サイトマップ > 千葉県 江戸時代以前の文化財 > 本佐倉城跡 > フォトギャラリー


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1 駐車場(上の地図、マーカー3)付近。
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6 東光寺ビョウ。マーカー1
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13 東山虎口。内郭への玄関口で、蛇行した狭い坂と二つの門で非常に厳重に作られ、固い守りが可能だったとされます。マーカー2
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17 城跡の北には水田が広がり、その奥に京成電鉄が走っています。当時はその線路があるあたりまで、印旛沼が広がっていました。江戸時代の大規模な干拓で、現在は水田となっています。
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19 Ⅳ郭虎口。名称の伝承はなく、大型の門の跡が見つかっています。マーカー5
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20 大堀切。二つの郭(城山と奥ノ山)の間にある堀切で、高低差は6m。門が設置されていました。マーカー6
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23 城山への通路と城山虎口。城山に入るための出入り口。マーカー7
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26 城山。城主の居住・執務のための場所。台所や倉庫もありました。マーカー8
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31 奥ノ山。マーカー9。千葉氏の守護神、妙見さまを祀った妙見宮があり、妙見郭とも呼ばれました。
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35 奥ノ山の斜面。かなりの高さまで急勾配で土が盛られているのがわかります。
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38 倉跡。マーカー10。米を備蓄したりしていた場所と思われます。7つある内郭のなかで最大の広さです。
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41 本佐倉城跡の周囲には竹林が広がっていますが、中を見ると結構荒れていました。
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42 妙見神社。マーカー11。千葉氏の守護神で、もともと奥ノ山にありましたが、この場所に移設されました。移設時期は不明です。
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47 城跡の南には集落と田んぼが広がっていますが、かつてはここに中池と呼ばれる池がありました。戦国時代には貴重な水源池だったと考えられます。マーカー12
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52 水の手。中池と同じく水源池だったところです。現在は水はなく、窪地となっています。マーカー13
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54 セッテイ空堀。マーカー14。セッテイ(マーカー17)と呼ばれた内郭は、ひときわ深く大規模な空堀に取り囲まれていました。画像ではわかりにくいですが、高低差は16mもあり、現在でもかつての姿をほぼそのまま残していると言われています。セッテイは、人質を捕らえていたか、あるいは接待のための館が存在していたと考えられている場所です。
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56 セッテイ虎口。セッテイへの出入り口です。マーカー15
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60 金明竹という珍しい種類の竹が、城跡の周囲には群生しています。緑と黄色の縦縞模様の竹です。マーカー16
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61 倉跡とセッテイの間にある空堀。マーカー18。高低差10m。
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62 南奥虎口。マーカー19。東山虎口と同じく、城北側の玄関口でした。当時はこの虎口には木戸と板塀が張り巡らされ、虎口の内側は外からは見えないようになっていました。
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記事中の解説は、酒々井町公式サイトを参考にしました。

by h9w457y8i | 2018-03-08 10:29 | 千葉 | Comments(0)


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アクセス(行き方)

見学のしかた

史跡の説明

フォトギャラリー(見どころポイントの解説付き)


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アクセス




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最寄りの駅から徒歩

京成電鉄 京成本線 大佐倉駅から、徒歩約10分(800m)。
JR酒々井(しすい)駅 西口から、徒歩約25分(1.8km)。


バス

京成電鉄 京成本線 京成佐倉駅 南口 2番バスのりば(上の地図、マーカー21)から、ちばグリーンバス 本佐倉線 京成酒々井駅行きバスに乗車。
1時間に1本、運賃240円、全国共通交通系ICカード利用可。乗車時間8分。

