サイトマップ > 千葉県 江戸時代以前の文化財 > 大原幽学遺跡

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大原幽学 旧宅

大原幽学(おおはら ゆうがく)は、江戸時代後期に現在の千葉県旭市で農村改革運動を指導した人物です。道徳と経済の調和を基本とした「性学(せいがく)」を説き、世界初の農業協同組合である「先祖株組合(せんぞかぶくみあい)」を立ち上げ、農民たちが協力し合って自活できるように各種の改革を行なっていきました。しかしこの活動が江戸幕府から反体制の疑いを受けることとなり、有罪の判決を受けた幽学は、失意の中、1858年に自害しました。
昭和27年(1952年)、幽学の旧宅、自害した地に建てられた墓、そして宅地・耕地の地割が、学術産業に関する遺跡の好例として評価され、国の史跡に指定されました。


大原幽学遺跡 フォトギャラリー(51枚)




アクセス(行き方)



大原幽学遺跡 旧宅はマーカー8
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公共交通機関でのアクセスの便はあまり良くないので、JR旭駅かJR小見川駅からタクシーか、クルマでのアクセスをオススメします。

最寄りの駅から徒歩
徒歩圏内(道のりで3km以内)に最寄り駅はありません。
敢えて言えば、JR総武本線 旭駅が一番近く、徒歩約1時間45分(8km)。


バス
現地から1.8kmのところにバス停はありますが、平日は1〜2時間に1本、週末は2〜3時間に1本しかなく、これを利用してのアクセスもあんまり現実的ではないでしょう。
一応、利用する場合の情報を書いておきます。

JR 総武本線 旭駅から、千葉交通 小見川(おみがわ)駅行きバスに乗車。
運航頻度 2時間に1本程度。乗車時間 約15分。
運賃 350円。全国共通交通系ICカードが利用できるかどうかは不明。2019.2
「中和(ちゅうわ)」バス停(上の地図、マーカー3)で下車。
バス停から現地まで、徒歩約25分。

このエリアの千葉交通 路線バスの時刻・料金検索は、NAVITIMEなどの一部の乗り換え案内アプリが対応しています。
Google Map ルート案内機能は対応していません。2019.2


駐車場
二つの施設付属無料駐車場があります。

1つめ。遺跡公園に近く、収容台数は10台程度。
入口は上の地図、マーカー1。

2つめ。こちらは遺跡公園からやや離れていますが、舗装された大掛かりな駐車場で、耕地地割のすぐ近くです。
入口は上の地図、マーカー2。

2つ目の駐車場。
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大きい方の駐車場のすぐそばにある、遺跡公園への入口。
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この道を入っていきます。左側は史跡の一部、「耕地地割」です。
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すると、遺跡公園の入口に着きます。上の地図、マーカー5。
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一方、大原幽学の墓所(上の地図、マーカー6)は、遺跡公園からは離れたところにあり、駐車場 1からは徒歩約13分(900m)、駐車場 2からは徒歩約14分(1km)です。

墓所の駐車場ではありませんが、墓所への入口の道端が広くなっており、そこに車を停めることができると思います。周辺に駐車禁止の標識はありません。

下の画像の坂を上がっていくと、墓所に通じます。上の地図、マーカー4。
駐車禁止標識は見当たらなかったので、画像に写っている太い道路に路上駐車しても、問題ないと思われます。
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見学のしかた



「大原幽学遺跡」の周辺は史跡公園として整備され、記念館や国の史跡に指定されている「旧宅」があります。
公園の開園時間、休園日についての最新情報は、大原幽学記念館公式サイトを参照してください。

2019.2
開園時間 9:00〜16:30
入園料 無料(記念館の入館料は300円)
休演日 月曜日、祝日の翌日、年末年始。

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旧宅

幽学が設計した教導所でしたが、その後この場所に移築され、幽学が住居として使用しました。
元々は茅葺きの屋根でしたが、大正時代に現在の銅板葺きに改修されました。
全ての用材に6つずつ節のあるものが使われていること、便所が立派なのが特徴だそうです。

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訪れたのは平日の昼で、建物の周りや中には人はいませんでした。
「建物内、立ち入り禁止」の看板が掲げられていました。

旧宅周辺はこのように塹壕のように通路が掘られていました。
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こちらは耕地地割。上の地図、マーカー7
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大小の田んぼが急斜面に点在する耕地を、幽学の指導で現在とほぼ同じ区画に整理したものです。これで格段に作業効率が上がり、水害にも強くなったと言います。

