サイトマップ > 沖縄県 江戸時代以前の文化財 > 斎場御嶽 見学案内 > 訪問記

斎場御嶽へのアクセス・見学案内、概要説明は前回の記事へ。


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斎場御嶽付属の無料駐車場と、南城市の観光案内施設。この右側の建物に、斎場御嶽に入るためのチケットの自動販売機があります。
上の地図、青マーカー2。
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券売機。
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斎場御嶽入口へ、駐車場から徒歩で向かう途中で出会いました。
「琉球コーラ」??
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入口には「緑の館」(赤マーカー1)という建物があり。(画像はありません)
チケットを見せて、中に入ります。
最初に、御嶽見学での注意などを案内するビデオを見ます。

建物を出たところ。ガイドツアーもあります。
ガイドツアー(有料)の詳細は、斎場御嶽公式HPを参照してください。
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↓ 御門口(うじょうぐち)。赤マーカー2。御嶽参道の入口です。
ここから先は聖域であり、王室関係者しか入れませんでした。
画像右側に石の香炉が6つ積まれていますが、これらは御嶽内の拝所の分身とされています。
一般庶民はここで御嶽に向かって拝んだそうです。
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サンゴの石で舗装された参道を登っていきます。
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↓ 最初の拝所、大庫理(うふぐーい)。赤マーカー3。
何でしょう、このおどろおどろしい雰囲気...。
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広間では、聞得大君(きこえおおぎみ)就任時に神女たちがそれを祝福するとともに、王国の繁栄を祈ったと言います。
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更に薄暗い谷を進んでいきます。
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↓ 御嶽の奥にある拝所、寄満(ゆいんち)。赤マーカー4。
沖縄の言葉で「台所」という意味ですが、ここで調理をしたのではなく、豊穣に満ちた場所、という意味だそうです。
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張り出した岩から、鍾乳石が垂れ下がっているとか。
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御嶽の中でももっとも重要とされる場所、三庫理(さんぐーい)に通じる場所。
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ここでも張り出した岩から鍾乳石が垂れ下がっていました。
そしてその真下には、二つの壺が。
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この壺は聖なる水を受け止めるもの。この水で、王国の将来を占ったそうです。
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そして更に奥に行くと、巨大な岩に挟まれた三角形の空間。
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奥は行き止まりになっており、神の島、久高島(くだかじま)を拝む拝所がありました。
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上の画像を撮った場所、三庫理と思われるところに香炉が。
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岩のトンネルの付近には、3つの拝所が集まっている、と現地案内看板にありましたが、どれがどれだか、よくわかりませんでした。

御嶽に入る前に禊(みそぎ)をする泉、ウローカー。赤マーカー5。
とにかく薄暗くて不気味です。
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ウローカーの側には、旧日本陸軍が設置した砲台跡。
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野生のパイナップルにちょっと癒されました。
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斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)

文化財分布マップ

このページの記述は、
斎場御嶽公式サイト
東陽バス公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-10 09:18 | 沖縄 | Comments(0)

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三庫理(さんぐーい)

「御嶽」は「うたき」と読み、沖縄地方特有の宗教施設で、南西諸島に広く分布している聖地の総称です。その中でも斎場(せーふぁ)御嶽は、かつて琉球王室と深い関わりがあった最高の聖地とされ、御嶽内部は男子禁制、王室関係者しか入れない、などの厳しい掟がありました。琉球王国とその国王を霊的に守護した国家の最高神職である神女、聞得大君(きこえおおぎみ)が斎場御嶽を管理し、その就任式も斎場御嶽で行われました。その伝統は15世紀半ばから明治初期の1875年までの400年以上に渡り、受け継がれました。
現代においても、斎場御嶽は東御廻り(あがりうまーい)と呼ばれる聖地巡礼の参拝地であり、多くの人々から崇拝されています。
昭和47年(1972年)に国の史跡に指定され、また平成12年(2000年)には「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」の構成資産の一つとして、世界文化遺産に登録されました。

斎場御嶽 訪問記、御嶽内の画像付き解説などは、こちらのページを参照。


斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)




アクセス



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バス
東陽バス 38系統 志喜屋(しきや)線 斎場御嶽入口 バス停(上の地図、青マーカー3)から、斎場御嶽入場チケット売り場(青マーカー2)まで徒歩1分、斎場御嶽入口(赤マーカー1)まで徒歩約7分(500m)。

東陽バスの時刻・路線・料金検索は、一部の乗り換え案内アプリ(Yahoo路線など)が対応しています。
Google Map ルート案内機能は対応していません。2019.4

