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サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 日本工業倶楽部会館

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日本工業倶楽部は、大正6年(1917年)、当時の有力実業家が集まり、日本の工業を発展させることを目的に設立されました。設立後は重要経済問題や労働問題などについて政府に意見を述べ、戦後は日経連や経団連をはじめ経済団体の設立・育成に協力する一方、それらの団体と重複する事業は行いませんでした。
この建物は大正9年(1920年)に竣工。セセッション様式で、国賓をも迎えられるような、重厚かつ優雅なデザインとされました。近年、老朽化や耐震性の問題から建替が検討。建物の西側部分(正面に向かって左側)を保存するとともに、その他の部分を再現し、歴史的な景観を保全することとしました。保存改修工事は平成15年(2003年)に竣工。玄関、ロビー、階段、石造りの装飾はオリジナルのものを使用し、大食堂、大会堂はほぼ完全に保存されています。
平成11年(1999年)、造形の規範となっている建造物として、国の登録有形文化財となりました。


日本工業倶楽部会館 フォトギャラリー(23枚)




アクセス



日本工業倶楽部会館は赤マーカー3(青5の近く)
スマートフォンはこちらのマップ


駐車場
施設付属の有料駐車場があります。

収容台数 240台。
料金、営業時間などの詳細は、NAVITIME 駐車場検索ページにて、「日本工業倶楽部会館」で検索。

入口は上の地図、青マーカー5。






見学のしかた


日本工業倶楽部会館は、会員のみ入館できます。
と書かれた看板が玄関にありました。

ですので、見学は外観のみとなります。

ちなみに、倶楽部個人会員になるための案内は、こちら
まあ、私を含めふつーの人は会員にはなれないし、なる必要もないでしょう。

訪れたのは土曜日。丸の内のど真ん中ですが、人は少なめでした。
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セセッション様式。日本では珍しいようです。幾何学的、直線的なデザインが特徴ということです。
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↓ 屋根の上には男女の像。左の男性像はハンマーを手に、右の女性像は糸巻きを手にしています。それぞれ、当時主要工業だった石炭と紡績を表しています。
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国賓を迎えられるよう、重厚な玄関になっています。
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玄関横から。
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入口に接近。看板。
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玄関正面。中に入れないのが残念です。
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玄関から道路側。
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建物の西面。こちらは建設当時のまま保存されています。外壁をよく見ると、他の部分よりもレンガに経年によるムラがあります。
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建物近くの歩道。陽の光が柔らかく、人も少なめで穏やかな雰囲気でした。
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日本工業倶楽部会館 フォトギャラリー(23枚)

文化財分布マップ

このページは、
日本工業倶楽部公式サイト
文化庁国指定文化財等データベース
などの記述を参照しました。

by h9w457y8i | 2019-05-29 09:47 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 江戸時代以前の文化財 > 増上寺 三解脱門

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増上寺の三解脱門(さんげだつもん )は、江戸時代の始め、1611年に徳川家康の助成により、江戸幕府大工頭・中井大和守正清によって建立されました。現在の門は、その11年後、1922年に再建されたものです。増上寺で唯一の江戸時代初期の面影を残す建造物で、大正4年(1915年)、国の重要文化財に指定されています。
三解脱門は別名「三門」と呼ばれ、三つの煩悩「貪欲(とんよく=むさぼり)、瞋恚(しんに=怒り)、愚痴(ぐち=おろかさ)」の三悪を解脱する悟りの境地を表しています。
建築様式は三戸楼門、入母屋造、朱漆塗(しゅうるしぬり)。唐様(中国の昔の様式)を中心とした建物に、和様の勾欄などが加味され、見事な美しさを見せています。大きさは、間口約19m、奥行き約9m、高さ約21mの二重建て構造。更に左右には幅5.4mの山廊を有しています。上層部(楼上)内部には、中央に釈迦三尊像、脇壇に十六羅漢像が安置されています。


増上寺 三解脱門 フォトギャラリー(35枚)




