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1 駐車場(上の地図、マーカー3)付近。
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6 東光寺ビョウ。マーカー1
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13 東山虎口。内郭への玄関口で、蛇行した狭い坂と二つの門で非常に厳重に作られ、固い守りが可能だったとされます。マーカー2
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17 城跡の北には水田が広がり、その奥に京成電鉄が走っています。当時はその線路があるあたりまで、印旛沼が広がっていました。江戸時代の大規模な干拓で、現在は水田となっています。
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19 Ⅳ郭虎口。名称の伝承はなく、大型の門の跡が見つかっています。マーカー5
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20 大堀切。二つの郭(城山と奥ノ山)の間にある堀切で、高低差は6m。門が設置されていました。マーカー6
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23 城山への通路と城山虎口。城山に入るための出入り口。マーカー7
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26 城山。城主の居住・執務のための場所。台所や倉庫もありました。マーカー8
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31 奥ノ山。マーカー9。千葉氏の守護神、妙見さまを祀った妙見宮があり、妙見郭とも呼ばれました。
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35 奥ノ山の斜面。かなりの高さまで急勾配で土が盛られているのがわかります。
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38 倉跡。マーカー10。米を備蓄したりしていた場所と思われます。7つある内郭のなかで最大の広さです。
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41 本佐倉城跡の周囲には竹林が広がっていますが、中を見ると結構荒れていました。
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42 妙見神社。マーカー11。千葉氏の守護神で、もともと奥ノ山にありましたが、この場所に移設されました。移設時期は不明です。
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47 城跡の南には集落と田んぼが広がっていますが、かつてはここに中池と呼ばれる池がありました。戦国時代には貴重な水源池だったと考えられます。マーカー12
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52 水の手。中池と同じく水源池だったところです。現在は水はなく、窪地となっています。マーカー13
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54 セッテイ空堀。マーカー14。セッテイ(マーカー17)と呼ばれた内郭は、ひときわ深く大規模な空堀に取り囲まれていました。画像ではわかりにくいですが、高低差は16mもあり、現在でもかつての姿をほぼそのまま残していると言われています。セッテイは、人質を捕らえていたか、あるいは接待のための館が存在していたと考えられている場所です。
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56 セッテイ虎口。セッテイへの出入り口です。マーカー15
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60 金明竹という珍しい種類の竹が、城跡の周囲には群生しています。緑と黄色の縦縞模様の竹です。マーカー16
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61 倉跡とセッテイの間にある空堀。マーカー18。高低差10m。
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62 南奥虎口。マーカー19。東山虎口と同じく、城北側の玄関口でした。当時はこの虎口には木戸と板塀が張り巡らされ、虎口の内側は外からは見えないようになっていました。
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記事中の解説は、酒々井町公式サイトを参考にしました。

by h9w457y8i | 2018-03-08 10:29 | 千葉 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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