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7〜10 アラーイ・ミナール。完成していればクトゥブ・ミナールを超える巨大な塔になっていたといわれる。
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12〜17 イレトゥミシュ廟
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29〜31 アライ・ダルワーザ
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32〜44 クトゥブ・ミナール
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54〜60 クワットゥル・イスラーム・モスク
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文化遺産分布マップ

by h9w457y8i | 2018-03-05 08:59 | インド | Comments(0)


サイトマップインドの世界遺産クトゥブ・ミナール


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アクセス




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旅行会社の現地オプショナル・ツアー
JTBのサイトに、デリーの観光名所を巡る現地参加型ツアーが紹介されており、その中にクトゥブ・ミナールが入っていた。1日140アメリカドルから。


最寄りの駅から徒歩
デリーメトロ(地下鉄) Yellow Line、Saket駅(サケット。上の地図、マーカー3)から、徒歩約25分(1.6km)。
メトロ自体は安全だが、駅からの女性一人での徒歩は避けたほうがいいかもしれない。それほど危険という雰囲気ではないけれど、慣れていないとカオスな雰囲気にちょっと気が引けると思う。


タクシー
タクシーをチャーター。ニューデリー中心部からだと、片道約1時間〜1時間30分。往復と見学合わせて4時間前後のチャーター。1,000〜2,000ルピー(1,800〜3,600円)。タクシーの種類や運転手との交渉次第。

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↓ こういうのは、乗り心地よりも何よりも旅情を最優先、という方向き。
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見学のしかた



開園時間 7:00〜17:00
入園料 500ルピー(約900円)
休園日 不明。
←現地案内看板

↓ チケット売り場。上の地図、マーカー1。一番右が外国人用の窓口。それ以外はインド国民用の窓口で、入園チケットが30ルピーで売られている。
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↓ チケット売り場では、このようなプラスチック製のトークンを手渡される。
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↓ チケット売り場から道路を挟んで向かい側に、入口がある。上の地図、マーカー2。
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↓ 入口もインド国民と外国人で分けられている。外国人は一番左。
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↓ セキュリティ・チェックを受けた後、トークンを自動改札機みたいな機械にタッチして中に入る。
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遺産の説明



ニューデリーの南郊外約15kmに位置するインド最古のイスラム遺跡群。1192年、後に奴隷王朝を打ち立てるクトゥブ・ウッディーン・アイバクが、北インドを制圧した記念に建立したのがクトゥブ・ミナールです。本来は礼拝の時を知らせるためのものですが、国内のヒンドゥー教徒たちに対するイスラムの勢力誇示という意味合いが強かったようです。
見上げるクトゥブ・ミナールの高さは約72.5m。5層からなる塔の壁には、コーランの章句やアラベスクが刻まれ、辺りを払うほどの気品と威厳を漂わせています。その傍らに立つのが、クワットゥル・イスラーム・モスク。破壊したヒンドゥー寺院の石材を再利用したため、偶像崇拝を認めないイスラムにありながら、回廊の列柱に女神像が残っています。赤砂岩の塔やモスクは夕陽を浴びてさらに美しく輝きます。
モスクの中庭には、チャンドラヴァルマンの鉄柱が立っています。4世紀に鍛造された高さ約7.2mの鉄柱ですが、雨ざらしにもかかわらずほとんど錆びていないのは、100%に近い、高い純度の鉄が使われているからと言われています。また均整のとれた美しい門、アライ・ダルワーザ、壁を覆うレリーフ彫刻が見事なイレトゥミシュ廟、未完成のアラーイ・ミナールなど、見どころが目白押しです。
阪急交通社公式サイトユネスコ世界遺産公式サイト


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管理人のおすすめポイント



有名なタージマハルよりもずっと手軽に行ける世界遺産。イスラム建築では世界最高の高さを誇る塔は、その迫力だけでなく、表面にびっしりと刻まれた彫刻の緻密さも必見です。それ以外の遺産も、イスラム建築としては珍しいレリーフや形だったりするみたいで、もしもデリーに来ることがあったら、ぜひ訪れて欲しいと思う場所です。