そしてこちらは大原幽学の墓所。62歳で失意のうちに割腹自殺した場所です。一般の墓地の中にあります。上の地図、マーカー6。
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上の地図、マーカー4から墓所までの道。
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国の史跡には指定されていませんが、史跡公園内にある、旧林家住宅。かなり立派な古民家です。
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公園内にある大原幽学記念館。今回は立ち寄りませんでした。
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大原幽学遺跡 フォトギャラリー(51枚)

文化財分布マップ

この記事は、現地案内看板
旭市公式サイト
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-21 07:09 | 千葉 | Comments(0)

サイトマップ > 沖縄県 江戸時代以前の文化財 > 斎場御嶽 見学案内 > 訪問記

斎場御嶽へのアクセス・見学案内、概要説明は前回の記事へ。


スマートフォンはこちらのマップ

斎場御嶽付属の無料駐車場と、南城市の観光案内施設。この右側の建物に、斎場御嶽に入るためのチケットの自動販売機があります。
上の地図、青マーカー2。
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券売機。
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斎場御嶽入口へ、駐車場から徒歩で向かう途中で出会いました。
「琉球コーラ」??
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入口には「緑の館」(赤マーカー1)という建物があり。(画像はありません)
チケットを見せて、中に入ります。
最初に、御嶽見学での注意などを案内するビデオを見ます。

建物を出たところ。ガイドツアーもあります。
ガイドツアー(有料)の詳細は、斎場御嶽公式HPを参照してください。
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↓ 御門口(うじょうぐち)。赤マーカー2。御嶽参道の入口です。
ここから先は聖域であり、王室関係者しか入れませんでした。
画像右側に石の香炉が6つ積まれていますが、これらは御嶽内の拝所の分身とされています。
一般庶民はここで御嶽に向かって拝んだそうです。
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サンゴの石で舗装された参道を登っていきます。
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↓ 最初の拝所、大庫理(うふぐーい)。赤マーカー3。
何でしょう、このおどろおどろしい雰囲気...。
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広間では、聞得大君(きこえおおぎみ)就任時に神女たちがそれを祝福するとともに、王国の繁栄を祈ったと言います。
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更に薄暗い谷を進んでいきます。
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↓ 御嶽の奥にある拝所、寄満(ゆいんち)。赤マーカー4。
沖縄の言葉で「台所」という意味ですが、ここで調理をしたのではなく、豊穣に満ちた場所、という意味だそうです。
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張り出した岩から、鍾乳石が垂れ下がっているとか。
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御嶽の中でももっとも重要とされる場所、三庫理(さんぐーい)に通じる場所。
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ここでも張り出した岩から鍾乳石が垂れ下がっていました。
そしてその真下には、二つの壺が。
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この壺は聖なる水を受け止めるもの。この水で、王国の将来を占ったそうです。
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そして更に奥に行くと、巨大な岩に挟まれた三角形の空間。
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奥は行き止まりになっており、神の島、久高島(くだかじま)を拝む拝所がありました。
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上の画像を撮った場所、三庫理と思われるところに香炉が。
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岩のトンネルの付近には、3つの拝所が集まっている、と現地案内看板にありましたが、どれがどれだか、よくわかりませんでした。

御嶽に入る前に禊(みそぎ)をする泉、ウローカー。赤マーカー5。
とにかく薄暗くて不気味です。
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ウローカーの側には、旧日本陸軍が設置した砲台跡。
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野生のパイナップルにちょっと癒されました。
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斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)

文化財分布マップ

このページの記述は、
斎場御嶽公式サイト
東陽バス公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-10 09:18 | 沖縄 | Comments(0)

サイトマップ > 沖縄県 江戸時代以前の文化財 > 斎場御嶽

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三庫理(さんぐーい)

「御嶽」は「うたき」と読み、沖縄地方特有の宗教施設で、南西諸島に広く分布している聖地の総称です。その中でも斎場(せーふぁ)御嶽は、かつて琉球王室と深い関わりがあった最高の聖地とされ、御嶽内部は男子禁制、王室関係者しか入れない、などの厳しい掟がありました。琉球王国とその国王を霊的に守護した国家の最高神職である神女、聞得大君(きこえおおぎみ)が斎場御嶽を管理し、その就任式も斎場御嶽で行われました。その伝統は15世紀半ばから明治初期の1875年までの400年以上に渡り、受け継がれました。
現代においても、斎場御嶽は東御廻り(あがりうまーい)と呼ばれる聖地巡礼の参拝地であり、多くの人々から崇拝されています。
昭和47年(1972年)に国の史跡に指定され、また平成12年(2000年)には「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」の構成資産の一つとして、世界文化遺産に登録されました。