アクセス



増上寺 三解脱門は、赤1


駐車場
お寺付属の一般参拝者用駐車場はありません。

お寺周辺には有料時間貸駐車場が多数あります。
NAVITIME 駐車場検索ページにて、「芝増上寺」で検索。






見学のしかた



三解脱門は公道に面しており、外観はいつでも見学できます。

参拝時間についても公式HPには特に記載がなく、いつでも境内に入ることができると思います。

ただ、三解脱門 二階部分内部は非公開です。
かつては特別公開したことがありましたが、2019.5現在では公開情報は見つけられませんでした。

二階部分の特別公開など、問い合わせ先は、増上寺 公式HPを参照してください。


門正面をちょっと遠くから。撮影したのは平日でしたが、外国人観光客を含め、たくさんの方が常に通行している交差点に面しています。
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正面至近から。
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南側から。門の前は交通量の多い交差点になっています。
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北側から。
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正面の横断歩道 モノクロ
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屋根 破風
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楼上部分。
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軒下を見上げる。
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軒下、角。鳩が止まるのを防ぐため?の網が、過剰なような気が...。
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両側にある山廊。
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門、正面、入口
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入口、斜め。
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この装飾は何の意味があるのでしょうか。
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門、1F 内部。
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山廊から楼上に上がる階段。金属で補強されていました。
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境内から門。
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境内側の門1F
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門から本堂を見たところ。東京タワーはすぐ近くです。
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門の前から、浜松町方面を見たところ。
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現地案内看板
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増上寺 三解脱門 フォトギャラリー(35枚)

文化財分布マップ
(全国の国宝、国指定重要文化財建造物の詳細位置をプロットしています)

このページは、増上寺 公式HP
現地案内看板
などの記述を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-05-23 08:46 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 東京駅丸ノ内本屋

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東京駅丸ノ内本屋(とうきょうえき まるのうち ほんや)は、皇居からまっすぐ東に伸びる通称「行幸通り」の正面に位置しています。「本屋」というのは、メインとなる建物、という意味です。大正3年(1914年)に竣工した鉄骨レンガ造の駅舎で、当時も今も、レンガを主体とする建造物としては国内最大規模を誇ります。折れ曲がった南北の総延長は335m。設計は、明治時代に日本建築界をリードした辰野金吾(たつの きんご)です。この建物は辰野金吾の集大成と言える作品であり、日本鉄道網の起点となる停車場として、また明治時代に計画された首都東京を象徴する建造物としても貴重だと言えます。
東京への空襲で大きな被害を受け、戦後は最上階の3階部分を削って2階建てとし、南北のドームも四角いものに建て替えられましたが、平成15年(2003年)に国の重要文化財に指定された後、復原工事によって建造当時の姿が蘇りました。


東京駅丸ノ内本屋 フォトギャラリー(47枚)


東京駅丸ノ内本屋は赤マーカー2
スマートフォンはこちらのマップ


行幸通りから見た丸ノ内本屋。
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見学のしかた



既に削除されてしまったようですが、かつてJR東日本の公式サイトに、下の画像のPFDが掲載されていました。
見学する際は、結構使えると思います。
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このブログにPDFファイルを載せられないのが残念ですが。

↓ 丸ノ内本屋の正面に新丸の内ビルディング(新丸ビル)があり、その7Fにはテラスがあって、駅舎全体を見渡すことができます。
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新丸ビルの7Fテラスより。
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正面の入り口はこんな感じで、意外と小さいです。現在は使われていません。
ここはかつて、皇族専用の出入り口でした。
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↓ アルミサッシの窓。建設当初は木製のサッシで、空襲で全てが焼失してしまったため、戦後は鉄製になりました。平成19年(2007年)からの復原工事でアルミのサッシに変更されましたが、デザインは鉄製に変えられた当初のものとし、ガラスの厚さは建造当初と同じ3mmとされています。
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二つあるドームの南側の下の入口。こちらは戦前は入口専用でした。
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上を見ると、こんな感じ。よく見ると、鳳凰?の彫刻も見えます。
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こちらは北のドーム下の入口。戦前は出口専用でした。
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丸ノ内本屋前の広場から見た行幸通り。その奥は皇居の森です。
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東京駅丸ノ内本屋 フォトギャラリー(47枚)

文化財分布マップ

この記事の内容は、
文化庁国指定文化財等データベース
東京都教育委員会公式サイト
東京ステーションホテル公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-30 06:22 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 虎ノ門大坂屋砂場店舗

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虎ノ門大坂屋砂場(とらのもん おおさかや すなば)は、明治5年(1872年)から140年以上続く老舗蕎麦屋です。「大坂屋」「砂場」の名前の由来はWikipediaになぜかかなり詳しく解説されています。現在ある建物は大正12年(1923年)に建てられたもので、直後の関東大震災や戦時中の空襲でも生き残り、現在に至っています。街のランドマーク的存在として地域に親しまれ、平成23年(2011年)、国土の歴史的景観に寄与しているとして、国の登録有形文化財となりました。


虎ノ門大坂屋砂場 フォトギャラリー(16MB)




アクセス



店舗は青マーカー1
スマートフォンはこちらのマップ


駐車場
店舗付属の駐車場はありません。

店舗周辺には多数の時間貸駐車場があります。
NAVITIME 駐車場検索ページにて、「名代虎ノ門」で検索。






見学のしかた


現役の蕎麦屋として営業中。

店舗の公式HPはありません。

営業時間、定休日などは食べログなどのサイトを参照してください。


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店舗1F。それほど広くありませんし、思ったほどのレトロ感もありません。シンプルな店内です。
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シンプルに、きつねそば+お餅トッピングを注文してみました。
900円。
...うーん、至ってふつーのお蕎麦でした。
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相席になった常連らしきおじさんは、シンプルに盛りそばを召し上がっていました。
そっちの方が良かったのかな?