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フォトギャラリー

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-03-04 07:46 | インド | Comments(0)


サイトマップ中国の世界遺産万里の長城フォトギャラリー

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by h9w457y8i | 2018-01-08 08:23 | 中国 | Comments(0)


サイトマップ中国の世界遺産万里の長城


アクセス(行き方)

見学のしかた

遺産の説明

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


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アクセス



スマートフォンの方はこちらのマップ


万里の長城の長さは6,200kmあまりとされるが、一般的な観光客が訪れることができるところは限られている。
北京周辺で観光地化された長城では八達嶺(中国語読みは「ばだりん」)が有名だが、近年は観光客が押し寄せ、ビジターセンターも長城も芋洗い状態で、身動きを取るのも困難らしい。知り合いの中国人に聞くと、「八達嶺は人が多すぎるから私なら行かない」とのこと。そして、北京市街から約70kmの「慕田峪(むーてぃえんゆー)ならオススメだよ」と教えてくれたので、そこに行ってみた。

バス
北京地下鉄(乗り方はこちら)2号線・13号線・機場線 東直門駅(东直门站・Dongzhimen Station)のバスターミナルから、916系統バスに乗車。
「懐柔北大街」バス停下車。そこでH23かH24系統のバスに乗り換え。「慕田峪環島」で下車。慕田峪長城の観光案内所まで、徒歩5分。
東直門駅から現地まで、1時間30分〜2時間。
時刻表、料金は不明。

以上はその中国の方に聞いた行き方。慕田峪長城観光公式サイト(英語)でもその行き方が紹介されている。(あまり詳しくは書かれていない)

タクシー
交渉次第で、北京市街から往復500〜1,000元(8,000〜16,000円)。英語が通じるのは稀だが、筆談なら割とすんなり通じる。
現地で観光している間、運転手は待機してくれている。
管理人はタクシーを宿泊先ホテルのコンシェルジュで手配。ホテル側は1,000元と言っていたが、呼ばれたタクシーの運転手と個別交渉し、500元で行ってもらえることになった。






見学のしかた



長城の上辺は遊歩道のように整備されていて歩くことができるが、画像で見てもわかるようにかなり急で長い階段がいくつもあり、ハイヒールでは辛いだけで楽しめないと思う。
夏は酷暑、冬は極寒なので要注意。春か秋がベスト。
標高1,000mの長城に登ってからも、ところどころに売店があり、飲み物は手に入る。またお手洗いも意外と清潔なのが設置されている。中国ではトイレのブースに扉がなく丸見え、というのは昔の話。ちゃんとドアが設置されていた。


↓ バスにしてもタクシーにしても、最初はチケット・オフィス & 観光案内所に向かう。




開場時間、ロープウェイの運行時間、料金に関しては、慕田峪長城観光公式サイト(英語)を参照。

観光案内所をスタートしてから戻ってくるまでの標準的な見学時間は、1.5〜3時間。

2017.12
11月16日〜3月15日 8:00〜17:00
3月16日〜11月15日 平日 7:30〜18:00、土・日 7:30〜18:30
ロープウェイ運行時間 夏期 8:00〜17:00、冬期 8:30〜16:30

入場料 40元(670円)
シャトルバス往復(観光案内所 ⇄ ロープウェイ麓駅) 15元(250円)
ロープウェイ往復 120元(2000円)
リフト往復 120元

まずは入場料とシャトルバス往復代、55元を支払う。
ロープウェーかリフトの往復チケットは、チケット・オフィスでも買えるし、ロープウェーかリフトの麓駅でも買える。

↓ ここから下の説明に出てくる各スポットの位置関係は、こちらのマップ、あるいはこの画像を参照。ちょっと分かりにくいが、画像の赤い点線がロープウェー(地図上では「Cable Car」と書かれている)、青い点線がリフト。拡大画像はこちら