斎場御嶽 訪問記、御嶽内の画像付き解説などは、こちらのページを参照。


斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)




アクセス



スマートフォンはこちらのマップ


バス
東陽バス 38系統 志喜屋(しきや)線 斎場御嶽入口 バス停(上の地図、青マーカー3)から、斎場御嶽入場チケット売り場(青マーカー2)まで徒歩1分、斎場御嶽入口(赤マーカー1)まで徒歩約7分(500m)。

東陽バスの時刻・路線・料金検索は、一部の乗り換え案内アプリ(Yahoo路線など)が対応しています。
Google Map ルート案内機能は対応していません。2019.4

東陽バスの公式サイトで、路線・時刻・料金の検索ができます。

那覇市街地からだと、那覇バスターミナル(上の地図、青マーカー4)7番のりばから、
東陽バス 38系統 志喜屋線 志喜屋 行きバスに乗車。
 ↓
運賃 830円(全国共通交通系ICカード非対応。2019.4)
乗車時間 50分〜1時間
運行頻度 1時間に1本
 ↓
斎場御嶽入口(せーふぁうたき いりぐち)バス停 下車。


駐車場
施設付属の無料駐車場があります。
入口は上の地図、青マーカー1。

青マーカー3付近。この交差点を右に行くと、すぐに駐車場入口です。
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見学のしかた


開場時間、入場料、休場日などの最新情報は、斎場御嶽公式サイトを参照してください。

2019.4
[開場時間]
3〜10月 9:00〜18:00
11〜2月 9:00〜17:30
最終入場は閉場時刻の30分前。

[入場料] 300円

[休場日]
定休日はありませんが、聖地保全と儀式のため?に、
6月中旬(旧暦5月上旬)、10月下旬から11月上旬(旧暦10月上旬)が数日間休場となります。
2019年は、
6/3〜6/5、
10/28〜10/30


南城市地域物産館(上の地図、青マーカー2)でチケットを買ったら、知念郵便局の左側の道に入り、斎場御嶽に向かいます。

チケット売り場から斎場御嶽入口の「緑の館」(上の地図、赤マーカー1)まで、徒歩約7分(500m)。

緑の館では、事前予約と予約なしの定時で、有料ガイドツアーを受け付けています。
詳細は斎場御嶽公式サイトを参照してください。

斎場御嶽訪問の様子は次回の投稿にて。

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斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)

文化財分布マップ

このページの記述は、
斎場御嶽公式サイト
東陽バス公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-08 08:20 | 沖縄 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 江戸時代以前の文化財 > 願成就院跡

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願成就院(がんじょうじゅいん)は、鎌倉時代初期に北条時政(ほうじょう ときまさ。源頼朝の義父。鎌倉幕府の初代執権)により創建された寺です。1189年、源頼朝が逆臣とした弟の源義経を討つために奥州・平泉を攻め、その勝利を祈願するために建てたとされています。寺の大御堂には国宝に指定された仏像が複数安置されています。時政の死後も、北条氏によって寺の整備は続き、多くのお堂や塔が立ち並び、宇治の平等院や平泉の毛越寺のような大きな池も作られたようです。
昭和48年(1973年)、国の史跡に指定されています。


願成就院 フォトギャラリー (39枚)



アクセス


願成就院跡はオレンジマーカー1
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 伊豆長岡駅から、徒歩15分(1.1km)。


バス
伊豆長岡駅よりも近いところに、バス停はなさそうです。


駐車場
お寺付属の参拝者用無料駐車場があります。
駐車場の入り口は、上の地図、緑マーカー3。
収容台数 普通車 20台。
駐車場から願成就院までは徒歩約4分(300m)。