または

京成電鉄 京成本線 京成酒々井駅 東口から、ちばグリーンバス 本佐倉線 田町車庫行きバスに乗車。
1時間に1本、運賃230円、乗車時間8分。

いずれも、「山道(やまみち)」バス停(マーカー22)下車。バス停から妙見神社(上の地図、マーカー11)まで、徒歩約8分(600m)。

バスの時刻表はちばグリーンバス公式サイトを参照。


駐車場

付属無料駐車場あり。上の地図、マーカー3。収容台数およそ30台。
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駐車場への行き方は、上の地図、マーカー20から伸びている青ライン参照。
県道137号線沿い、マーカー20に、本佐倉城跡入口の看板が立っている。
カーナビによっては、酒々井小学校南側の道(上の地図、「避けるべきルート」)を西に行く案内をするかもしれないが、小学校の西側で道やカーブがかなり細くなっており、田んぼに脱輪の恐れあり。オススメしない。






見学のしかた



城跡と駐車場の入口には門がなく、いつでも見学できる。
入場無料。

城跡の土地はほとんどが私有地らしい。ところどころに畑があったり梅の木が植わっているので注意。

オススメの順路と見学ポイントの解説が載ったPDFパンフレットを、酒々井町公式サイトからダウンロード(2.7MB)できる。

城跡のところどころに、QRコードが付いた案内用の道標がある。スマートフォンをQRコードにかざすと、酒々井町公式サイト内、本佐倉城跡のページにつながる。
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酒々井ふるさとガイドの会によるガイドツアーもあり。少人数対応可。要予約。

駐車場に簡易トイレあり。
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史跡の説明



本佐倉城跡(もとさくらじょうあと)は、今から約500年前の室町時代、1470年前後に造られた中世戦国時代の城跡です。当時水上交通の大動脈であった印旛浦(今の印旛沼)に面し、主要街道が交差する陸上交通の要衝の地に築かれました。城の主は千葉氏一族。約100年間で9代の城主が本佐倉城を本拠地としました。治めていた国は下総国(現在の千葉県北部と茨城県南部)で、関東でも有数の名族でした。しかし、豊臣秀吉の天下統一により、敵対していた千葉氏は1590年に滅亡。江戸時代初期に本佐倉城は廃城となりました。
城は、千葉県内最大級である面積約35万㎡の規模を誇り、7つの内郭と3つの外郭から構成されていました。防御性の高い内郭群は城主のための郭、広大な外郭群は家臣の屋敷地および軍団の駐屯地と考えられ、さらにその周囲に城下町が形成されました。本佐倉城は石垣を使わない「土の城」。全て土の造成によって構築された大規模な空堀や土塁には、雄大な「折れ」「出枡形」「隅枡形」が明瞭に残り、戦国時代の城郭の特徴を見ることができます。このように本佐倉城跡は中世城郭の形をよく留める城跡として貴重であり、平成10年(1998年)に国の史跡に指定されました。
←現地案内看板、酒々井町(しすいまち)公式サイト

城跡の郭や空堀、虎口(出入り口)などの画像や解説は、こちらのフォトギャラリーへ。

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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-03-06 17:28 | 千葉 | Comments(0)


サイトマップ神奈川県 江戸時代以前の文化財仮粧坂

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仮粧坂(文化庁のサイトおよび現地案内看板では「けはいざか」。実際の呼称は「けわいざか」と思われます)は、鎌倉の北西から藤沢、武蔵方面(現在の神奈川県北部から埼玉県にかけて)に抜ける「鎌倉往還上ノ道(かみのみち)」、別名「武蔵路」の出入り口に当たります。海と山に囲まれた鎌倉に入るための峠道、「鎌倉七口」の一つで、鎌倉交通の要衝であり、南北朝時代の1333年、新田義貞(鎌倉幕府を滅ぼした武士の一人)の鎌倉攻めでは激戦地となりました。
鎌倉時代に書かれた歴史書「吾妻鏡」には、ここは鎌倉の中で小町屋および売買所を構えてもよい場所 = 商業地区の一つとして、「気和飛坂山上(仮粧坂の山上)と書かれています。坂の頂上部は葛原岡(くずはらおか)とも呼ばれ、1332年の後醍醐天皇の倒幕計画に関わった日野俊基(ひのとしもと)が斬首された刑場でもありました。坂の頂上付近にはこの日野俊基の墓が残されています。
仮粧坂は、昭和44年(1969年)に国の史跡に指定されました。指定地区の北部には、地蔵や五輪塔などの浮き彫りを持つ特徴的なやぐら群(瓜ヶ谷やぐら群。やぐらとは岩の壁を四角くくり抜いたもので、古い納骨施設)があります。また周辺の発掘調査では多数の火葬跡が発見されており、ここが交通の要衝であると同時に、鎌倉で亡くなった者たちをあの世に送り出す場所であったことが明らかになっています。
←現地案内看板、文化庁国指定文化財等データベース