東陽バスの公式サイトで、路線・時刻・料金の検索ができます。

那覇市街地からだと、那覇バスターミナル(上の地図、青マーカー4)7番のりばから、
東陽バス 38系統 志喜屋線 志喜屋 行きバスに乗車。
 ↓
運賃 830円(全国共通交通系ICカード非対応。2019.4)
乗車時間 50分〜1時間
運行頻度 1時間に1本
 ↓
斎場御嶽入口(せーふぁうたき いりぐち)バス停 下車。


駐車場
施設付属の無料駐車場があります。
入口は上の地図、青マーカー1。

青マーカー3付近。この交差点を右に行くと、すぐに駐車場入口です。
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見学のしかた


開場時間、入場料、休場日などの最新情報は、斎場御嶽公式サイトを参照してください。

2019.4
[開場時間]
3〜10月 9:00〜18:00
11〜2月 9:00〜17:30
最終入場は閉場時刻の30分前。

[入場料] 300円

[休場日]
定休日はありませんが、聖地保全と儀式のため?に、
6月中旬(旧暦5月上旬)、10月下旬から11月上旬(旧暦10月上旬)が数日間休場となります。
2019年は、
6/3〜6/5、
10/28〜10/30


南城市地域物産館(上の地図、青マーカー2)でチケットを買ったら、知念郵便局の左側の道に入り、斎場御嶽に向かいます。

チケット売り場から斎場御嶽入口の「緑の館」(上の地図、赤マーカー1)まで、徒歩約7分(500m)。

緑の館では、事前予約と予約なしの定時で、有料ガイドツアーを受け付けています。
詳細は斎場御嶽公式サイトを参照してください。

斎場御嶽訪問の様子は次回の投稿にて。

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斎場御嶽 フォトギャラリー(62枚)

文化財分布マップ

このページの記述は、
斎場御嶽公式サイト
東陽バス公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-04-08 08:20 | 沖縄 | Comments(0)


サイトマップ沖縄県 江戸時代以前の文化財銘苅墓跡群

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伊是名殿内墓

銘苅墓跡群(めかる はかあとぐん)は、沖縄グスク時代(1100〜1400年代後半)から琉球王府時代(1429〜1879年)、明治時代と、非常に長い期間にわたって造られた、たくさんの墓が集まっている場所です。その中には、沖縄地方における大型の墓の典型的な形、亀甲墓(かめこうばか)のうち、県内最大規模の伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓もあります。近年の区画整理で伊是名殿内をはじめとする一部の古い墓が保存されることになりましたが、他の墓は那覇市教育委員会により、平成2年(1990年)から平成15年(2003年)まで、断続的に発掘調査されました。調査が進むにつれ、様々な形の墓が330基以上発掘され、その成立が1300年代~1400年代に遡ることなどが明らかとなりました。
伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓は、伊是名、伊平屋(いへや)両島の総地頭(そうじとう=上流士族)、伊是名家の墓です。銘苅墓跡群の中にあって他の墓とはその規模、造形などが大いに異なる亀甲墓(かめこうばか)です。面積約660㎡の県内最大級の亀甲墓で、その規模、建造技術は沖縄県の墓の中でも傑出しており、道教(風水)の思想を基につくられています。墓庭を囲む石垣には「相方(あいかた)積み」を用い、隅には突出した石「隅頭(すみがしら)」があり、上級士族の屋敷囲いの石積みを彷彿とさせます。入口には、本門と中門の二つの門があり、入口をクランク状につくることにより、ヤナカジ(悪い風)が直接墓本体に当たらない工夫が施されています。この墓は、その外観より18世紀代の様式のものである事がうかがえます。亀甲墓は17世紀に中国南部から伝わり士族階級に広がり、18世紀代に沖縄において独自の発達をして完成された墓で、この墓はその特徴をよく表している代表的な墓と言えます。
平成19年(2007年)、銘苅墓跡群は国の史跡に指定されました。
文化庁国指定文化財等データベース、現地案内看板


アクセス

那覇バス 10系統 「なは市民協働プラザ前」バス停下車。下の地図のマーカー2。1時間に2本。
バス停から現地まで、徒歩約2分。

那覇バスの時刻表、運賃は、バスロケーションシステムHPへ。
那覇バスを含む沖縄のバス路線図は、バスマップ沖縄のサイトを参照。バス会社の公式サイトではないけれど、すべてのバス会社の路線を網羅しており、とても見やすく使いやすいです。


施設付属駐車場はない。
伊是名殿内墓の西隣りに新都心公園があり、その専用駐車場が使える。入口は下の地図、マーカー3。


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伊是名殿内墓周辺は公園として整備されており、常に見学可能。


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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-01-28 08:31 | 沖縄 | Comments(0)