見学のしかた


願成就院の拝観時間、拝観料などの最新情報は、願成就院公式サイトへ。

2019.2
拝観時間 10:00〜16:00
拝観料 500円
休館日 毎週火・水曜日

大御堂の中には国宝の仏像が複数ありますが、堂内では写真撮影は禁止です。

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寺から守山へと登る途中。この階段の上に守山八幡宮があります。結構急で、しんどいですね...。
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守山八幡宮からけもの道みたいな尾根道を南に行くと...
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守山の頂上、展望台に出ました。
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写っているのは富士山。ちょっとしたハイキング気分を味わえます。
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願成就院 フォトギャラリー (39枚)

文化財分布マップ

この記事は現地案内看板、伊豆の国市公式サイトの記載などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-02-18 06:19 | 静岡 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 近代文化遺産 > 韮山反射炉

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江戸時代末期、外国襲来の脅威を感じた江戸幕府は、韮山代官所の代官であり、江戸湾海防の実務責任者となっていた江川英龍(えがわひでたつ)に、大砲の鋳造のために反射炉の建設を命じました。反射炉とは、不純物の混ざった銑鉄から良質な鉄を作るための炉で、その名前の通り、ドーム型の屋根に熱を反射させ、炉内の銑鉄に熱を集中させて溶かすという構造を持ったものです。江川はオランダの書物だけを頼りに反射炉の建造に取り掛かり、炉の完成を見ずに病死してしまいますが、炉は幕末の1857年に完成。その後大砲の鋳造などに使用されました。この韮山反射炉(にらやまはんしゃろ)は、実際に稼働していた反射炉のうち現存する国内唯一のものです。大正11年(1922年)に国の史跡に指定され、平成27年(2015年)には世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成要素に登録されました。


韮山反射炉 フォトギャラリー (36枚)



アクセス


韮山反射炉は青マーカー3
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 伊豆長岡駅から、徒歩約22分(1.6km)。


バス
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 伊豆長岡駅から、伊豆の国市が運行する循環バス「歴バスのる〜ら」が運行しています。
10:15〜15:10まで、1時間に1本。
時刻検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Map ルート案内機能では対応していません。2019.2
時刻表など、「歴バスのる〜ら」に関する詳細は伊豆の国市公式サイトを参照。

1日乗り放題券が車内で販売されており、300円。
現金のみ。全国共通交通系ICカードは使えません。2019.1

伊豆長岡駅から韮山反射炉バス停(上の地図、青マーカー1)まで乗車時間 10分。韮山反射炉バス停から韮山反射炉ガイダンスセンター(入場口)まで徒歩0分。

「歴バスのる〜ら」は、国の重要文化財、江川家住宅・旧韮山代官所跡にも停車します。


駐車場
施設付属無料駐車場あり。
収容台数 100台以上?
入口は上の地図、青マーカー2。

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見学のしかた


最新の入場時間、入場料、休場日などに関する情報は、伊豆の国市公式サイトを参照してください。

2019.2
入場時間4〜9月 9:00〜17:00
10〜3月 9:00〜16:30

入場料 500円。江川家住宅との共通券 700円もあり。その他各種割引あり。

毎月第三水曜日。祝日の場合は翌日。
(年末年始は見学可能)

反射炉の周囲は完全に観光地化しており、映像などで反射炉の歴史などが学べるガイダンスセンター、土産物店、飲食店などが揃います。
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入場口を兼ねるガイダンスセンター。広い駐車場に面しています。
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また、ガイドツアーに参加することもできます。
現地で申し込むこともできますが、できれば予約して欲しいそうです。
ガイドツアーに関する詳細は伊豆の国市公式サイトを参照してください。

近くにある茶畑の斜面を登ると、天気が良ければ富士山と反射炉を一緒に望めます。
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管理人のおすすめポイント


文化財とは何の関係もありませんが、
反射炉のすぐ横、土産物店の影に隠れるようにして建っている、「蔵屋鳴沢反射炉ビアレストラン ほむら」。
各種レストランランキングでは、あんまり点数は高くありません。
自分も正直、それほど期待していませんでした。

ネットのサイトに載っていなかった網焼きランチメニューから、
「国産牛&朝霧ヨーグル豚・富士美味鶏」コース。税込 2,138円。
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ところがこれが!肉も野菜も激ウマでした。
そこいらのふるさと納税で「高級」と銘打っているお肉なんかより、よっぽど美味しかったです。
単に柔らかいだけじゃない、スジも全く気にならない、野菜もシャキシャキかつ固すぎない。
是非またここで食べてみたいです。
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韮山反射炉 フォトギャラリー (36枚)