虎ノ門大坂屋砂場 フォトギャラリー(16MB)

文化財分布マップ

このページの記載は文化庁国指定文化財等データベースを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-06 08:55 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 竹中家住宅主屋

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竹中家住宅の主屋は、昭和初期(1930年ごろ)に東京の田園調布に建てられました。木造2階建ての和洋折衷住宅で、昭和初期の中流住宅の典型だそうです。
平成12年(2000年)、国の登録有形文化財に登録されました。
文化庁国指定文化財等データベース

現在も個人の方がお住まいになっており、見学は不可です。特別公開の情報もありません。


竹中家住宅は、マーカー3

東京急行電鉄(通称「東急」)東横線 田園調布駅 西口から、徒歩約6分(450m)。


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竹中家住宅主屋 フォトギャラリー(16MB)

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2019-03-14 12:15 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 位田家住宅主屋

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位田家(いんでんけ)住宅は、現在では高級住宅地として知られる大田区田園調布にあり、昭和5年(1930年)の建築です。玄関脇の応接間、左右両側に扉のある屋内の中廊下など、昭和初期の中流住宅の典型的な構造となっています。また外壁の上部を白漆喰で塗り、下部を目板付きの縦板張りとする外観は、当時の田園調布における住宅地形成の一旦を伝えているとされます。
平成17年(2005年)には、国土の歴史的景観に寄与しているとして国の登録有形文化財に登録されました。


位田家住宅はマーカー2
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東京急行電鉄(東急) 東横(とうよこ)線 田園調布駅 西口から、徒歩約6分(450m)。

現住のため、内部非公開。特別公開の情報もありません。

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文化財分布マップ

この記事は、文化庁国指定文化財等データベースの記載を参照しています。

by h9w457y8i | 2019-01-31 22:07 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 江戸時代以前の文化財 > 池上本門寺

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池上本門寺(いけがみほんもんじ)は、鎌倉時代の13世紀半ば、日蓮宗を起こした日蓮が没した寺です。それ以来、日蓮宗の中心的なお寺の一つとされてきました。広い敷地には多くの建物が建てられましたが、第二次世界大戦の空襲で多くが焼失してしまいました。焼け残ったもののうち、五重塔と宝塔が国の重要文化財に指定されています。
関東地方には江戸時代以前に建てられた五重塔が4基存在しますが、池上本門寺の塔はその内で最も古いものです。高さはおよそ32m、江戸時代初めの1608年に建立されました。5層構造のうち、一番下の1層目だけが和風で、それより上が禅宗様となっています。
宝塔(ほうとう)は、境内の西側、本堂や五重塔が建つ高台から深く落ち込んだ墓地の中にあります。日蓮が荼毘(だび)にふされた場所とされます。江戸時代後期の1828年に再建された2代目で、初代の宝塔は日蓮の遺灰を納めていたと言われています。真っ赤な円筒形の部分は木造で内部空間を有し、宝塔でこのような構造になっているものは他にほとんど例がなく、大変貴重な建造物です。

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池上本門寺の画像 47枚
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アクセス


五重塔はマーカー1、宝塔はマーカー2
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東急電鉄 池上線 池上駅から、本門寺入り口(階段下)まで徒歩約8分(600m)。

本門寺の境内には、この階段を上がっていきます。
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池上本門寺への公共交通機関での詳しい行き方は、池上本門寺公式サイトを参照。


駐車場
参拝者用の付属駐車場が複数あり。収容台数は合計で100台程度?
いずれも無料。

駐車場入口 1。上の地図、マーカー3。
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駐車場入口 2。上の地図、マーカー4。
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駐車場入口 3。上の地図、マーカー5。
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見学のしかた


境内の出入りは制限されておらず、五重塔と宝塔の外観はいつでも見学できます。

また、五重塔は年に2回、春と秋に内部が特別公開されます。
詳細は池上本門寺に問い合わせ。

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宝塔の内部公開の情報はありません。
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管理人のおすすめポイント


文化財とは全く関係がありませんが、
上の地図、駐車場入口 3(マーカー5)近くの建物の中に、人形町今半の支店が入っています。すき焼きで有名なお店ですね。
ずっと以前に一度行ったことがありますが、美味しかったです!
ランチは2,050円からとなっており、高級すき焼きがリーズナブルにいただけます。

画像がないのが残念ですが...。

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池上本門寺の画像 47枚
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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-12-30 15:33 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 吉川家住宅主屋

