サイトマップ > 東京都 江戸時代以前の文化財 > 増上寺 三解脱門

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増上寺の三解脱門(さんげだつもん )は、江戸時代の始め、1611年に徳川家康の助成により、江戸幕府大工頭・中井大和守正清によって建立されました。現在の門は、その11年後、1922年に再建されたものです。増上寺で唯一の江戸時代初期の面影を残す建造物で、大正4年(1915年)、国の重要文化財に指定されています。
三解脱門は別名「三門」と呼ばれ、三つの煩悩「貪欲(とんよく=むさぼり)、瞋恚(しんに=怒り)、愚痴(ぐち=おろかさ)」の三悪を解脱する悟りの境地を表しています。
建築様式は三戸楼門、入母屋造、朱漆塗(しゅうるしぬり)。唐様(中国の昔の様式)を中心とした建物に、和様の勾欄などが加味され、見事な美しさを見せています。大きさは、間口約19m、奥行き約9m、高さ約21mの二重建て構造。更に左右には幅5.4mの山廊を有しています。上層部(楼上)内部には、中央に釈迦三尊像、脇壇に十六羅漢像が安置されています。


増上寺 三解脱門 フォトギャラリー(35枚)




アクセス



増上寺 三解脱門は、赤1


駐車場
お寺付属の一般参拝者用駐車場はありません。

お寺周辺には有料時間貸駐車場が多数あります。
NAVITIME 駐車場検索ページにて、「芝増上寺」で検索。






見学のしかた



三解脱門は公道に面しており、外観はいつでも見学できます。

参拝時間についても公式HPには特に記載がなく、いつでも境内に入ることができると思います。

ただ、三解脱門 二階部分内部は非公開です。
かつては特別公開したことがありましたが、2019.5現在では公開情報は見つけられませんでした。

二階部分の特別公開など、問い合わせ先は、増上寺 公式HPを参照してください。


門正面をちょっと遠くから。撮影したのは平日でしたが、外国人観光客を含め、たくさんの方が常に通行している交差点に面しています。
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正面至近から。
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南側から。門の前は交通量の多い交差点になっています。
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北側から。
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正面の横断歩道 モノクロ
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屋根 破風
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楼上部分。
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軒下を見上げる。
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軒下、角。鳩が止まるのを防ぐため?の網が、過剰なような気が...。
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両側にある山廊。
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門、正面、入口
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入口、斜め。
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この装飾は何の意味があるのでしょうか。
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門、1F 内部。
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山廊から楼上に上がる階段。金属で補強されていました。
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境内から門。
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境内側の門1F
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門から本堂を見たところ。東京タワーはすぐ近くです。
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門の前から、浜松町方面を見たところ。
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現地案内看板
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増上寺 三解脱門 フォトギャラリー(35枚)

文化財分布マップ
(全国の国宝、国指定重要文化財建造物の詳細位置をプロットしています)

このページは、増上寺 公式HP
現地案内看板
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-23 08:46 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 大阪府 近代文化遺産 > 観心寺 恩賜講堂