文化財分布マップ

この記事は伊豆の国市公式サイト文化庁国指定文化財等データベースなどを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-02-14 09:23 | 静岡 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 江戸時代以前の文化財 > 北条氏邸跡

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北条氏邸跡(ほうじょうしていあと)は、鎌倉幕府の執権として実権を握っていた北条氏の館があった場所です。狩野川(かのがわ)の東岸にある守山(もりやま)の北西部、小さな谷になっているところです。ここを含めて伊豆北条と呼ばれた一帯は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて北条氏の本拠地でした。北条氏邸跡は武士の地方での生活を知ることができる遺跡として重要とされ、平成8年(1996年)に国の史跡に指定されました。
1333年、鎌倉幕府滅亡後、北条一族の妻や娘たちは鎌倉からこの地に戻りました。そして一族の中の円成尼(えんじょうに)という女性が中心になって、邸宅の跡に寺院を建て、北条氏の冥福を祈ったのが円成寺です。円成寺は江戸時代まで続きましたが、その後廃寺となっています。2019年2月現在は発掘調査中で立入禁止となっており、伊豆の国市では将来遺跡公園の建設を予定しています。


北条氏邸跡 フォトギャラリー 9枚の画像



アクセス


北条氏邸跡は黄色マーカー2
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 韮山(にらやま)駅 西口から、徒歩約18分(1.3km)。


バス
韮山駅よりも近いバス停はなさそうです。
韮山駅にタクシー乗り場あり。


駐車場
史跡がある守山(もりやま)周辺は公園となっており、無料駐車場があります。
上の地図、黄色マーカー1。

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見学のしかた


2019年1月現在は、立入禁止となっています。
入口に石碑と案内看板があります。

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北条氏邸跡 フォトギャラリー 9枚の画像

文化財分布マップ

この記事は現地案内看板、文化庁国指定文化財等データベースを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-02-08 06:34 | 静岡 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 江戸時代以前の文化財 > 伝堀越御所跡

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伝堀越御所跡(でん ほりごえごしょあと)は「堀越公方」と呼ばれた足利政知(あしかが まさとも)の御所があったと伝えられる場所です。ちなみに、文化財の名前の頭に「伝」とあるのは、そう伝えられている、という意味で、「公方(くぼう)」は将軍や殿様、という意味です。
室町時代の後半、大名の勢力争いが激化し、日本各地で戦乱が起こっていました。とくに関東地方は、京都にある室町幕府に従う勢力と対抗する勢力とが激しく争っていました。そこで、将軍の足利義政(よしまさ)が、直接関東地方を支配するため、1457年に鎌倉公方として派遣したのが兄の足利政知です。しかし、政知は戦乱のため鎌倉までたどり着くことができず、韮山の堀越(現在の四日町の一部)の地に館を建てて身を落ちつけました。これにより政知は「堀越公方」と呼ばれました。しかしこの御所も、政知の死後、1493年に北条早雲によって滅ぼされてしまいました。
近年の発掘調査によって、池跡や遣水、建物跡が見つかっていて、都風な公方の生活を知ることができます。現在では一般の人が立ち入ることができる広場になっています。


伝堀越御所跡 フォトギャラリー 8枚の画像



アクセス


伝堀越御所跡は緑マーカー2
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 韮山(にらやま)駅 西口から、徒歩約13分(1.0km)。


バス
韮山駅よりも現地に近いバス停はないようです。


駐車場
付属の駐車場はありません。
ただ、史跡入口(上の地図、緑マーカー1)に乗用車が1〜2台駐車できるスペースはあります。

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見学のしかた


屋外の広場であり、入場を制限する門はありませんので、24時間いつでも立ち入って見学できます。

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広い広場を一通り歩いてみましたが、遺跡だと実感できるものは入口の案内看板以外見つけられませんでした。

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伝堀越御所跡 フォトギャラリー 8枚の画像

文化遺産分布マップ

この記事は、現地案内看板、伊豆の国市公式サイトを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-01-21 15:37 | 静岡 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 江戸時代以前の文化財 > 柏谷横穴群