↓ チケット・オフィスを出たら、シャトルバス乗り場へ。途中には土産物店が並んでいる。




↓ 見慣れた飲み物も売っていた。10元(170円)前後。


↓ シャトルバス。10分に1本くらいの頻度で出発する。乗車時間は5分程度。


シャトルバスを降りたら、ロープウェーの麓駅へ。徒歩約10分。シャトルバスを降りて少し坂を登るとロープウェーが見えるので、そっちに登っていく。





↓ ロープウェー頂上駅周辺。


↓ ロープウェー頂上駅から徒歩数分で、この景色。人はまばら。


ロープウェー以外に、スキー場のリフトのような乗り物で頂上まで行くこともできる。リフトの頂上駅はロープウェー頂上駅からは800mほど離れており、長城経由で歩いて行き来できる。

↓ リフト麓駅




↓ リフトは地面から数10mの高いところを通る。高所恐怖症の人は絶対にムリ。


↓ リフト長城駅付近。


↓ リフト頂上駅からは、なが〜い滑り台で麓駅まで降りることもできる。






遺産の説明



万里の長城は、渤海湾沿岸からゴビ砂漠まで全長約6000kmといわれる長大な防壁として築かれた。その起源は春秋時代(紀元前8世紀~同5世紀)にさかのぼり、紀元前3世紀に秦の始皇帝が北方民族の侵入に備えて修築し、さらに西方に延ばした。現在残っている長城はほとんどが明代(14〜17世紀)のものである。
1987年、世界文化遺産に登録された。
←ユネスコ公式サイト/万里の長城ページ

慕田峪長城は北京市懐柔区にあり、長く燦然たる歴史の遺産である。文献によると、この長城は明の初代皇帝、朱元璋(しゅげんしょう)の将軍徐達が、北斉時代(6世紀半ば)に築かれた長城の上に建設したものだという。
慕田峪長城は1987年に「新北京十六景」の一つとされ、1992年には「北京旅遊世界之最(北京観光の世界一)」に選ばれ、2011年には中国政府によりAAAAA級の観光地に認定された。
慕田峪長城の構造は非常に特別である。この長城の見張り台は密集しており、関所は堅固で、城の両側にはともに狭間がある。南東には3つの見張り台と一つの正関台がそびえ立つが、これは他の長城にはあまり見られないものである。北西の長城は海抜1,000mの山稜にあって、刀で削ったような険しい山の峰の上に立っている。この地の長城は山の起伏に沿って連綿と続くので、巨大な龍が飛び立つがごとくである。
慕田峪長城は山に囲まれ、地面の96%が植物に覆われているので、非常に美しい景観を持っている。春には花が爛漫と咲き乱れ、夏には緑が満ち溢れて、水流が響き渡る。秋には一面の紅葉で覆われ、果実がたわわに実り、冬には雪が降り積もり、一面の銀世界となる。北国らしいその美しい景観は、中国のみならず世界中から「万里の長城は慕田峪が最高」との栄誉を得ている。
←現地案内看板








管理人のおすすめポイント



確かに、北京市街から電車1本でさっと行ける八達嶺に比べたら、アクセスは悪いです。でも、3人でタクシーに乗れば、一人あたり3,000円弱で楽々。そして何と言っても起伏に富んだ地形と長城のなす景観が素晴らしいです。慕田峪は人が圧倒的に少ないのもいいですね。記念写真を撮っても、人人人を撮ったのか長城を撮ったのか、どっちなの?となるよりもずっといい。行く価値はもちろんありです。
なお現在では、築かれた当時の石材は、慕田峪長城ではほとんど見ることができません。長城のごく一部にガラス張りの部分があり、そのガラス越しにかつての石材のごく一部がちらっと見える程度です。



フォトギャラリー

世界遺産分布マップ (ユネスコ公式サイト)

by h9w457y8i | 2018-01-06 09:00 | 中国 | Comments(0)


案内所トップロシアの世界遺産ノヴォデヴィチ女子修道院群フォトギャラリー

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by h9w457y8i | 2017-10-31 07:23 | ロシア | Comments(0)


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47 ↓エッセン中央駅北口(左)と、トラム地下ホーム入口(右)。
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by h9w457y8i | 2017-10-20 10:05 | ドイツ | Comments(0)

案内所トップドイツの世界遺産エッセンのツォルフェライン炭鉱業遺跡群

文化財分布マップ(管理人自作)