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観心寺(かんしんじ)は、飛鳥時代後期の701年、修験道(しゅげんどう。山岳信仰と仏教・道教などが合わさってできた信仰)の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)により開かれたお寺です。真言密教の修行寺院、歴代天皇の祈願所、高野山と京都・奈良を結ぶ中宿として発展。楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺としても有名です。
この恩賜講堂(おんし こうどう)は、境内の西の外れに建っています。恩賜とは天皇家から授かった、と言う意味で、昭和3年(1928年)に京都御所で行われた昭和天皇即位の大礼に祭して建てられた大饗宴(だいきょうえん)場の部材や内装を再利用する形で、昭和5年(1930年)に建てられました。再利用の場所に観心寺が選ばれたのは、楠木正成(くすのき まさしげ)ゆかりの寺だったから。鎌倉時代滅亡後、後醍醐天皇に付き従い、天皇自らが政治を執り行う建武の新政の立役者となった正成は、尊王思想が広がる明治時代以降、"忠臣の鑑"として崇められるようになっていたのです。
建物は、幅22m、奥行き24m、スレート葺の大規模なもので、由緒ある名刹の建造物らしく、外観は落ち着いた仏教寺院風の造りになっています。一方、内部はそれとは全く異なる様相を呈しています。床から6.5mの高さにある天井には、鮮やかな宝相華(ほうそうげ。唐草模様の一種で、日本では奈良・平安時代に流行した)文様の装飾で彩られ、3つの大型シャンデリアがきらびやかな光を放ちます。床は板張りで、写真を見るとまるで豪華な和風ダンスホールの様です。また建物には、芯材の周りに装飾用の板材を貼り合わせた建物正面用の柱など、短期間で効率的に建てるための様々な工夫もなされています。当時、恩賜講堂と同じように大饗宴場の部材を再利用して建てられた建物はお寺や学校など全国に数多くありましたが、そのほとんどが現存しておらず、この恩賜講堂は、日本近代の皇室建築の展開を理解することのできる貴重な建築とされています。このことから、平成29年(2017年)、国の重要文化財に指定されました。


観心寺恩賜講堂 フォトギャラリー(16MB)




アクセス



恩賜講堂は赤1


南海電鉄 三日市町駅からの徒歩、バス、駐車場など、観心寺へのアクセスは国宝・金堂のページを参照してください。






見学のしかた


観心寺の参拝時間、入山料などの最新情報は、観心寺 公式HPを参照してください。

2019.5
[拝観時間] 9:00〜17:00
[入山料] 300円
年中無休。

拝観の際の注意事項は、特にありません。


境内に入れれば、恩賜講堂の外観はいつでも見学できます。

一方、内部は普段非公開。
5月の少年剣道大会などの催し時、また過去には文化財保存関連NPOの講演会などで使用されたこともあり、それらの折は入ることができたらしいです。

恩賜講堂の内部見学についてなど、観心寺の問い合わせ先は観心寺 公式HPを参照。


山門から西に進むと、他のお寺の建物とは離れた位置に、恩賜講堂はポツンと建っています。
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正面左側から。
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この画像ではわかりにくいですが、屋根は瓦ではなく、スレート葺です。
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大きな樹に囲まれています。
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金属の板で補修したのでしょうか。それも随分と前のような感じです。
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正面に近づく。
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側面。
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正面の柱は、大きな芯材の周りに細い装飾板をたくさん貼り付けた構造になっています。工期を短縮するための工夫だそうです。
それにしても... 塗装がだいぶハゲてますね。
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正面、軒下。
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正面、廊下。
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正面、入口。半開きだったので、鍵はかかっていなかったのでしょうか。
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右側面。
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こんな洋風の電灯が付いているのが、近代文化遺産の証ですね。
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背面。
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それにしても。痛みが結構きてます。
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屋根の端は金属板で覆われていますが。錆に覆われています。
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建物の縁側に立てかけてありました。
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建物の周辺はこんな感じ。
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講堂前から山門方向。新緑が綺麗で、建物の荒れ具合とは対照的でした。
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国の重要文化財としては、ここまで荒れているのは珍しいと思います。屋根材も崩れかかっていて、外壁の塗装がハゲているのはまだしも、あの様子では雨漏りもしているでしょう。早急に修理しないと内装の痛みが心配ですね...。


観心寺恩賜講堂 フォトギャラリー(16MB)

観心寺 国宝・金堂のページ

観心寺 国指定重要文化財建造物(建掛塔、訶梨帝母天堂、書院)のページ

国指定史跡 観心寺境内のページ

文化財分布マップ
(全国の国宝、国指定重要文化財建造物の詳細位置をプロットしています)

この記事は、現地案内看板
現地配布パンフレット
大阪府 公式サイト
日本経済新聞 公式サイト
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-17 12:08 | 大阪 | Comments(0)

サイトマップ > 大阪府 江戸時代以前の文化財 > 観心寺(江戸時代以前の重要文化財)