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柏谷横穴群(かしや よこあなぐん)は、6世紀末ごろから8世紀末ごろ(飛鳥時代〜奈良時代)にかけて造られたお墓の集まりです。東西およそ600m、南北およそ250mの範囲に、300基もの横穴が掘られ、そこがお墓として使用されました。最初にこの地に墓の横穴が掘られたのは聖徳太子が活躍していた頃です。お墓として使用された200年間の後半になると、新しい横穴は掘られなくなり、既にあった墓に別の遺骸が追加して葬られたり、火葬された骨が納められたりしました。葬られたのはこの周辺の集落遺跡で暮らしていた人々と推定され、出土品も見つかっています。鉄製品(直刀・刀子(とうす))・馬具)や金・銅・石製装身具類(匂玉(まがたま)・菅玉(くだたま)・耳飾りなど)、土器類(土師器(はじき)・須恵器(すえき))、亀甲片(きっこうへん)など、7世紀〜8世紀ごろのものが出土しました。またこれら横穴墓が掘られている地質は、箱根周辺にある火山から流れ出た巨大火砕流による軽石が主で、加工しやすい反面、壊れやすいという特徴があります。
昭和51年(1976年)に国の史跡に指定され、平成10年(1998年)には北伊豆地方でもっとも古い横穴墓が史跡に追加指定されました。


柏谷横穴群 フォトギャラリー 30枚の画像
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アクセス


柏谷横穴群はマーカー5〜7
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最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 伊豆仁田(いずにった)駅から、徒歩約25分(1.9km)。


バス
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 大場(だいば)駅近くの大場駅前バス停(上の地図、マーカー3)から、
伊豆箱根バス 畑毛(はたけ)温泉行きバスに乗車。
 ↓
1時間に1本程度。200円。
 ↓
柏谷口(かしやぐち)バス停(上の地図、マーカー1)下車。
バス停から現地まで、徒歩約9分(700m)。

または、
大場駅前バス停から、伊豆箱根バス 畑毛温泉行きバスに乗車。
 ↓
1時間に1本程度。170円。
 ↓
 岐れ道(わかれみち)バス停(上の地図、マーカー2)で下車。
バス停から、徒歩約16分(1.2km)。

伊豆箱根バスの時刻・料金検索は、各種乗り換え案内アプリやGoogle Map ルート案内機能が対応しています。
また、全国共通交通系ICカードが使えます。


駐車場
柏谷横穴群の周辺は柏谷公園として整備されており、公園付属の無料駐車場があります。
収容台数 100台前後?
駐車場入り口は、上の地図 マーカー4。

柏谷公園 付属駐車場
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見学のしかた


柏谷横穴群周辺は柏谷公園として整備されており、屋外の施設で、出入りを制限する門や塀などもないので、いつでも見学できます。

また、公園の中に横穴群を見学するための通路や現地案内看板も設置されています。

見学用の通路。
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穴の表面はコンクリートで補強されていて、中に入ったりもできます。
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上の地図、マーカー6の部分。
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横穴群の中でもっとも古い横穴がある場所。上の地図、マーカー7。平成10年(1998年)に史跡に追加指定されました。
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この記事は現地案内看板などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-01-14 07:05 | 静岡 | Comments(0)

サイトマップ > 静岡県 江戸時代以前の文化財 > 江川家住宅

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江川家はその始祖をおよそ1,000年前にまで遡ります。初代は平安時代中期の武将、源頼親(みなもとの よりちか)。平安時代後期に現在の地に移住し、江戸時代には代官を勤めました。江戸時代後期の幕臣、江川英龍(えがわ ひでたつ)は科学者・技術者として有名で、韮山反射炉の建造にも携わりました。
現在の江川家住宅の建物群は、江戸時代前期に建てられました。主屋は広い土間が特徴となっています。
主屋が昭和33年(1958年)に、書院、仏間、東蔵、肥料蔵、武器庫、表門が平成5年(1993年)に、国の重要文化財に指定されました。
またその敷地は「韮山役所跡」として、平成16年(2004年)に国の史跡に指定されました。


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アクセス


江川家住宅は、赤マーカー 3〜9
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最寄りの駅から徒歩
伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 韮山(にらやま)駅から、徒歩約22分(1.6km)。


バス
伊豆箱根バス 江川邸 バス停(上の地図、赤マーカー1)から、徒歩1分。

伊豆箱根バスの路線・時刻・料金検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Map ルート案内機能が対応しています。
全国共通交通系ICカードが使えます。

