赤穂義士記念館
開館時間 4月〜9月 9:00〜16:30、10月〜3月 9:00〜16:00
入館料 500円

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10 ↓ 赤穂義士墓の門。かつては浅野家上屋敷の裏門だった。
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12 ↓ 浅野長矩の墓
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15 ↓ 大石良雄の墓
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16 ↓ 大石主税(良雄の長男)の墓
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-02-05 07:39 | 東京 | Comments(0)


サイトマップ東京都 江戸時代以前の文化財旧因州池田屋敷表門


旧因州池田屋敷表門(きゅう いんしゅういけだやしき おもてもん)、通称「黒門」は、もと因州(因幡国。現在の鳥取県東部)池田家、江戸屋敷の表門で、丸の内大名小路(現在の丸の内3丁目)に建てられました。その後数回の移築を繰り返したのち、昭和29年(1954年)にここに移建し、修理を加えて現在に至っています。建てられた正確な年代ははっきりしていませんが、形式と手法から、江戸時代末期のものとされています。屋根は入母屋造(いりもやづくり)、門の左右に向唐破風造(むかいからはふづくり)の番所を備えていて、大名屋敷表門として最も格式が高いものとなっています。昭和26年(1951年)、国の重要文化財に指定されました。
←現地案内看板など

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旧因州池田屋敷表門は、東京国立博物館の敷地内にある。
東京国立博物館へのアクセス、開館時間、休館日などの情報は、博物館公式HPへ。



スマートフォンの方、上の地図ではわかりにくい方はこちらのマップ


博物館の敷地と一般道の境界に建てられており、門の表側は道路から常時見ることができる。ただしフェンスがあり、一般道からは5m以内には近づくことができない。
一方、博物館の敷地からは門の裏側に接近可能。

2↓ 門の表側
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3↓ 門の裏側。東京国立博物館敷地より撮影。
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土・日曜日、祝日の10:00〜16:00は、門が開門される。←現地案内看板

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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2017-12-07 07:59 | 東京 | Comments(0)


案内所トップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 備中国分寺五重塔

文化財分布マップ


備中国分寺五重塔(びっちゅうこくぶんじ ごじゅうのとう)は、江戸時代後期の1844年ごろに竣工したとされる。岡山県内で現存する唯一の五重塔で、昭和55年(1980年)、国の重要文化財に指定された。←現地案内看板

徒歩30分(2.5km)圏内には駅もバス停もない。付属の無料駐車場がある。駐車場の位置は、こちらの見学用マップを参照。

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28 ↓ 付属無料駐車場
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by h9w457y8i | 2017-08-19 08:46 | 岡山 | Comments(0)

案内所トップ愛媛県 江戸時代以前の文化財 > 大村家住宅

文化財分布マップ


大村家は愛媛県内子町にある商家。江戸時代後期、1800年頃に建てられた。
内部は非公開(2017.3)で、見学は道路から外観のみ。
大村家の周辺は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、江戸時代〜明治時代の商家の街並みが残されている。大村家の他に、3つの国指定重要文化財建造物がある。
内子座
上芳我家住宅
本芳我家住宅

内子町にある文化財の見学用マーカー付き地図

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by h9w457y8i | 2017-07-27 19:19 | 愛媛 | Comments(0)

サイトマップ > 千葉県 江戸時代以前の文化財リスト > 旧御子神家住宅

旧御子神家住宅は、江戸時代後期の安永8年(1779年)、現在の南房総市に建てられた農家。昭和44年(1969年)に国の重要文化財に指定。昭和48年(1973年)にこの地に移築された。
建物がある体験型博物館千葉県立房総のむら公式サイトはこちら。

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文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-04-23 06:33 | 千葉 | Comments(0)

きゅうよしわらけじゅうたく


附(つけたり*1) 御成門(おなりもん)

1825年(江戸時代後期)、竣工。

桁行(けたゆき*1)16.9m、梁間(はりま*1)12.9m、切妻造(きりづまづくり*1)段葺、南面玄関附属、本瓦葺(ほんがわらぶき*1)、一部桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
西面南突出部 桁行11.9m、梁間7.9m、切妻造、本瓦葺、
西面北突出部 桁行8.9m、梁間6.0m、切妻造、本瓦葺、一部桟瓦葺

国指定重要文化財  平成11年(1999年)、指定。






旧筑後川橋梁から歩いていける距離に、重要文化財に指定された江戸時代後期の民家があるというので、夕暮れ時に訪ねてみた。



「吉原家は,江戸時代には町の別当職(町の行政的支配者*2)を代々勤め,後に大庄屋を兼ね,巡見使等の宿泊にも供された旧家である。
 屋敷は南面し,正面中央に御成門を構え,前庭を挟んで主屋が建つ。主屋は部材の墨書より文政八年(1825)の建築で,天保九年(1838)には幕府巡見使の宿泊に備えて増改築が行われた。御成門はこの時に新造されたものである。
 旧吉原家住宅は,複雑な屋根の構成と大壁造の重厚な外観,玄関から上ノ間に至る接客部分と、住居者用の内向き部分の動線が明確に区分された平面構成に特色がある。
 また,楠の大材を使用した土間廻りの豪快なつくりと,優れた細工による座敷廻りの洒落た意匠とを兼ね備えている。江戸後期の上質な大型民家の姿を伝えるものとして,高い価値が認められる。」
文化庁文化財等データベースより