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建掛塔

観心寺(かんしんじ)は、飛鳥時代後期の701年、修験道(しゅげんどう。山岳信仰と仏教・道教などが合わさってできた信仰)の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)により開かれた真言宗のお寺です。真言密教の修行寺院、歴代天皇の祈願所、高野山と京都・奈良を結ぶ中宿として発展。楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺としても有名です。

建掛塔(たてかけのとう)は、観心寺境内の中心部にあります。現在あるのは室町時代後期、1502年に再建されたもので、初代は南北朝時代(14世紀)に、観心寺と関係の深い楠木正成(くすのき まさしげ)の祈願により建設が開始されました。当初は三重塔として建設されていましたが、後に言う湊川の戦い(1336年)で正成が討死してしまったため、一層目だけを残してその上は建てられなかったとされています。建掛塔は観心寺の景観を特徴付ける貴重な遺構として、昭和47年(1972年)に国の重要文化財に指定されました。


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↑ 書院(しょいん)は、江戸時代前期、1647年に建てられました。幅14m、奥行き10m、銅板葺。普段は非公開ですが、予約制の精進料理「KURI」で食事をすると、内部を見学できるそうです。


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↑ 訶梨帝母(かりていも)はサンスクリット語の「ハーリティー」を音写したもので、鬼子母神とも言われます。訶梨帝母は他人の子供をさらって食べてしまう母親でしたが、釈迦により自らの子供を隠され、子を失う親の苦しみを知り、それ以来改心して、仏教を守護するようになったと言われています。この訶梨帝母天堂は、室町時代後期、1549年に再建されたものです。一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり。正面から見たとき、柱が両脇に1本ずつしかなく、屋根は本を伏せたような山型になっている)、檜皮葺(ひわだぶき。ヒノキの皮を重ねてふいた屋根)です。


観心寺 建掛塔・訶梨帝母天堂・書院 フォトギャラリー(40枚)

国宝 観心寺金堂のページ




アクセス



建掛塔は赤4、訶梨帝母天堂は赤3、書院は赤2


最寄駅からの徒歩、バス、駐車場など、観心寺への行き方についての詳細は観心寺 金堂のページを参照してください。

観心寺 山門(入口)
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参拝のしかた


観心寺の参拝時間、入山料などの最新情報は、観心寺公式HPを参照してください。

2019.5
[拝観時間] 9:00〜17:00
(毎年 4/17, 4/18 本尊特別拝観時間 10:00〜16:00)

[入山料] 300円
(本尊特別拝観の際は700円)

年中無休。

拝観の際の注意事項は、特にありません。

建掛塔、訶梨帝母天堂の外観は、境内に入れればいつでも見学できます。
ただし、堂内に入ることはできません。


建掛塔(たてかけのとう)。
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複雑な組物。なんだかこういうのをみるとワクワクします。
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軒下には隙間があり、外から屋根裏が直接見える変わった構造になっています。
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軒下、角。内側の茅(かや)はキレイな黄土色です。
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正面。内部には入れません。特別公開の情報もありません。
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木陰から。
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訶梨帝母天堂。
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正面の彫刻。
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側面。
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向拝。
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木陰から。
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境内から山門方向。
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書院は外観も含め、普段は非公開です。

ただ、予約制の精進料理「KURI」で食事をすると、内部を見学できるそうです。
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書院の屋根、破風。
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訪れた時は菖蒲?があちこちに咲いていました。
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木の橋
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密教?の仏像。境内の所々にありました。不思議な雰囲気を醸し出しています。
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観心寺 観心寺 建掛塔・訶梨帝母天堂・書院 フォトギャラリー(40枚)

観心寺 金堂(国宝)のページ

近代文化遺産(重要文化財) 観心寺 恩賜講堂のページ

国指定史跡・観心寺境内のフォトギャラリー

文化財分布マップ
(全国の国宝、国指定重要文化財の詳細位置をプロットしています)