世界遺産分布マップ(ユニセフ公式)


アクセス(行き方)

見学のしかた

建物の説明

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


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「ツォルフェライン」という日本語表記は、ユニセフ公式サイトドイツ政府観光局公式サイトにならっている。他に「ツォルフェアアイン」とするサイトもある。ドイツ語では「Zollverein」。



アクセス



スマートフォンの方はこちらのマップへ。


ドイツ鉄道(DB)のICE(ドイツの新幹線)で、エッセン中央駅(Essen Hbf)へ。

ICEの乗り方はこちらのブログ記事へ。

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エッセン中央駅で降りたら、「Tram」の看板に従って地下へ。

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ICEを降りてホームから出ると、このように、あちこちにたくさん掲示されているのですぐにわかる。

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こんな感じの看板が出て来たら、トラム地下ホーム(B2F)の一つ上の階(B1F)、コンコースにいる。

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コンコースに着いたら、こんな黄色い機械を探す。これが自動券売機。

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自動券売機。液晶画面左端、イギリス国旗をタッチすると、英語表記に変わる。

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「Single Ticket(片道きっぷ)A adult」のアイコンにタッチ。


Single Ticket K は3駅まで乗車できるきっぷであり、エッセン駅からツォルフェラインまでだと足りない。
一日乗り放題のきっぷもある。Day Ticket を選択。

このあと枚数を聞かれるので、必要な枚数にタッチ。あとは指示に従って、お札、コイン、クレジットカードで運賃を支払う。
Single Ticket A adult は2.7ユーロ、Day Ticket は6.8ユーロ。
往復するだけなら Single Ticket のほうが安い。

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管理人が買ったのは Day Ticket。

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もう一度この画像。きっぷを買ったら、コンコース天井の案内板で「Gleis 1+3(1番線、3番線)」と書かれたホームへ階段を降りる。
トラム107番、ツォルフェライン方面は1番線。DB同様、改札口はない。

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地下のトラムホーム、1番線。ホームの天井に「Gleis 1」と書いた大きな看板が下がっている。
107番トラムに乗車。列車の先頭に大きく107と書かれているし、ホームの電光掲示板にも次のトラムの番号が表示されるのでわかりやすい。

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画像がブレていてわかりにくいが、ドアにはこのようなボタンがある。緑のライトが点灯しているボタンを押すと、ドアが開く。ドアによっては緑のライトが点灯しないこともあるので、近くのライトがついているドアへ。

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ドアから車内に入ったら、ドアのすぐそばにあるこんな機械にきっぷを差し込む。「ジジッ」という音がしたらきっぷを引き抜く。
これはヨーロッパでは一般的な「バリデート(英語で Validate)」と言われる操作で、改札口がないのでこのように乗車した時刻をきっぷに印字し、有効な切符の証明とする。

車内検札が頻繁に行われているらしい。管理人が乗った時も検札があり、バリデートしていなかったので検札員に注意された。「Tourist(旅行者)」と英語で言うと、係員が機械にきっぷを通してくれた。

車内にはとても見やすい液晶表示板があり、次に停まる駅名がでっかく表示される。車内放送もある。たしかドイツ語と英語の両方。
車内の金属製の手すりや柱に、日本の路線バスにあるようなボタンがついているので、次の駅が「ZOLLVEREIN」と表示されたら、ボタンを押す。

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ツォルフェライン(Zollverein)駅。こんなド派手な駅はここだけなので、近づくとすぐにわかる。

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ツォルフェライン駅と、炭鉱業遺産の正門前広場(画像右側、のぼりが立っているところ)。駅のホームから遺産正門まで徒歩1分。

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列車は右側通行。帰りはツォルフェライン駅の遺産正門側のホームから乗り込む。このような電光掲示板があるのでわかりやすい。
エッセン中央駅にあったのと同じ自動券売機が全ての停留所に設置されている。