JRおよび江ノ島電鉄 鎌倉駅 西口から、徒歩約22分(1.4km)。


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鎌倉駅 西口を出たら、海蔵寺(上の地図、マーカー4)方面へ。

2 上の地図、マーカー 1の案内看板。
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3 マーカー 2の案内看板。
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4 住宅地の中を進むと、やぐらの跡?
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7 入口。坂の北側に当たる。画像ではわかりにくいが、壁のような傾斜部にジグザグに道がついている。
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8 車両は通れない。
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9 他の切通(きりどおし)とは違い、道の表面が砂を固めたような感じになっている。滑りやすい。
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10 坂というよりも、急な階段。
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12 坂の下を振り返る。
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13 頂上部から。
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15 頂上部。
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16 坂の頂上部入口。マーカー3付近。
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-03-03 07:07 | 神奈川 | Comments(0)


サイトマップ東京都 江戸時代以前の文化財浅野長矩墓および赤穂義士墓

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大石良雄の墓


東京都港区にある泉岳寺。その境内に、泉岳寺浅野長矩(あさのながのり)の墓および赤穂義士の墓はあります。大正11年(1922年)に国の史跡に指定されました。
江戸時代中期の元禄14年(1701年)、江戸城内で起きた吉良上野介(きらこうずけのすけ)と浅野長矩の刃傷(にんじょう)事件、翌元禄15年12月14日の討ち入り、更に翌年2月の赤穂義士46人切腹までの流れはあまりにも有名です。
泉岳寺は播州赤穂(ばんしゅうあこう)の城主、浅野家の菩提寺。境内には、浅野家代々の墓、仇討ちを果たした大石良雄(おおいしよしお)以下46人の墓のほか、討ち入りに先立ち自害した萱野三平(かやのさんぺい)や、討ち入り後にゆかりの者たちに報告するためただ一人逃がされ、その後自首した足軽・寺坂吉右衛門(てらさかきちえもん)の供養塔があります。
現在では浅野長矩の墓、および赤穂義士たちの墓は一般公開され、お参りしてお線香を手向けることができるようになっています。
←現地案内看板、コトバンクなど



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国指定史跡「浅野長矩墓 および 赤穂義士墓」は、上の地図、マーカー4。


最寄り駅・バス停から徒歩

東京都営地下鉄 浅草線 泉岳寺駅 出口A2から、徒歩約3分。

JRおよび京浜急行電鉄 品川駅 高輪口から、徒歩約15分(1.1km)。

東京都営バス 反96系統 六本木ヒルズ行きまたは五反田駅行きバス、または、品97系統 新宿駅西口行きバス。それぞれ1時間に2〜3本。210円。
「泉岳寺前」バス停下車。徒歩1〜2分。
都営バスの路線図、時刻表、料金などは東京都交通局公式サイト参照。



駐車場

参拝者用のお寺付属駐車場はない。
半径200m以内に有料駐車場多数あり。NAVITIME駐車場検索ページにて「泉岳寺」で検索。



お参りのしかた

泉岳寺境内の公開時間、赤穂義士の遺品などが展示されている赤穂義士記念館の開館時間、入館料などは、泉岳寺公式HPを参照。

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2017.11
開門時間 4月〜9月 7:00〜18:00、10月〜3月 7:00〜17:00