このページは、
観心寺 公式HP
河内長野市公式サイト
現地案内看板
現地配布パンフレット
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-14 06:53 | 大阪 | Comments(0)

サイトマップ > 大阪府 江戸時代以前の文化財 > 観心寺金堂

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観心寺(かんしんじ)は、飛鳥時代後期の701年、修験道(しゅげんどう。山岳信仰と仏教・道教などが合わさってできた信仰)の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)により開かれた真言宗のお寺です。真言密教の修行寺院、歴代天皇の祈願所、高野山と京都・奈良を結ぶ中宿として発展。楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺としても有名です。
金堂(こんどう)は、室町時代の初め頃(1400年前後)に再建されたものです。この建物が建てられた室町時代には、それまでの伝統的な建築方法から発展した「和様」と呼ばれる建築様式、新しく中国から入ってきた「禅宗様」「大仏様」と呼ばれる建築様式があり、その後、それらの様式をあわせた「折衷様」と呼ばれる新しい様式が成立しました。この金堂は、全体的な形は和様で貫かれていますが、細部や構築方法に禅宗様を巧みに取り入れており、当時の折衷様を代表する建築物となっています。このようなことから昭和27年(1952年)に国宝に指定されました。金堂の中には観心寺の本尊で、国宝に指定されている如意輪観音(にょいりんかんのん)像が安置されています。毎年4月17・18日には本尊が特別公開されます。


観心寺金堂 フォトギャラリー(27枚)




アクセス



金堂は赤5
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
南海電鉄 高野(こうや)線 三日市町(みっかいちちょう)駅 東口から、徒歩約40分(2.7km)。

アップ・ダウンはあるものの、歩きやすい広い歩道が駅からお寺まで続いています。
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途中には山里の風景。真夏・真冬でなければ、とても気持ちいいと思います。
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バス
南海電鉄高野線、近鉄長野線 河内長野(かわちながの)駅 西口 バスターミナル 3番バスのりば(地図・青4)から、
南海バス
・ 8 および 11番系統 「金剛山ロープウェイ前」行き
・ 9番系統 「石見川(いしみかわ)」行き
・ 10番系統 「小吹台(こぶきだい)」行き
のいずれかに乗車。
 ↓
[運行頻度] 1時間に2〜3本
[乗車時間] 約12分
[運賃] 310円。全国共通交通系ICカード利用可能。
[時刻表] 各種乗り換え案内アプリ対応。
NAVITIMEYahoo路線など。(Google Map ルート案内機能は非対応。2019.5)
 ↓
「観心寺」バス停(地図・青3)下車。
観心寺山門(地図・青1付近)まで、バス停から徒歩約3分。

河内長野駅西口バスターミナル、3番バスのりば。地図・青4
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駐車場
参拝者用無料駐車場があります。
収容台数約40台。
入口は地図・青1および青2。
本尊ご開帳の際は、これらの他に臨時駐車場がオープンします。

青1の駐車場。
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青2の駐車場。
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参拝のしかた



拝観時間その他の最新情報は、観心寺公式サイトへ。

2019.5
[拝観時間] 9:00〜17:00
[入山料] 300円(本尊特別拝観の際は700円)
年中無休

毎年 4/17, 4/18 本尊特別拝観時間 10:00〜16:00

拝観の際の注意事項などは、公式サイトでは書かれていないようでした。

山門。観心寺の入口です。
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山門を抜けてまっすぐ行くと、金堂が見えてきます。
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木の陰から
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真正面
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正面両脇には、雨樋を伝った水が溜まる巨大な水瓶がすえてありました。
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何に使うのでしょう?
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軒下先
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軒下赤
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側面。
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正面近接
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向拝を横から
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外陣を横から
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軒下
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堂内外陣。
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案内看板
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観心寺金堂 フォトギャラリー(27枚)