駐車場

施設付属の無料駐車場もある。3つの駐車場があり、合わせると数百台の駐車スペースあり。
駐車場入口はこちらのアクセスマップを参照。





見学のしかた


遺産の敷地に入るのは無料。開園時間は6:00〜24:00。

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敷地は、A:第12採掘坑エリア、B:炭坑 1/2/8 エリア、C:コークス工場エリアにわかれる。
上のPDFマップのダウンロードはこちらから。

見学用Google Map(管理人編集)

東西900m、南北700mほどもある広大な敷地内は、上の地図の赤い点線=見学用歩道に沿って歩いて回ることもできるし、無料のトラムに乗って回ることもできる。

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トラム乗り場は、上の地図で黄色地に青い「H」で示されている。

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敷地内には線路跡を改造した遊歩道があちらこちらにあり、歩きやすい。

歩いて敷地をめぐる場合、博物館での見学も含め、所要時間2〜3時間。

正門近くにあるルール地方博物館は、10:00〜18:00、入館料 8ユーロ。

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画像左下のエスカレーターに乗って、博物館受付に向かう。

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博物館受付。ここで入館料を払ってチケットを受け取る。

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館内の展示は、ルール地方の歴史や石炭採掘場・工場にまつわる展示物と説明。


このほか、コークス工場の見学もできるが、遺産公式サイトのコークス工場見学案内ページはドイツ語のみであり、Googleの自動翻訳機能を使ってもどうやって参加するのか良くわからなかった。
公式サイトの英語版でも、コークス工場見学案内は見つけられなかった。
ルール地方博物館の受付では英語が通じるので、そこで聞いてみてもいいかもしれない。

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コークス工場

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工場の敷地内には、カフェが数軒とレストランが1つある。





遺産の説明


 エッセンはドイツ西部ノルトライン・ヴェストファーレン州の中核となる工業都市で、「ツォルフェライン」は1834年に結成されたドイツ関税同盟である。1847年、ルール地方の炭鉱群が「ツォルフェライン(関税同盟)炭鉱」として合併し、エッセンの地で石炭の採掘が始められた。1890年までにドイツ最大の産出量となり、第一次世界大戦頃にはさらに倍以上の生産能力に至った。1930年に建造された石炭採掘施設は当時世界最大であり、最新の技術が駆使されていた。1919年に設立されたバウハウス(絵画,彫刻,建築,工芸教育に革新的な方法を用いたドイツの総合的造形学校。世界文化遺産)の影響を受けており、優れた機能とともに美しさが追求され、建築物としての評価も高い。採炭が行われたのは1851年から1986年までで炭鉱は閉山している。コークス工場は1993年に閉鎖。その後、エッセン市などが炭鉱の全施設を保全して再利用している。「世界で最も美しい炭鉱」と評されるなど、産業技術史、建築史上でヨーロッパ屈指の貴重な遺産であることが評価され、2001年、世界文化遺産に登録された。 ←コトバンク

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バウハウス様式の、第12採掘坑櫓(やぐら)用ボイラー棟。

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管理人のおすすめポイント


近代産業遺産や廃墟、工場見学が好きな方にはお勧めです。
こちらのフォトギャラリーをご覧になり、行くかどうかを決めてみてはいかがでしょう。
一方、特に近代産業遺産が好き、というわけでも、炭坑の歴史に興味があるというわけでもない一般の旅行者が、わざわざ訪れる価値があるかというと...。うーん、微妙ですかね。

なお世界遺産とは関係ありませんが、工場の敷地内にある「Casino」というレストランは、口コミサイトでの評価も高く、美味しいみたいです。
管理人が行った時には営業時間外でした。

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火曜日〜木曜日 11:30〜15:00(Last Order 14:30)、17:30〜24:00(Last Order 22:00)
金曜日〜日曜日 11:30〜24:00(Last Order 22:00)
月曜日定休
ランチコース(お一人様はオーダー不可) 3種の料理で一人 25ユーロ
アラカルトもあり。
詳しくはCasino公式サイトへ。

by h9w457y8i | 2017-10-18 19:26 | ドイツ | Comments(0)