浅野長矩および赤穂義士のお墓の前ではお線香が束になって売られており、参拝者はみんなそれを買ってお墓にお供えしていました。1束100円。

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赤穂義士記念館
開館時間 4月〜9月 9:00〜16:30、10月〜3月 9:00〜16:00
入館料 500円

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10 ↓ 赤穂義士墓の門。かつては浅野家上屋敷の裏門だった。
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12 ↓ 浅野長矩の墓
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15 ↓ 大石良雄の墓
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16 ↓ 大石主税(良雄の長男)の墓
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-02-05 07:39 | 東京 | Comments(0)


サイトマップ沖縄県 江戸時代以前の文化財銘苅墓跡群

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伊是名殿内墓

銘苅墓跡群(めかる はかあとぐん)は、沖縄グスク時代(1100〜1400年代後半)から琉球王府時代(1429〜1879年)、明治時代と、非常に長い期間にわたって造られた、たくさんの墓が集まっている場所です。その中には、沖縄地方における大型の墓の典型的な形、亀甲墓(かめこうばか)のうち、県内最大規模の伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓もあります。近年の区画整理で伊是名殿内をはじめとする一部の古い墓が保存されることになりましたが、他の墓は那覇市教育委員会により、平成2年(1990年)から平成15年(2003年)まで、断続的に発掘調査されました。調査が進むにつれ、様々な形の墓が330基以上発掘され、その成立が1300年代~1400年代に遡ることなどが明らかとなりました。
伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓は、伊是名、伊平屋(いへや)両島の総地頭(そうじとう=上流士族)、伊是名家の墓です。銘苅墓跡群の中にあって他の墓とはその規模、造形などが大いに異なる亀甲墓(かめこうばか)です。面積約660㎡の県内最大級の亀甲墓で、その規模、建造技術は沖縄県の墓の中でも傑出しており、道教(風水)の思想を基につくられています。墓庭を囲む石垣には「相方(あいかた)積み」を用い、隅には突出した石「隅頭(すみがしら)」があり、上級士族の屋敷囲いの石積みを彷彿とさせます。入口には、本門と中門の二つの門があり、入口をクランク状につくることにより、ヤナカジ(悪い風)が直接墓本体に当たらない工夫が施されています。この墓は、その外観より18世紀代の様式のものである事がうかがえます。亀甲墓は17世紀に中国南部から伝わり士族階級に広がり、18世紀代に沖縄において独自の発達をして完成された墓で、この墓はその特徴をよく表している代表的な墓と言えます。
平成19年(2007年)、銘苅墓跡群は国の史跡に指定されました。
文化庁国指定文化財等データベース、現地案内看板


アクセス

那覇バス 10系統 「なは市民協働プラザ前」バス停下車。下の地図のマーカー2。1時間に2本。
バス停から現地まで、徒歩約2分。

那覇バスの時刻表、運賃は、バスロケーションシステムHPへ。
那覇バスを含む沖縄のバス路線図は、バスマップ沖縄のサイトを参照。バス会社の公式サイトではないけれど、すべてのバス会社の路線を網羅しており、とても見やすく使いやすいです。


施設付属駐車場はない。
伊是名殿内墓の西隣りに新都心公園があり、その専用駐車場が使える。入口は下の地図、マーカー3。


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伊是名殿内墓周辺は公園として整備されており、常に見学可能。


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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-01-28 08:31 | 沖縄 | Comments(0)