また、伊豆箱根鉄道 駿豆(すんず)線 伊豆長岡駅から、伊豆の国市が運行する周遊バス「歴バスのる〜ら」が出ています。
9:10から1時間に1本。15:15まで。
毎日は運行していません。繁忙期、および週末が中心。
運賃300円で1日乗り放題。支払いは車内で、現金のみ。
時刻などの詳細は、伊豆の国市公式サイトを参照。


駐車場
施設付属無料駐車場あり。
収容台数30〜40台。

駐車場入口。上の地図、赤マーカー2。
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見学のしかた


開館時間、入館料、休館日などの情報は、江川家住宅公式サイトを参照。

2019.1
開館時間 9:00〜16:30(最終入館は16:15)
入館料 大人一人 500円(韮山反射炉との共通券は700円) 各種割引あり。
休館日 毎月第三水曜日、年末年始

無料ガイドツアー
週末(土・日・祝日)のみ。
付属駐車場にあるボランティア事務所で申し出てください。予約不要。

春と秋に、普段は非公開の内庭が特別公開されます。
詳細は江川家住宅公式サイトの「邸内行事とイベント」を参照。

邸内にはトイレ、飲食店はありません。
付属駐車場にトイレがあります。

写真撮影は自由。ただし、おそらく邸内での三脚や大型撮影機材の使用は不可と思われます。

表門。
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主屋。
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主屋の屋根裏。木組みがすごいことになっています。
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邸内は江川家の活躍などがわかる資料館のようになっています。
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肥料蔵。
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この記事は江川家公式サイトの記述などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-01-08 08:05 | 静岡 | Comments(0)


サイトマップ > 千葉県 江戸時代以前の文化財 > 本佐倉城跡 > フォトギャラリー


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1 駐車場(上の地図、マーカー3)付近。
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6 東光寺ビョウ。マーカー1
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13 東山虎口。内郭への玄関口で、蛇行した狭い坂と二つの門で非常に厳重に作られ、固い守りが可能だったとされます。マーカー2
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17 城跡の北には水田が広がり、その奥に京成電鉄が走っています。当時はその線路があるあたりまで、印旛沼が広がっていました。江戸時代の大規模な干拓で、現在は水田となっています。
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19 Ⅳ郭虎口。名称の伝承はなく、大型の門の跡が見つかっています。マーカー5
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20 大堀切。二つの郭(城山と奥ノ山)の間にある堀切で、高低差は6m。門が設置されていました。マーカー6
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23 城山への通路と城山虎口。城山に入るための出入り口。マーカー7
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26 城山。城主の居住・執務のための場所。台所や倉庫もありました。マーカー8
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31 奥ノ山。マーカー9。千葉氏の守護神、妙見さまを祀った妙見宮があり、妙見郭とも呼ばれました。
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35 奥ノ山の斜面。かなりの高さまで急勾配で土が盛られているのがわかります。
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38 倉跡。マーカー10。米を備蓄したりしていた場所と思われます。7つある内郭のなかで最大の広さです。
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41 本佐倉城跡の周囲には竹林が広がっていますが、中を見ると結構荒れていました。
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42 妙見神社。マーカー11。千葉氏の守護神で、もともと奥ノ山にありましたが、この場所に移設されました。移設時期は不明です。
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47 城跡の南には集落と田んぼが広がっていますが、かつてはここに中池と呼ばれる池がありました。戦国時代には貴重な水源池だったと考えられます。マーカー12
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52 水の手。中池と同じく水源池だったところです。現在は水はなく、窪地となっています。マーカー13
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54 セッテイ空堀。マーカー14。セッテイ(マーカー17)と呼ばれた内郭は、ひときわ深く大規模な空堀に取り囲まれていました。画像ではわかりにくいですが、高低差は16mもあり、現在でもかつての姿をほぼそのまま残していると言われています。セッテイは、人質を捕らえていたか、あるいは接待のための館が存在していたと考えられている場所です。
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56 セッテイ虎口。セッテイへの出入り口です。マーカー15
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60 金明竹という珍しい種類の竹が、城跡の周囲には群生しています。緑と黄色の縦縞模様の竹です。マーカー16
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61 倉跡とセッテイの間にある空堀。マーカー18。高低差10m。
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62 南奥虎口。マーカー19。東山虎口と同じく、城北側の玄関口でした。当時はこの虎口には木戸と板塀が張り巡らされ、虎口の内側は外からは見えないようになっていました。
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記事中の解説は、酒々井町公式サイトを参考にしました。

by h9w457y8i | 2018-03-08 10:29 | 千葉 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。