つかやましゅぞうしょしせつ

昭和3年(1928年)、竣工。
主屋、および麹屋(こうじや)からなる。
主屋:建築面積330.49㎡、麹屋:約95㎡。
いずれも、木造、寄棟造(よせむねづくり)*1、本瓦葺(ほんがわらぶき)*1
国指定重要文化財  平成21年(2009年)、指定。





沖縄県那覇市内でレンタカーを借りて、沖縄自動車道を北へ。
1時間ほど走り、沖縄本島中部、名護市にやって来た。

市街地の中、細い路地を入る。住宅が立ち並ぶ静かな一角に、2年余り前に国の重要文化財に指定された、泡盛の小さな造り酒屋がある。それが、津嘉山酒造所だ。

「津嘉山酒造所施設は,名護市街に所在する現役の泡盛醸造所施設である。主屋と麹屋は島袋純一の設計により昭和3年頃に建てられ,この頃から泡盛の生産を始めたとみられる。主屋は,泡盛醸造のための施設と居住部分を一体とした形式で,麹屋とともに昭和初期の酒造施設の形態を良くとどめており,貴重である。また主屋居住部は,沖縄地方の伝統的な住宅平面を受け継ぎながら,近代的な展開も示しており,沖縄の近代住宅を理解する上で重要である。」*2



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玄関。
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主屋、居住区域。
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上の二つの画像は主屋の屋根。沖縄の住宅にかつてよく用いられ、本土でもお寺で使われる本瓦。
一方、下は麹屋の屋根。一部モルタルの瓦で補修されている。
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主屋、酒造所部分。
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麹屋がどのぶぶんなのかは、はっきりとは分からなかった。

昨年の11月に訪れたときの建物の保存状態は、全体的にあまり良好とは言えず、部分的に倒壊寸前というかんじのところもあった。
酒造所の方にうかがうと、平成23年の末から6年がかりの大改修に入るとのこと。改修後にまた訪れてみたい。

一方、建物の裏には、酒造所の解体に備え、立派な新しい酒造施設ができていた。
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見学メモ

アクセス
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部、ゆいレールの旭橋駅から徒歩数分の「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。「バスマップ沖縄」というサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
津嘉山酒造最寄のバス停は、「大中(おおなか)」バス亭。
那覇市内からの行き方。那覇空港国内線ターミナル発、那覇バスターミナルと沖縄自動車道を経由する111番系統、名護バスターミナル行き乗車、終点まで。那覇バスターミナルから約1時間30分、2040円。運行頻度は1時間に1~2本。運行会社は、前述の4社による共同運行。
名護バスターミナルから大中バス亭までは、5つのバス停を経由する。多くの系統のバスが大中バス亭を通るため、名護バスターミナルでどの系統のバスに乗ればいいか聞けばよいだろう。
大中バス停から酒造所までは、徒歩数分。下の地図の青いアイコンが酒造所、黒いアイコンがバス亭。

<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりさぁ~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用したレンタカー会社の車両やサービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
冒頭、1枚目画像にあるコンクリート製の門(下の地図、黄色いアイコン)を入ると、建物の左手に広い駐車スペースがあり、5、6台は停められそう。「駐車場」の表示はないが、酒造所の方に「そこら辺に適当に停めてください」と言われた。ただし、これから建物の解体作業に入るため、そのスペースが作業用に埋まっていることも考えられる。


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普段の見学
昨年の11月に訪れた際、酒造所のスタッフの方がおっしゃっていたが、文化財の建物は12月から6年がかりの大改修に入り、2012年の1月からは解体に入る。解体は一度にではなく少しずつ進むため、2012年の早い時期ならば建物の一部見学は可能かもしれない。津嘉山酒造公式サイト内、工場見学案内ページ参照。かつ、津嘉山酒造に要問合せ。なお、建物が解体さえされていなければ、建物の見学は、10:00~16:00の間であればいつでも歓迎いたします、ということだった。自分が訪れたときも予約なしでフラリと訪れたが、スタッフの方が酒造所内部の照明を全部点灯してくださり、「自由にどこでも見学して、写真も自由に撮影してください~」とおっしゃっていた。

特別公開
特になし。

問い合わせ
見学の可否、見学時刻などについては、津嘉山酒造公式ホームページ、問い合わせフォームにて。電話番号:0980-52-2070(NTTタウンページより)
文化財としての内容については、名護市教育委員会文化課へ。名護市公式ホームページ参照。




*1 用語解説参照。
*2 文化庁文化財等データベースより。建物の構造などについての更に詳しい解説もあり。
by h9w457y8i | 2012-01-11 10:33 | 沖縄 | Comments(0)