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大正12年(1923年)ごろの建築。映画関係者が撮影用に建設したものと言われており、建設後まもなく転売されました。平屋建て,下見板張りの洋館で,シンプルなデザインとなっています。増築などがされていますが、外観、内装、建具等に建築当初の姿がよく残っています。
「造形の規範となっているもの」として、平成12年(2000年)に国の登録有形文化財となりました。


吉川家住宅主屋は、赤マーカー1
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東急東横線 田園調布駅 西口から、徒歩約8分(600m)。

現住のため非公開。

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記事内容は、文化庁国指定文化財等データベースを参照しています。

文化財分布マップ

吉川家住宅主屋 Photo Gallery
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by h9w457y8i | 2018-11-28 14:07 | 東京 | Comments(0)

サイトマップ > 東京都 近代文化遺産 > 旧東京音楽学校奏楽堂

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旧東京音楽学校奏楽堂は、現在の東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の校舎として、明治23年(1890年)に建てられました。「奏楽堂」(そうがくどう)とは2Fにある講堂兼音楽ホールのことで、ここから、日本の近代音楽の基礎を築いた多くの音楽家たちが巣立っていきました。かつては滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人初のオペラ公演でデビューを飾った、由緒あるホールです。
建物の設計は、当時文部省の技師だった山口半六と久留正道が担当し、音響設計は上原六四郎が手掛けました。
創建以来、日本における音楽教育の中心的な役割を担ってきましたが、機能面の問題と老朽化から、昭和56年(1981年)以降は使用されなくなりました。その後台東区がこの建物を譲り受け、昭和62年(1987年)に現在の場所に移築、一般公開されるようになりました。そして昭和63年(1988年)、日本最古の洋式音楽ホールとして国の重要文化財に指定されました。


旧東京音楽学校奏楽堂 49枚のPhoto Gallery



アクセス



旧東京音楽学校奏楽堂は、赤マーカー7
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
JR上野駅 公園口(上の地図、青マーカー1)から、徒歩約8分(600m)。
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東京メトロ 銀座線 および 日比谷線 上野駅 7番出口(青マーカー4)から、徒歩約10分(900m)。

京成電鉄 京成上野駅 正面口(青マーカー2)または 池の端口(青マーカー3)から、徒歩約10分(900m)。

3 ↓ 東京メトロ上野駅 7番出口、JR上野駅 広小路口付近。
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バス
上野駅入谷口バス停(上の地図、青マーカー7)から、
台東区循環バス「めぐりん」 東西めぐりん線に乗車。
 ↓
乗車時間 約6分。
運賃 100円。全国共通交通系ICカード利用可能。
運行間隔 15分に1本。
時刻表、乗り方などめぐりんの詳細は台東区公式サイトを参照。
(各種乗り換え案内アプリ、Google Mapは、めぐりんの時刻検索に対応していません。2018.11)
 ↓
「旧東京音楽学校奏楽堂」バス停(上の地図、青マーカー8)で下車。現地まで徒歩約1分。


駐車場
施設付属の駐車場はありません。
半径500m以内に、複数の時間貸駐車場があります。
NAVITIME 駐車場検索ページにて、「旧東京音楽学校奏楽堂」で検索。

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見学のしかた


開館時間、入館料、休館日などについての最新情報は、旧東京音楽学校奏楽堂公式HPを参照。

以下、2018.11の情報です。

開館時間 9:30〜16:30(最終入館は16:00)
入館料 300円
休館日 月、木、金、土曜日、および音楽ホール使用日。
開館日については公式サイトを参照。

館内の写真撮影。資料展示室以外は撮影可能です。

音楽ホールでは、毎日ではありませんが、東京藝術大学の学生によるコンサートのほか各種催しが開かれ、鑑賞することができます。
ホールでのコンサートについては公式サイトを参照。

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6 ↓ ホール舞台にあるパイプオルガン。昭和3年(1928年)に設置されました。日本で唯一の空気式アクション機構を持つ、日本最古のコンサート用オルガンです。管理人が訪れたときは、演奏者が練習で使っていました。
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7 ↓ 音楽ホールはヴォールト天井になっています。かまぼこ型で、音響、視覚、排気の点で優れているとされます。
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8 ↓ そして壁の中や床下には、遮音効果のある藁やおが屑が入っています。
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10 ↓ 滝廉太郎像。
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11 管理人が訪れたのは11月下旬で、奏楽堂は紅葉に囲まれていました。
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旧東京音楽学校奏楽堂 49枚のPhoto Gallery

文化財分布マップ

この記事は、現地で配布されるパンフレット、現地の案内看板などを参照しています。

by h9w457y8i | 2018-11-22 09:51 | 東京 | Comments(2)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。