案内所トップマカオの世界遺産(マカオ歴史地区) > フォトギャラリー 南側



マカオの世界遺産構成要素分布マップ

各建物や広場の名称の左側番号は、上マップ内の番号と一致しています。
16 盧家屋敷
17 大堂
19 聖ドミニコ教会
21 イエズス会紀念広場
22 聖ポール天主堂跡
23 ナーチャ廟
24 旧城壁
25 モンテ砦
26 聖アントニオ教会
27 カーザ庭園
28 カモンエス広場
29 プロテスタント墓地
30 ギア要塞

1 媽閣廟
3 港務局
4 鄭家屋敷
5 リラウ広場
6 聖ローレンス教会
7 聖ヨセフ修道院および聖堂
8 聖オーガスティン教会
9 ロバート・ホー・トン図書館
10 ドン・ペデロ5世劇場
11 聖オーガスティン広場
12 民政総署
13 セナド広場
14 仁慈堂
15 三街會館(関帝廟)
以上、1〜15の説明と画像は、フォトギャラリー(南側)へ。


盧家屋敷
1889年に建てられたとされる建物は、マカオに大きな建物を複数所有していた著名な中国人貿易商・盧華詔の邸宅でした。セナド広場と大堂広場に近く、当時の「クリスチャン・シティ」中心部にあり、マカオの多様な社会構造を表しています。盧家屋敷は灰色レンガを使い、二階建てで中庭がある伝統的な中国式住居で、建築的には広東省の典型的住居の特徴も兼ね備えています。

98〜102 大堂、大道広場
1622年頃に建築された大堂は、元々はタイパという土とワラでできたレンガで築かれました。1780年の再建の際、大堂の祭祀は一時的に仁慈堂の古いチャペルで行われました。ファサード(正面)は、飾り柱と突出した2つの鐘楼で特徴づけられています。外装には上海製の漆喰を使い、落ち着いた印象の外観を与えています。
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103〜108 聖ドミニコ教会
1587年、メキシコのアカプルコから来た3人のドミニコ会スペイン人修道士によって建てられた教会で、ロザリオの聖母が祀られています。1822年9月12日、ここで中国初のポルトガル語の新聞「A Abelha da China (「The China Bee」)」が発刊されました。かつて建物の裏手にあった鐘楼は、小さな宗教芸術の博物館として改築され、現在は約300点の宗教的装飾品などを展示しています。
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109〜110 イエズス会紀念広場
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111〜120 聖ポール天主堂跡
聖ポール天主堂跡は、1602年から1640年にかけて建設され、1835年に火事で崩壊した聖母教会と教会の隣に建てられた聖ポール大学跡の総称です。当時の聖母教会、聖ポール大学およびモンテの砦は全てイエズス会による建築物であり、マカオの「アクロポリス」のような存在だったと考えられています。近くには聖ポール大学の考古学的な遺跡が残っており、細密な教育プログラムを整備した東洋初の西洋式大学であった歴史を物語っています。今日では、聖ポール天主堂跡のファサード(正面壁)はマカオのシンボルとして街の祭壇のような存在となっています。
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120〜123 ナーチャ廟
神童ナーチャを奉るため1888年に建立されたこの小さな伝統的中国寺院は、地域の主要なイエズス会事業跡の近くにあり、マカオが多文化的なアイデンティティと信教の自由を受け入れた最も良い例の一つとして、西洋と中華の思想交流の姿を表しています。
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124〜125 旧城壁
1569年には築かれていた防御壁の残存部分は、ポルトガル人がアフリカやインドでも行った彼らの居住エリアを守るための城壁の遺跡です。マカオでは、特に土砂、ワラ、牡蠣の貝殻を混ぜ、木製の枠に流し込んで押し固めた「シュウナンボー」という地元の技術および材料を使用する事で、何層にも重ねて城壁が作られました。
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126〜141 モンテ砦
1617年から1626年にかけてイエズス会の協力のもとに築かれたマカオ最強の防御施設です。砦には大砲、軍部宿舎、井戸のほか、2年間の攻撃に耐えうるよう兵器工場や貯蔵庫もありました。砦は台形で、10,000㎡に及びます。要塞の四隅は防御能力を高めるために突き出すように設計されました。
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142〜148 聖アントニオ教会
マカオで最も古い教会の一つであり、イエズス会修道士が最初の拠点を築いた場所でもあります。1560年以前は竹と木で造られていましたが、後に石造りによって数回再建され、現在の外観および規模は1930年の再建によるものです。昔は、ポルトガル人コミュニティーの人々が結婚式を挙げたことから、花王堂 (Church of Flowers)と中国語で呼ばれていました。
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149〜152 カーザ庭園
1770年に建てられた邸宅は、元々はポルトガルの豪商マヌエル・ペレイラの邸宅でした。後に、東インド会社が借り上げていた時期もありました。現在、東方基金会という財団の事務所となっています。
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153〜156 カモンエス広場
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157〜158 プロテスタント墓地
カーザ庭園に隣接するプロテスタント墓地は、マカオにおける最初のプロテスタントコミュニティーに関する包括的な記録を残しています。1821年に建立されたチャペルは現在、ロバート・モリソン(1782-1834)を記念した「モリソン礼拝堂」として存在しています。彼のほか、著名なイギリス人画家ジョージ・チナリー (1774-1852) や東インド会社の高官、アメリカやイギリスのプロテスタントなど様々な人々が眠っており、マカオの多様なコミュニティーの側面をうかがうことができます。
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ギア要塞(ギア教会と灯台を含む)
1622 年から1638年にかけて築かれた要塞内にあるギア教会は、聖クレア修道院を建設する前にギアの丘に居住していたクラリスト修道女によって建立されたものです。ギア教会の精巧なフレスコ画は、宗教的および神話的なモチーフを表した西洋と東洋双方のテーマを扱っていることから、マカオの多文化的融合をよく表しているといえます。同じ敷地内に建つギア灯台は、1865年に中国沿岸初の近代的灯台として建てられたものです。教会と灯台、そしてギア要塞は合わせてマカオの過去の海事、軍事および宣教を表すシンボルと言えるでしょう。