仲村渠樋川

サイトマップ沖縄県 近代文化遺産仲村渠樋川

なかんだかり・ひーじゃー

大正元年(1912年)竣工
石造井泉(せきぞうせいせん)、いぎががー(男性用水場)*1、いなぐがー(女性用水場)*1、周囲水路、擁壁、拝所、広場、石畳(かーびら)よりなる。それぞれの位置関係の画像を記事内に掲載。
国指定重要文化財  平成7年(1997年)指定





那覇市街からレンタカーで、南東方向に走ることおよそ40分。
うっそうとした熱帯の森の丘やサトウキビ畑を抜ける県道を走り、沖縄本島南の海岸線までほどなく、という、海が見渡せる斜面に、仲村渠(なかんだかり)地区はある。
典型的な農村であり、その地区の人々の生活用水のために造られたのが、この「仲村渠樋川」である。
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赤い瓦の建物は、共同風呂。
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施設配置図。現地案内看板より。
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いぎががー。男性用の水場。
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いなぐがー。女性用の水場。いぎががーよりも小さく、壁によって外からは見えにくくなっている。
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カワセミ?じゃないよね?
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共同風呂。立派な窯がある。新しく修復したかんじ。もしかして現役??
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拝所(はいしょ*1)
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いぎががーの前に枝を広げる、巨大ながじゅまる?
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冒頭のアクセス路とは別の、県道から直接アクセスできる石畳。かなりの急坂で、歩くのがためらわれるほど。
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現地案内看板。
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案内看板を拡大。
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現地から徒歩数分、県道137号線。青いマルで囲った黄色いポールのようなモノが「仲村渠」バス亭。
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見学メモ

アクセス
<バス>
沖縄本島における公共交通機関について。沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部にある「ゆいレール・旭橋駅」から徒歩数分の「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
で、仲村渠地区への行き方。「那覇バスターミナル(那覇BTと表記されることもある)」から、沖縄バス39番系統、「新原(みーばる)ビーチ」行きで約1時間。「仲村渠(なかんだかり)」バス亭下車。バス停からは徒歩数分。下の地図の黒いアイコンがバス亭。バスの運行頻度は、1時間に1~2本。

            仲村渠バス亭。               仲村渠バス亭、下り方面=新原ビーチ方面への時刻表。
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<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方でのみ営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりさぁ」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用したレンタカー会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
行き方は下に掲載した地図を参照。google mapのリンクもあり。
駐車場について。冒頭から5枚目の画像に注目。画面中央の巨大ガジュマルの周囲が石畳の広場になっており、車道に接続しているので、そこに乗用車2台程度なら駐車可能。


google map

普段の見学
屋外の施設であり、日時によって閉鎖されることもなく、常時見学可能。

特別公開
施設内の五右衛門風呂は補修から間もない雰囲気で、実際の使用にも十分耐えるかんじだった。もしかすると、この施設を使った特別な行事が催される事があるのかもしれない。しかし、記事掲載時にいろいろ調べてみたが、そのような情報は見つけられなかった。

問い合わせ
南城市教育委員会文化課へ。
農林水産省の公式サイト内に仲村渠樋川の紹介ページがあり、そこに、問い合わせ先として「農村振興局整備部設計課」電話番号:03-3502-6204 が記載されていた。


*1 玉城村(現南城市)教育委員会による現地案内看板より
by h9w457y8i | 2011-12-05 12:29 | 沖縄 | Comments(2)

あらがきけじゅうたく

明治末期以前、竣工。

主屋  うふや : 桁行8.6m、梁間10.6m、寄棟造(よせむねづくり)*3、北面突出部付、本瓦葺(ほんがわらぶき)*3
     とんぐわ : 桁行7.0m、梁間9.9m、寄棟造*3、南面突出部付、東面うふやに接続、本瓦葺*3
     附(つけたり)*3 : ふーる×1、石牆×2

作業場  桁行7.5m、梁間5.7m、南面及び西面下屋附属、北面主屋取合部を含む

離れ  桁行6.6m、梁間5.4m、寄棟造、本瓦葺

登窯  延長22.7m、幅4.0m、連房式登窯、焚場、燃焼室、焼成室9房、排煙口からなる。上屋 桁行19.6m、
     梁間4.0m、寄棟造*3、本瓦及び鉄板葺

国指定重要文化財 平成14年(2002年)指定。






新垣家住宅は,沖縄県那覇市、国際通りの南東方に広がる壺屋地区にある。沖縄陶業の拠点であった壺屋地区に唯一残る陶工の住宅であり,石牆(家の周りの石垣)をめぐらした大規模な屋敷を構えており,沖縄の民家及び壺屋の歴史を知る上で,欠くことのできない重要な遺構である。
主屋は,「うふや」と、その西に一間南にずれて接続する「とんぐゎ」からなる。作業場は作陶のための施設で,離れも,もと作業場であった。登窯は粘土造で,九房の焼成室を連ねる。
中心となる主屋は19世紀後半までに建築されたとみられ,遅くとも明治末年頃までに,現在の屋敷構えが整えられたと考えられる。*1