サイトマップ神奈川県 江戸時代以前の文化財伝上杉憲方墓

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伝上杉憲方墓(でん うえすぎのりかた のはか)は、神奈川県鎌倉市極楽寺にある上杉憲方のものと伝えられる墓。墓は極楽寺坂の南側山裾の道路脇に位置している。この一帯は極楽寺の子院西方寺跡といわれるところで、墓塔の周辺には遺存状態がよい五輪塔や多層塔などが残されていることから、昭和2年(1927年)に国の史跡に指定された。
上杉憲方は南北朝時代に活躍した武将で、兄弟が相次いで死んだため家督を継ぎ、山ノ内に居館を構えたため、山内上杉氏と称された一族の祖でもある。
墓塔には銘文はなく伝承があるだけだが、安山岩製の7層で総高292cm。相輪は伏鉢、受花、九輪上に水煙が残っており、その上部は欠損しているが、関東地方では類例をみない均整のよさをとどめている。
コトバンク

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アクセス

スマートフォンの方はこちらのマップへ。

江ノ島電鉄 極楽寺駅から、徒歩約3分。

極楽寺駅の出口を出て、目の前を通る「極楽寺坂」を左のほうに進む。緩い上り坂。

2 ↓ 100mほど行くと、道路の右側にこのような石碑が建っている。ここが史跡への入り口。画像の階段を登る。


3 ↓ 石碑横の階段を登ると細い路地がある。それを進む。
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4 ↓ 路地の奥。背の高いほうが国指定史跡の墓。左側の小さいほうが明らかに長い年数を経ており、最初はこちらが憲方の墓かと思ったが、資料には史跡の墓の高さは3mとあったので、右側が憲方の墓と伝えられる石塔だろう。


5 ↓ 塔の下部にはこのような彫刻が。見た目は数百年が経過しているようには思えなかった。もしかするとずっと後になってから加えられたものかもしれない。


6 ↓ 一方、低い方の石塔。こっちの方が、数百年の風雪に耐えてきた、という風情。


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by h9w457y8i | 2017-12-29 08:02 | 神奈川 | Comments(0)


サイトマップ東京都 江戸時代以前の文化財亀甲山古墳

文化財分布マップ


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画像中央、丘の盛り上がったところが古墳。


亀甲山古墳(かめのこやま こふん)は、東京都大田区から世田谷区におよぶ荏原(台)古墳群中最大の前方後円墳である。発掘調査は行われておらず、詳細は不明であるが、埴輪(はにわ)、葺石(ふきいし)などがないことや、その古墳の形により、5世紀前半頃の築造と考えられ、当時、この地方に勢力のあった首長の墓と推定されている。
この前方後円墳は、後円部南端を浄水場建設工事により削られているものの、比較的よく原形を保っている。港区芝公園内にある丸山古墳と並んで、都内の代表的古墳である。昭和3年(1928年)、国の史跡に指定されている。
←大田区による現地案内看板


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東急東横線・目黒線・多摩川線「多摩川(たまがわ)」駅 西口から、徒歩約4分(300m)。

古墳は多摩川駅と多摩川に挟まれた小高い多摩川台公園にある。
多摩川駅西口(上の地図、オレンジマーカー)を出たら右折(北へ)、100m先の交差点(黄色マーカー)を左折(西へ)。小高い丘への坂を登ると公園入口(緑マーカー)に出る。

2 ↓多摩川公園入口。上の地図の緑マーカー。
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古墳の資料を展示した大田区立「古墳展示室」が、亀甲山古墳のすぐ隣にある。古墳の一部が原寸大レプリカで再現されている。入館無料。月曜日定休。詳細は大田区公式サイトへ。

4 ↓古墳西側。古墳上部には鬱蒼とした森が生い茂り、古墳の形はほとんど認識できない。
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↑古墳北側
6 ↓古墳北東側。古墳の周囲にはフェンスが張られ、中に入ることはできない。
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10 ↓旧浄水場。現在は水生植物園。この浄水場を造成する際、古墳の後円部分の先端が削られた。
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11 ↓この擁壁が削られた古墳の切り口。
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12〜14 水生植物園の様子
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by h9w457y8i | 2017-12-19 07:17 | 東京 | Comments(0)