以上、解説はマカオ観光局日本語HPより
by h9w457y8i | 2017-10-01 05:46 | マカオ | Comments(0)

案内所トップマカオの世界遺産(マカオ歴史地区) > フォトギャラリー 南側



マカオの世界遺産構成要素分布マップ

建物や広場の番号は、上マップ内の番号と一致しています。
1 媽閣廟
3 港務局(海事水務局)
4 鄭家屋敷
5 リラウ広場
6 聖ローレンス教会
7 聖ヨセフ修道院および聖堂
8 聖オーガスティン教会
9 ロバート・ホー・トン図書館
10 ドン・ペデロ5世劇場
11 聖オーガスティン広場
12 民政総署
13 セナド広場
14 仁慈堂
15 三街會館(関帝廟)

16 盧家屋敷
17 大堂
19 聖ドミニコ教会
21 イエズス会記念広場
22 聖ポール天主堂跡
23 ナーチャ廟
24 旧城壁
25 モンテ砦
26 聖アントニオ教会
27 カーザ庭園
28 カモンエス広場
29 プロテスタント墓地
30 ギア要塞
以上の説明、画像は、フォトギャラリー北側の記事へ。


1〜13  媽閣廟
媽閣廟は、マカオの街が形成される以前から存在していました。正門、中国式鳥居と4つのお堂で構成されています。媽閣廟のように単一の建築集合体の中に異なる神を祀る様々なお堂が存在するのは、儒教、道教、仏教および複数の民間信仰の影響を受けた中国文化の典型的な例だと言えます。
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14〜26 港務局(海事水務局)
1874年、マカオの警察部隊を補強するためにインド・ゴアから派遣された連隊の宿泊施設として建築されました。現在は海事水務局として使用されています。建物はムガール帝国の建築要素を反映した新古典様式の建築です。
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27〜30 鄭家屋敷
1869年以前に建てられた屋敷は、著名な中国の文豪・鄭観應の伝統的な中国式住居でした。複数の建物と中庭で構成されており、アーチ型の装飾に灰色レンガを使用したり、インド式の真珠貝の窓枠に中国式格子窓が取り付けられるなど、中国と西洋の影響による様式が混在しています。
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31〜33 リラウ広場
その昔、リラウの地下水がマカオの天然水の供給源でした。ポルトガルの言い伝えに「リラウの水を飲んだ者はマカオを決して忘れない」とあり、これはリラウ広場に対する地元民のノスタルジックな想いを表したものです。このエリアはポルトガル人が最初に住み始めた地域の一つです。
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34〜42 聖ローレンス教会
16世紀中頃にイエズス会によって建てられ、マカオで最も古い教会の一つです。現在の外観および規模は1846年に再建されたものです。かつては海を臨む南湾の水辺にあり、ポルトガル人船乗りの家族はこの教会の階段に集まり、彼らの帰還を祈り待ち続けたことから、「風順堂」と名づけられました。当時は比較的裕福な人々が教会付近に住んでいたため、壮大かつ贅沢な建築の仕様が伺えます。新古典様式の造りですが、僅かにバロック調の装飾も感じられます。
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43 聖ヨセフ修道院および聖堂
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44〜51 聖オーガスティン教会
スペインの聖オーガスティン修道会によって1591年に最初に創設されました。この教会は何千人もの信者が参加するマカオで最も有名なキリスト教行事、パッソス聖体行列を司ることを伝統としてきました。昔、大雨の際には司祭たちがヤシの葉を使って屋根の補強をしていました。遠くから見ると、これらの葉は風によって浮遊する竜の髭のように見え、地元の中国人はこれをLong Song Miu (竜の髭寺院)と名付けたといわれています。