主屋附の「ふーる」とは何を指すのかは、不明。

2006年から2009年にかけ、釜や屋根の崩落が続き、存続が危ぶまれていた。そこで2009年5月、国、沖縄県、那覇市がそれぞれ費用を出し合って修復することが決まった。*2
2011年2月に訪れた際は、その修復工事の真っ只中であり、全面が工事用安全シートや建屋で覆われ、外観すらほとんど見られない状態だった。



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b0212342_11105290.jpg現地工事案内看板に載っていた写真。






見学メモ
アクセス
地図
<鉄道>
沖縄都市モノレール、通称「ゆいレール」の「安里(あさと)」駅から、徒歩約8分(600m)。または、同じくゆいレール「牧志(まきし)」駅から、姫百合橋交差点、および国道330号線経由、徒歩約9分(750m)。ゆいレールは、那覇市中心部の要所をグネグネ経由しながら那覇空港と首里地区を結ぶ、沖縄県で唯一の鉄道。那覇市街の道路は時間によっては渋滞が激しく、駐車場も多くはないため、沿線地区の移動にはもっとも便利だと思う。
<バス>
沖縄本島の路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、本島のほぼ全域をカバーしている。路線の系統番号は全社共通となっている。
新垣家住宅へは、17、30、31、55、112系統の「壺屋」バス停から、徒歩約1分。路線図、バス停の時刻表、料金など詳細は、バスマップ沖縄のサイトがわかりやすい。ただしこれはバス会社の公式サイトではないし、時刻表は一部の系統のものしか掲載されていないので、利用に際しては前記リンクのバス運行会社に確認したほうがいいかもしれない。
個人的なオススメは、ゆいレール沿線でない場合は、まず那覇バスターミナル(那覇BTと記載されることが多い)までバスで行き、そこから徒歩2分のゆいレール「旭橋」駅へ、その後ゆいレール利用。
<クルマ>
付属の駐車場はない。新垣家の周辺は、車1台がやっと通れるか通れないかというくらいの、かなり細く曲がりくねった道路であり、クルマで乗り付けるのは、明らかに周辺住民の方の迷惑となる。有料駐車場は付近には見当たらず、那覇市街中心部に近いため朝夕の渋滞も発生しやすいし、はっきり言って、アクセスの方法としては最もオススメ度は低い。
半径600m以内に、かなり大規模なタイムズのコインパーキングがいくつかある。


google map

普段の見学
上記画像にあるように、修復工事が2016年3月末まで行われており、2011年2月の段階では外観も満足に見られない状態。たとえ外部が見られる状態だったとしても、もともと所有者の方が住まわれている住宅なので、内部は非公開。

特別公開
平成22年7月、修復工事中の「東の窯」が、那覇市教育委員会主催で一般公開された。今後ももしかすると、工事中でも特別公開があるかもしれないが、この記事の掲載時点ではそういう情報は確認できなかった。

問い合わせ
那覇市教育委員会文化財課へ。



*1 文化庁文化財等データベース
*2 琉球新聞記事
*3 用語解説
by h9w457y8i | 2011-07-07 12:09 | 沖縄 | Comments(0)

きゅうそうげんじだいいちもん および せきしょう

附(つけたり)*1 :下馬碑×1、下馬日残欠×1
1527年以前、竣工。
石造三連アーチ門、左右石牆延長66.3m、各脇門一所を含む
国指定重要文化財 昭和47年(1972年)指定。




崇元寺は臨済宗(りんざいしゅう)の寺で山号を霊徳山(れいとくざん)と言った。王府時代の国廟で、天孫氏(てんそんし)をはじめとする歴代国王の神位が安置され、冊封使(さっぽうし)が来た時には新王冊封に先立って先王を祀る諭祭(ゆさい)が行われた。かつて崇元寺は国宝に指定されていたが、太平洋戦争で正廟をはじめとする木造建築物は全て消失した。
第一門および石牆(周囲の石垣)は、正面中央の切石積み三連のアーチ門とその左右に延びる両掖門を備えた琉球石灰岩のあいかた積みの石垣であり、沖縄の石造りアーチ門の代表的なものである。
石門の東に立つ石碑が「下馬碑」で、戦前は西にも同じものがあり、国の重要美術品に指定されていた。表はかな書き、裏は漢文で、この碑のところから下馬することを命じている。また、碑銘に「大明嘉靖六年丁亥七月二十五日」とあり、この年が西暦1527年にあたるので、崇元寺の創建はこの頃ではないかと考えられている。*2
…自分には難しい用語がちりばめられていてところどころ意味不明だが、「近代文化遺産」ではないので詳しく調べるのは別の機会に。