サイトマップ東京都 江戸時代以前の文化財小石川植物園

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小石川(こいしかわ)植物園は、東京大学附属の教育・研究用の施設で、正式名称を「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」といいます。江戸時代中期の1684年ごろに徳川幕府が作った小石川御薬園(おやくえん)が前身で、日本で最も古く、世界でも有数の歴史を持つ植物園です。御薬園では当初、敷地全体で薬草の栽培や研究が行われていたようで、養生所(ようじょうしょ)= 施薬院(せやくいん。貧しい人々に薬を施す場所)も設けられました。その後幕末の頃には1/9ほどの規模にまで縮小されましたが、明治維新の後、明治10年(1878年)に東京大学が創設されると、その大学病院附属植物園として規模を開設当初の大きさに戻し、一般にも公開されるようになりました。
面積は16万1千㎡を超え、起伏や変化に富み、泉も湧き出す土地を利用して、様々な植物が植えられています。また植物園本館には膨大な植物標本や研究資料、図書があり、日本の近代植物学発祥の地であると同時に、東アジアにおける植物研究センターとして、内外の多くの植物研究者に活用されています。
このように小石川植物園は、景観上の価値が高く、一般市民にも公開され長く親しまれてきた国内を代表する植物園として貴重です。また、養生所などの江戸時代の遺構もよく保存され、日本の医学史上も重要であるだけでなく、植物学史上でも貴重と言えます。これらの点が評価され、平成24年(2012年)、国の史跡および名勝に指定されました。


アクセス


スマートフォンの方はこちらのマップ


東京メトロ 茗荷谷(みょうがだに)駅 出口1から植物園入口まで、徒歩約15分(1.1km)。

東京都営バス 上60系統 白山二丁目バス停から植物園入口まで、徒歩約2分。
 上60系統の主な停留所
 池袋駅東口
 JR大塚駅
 都営地下鉄 春日駅(東京メトロ 後楽園駅そば)(白山二丁目バス停まで乗車時間 7分。運賃210円)
 東京メトロ 根津駅
 上野公園

都営バスの路線図、時刻表、料金などに関しては、都営バス公式HPへ。



見学のしかた
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植物園入口

植物園の開園時間、入園料、休園日などに関する情報は、小石川植物園公式HPを参照。

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開園時間 9:00〜16:30
入園料 高校生以上 400円。再入場不可。
休園日 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/29〜1/3)

植物園内には様々な種類の植物が植えられており、それぞれの開花・紅葉など見頃の時期が、公式サイトに詳細に掲載されている。

見学の注意点
動植物の採集、動物への餌やり、木登り、喫煙、飲酒は禁止。
モデルを使っての撮影などは禁止。
弁当持ち込みでの食事は可能。
←公式サイト/利用案内

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32 ↓ こちらの入口にも「小石川植物園」と書かれているが、ここからは植物園には入れない。ここは旧東京医学校本館(東京大学総合研究博物館小石川分館)の入口。
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小石川植物園 紅葉スナップ

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2017-11-28 13:32 | 東京 | Comments(0)


案内所トップ神奈川県 江戸時代以前の文化財 > 名越切通

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第一切通

鎌倉時代、幕府のあった鎌倉に向かうためには、海から接近するか山を越えるかのいずれかしか道がなく、山の峠部分を削って切通(きりどおし)が複数作られました。名越切通(なごえ きりどおし)はそんな峠道のうちのひとつで、鎌倉と三浦半島方面を結ぶ要路となっていました。周辺には、切通の防衛にも関係すると考えられる平場や切岸、やぐらや火葬跡など葬送に関する遺構も多く分布していて、中世都市の周縁の歴史的景観を良く残しています。昭和41年(1966年)に国の史跡に指定されました。