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52〜58 ロバート・ホー・トン図書館
1894年以前に建築された建物は、元々はドナ・キャロリーナ・クンハの住居でした。1918年に香港の事業家ロバート・ホー・トン卿がこれを購入し、別荘として使用していました。1955年の彼の死後、遺言に従ってマカオ政府に寄贈され、図書館として改築されました。
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59〜70 ドン・ペデロ5世劇場
1860年、中国で最初の西洋式劇場として300席を設けて建築されました。地元マカオのコミュニティーにおける非常に重要な文化的名所として残っており、現在も重要な公共の催事や祝賀会の会場として使用されています。
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71〜73 聖オーガスティン広場
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74〜80 民政総署
1784年に建築された建物は、マカオ初の市議会所有のものであり、現在もその機能を果たしています。「レアル・セナド」(忠誠なる評議会)という名称は、1654年にポルトガル王ドン・ジョン4世がマカオを褒め称えた言葉「神の名の街マカオ、他に忠誠なるものなき」に由来するものです。民政総署は新古典様式で、壁、レイアウト、裏庭に至るまで当時のまま残されています。二階には公式行事などで使用される議事室と、ポルトガルのマフラ宮殿の図書館を模した重厚な図書館と、小さなチャペルがあります。
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81〜85 セナド広場
セナド広場は何世紀にもわたってマカオの街の中心であり、現在も公共のイベントや祝典が開催される最も人気のある広場です。民政総署や三街会館(関帝廟)のすぐそばという立地は、地元の中国人社会が積極的に行政に関与していたことを物語っており、マカオ文化の多様性を知ることができます。広場はパステルカラーの新古典様式の建物に囲まれており、波形模様の石畳が調和のとれた雰囲気を醸し出しています。
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86〜90 仁慈堂
1569年に初代マカオ司教によって設立された施設で、祖国ポルトガルで最も著名かつ古い慈善団体の建物をモデルに建立されました。マカオで最初の西洋式病院と今でも運営されている慈善福祉施設の創設に深く関わりました。建物は新古典様式ですが、マヌエル様式の影響もうかがえます。
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91〜97 三街會館(関帝廟)
かつての中国市場があったあたりは、今も市場(營地街市)が建っています。西洋式のセナド広場に接して、この中国式寺院が存在する姿から、二つの文化の共生を見ることができます。関帝廟は、中国商工会議所の前身として中国系事業組合と長年密接に関わっています。
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以上、解説はマカオ観光局日本語HPより

これ以外の遺産の構成要素は、【マカオ歴史地区】フォトギャラリー 北側 の記事へ。

by h9w457y8i | 2017-09-30 10:45 | マカオ | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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