3つのアーチ門の両脇に、石垣=石牆が延びているのが分かる。クルマの往来が激しい県道29号線に面している。目の前には、バスの「崇元寺」停留所。
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門には木製の扉も再現されていた。
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石門の内側。公園となっており、立ち入りは自由。高校生のカップルがくつろいでいた。
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すぐそばにはガジュマル?の巨木。石門をくぐった敷地内は、このせいで昼間でも薄暗い。
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現地の案内看板。
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石門の東にある下馬碑、下馬日残欠が附に指定されているとはこのときは知らなかったので、それらの画像はない。






見学メモ
アクセス
<鉄道>
沖縄都市モノレール、通称「ゆいレール」の「牧志(まきし)」駅から、徒歩約6分(450m)。ゆいレールは、那覇市中心部の要所をグネグネ経由しながら那覇空港と首里地区を結ぶ、沖縄県で唯一の鉄道。那覇市街の道路は時間によっては渋滞が激しく、駐車場も多くはないため、沿線地区の移動にはもっとも便利だと思う。
<バス>
沖縄本島の路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。多くの系統の「崇元寺」停留所があり、そこから徒歩0分=目の前。系統はバスマップを参照。ただし、正確にはどの系統番号がこの停留所を通っているか、また運行会社、停留所の時刻表などの詳細は調べ切れなかった。系統によっては1時間に1本しかないものもある。詳細は、前記各運行会社に問い合わせるしかないと思う。
…個人的には、ゆいレールの沿線でないところから行く場合は、那覇バスターミナル(「那覇BT」と記載されることが多い)までバスで行き、そこから徒歩2分のゆいレール「旭橋」駅へ、そしてゆいレール利用、がわかりやすいと思う。那覇バスターミナルまでのバス系統番号は前記バスマップ参照。時刻表や料金は記載されていないこともあるので、前記各運行会社へ。
<クルマ>
施設付属の駐車場はない。周辺は市街中心部であり、駐車場も多くなく、オススメ度は最も低い。半径400m以内に、タイムズのコインパーキングが4箇所ある。

google map

普段の見学
公園の施設の一部として、常時開放されている。見学時間に制限なし。見学無料。

特別公開
特になし。この場所でなにかの特別な催しがある、という情報も見つけられなかった。

問い合わせ
那覇市教育委員会、でいいと思う。文化財の管理を行っているのは、たいてい現地自治体の教育委員会だから。


*1 用語解説
*2 沖縄県教育委員会、および那覇市教育委員会による現地案内看板
by h9w457y8i | 2011-07-03 13:32 | 沖縄 | Comments(0)

ざきみじょうあと

15世紀初頭、竣工。
国指定史跡*1  昭和47年(1972年)指定。
世界文化遺産  「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つ。平成12年(2000年)登録。




座喜味城は、15世紀の初頭、築城家としても名高い護佐丸(ごさまる)によって築かれたといわれる。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田グスク(=城)に居城していたが、1416年(1422年の説もあり)中山尚巴志(ちゅうざんしょうはし)の北山城(ほくざんじょう)攻略に参戦、北山攻略後は戦後処理のため、一時北山城にとどまったといわれ、その間に座喜味の地へ築城を開始したという。国王の居城である首里城と緊密な連携を図るという防衛上の必要性から、首里城より眺望可能な丘陵上に立地し、北山が滅びた後も沖縄本島西海岸一帯に残存していた旧北山勢力を監視するという役目を担っていた。
城跡は座喜味部落北側の小高い丘、標高120mあまりの名護層からなる台地を石灰岩の切石積(きりいしづみ)で取り囲んで築かれており、城は二つの郭からなる連郭式(れんかくしき)の形態になっている。城郭内の面積は約4012㎡で、沖縄のグスクとしては中規模である。
この城は一の郭と二の郭に分かれており、アーチの門がそれぞれ一つずつ造られている。
座喜味城跡は1972年の沖縄本土復帰に伴って国の史跡に指定され、翌年の10月から沖縄県で初めて史跡整備事業が文化庁と県の補助を受けて開始された。整備事業に伴う遺構発掘調査がなされた結果出土した遺物は、グスク系土器と須恵器(すえき)が少量、中国製陶磁器や古銭などがあり、これらの出土品中最も多いのは中国製の青磁と陶器で、これらの中国陶磁からみると、15世紀から16世紀までのものが見られることから、座喜味城は護佐丸が1440年に中城城へ移った後も使用されていたと考えられる。
遺構については一の郭の北側に間口約17m、奥行き約15mの石組が発掘され、この中に建物が立っていたと思われる。しかし瓦などは出土しないことから、屋根は板葺きか茅葺の建物であったと推定され、また一の郭内の南側では城壁を作る以前の柱穴(ちゅうけつ)群も発見され、出土遺物からそれほどの時代差はないものの、一の郭内において二つの時期の遺構が確認された。
城跡は第二次世界大戦において、一の郭内に日本軍の高射砲陣地が築かれ、戦後も米軍のレーダー基地が建設されたが、整備の始まった翌年返還された。城壁は1982年に修復を完了した。城壁の上に立つと首里、那覇をはじめ本島西側本部半島や東シナ海に浮かぶ慶良間諸島、久米島、伊江島、伊平屋諸島が眺望できる要害の地にある。*2 *3