観心寺 建掛塔、訶梨帝母天堂、書院(国指定重要文化財)のページ

観心寺 恩師講堂(国指定重要文化財)のページ

国指定史跡 観心寺境内のページ

文化財分布マップ
(全国の国宝、重要文化財建造物の詳細位置が全てプロットしてあります)

このページは、
現地配布パンフレット
現地案内看板
河内長野市公式サイト
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-12 08:02 | 大阪 | Comments(0)

サイトマップ > 茨城県 江戸時代以前の文化財 > 竜禅寺三仏堂

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竜禅寺(りゅうぜんじ)は茨城県南部、利根川にほど近い場所にある天台宗の寺です。釈迦、弥陀、弥勒の三仏をまつっていることから「三仏堂」(さんぶつどう)の名が付くこのお堂は室町時代後期の建築であろうと言われ、堂内からは永禄12年(1569年)と記された木札が見つかっています。建造当時の部材が今でも良い状態で残されているということです。正面以外の屋根の下には、建物を取り囲むように細長い屋根付きの構造物がありますが、これを裳階(もこし)と言い、このように建物の三方にあるのは珍しいと言うことです。中国風の禅宗様と和様が混ざった様式、と言うことですが、どこにその特徴が見られるのかは、正直よくわかりません。
昭和51年(1976年)、国の重要文化財に指定されました。


竜禅寺三仏堂 フォトギャラリー(43枚)




アクセス



竜禅寺三仏堂は赤2


最寄りの駅から徒歩
関東鉄道 常総(じょうそう)線 稲戸井(いなとい)駅から、徒歩約10分(700m)。

稲戸井駅 駅舎。
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駐車場
参拝者用の無料駐車場があります。

↓ 入口は地図・赤1。
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見学のしかた


竜禅寺境内には、いつでも入れる状態です。
三仏堂の外観であれば、いつでも見学できます。

ただし、三仏堂の周囲には柵が設けられていて、縁側に上がったり、内部に入ったりすることはできません。
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事前にお寺に連絡すれば、内部を案内してくださるようです。
竜禅寺 電話番号 0297-78-8225

内部の写真撮影許可を得た、という非公式情報もあるようです。

正面。
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正面のアップ。あまり古い雰囲気はありません。建具は新しいものなのでしょうか。
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正面縁側と軒下。
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正面やや斜めから。
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こういう茅葺きのお堂は、どこかホンワリとした安心感を感じます。新緑が綺麗でした。
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軒下、角。
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軒下の組物。簡素な作りだと思います。
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南面はお墓に面しています。
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背面を本堂近くから。
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側面の裳階(もこし)。
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背面の裳階。
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三仏堂の裏に、本堂がありました。
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三仏堂のそばには、今は廃墟と化したナゾの店の跡が。かつての土産物店?
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周囲はいかにも田舎な風情です。
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現地案内看板。お堂のもの。
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現地案内看板。平将門伝説に関するもの。
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竜禅寺三仏堂 フォトギャラリー(43枚)

文化財分布マップ
(全国の国宝、重要文化財の詳細位置をプロットしています)

このページは、
現地案内看板
取手市公式サイト
茨城県公式サイト
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-11 06:50 | 茨城 | Comments(0)

サイトマップ > 茨城県 江戸時代以前の文化財 > 佐竹寺本堂

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佐竹寺(さたけじ)は、平安時代に花山天皇の祈願で創建された真言宗の古刹です。当時は現在地から700mほど離れた場所に建てられ、観音寺と称していたそうです。その後、鎌倉時代から江戸時代にかけて常陸国を支配した佐竹氏の祈願所となり、一時は廃れて戦火にも見舞われましたが、室町時代後期の1546年、現在地に本堂が再建されました。正面の火頭窓(かとうまど)や柱、組物などに桃山建築の先駆けとしての様式が見られるとされています。
明治39年(1906年)に旧国宝に指定、そして戦後に改めて重要文化財に指定されました。


佐竹寺本堂 フォトギャラリー(28枚)




アクセス



佐竹寺本堂はマーカー3
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
JR常陸太田(ひたちおおた)駅から、徒歩約38分(2.6km)。