御成門と、その前の道路。
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附(つけたり)に指定されている御成門(おなりもん)。
幕府からの使者や藩の支配階級など、身分の高い賓客しか通れず、普段は閉まっていた。
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1月上旬に訪れたため、しめ飾りが見える。


御成門の軒下から、主屋正面、接客部分。ここには藩主や藩の支配階級の武士、幕府からの使者を迎えた。賓客を迎える上の間は御成門をくぐった正面に位置しており、客は玄関を通らず、直接屋敷に上がれるようになっていた。また保安の目的で、かつては御成門とこの接客部分の間には衝立があり、通りから身分の高い者の訪問をうかがえないようになっていたが、重要文化財指定に合わせて取り払われ、このような庭が整備された。
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この木は屋敷が立てられたときからあったらしい。
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玄関。和風建築の屋根では最も高級とされる入母屋の屋根に本瓦葺。屋根の造りだけでも格式の高さがうかがえる。
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間取り図。
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三の間から上の間方向。
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三の間。天井を見ると(画像が暗くて分かりにくいが)、何枚もの板を並べてある。
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一方、上の間の天井はもっと大きな長い板=高級材となり、高級な部屋の証らしい。
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上の間。
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上の間にあった、文部大臣発行の「重要文化財指定書」。
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上の間の欄間。細かい細工がなされている。木工の町、大川の伝統工芸である。
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接客部分の部屋と濡れ縁の間にある、入側(いりがわ)。書院造に見られる。御家来衆の控えの場でもあった。
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接客部分の濡れ縁。縦方向は一枚の板で、長さは10m以上。こんな長い真っ直ぐな木材はなかなか手に入らない。京都からわざわざ取り寄せたそうである。ここにも高い格式の証が。
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次の間。
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一方、居住者と使用人が使っていた土間の梁。楠(くす)の巨大な板を使っており、豪快なつくりとなっている。
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土間の梁の中に見える、打ち出の小槌。節を隠すための棟梁の遊び心らしい。このような細工は屋敷のあちこちに見られる。
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台所。
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居住区域に設けられた2階。明治になり、藩がなくなってから設けられた。最初になかったのは、ここからだと上の間や次の間の賓客を見下ろすかたちになってしまうため。
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母屋の北側に建つ、2棟の土蔵。現在は資料館となり、吉原家の所蔵品を展示している。
訪問時は閉館していた。
……それと、屋敷の案内をして下さった係の方。建物の特色や構造はもちろん、吉原家の成り立ちから大川市の歴史まで、幅広い知識をお持ちで、こちらからの質問にも常に即答されていた。
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現地案内看板。
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見学メモ

アクセス
<鉄道およびバス>
① 西鉄天神大牟田線「西鉄柳川(にしてつやながわ)」駅経由の場合。
駅前バスターミナル、2番乗り場。(旧筑後川橋梁の記事に乗り場の画像あり。)
 ↓
 ↓ 西鉄バス「佐賀駅(バスセンター)(佐賀駅BCと表記されることもある)」行の路線バスで、
 ↓ 約20分。1時間に2本。350円。suica使用可(旧筑後川橋梁の記事参照)。
 ↓ 時刻表は西鉄バス公式ホームページ参照。
 ↓
「中原高木病院前(なかばるたかぎびょういんまえ)」バス亭(下の地図の黒アイコン)
 ↓
 ↓ 徒歩約16分(約1200m)
 ↓
現地。
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下の地図の、駐車場を示す黒アイコンの辺りに、このような案内看板がある。
画像に写っている道路は県道734号線。

② JR長崎本線「佐賀」駅経由の場合。
佐賀駅の東寄り高架下の「佐賀駅バスセンター」
 ↓
 ↓ 西鉄バス「西鉄柳川駅」行の路線バス。約30分。1時間に2本。480円。
 ↓ 時刻表は西鉄バス公式ホームページ参照。
 ↓
「中原高木病院前」バス亭。ここからは西鉄柳川駅経由参照。

<クルマ>
九州自動車道八女ICより、約15km。あるいは長崎自動車道東脊振ICより、約17km.
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施設附属の見学者専用駐車場(下の地図の黒アイコン)。
5~6台程度のスペースがある。無料。

<鉄道およびレンタサイクル>
西鉄柳川駅で自転車を借りられる。5~24時。一日500円。自転車のタイプは、いわゆる「ママチャリ」。詳しくは、西鉄公式サイト内、駅レンタサイクル案内ページ参照。
西鉄柳川駅から現地まで、約7.9km。


google map

普段の見学
開館時間、休館日については、大川市役所公式サイト内、旧吉原家住宅案内ページ参照。見学無料。
案内係の方による、吉原家の成り立ちや建物についてのかなり詳しいガイドあり。無料。予約不要。

特別公開
特になし。

問い合わせ
現地案内所(大川市公式ホームページで、「旧吉原家住宅」でサイト内検索)、もしくは大川市教育委員会へ。大川市役所公式ホームページ参照。




*1 用語解説
*2 大川市教育委員会作成のパンフレットより。
by h9w457y8i | 2012-01-20 10:52 | 福岡 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。