b0212342_22151174.jpg城跡入り口の駐車場に面して、読谷村立美術館、歴史民族資料館がある。
今回は時間の関係で立ち寄らなかった。

b0212342_22172964.jpg駐車場内にある、世界遺産登録の記念碑。

b0212342_22184429.jpg駐車場から城跡に向かう階段が始まる。


城跡に向かう途中には、松林。
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b0212342_0584796.jpg松林の途中にあった現地案内看板の、航空写真。下記「見学メモ」内の地図からgoogle earthにいって見ると、結構キレイな画像で見られる。


そして松林を抜けると、石垣が見えてくる。画面がやや暗いが、この日は風が非常に強く、雨も混じっていた。差していた傘はこの辺りですでにブッとんで、使いモノにならなくなった。
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外側の石垣と、二の郭へのアーチ門、「追手門」*2
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b0212342_10384.jpgアーチの中央部には、細いクサビ型の石がはめ込まれている。これは他のグスクでは見られない形。この石門は沖縄では最古のアーチ型の石門。*3


以下、二の郭。
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一の郭へのアーチ門、石造拱門*2。
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b0212342_165182.jpgにょっきりと突き出す石の柱は、1843年(中国年号の道光23年)に設置された座喜味親方の「寄進灯籠」。座喜味親方とは毛恒徳座喜味親方盛普のことで、毛氏は護佐丸の子孫である。座喜味親方が江戸への慶賀使として無事任務を果たしたお礼として城内の神に灯籠を寄進したのだろう。*4

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今回は事前の調査不足で、一の郭にある建物跡は撮影しなかった。





見学メモ
アクセス
地図
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部に近い「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
で、座喜味城跡へ行く場合は、29系統、「座喜味」停留所から徒歩約9分=約600m。「那覇バスターミナル」からの直行便だと約1時間。2~4時間に1本しかない。このようなバスの旅も、沖縄独特の情緒を楽しむのならそれなりにオススメである。一方「那覇バスターミナル」発「読谷バスターミナル」行きの28系統だと、1時間に3~4本運行しており、「高志保入口」停留所から徒歩約19分=約1.5km。
<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりです~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用した会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
で座喜味城跡周辺の駐車場。座喜味城跡入口に20台ほど留められる無料駐車場があり、雰囲気的に満車になることはあんまりなさそう。

普段の見学
見学は常時可能。(現地には時刻によって開閉するようなゲートは見つけられなかったし、開場時間が決まっているという情報も見つけられなかった) 無料。

特別公開
特になし。

問い合わせ
読谷村役場へ。



*1 用語解説
*2 文化庁文化財等データベース 
*3 文部省、沖縄県、読谷村による現地案内看板
*4 読谷村公式サイト、座喜味城跡案内ページ
by h9w457y8i | 2011-06-13 01:31 | 沖縄 | Comments(0)

サイトマップ >  沖縄県 近代文化遺産

文化財分布マップ



国指定重要文化財



大宜味村役場旧庁舎
おおぎみそん やくば きゅうちょうしゃ
大正14年(1925年)竣工。沖縄県における鉄筋コンクリート造建造物としては最初期のものであり、現存するものでは最古。一般公開。
map 26.70215, 128.12015

旧与那国家住宅
きゅう よなぐにけ じゅうたく
大正2年(1913年)の建築。沖縄離島の典型古民家。外観のみ見学可能。
map 24.32863, 124.08745

高良家住宅
たからけ じゅうたく
明治中頃(1890年前後)の建築。沖縄民家の典型。一般公開。
map 26.17707, 127.29301

b0212342_21260966.jpg津嘉山酒造所施設
つかやま しゅぞうしょ しせつ
主屋、麹室
昭和3年(1928年)の建築。現役の造り酒屋。あらかじめ連絡すれば、建物内部見学可能。
map 26.59154, 127.98321

b0212342_21280161.jpg仲村渠樋川
なかんだりひーじゃー
大正元年(1912年)築造の公共水場。屋外の施設であり、常時見学可能。
map 26.14534, 127.79282