アクセス

名越切通にはいくつかの入口がある。
入口の位置やバス停の位置などは、こちらのアクセスマップを参照。
バスの時刻表は、京急バス公式サイトを参照。京急バスは全国共通交通系ICカード使用可。

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 大町口へ(画像中央、コンクリートの坂。入口看板あり)
JR鎌倉駅から、徒歩約24分(1.7km)。
JR鎌倉駅東口バスターミナル 3番のりばから、京急バス 鎌31系統に乗車。所要時間6分、180円。30分に1本以上。長勝寺 バス停下車、徒歩約6分(400m)。

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 亀が岡団地口へ(画像左側の砂利道。入口看板あり)
JR逗子駅から、徒歩約24分(1.7km)。
JR逗子駅バスターミナル 6番のりばから、京急バス 逗29系統に乗車。所要時間19分、200円。亀が岡団地北 バス停下車、徒歩約3分(180m)。

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 ハイランド口へ(画像中央、車止めの先、公園の中の道。入口看板なし)
JR逗子駅から、徒歩約40分(2.6km、標高差 上り85m)
JR鎌倉駅東口バスターミナル 5番のりばから、京急バス 鎌36系統に乗車。所要時間15分、230円。30分に1本。夕陽台公園 バス停下車、徒歩約10分(700m、ほぼ平坦)。


 大町口 → 三叉路

1 「本当に史跡への道? 人家への私道じゃないの?」と不安になるような道を、案内看板通りどんどん進む。
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2 画像1の右側は、JR横須賀線が見下ろせる崖。
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4 人ひとりがやっと通れるような場所も。本当に800年前から続く道なのか?と思いたくなる。
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6 かなり険しい上り。地面は湿って滑りやすくなっており、運動靴でないと危険。
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7 訪れた日は快晴、気温28度だったが、それでもほとんど日は射さない。ひんやり、ジットリ。
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8 湿度が常に高く薄暗いせいか、胸の高さほどもある巨大なシダ類がウヨウヨ生えている。
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12 三叉路
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 ハイランド口 → 三叉路
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こども自然ふれあいの森公園内、三叉路へ分岐する道。
画像ではわかりにくいが、赤まるのところに小さなお地蔵様が佇んでいる。ここを右折。すると切通しへの案内看板が出てくる。

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16 途中、「お猿畠の大切岸」(おさるばたけのおおきりぎし)への分岐点がある。
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18 大切岸への道はウッドチップが敷き詰められ、綺麗に整備されている。
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21 分岐点はちょっとした広場になっており、そこから法性寺の建造物が見える。
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23 このルートは切通ではない。細いところでは幅3mくらいの尾根となっている。尾根の両側は険しい崖。
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 三叉路 → 亀が岡団地口
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27 まんだら堂やぐら群への分岐点。
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訪れた時は立ち入り禁止だった。

まんだら堂やぐら群は、岩をくり抜いて作ったおびただしい数の穴=やぐらの中に、墓石が収められている平場。名のある武士や僧侶を弔ったものとされるが、中には斬首された頭骨も見つかっている。
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32 第三切通
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34 第一切通
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名越切通、まんだら堂やぐら群については、逗子市公式サイトで詳しく、かつわかりやすく解説されている。


by h9w457y8i | 2017-08-31 07:56 | 神奈川 | Comments(0)

史跡 【備中国分寺跡】


サイトマップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 備中国分寺跡

文化財分布マップ



備中国分寺跡(びっちゅう こくぶんじ あと)は、8世紀(奈良時代)に聖武天皇の勅願によって全国に建立された国分寺の遺跡の一つ。小高い台地の上に、ほぼ二町(約220m)四方の旧寺地の地割りや、南大門・中門の礎石がよく残っている。なお、中心部は江戸時代再興の寺院境内となっており、五重塔が遺存する。昭和43年(1968年)に国の史跡に指定された。←文化庁国指定文化財等データベース

見学用マップ

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by h9w457y8i | 2017-08-20 08:06 | 岡山 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。