バス
一応、現地から徒歩1分のところに、茨城交通「天神」バス停(上の地図、マーカー2)があります。
JR常陸太田駅前から乗車して、乗車時間約30分。
ですが、1日に2本しか運行していません。
拝観に使うには現実的ではないでしょう。

JR常陸太田駅前にタクシー乗り場があります。


駐車場
参拝者用の無料駐車場があります。
上の地図、マーカー1。
収容台数 4台。
いつでも駐車できるようです。

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見学のしかた


境内に入るための門はありますが、拝観時間などの記載はなかったので、常識的な範囲で、いつでも拝観可能かと思われます。

拝観者用駐車場のすぐ横に、仁王門が建っています。
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仁王門の中から本堂とは逆方向。
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仁王門の下から、本堂を臨みます。
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屋根は茅葺きとなっています。
古びてはいますが、それがまたいい味になっていると思います。
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正面中央にはこけら葺きの唐破風が設けられています。
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壁のない柱が立ち並ぶ部分は、外陣(げじん)と言います。
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本堂の裏側。改めて、その大きさを実感します。茅葺きの仏殿としては異例の大きさでしょう。
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軒下。
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正面周辺には、千社札が鬼のように貼り付けてありました。
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そして柱の上には、象?や獅子?の彫り物が。
これも桃山建築先駆けの証なのでしょうか。
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現地案内看板
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佐竹寺本堂 フォトギャラリー(28枚)

文化財分布マップ

このページの記載は、常陸太田市公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-04 07:53 | 茨城 | Comments(0)

サイトマップ > 茨城県 江戸時代以前の文化財 > 西蓮寺

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西蓮寺 仁王門

西蓮寺(さいれんじ)は天台宗の寺で、奈良時代の782年、桓武天皇の祈願により創建されたと伝えられる古刹です。
仁王門(におうもん)はかつて山門(さんもん)として、室町時代後期の1543年に建立されたもので、元々は二階建ての楼門でしたが、江戸時代中期に上の二階部分が取り壊されて、現在の形になりました。そして江戸時代末期の1860年に現在の場所に移され、仁王門に改められました。梁の上にある山の形をした蟇股(かえるまた)などに室町時代の特徴が見られるとされています。
相輪橖(そうりんとう)は天台宗の仏塔の一種で、鎌倉時代後期の1287年、弁慶が元寇に勝利した記念に建てたとされています。最上部には相輪と呼ばれる金属製の装飾があり、高さは9m余り。柱の外見は銅製ですが木製の芯の周りに銅板を貼り付けたもので、芯の腐食のために幾度か修理されています。直近では1977年に解体修理が行われました。
仁王門、相輪橖共に、大正6年(1917年)に旧国宝に、戦後に改めて国の重要文化財に指定されています。

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西蓮寺 相輪橖

西蓮寺 フォトギャラリー (72枚)



アクセス


相輪橖はマーカー5
仁王門はマーカー6
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
徒歩圏(道のりで3km以内)に鉄道の駅はありません。
敢えて言えば、鹿島臨海鉄道 大洗鹿島線 北浦湖畔(きたうらこはん)駅がもっとも近い駅ですが、道のりで16kmほどあります。


バス
徒歩圏(道のりで3km以内)にバス停はない模様です。もっとも近いバス停は霞ヶ浦広域バスの「道の駅たまつくり」(上の地図、マーカー3)となりますが、JR土浦駅から乗車時間55分、早朝と夜間を除けば1日3本のみです。


駐車場
お寺付属の無料駐車場があります。
収容台数は約10台。入口は上の地図、マーカー1, 2

無料駐車場。
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駐車場入口看板。上の地図、マーカー1。
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見学のしかた


境内への立ち入りを制限する塀や門はなく、仁王門と相輪橖はいつでも拝観できます。

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室町時代後期の特徴を示す、仁王門の蟇股。
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仁王門の中。千社札がたくさん貼ってあります。
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周りを覆う銅板には、寄進した人の名前がたくさん彫ってあります。
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相輪橖の基部。
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境内にある2本の大銀杏は毎年美しい紅葉を見せてくれることで有名です。