銘苅家住宅
めかるけ じゅうたく
主屋、あさぎ
明治39年(1906年)の建築。沖縄地方の民家の特色をよく表しており、沖縄戦の戦火を免れた貴重な存在。一般公開。
map 26.9177, 127.93479






国登録有形文化財


編集中


by h9w457y8i | 2011-06-01 14:07 | 沖縄 | Comments(0)

サイトマップ > 沖縄県 江戸時代以前の文化財



国宝

国指定重要文化財

国指定史跡

文化財分布マップ


b0212342_16295182.jpg
国指定重要文化財 旧崇元寺第一門及び石牆



国宝



b0212342_16352061.jpg玉陵
たまうどぅん
墓室(東室、中室、西室)、石牆(せきりょう)(中央、外周)
琉球王朝の第二尚氏(だいにしょうし・2番目の尚王朝で明治初期までの約400年間続いた)の第三代王が、先代の王を葬るために築き、その後琉球王族の墓となった。沖縄での破風墓形式では最古かつ最大で、極めて高い完成度を誇る。墓室内部は非公開。外観は一般公開。
map 26.21831, 127.71474








国指定重要文化財



b0212342_17260959.jpg新垣家住宅
あらがきけ じゅうたく
主屋、作業場、離れ、登窯
平成29年(2017年)中まで、修復工事中のため非公開。工事終了後一般公開の予定。詳細は那覇市公式サイトを参照。左画像は2013年、工事中の外観。
map 26.21258, 127.69294



b0212342_16312348.jpg伊江御殿墓
いえうどぅんばか
1687年の築造。伊江家は琉球王家の家系で、その墓は沖縄地方特有の亀甲墓の典型。非公開。付近の道路から外観をチラリと垣間見れる程度。
map 26.22699, 127.72405



上江洲家住宅
うえずけ じゅうたく
主屋、前の屋



b0212342_16322935.jpg旧円覚寺 放生橋
きゅう えんがくじ ほうじょうばし



b0212342_08470293.jpg旧崇元寺第一門及び石牆
きゅう そうげんじ だいいちもん および せきしょう
1527年ごろの建造。太平洋戦争の沖縄戦で破壊されたが、1952年に復元された。
map 26.22035, 127.69059



旧仲里間切蔵元石牆
きゅう なかざとまぎりくらもと せきしょう



旧宮良殿内
きゅう みやらどんち



旧和宇慶家墓
きゅう わうけいけ はか



権現堂
ごんげんどう



b0212342_16342212.jpg園比屋武御嶽石門
すぬひゃんうたき せきもん
1519年の築造。
map 26.2181, 127.7173



b0212342_11565017.jpg瀬底土帝君
せそこ とーていーくん
沖縄には中国古来の土地神である土帝君の木像を持ち帰り、それを祀ったものが各地にあるが、ここはそのうちで最大級。18世紀中ごろの建造とされる。保存状態も良好。常時見学が可能。
map 26.64461, 127.86563



玉御殿
たまうどぅん
墓室、石牆(せきしょう)



喜友名泉
ちゅんなーがー
19世紀前半に造られた村の共同井戸。米軍基地内にあり、見学するには宜野湾市役所に事前連絡が必要。
map 26.28783, 127.7604



天女橋
てんにょばし



豊見親墓
とぅゆみゃばか
仲宗根豊見親の墓、知利真良豊見親の墓、あとんま墓



中村家住宅
なかむらけ じゅうたく
主屋、あさぎ、籾倉、前の屋、ふーる







国指定史跡

(一部)

b0212342_16540613.jpg勝連城跡
かつれんじょうあと
map 



b0212342_16494833.jpg座喜味城跡
ざきみじょうあと
15世紀に築城。現在は史跡公園として一般公開。
map 



b0212342_19415282.jpg斎場御嶽
せーふぁうたき
沖縄地方の宗教施設である御嶽の中で、最高の聖地とされる場所。琉球王室と深いつながりがあり、重要な祭事などが行われた。世界文化遺産「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」の構成資産。一般公開。
map 26.17345, 127.82601



b0212342_16545939.jpg中城城跡
なかぐすくじょうあと
map 



b0212342_08470661.jpg銘苅墓跡群
めかるはかあとぐん
14世紀から19世紀にかけて、多様な形式の墓が300基以上集まる墓跡群。画像は、その中でも代表的な伊是名殿内の墓。周囲は公園として整備されている。
map 26.23066, 127.69795


by h9w457y8i | 2011-05-30 09:31 | 沖縄 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。