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この西蓮寺、本来なら静かで雰囲気のあるいいお寺のはずなんですが...。
仁王門の近く、駐車場に面したところに、微妙なかふぇみたいな店があり。
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そこから、大音量の演歌がエンドレスで流されていました。
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あそこまで大音量にしなくても…と思いました。

西蓮寺 フォトギャラリー (72枚)

文化財分布マップ

この記事は現地案内看板などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-03-23 08:36 | 茨城 | Comments(0)

サイトマップ > 京都府 江戸時代以前の文化財 > 平等院観音堂

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平等院 観音堂は、平等院の敷地内にあります。平等院が創建された当時に本堂があった場所に、鎌倉時代前期に建てられました。当初は堂内の中央に須弥壇(しゅみだん)を置く程度で、道場的な役割を果たしたらしく、内部空間は簡素な造りとなっています。そんな中にも、垂木地円飛角(じえんひかく)の二軒(垂木が二重になっている)とし、天平(8世紀中頃)以来の格式高い様式に倣っています。
明治35年(1902年)に旧国宝に指定され、戦後に改めて国の重要文化財に指定されました。


平等院観音堂 フォトギャラリー (18枚)


平等院観音堂は、赤マーカー2
スマートフォンはこちらのマップ


平等院観音堂は、平等院の敷地内にあります。
アクセス、見学のしかたは平等院鳳凰堂のページを参照。

2
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屋根を支える軒下の垂木が二重になっているのが分かります。上が角材、下が丸太ですよね。これが「地円飛角(じえんひかく)の二軒(ふたのき)」です。
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宇治川と観音堂の間にある土手の道。雰囲気あります。お散歩にいいですね。
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平等院観音堂 フォトギャラリー (18枚)

文化財分布マップ

この記事は、現地案内看板、平等院公式サイトを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-02-16 09:22 | 京都 | Comments(0)

サイトマップ > 北海道 近代文化遺産 > 大谷派本願寺函館別院

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大谷派本願寺函館別院(おおたには ほんがんじ はこだてべついん)は、江戸時代前期の1668年、松前専念寺の僧、浄玄が、函館に阿弥陀堂を建てたのが始まりです。江戸時代後期から明治時代にかけて数度の大火事に見舞われ、現在の場所に移転しました。現在の建物は大正4年(1915年)に竣工した、国内で最古の鉄筋コンクリート造仏教建造物です。設計は、当時国内で芸術・工芸家として最高の栄誉とされた「帝室技芸員」の称号を持つ伊藤平左衛門9世。函館の街は明治時代以降幾度もの大火に見舞われていたので、耐火性能の高いコンクリートの寺院は理にかなったものでしたが、信仰に関わる建物を建てるのに、土砂=人が踏んだもの、鉄筋=アメリカ製、ということで、異論を唱える信者も少なくなく、最初は寄付を集めるのが大変だったということです。しかし、寺院が完成した直後の大火事で延焼を免れたことからその意義が改めて見直され、その後の函館市街の不燃建築に大きな影響を与えたとされています。これらのことが歴史的・文化的に評価され、平成19年(2007年)に、本堂、鐘楼、正門が国の重要文化財に指定されました。
函館市公式観光情報サイト文化庁国指定文化財等データベース


大谷派本願寺 函館別院 Photo Gallery
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アクセス



大谷派本願寺函館別院は、赤マーカー2
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注) 近くに本願寺派本願寺函館別院がありますが、別のお寺です。

最寄りの駅から徒歩
函館市電 「十字街」停留所から、徒歩約7分(400m)。

函館市電は函館市街を走る市営の路面電車。
中乗り、前降り。乗車時に整理券を取るか、全国共通交通系ICカードをパッドにタッチ。
降車時にお釣りなしの現金を、運転手横の運賃箱に入れるか、ICカードをパッドにタッチ。
車内での両替。運賃箱と一体となった両替機で、事前に1000円札または硬貨のみ両替可能。
乗り換え、料金、時刻表検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Mapルート案内機能が対応。


バス
函館バス 「元町」バス停(上の地図、赤マーカー10)から、徒歩約3分(200m)。
乗り換え、料金、時刻表検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Mapルート案内機能が対応。


駐車場
参拝者用の無料駐車場があるが、入口は不明。また見学者が使えるかどうかも不明。
詳細は大谷派本願寺函館別院(0138-22-0134)に問い合わせ。

また、すぐ隣にある函館ロープウェイの無料駐車場も利用できる。入口は赤マーカー11。






参拝のしかた



お寺の公式HPは設置されていません。2018.10

2018.10
拝観時間 7:00〜17:00
年中無休
拝観料 無料

本堂内に入ってお参りすることができ、参拝者の方の邪魔にならない範囲で、堂内の写真撮影も可能です。←現地案内看板

↓ 本堂は幅、奥行き共に33mもある巨大な建物。屋根は黒光りする瓦葺きです。近くの住宅街から撮りましたが、まるで壁のよう。
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↓ 正門
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↓ 鐘楼(しょうろう)
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大谷派本願寺 函館別院 Photo Gallery
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2019-01-01 08:19 | 北海道 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 江戸時代以前の文化財 > 池上本門寺

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池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、鎌倉時代の13世紀半ば、日蓮宗を起こした日蓮が没した寺です。それ以来、日蓮宗の中心的なお寺の一つとされてきました。広い敷地には多くの建物が建てられましたが、第二次世界大戦の空襲で多くが焼失してしまいました。焼け残ったもののうち、五重塔と宝塔が国の重要文化財に指定されています。
関東地方には江戸時代以前に建てられた五重塔が4基存在しますが、池上本門寺の塔はその内で最も古いものです。高さはおよそ32m、江戸時代初めの1608年に建立されました。5層構造のうち、一番下の1層目だけが和風で、それより上が禅宗様となっています。
宝塔(ほうとう)は、境内の西側、本堂や五重塔が建つ高台から深く落ち込んだ墓地の中にあります。日蓮が荼毘(だび)にふされた場所とされます。江戸時代後期の1828年に再建された2代目で、初代の宝塔は日蓮の遺灰を納めていたと言われています。真っ赤な円筒形の部分は木造で内部空間を有し、宝塔でこのような構造になっているものは他にほとんど例がなく、大変貴重な建造物です。

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池上本門寺の画像 47枚
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アクセス


五重塔はマーカー1、宝塔はマーカー2
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東急電鉄 池上線 池上駅から、本門寺入り口(階段下)まで徒歩約8分(600m)。

本門寺の境内には、この階段を上がっていきます。
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池上本門寺への公共交通機関での詳しい行き方は、池上本門寺公式サイトを参照。


駐車場
参拝者用の付属駐車場が複数あり。収容台数は合計で100台程度?
いずれも無料。

駐車場入口 1。上の地図、マーカー3。
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駐車場入口 2。上の地図、マーカー4。
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駐車場入口 3。上の地図、マーカー5。
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見学のしかた


境内の出入りは制限されておらず、五重塔と宝塔の外観はいつでも見学できます。

また、五重塔は年に2回、春と秋に内部が特別公開されます。
詳細は池上本門寺に問い合わせ。

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宝塔の内部公開の情報はありません。
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管理人のおすすめポイント


文化財とは全く関係がありませんが、
上の地図、駐車場入口 3(マーカー5)近くの建物の中に、人形町今半の支店が入っています。すき焼きで有名なお店ですね。
ずっと以前に一度行ったことがありますが、美味しかったです!
ランチは2,050円からとなっており、高級すき焼きがリーズナブルにいただけます。

画像がないのが残念ですが...。

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池上本門寺の画像 47枚
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-12-30 15:33 | 東京 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。