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サイトマップ > 香川県 江戸時代以前の文化財 > 高松城

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北之丸 月見櫓と水手御門

高松城は、豊臣秀吉の家臣、生駒親正(いこま ちかまさ)が自らの居城とするために、安土桃山時代の1588年に建造した城です。かつて北の丸は海に面しており、全国的にも珍しい水際の城でした。江戸時代に入ってからは徳川一族、松平家の居城となり、更に海を埋め立てるなどして規模を大きくし、明治時代まで続きました。
松平家の居住や政務のための建物は、明治時代に老朽化のため取り壊され、その跡地に松平家の別荘として披雲閣(国指定重要文化財)が建てられ、現在も残っています。また城郭の隅にある旧東の丸艮櫓(うしとら やぐら)、かつて海に面していた北の丸の月見櫓(つきみ やぐら)・水手御門(みずのて ごもん)・渡櫓(わたり やぐら)は江戸時代に入ってから、1676年頃に建てられたもので、国の重要文化財に指定されています。また高松城址は国の史跡に指定されています。


高松城 フォトギャラリー(48枚 2013.11 撮影)




アクセス



旧東の丸艮櫓は赤マーカー4
北の丸月見櫓・水手御門・渡櫓は赤マーカー5〜7
スマートフォンはこちらのマップ


高松城址は玉藻(たまも)公園として一般公開されており、高松城址にある国指定重要文化財を見学するには、公園内に入る必要があります。


最寄りの駅から徒歩
JR予讃(よさん)線 高松駅 東口から、玉藻公園(高松城趾)西入口(上の地図、赤マーカー 1)まで、徒歩約4分(約300m)。

高松琴平電気鉄道(通称「ことでん」) 琴平(ことひら)線 高松築港(たかまつちっこう)駅から、玉藻公園(高松城趾)西入口(上の地図、赤マーカー1)まで、徒歩2分。


バス
ことでんバス 高松築港(たかまつちっこう)バス停(上の地図、赤マーカー11)から、玉藻公園(高松城趾)西入口(上の地図、赤マーカー1)まで、徒歩2分。

高松築港バス停はことでんバスの基幹停留所で、多くの系統のバスが停車します。

ことでんバスの時刻・料金検索は、各種乗り換え案内アプリ、Google Map ルート案内機能が対応しています。

2019年3月より、全国共通交通系ICカードでことでんバスの乗車が可能になりました。


駐車場
玉藻公園付属の無料駐車場が、公園の東入口付近にあります。

駐車場入り口は、上の地図、赤マーカー3。
収容台数 57台。

営業時間についてサイトにも現地にも記載は見つけられませんでしたが、現地案内看板に「玉藻公園利用者専用駐車場」とあったので、おそらく公園の開園時間とリンクしていると思われます。






見学のしかた


高松城址=玉藻公園の開園時間、入園料、休園日などの最新情報は、玉藻公園公式HPを参照してください。

2019.3
[開園時間] 東門 8:30〜17:00(夏以外)、西門 日の出〜日の入り。
入り口ごとに、月日によって細かく分かれています。

[入園料] 200円。ただし、年始、桜の時期の夜間や5/5は無料で解放されます。そのほか、各種割引もあります。

[休園日] 12/29〜12/31

月見櫓の内部が、日曜日の9:00〜15:00に公開されています。
また同じ時間に、水手御門が開扉されます。


旧東の丸艮櫓。上の地図、赤マーカー4。
江戸時代前期、1677年に竣工しました。
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東の丸は現在の香川県県民ホールのある辺りで、かつては海に面していました。そこに建てられた櫓なので、城の東北方向、つまり艮(うしとら)の櫓という名前がつきました。
現在の位置は城の南東であり、この位置に移築されたのは昭和40年(1965年)です。

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玉藻公園 東入口につながる橋。上の地図、赤マーカー2。
今回はここから入りました。
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公園の東口。
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艮櫓を城側から。
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艮櫓案内看板
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北の丸、水手御門。上の地図、赤マーカー6(7付近)。
艮櫓と同時期の1676年に竣工しました。
かつては海に面しており、海から直接船で城に出入りできるようになっていたようです。
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水手御門の両側に、月見櫓と渡櫓がくっついて建っています。

月見櫓。赤マーカー7
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渡櫓。
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水手御門案内看板
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史跡案内看板
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高松城 フォトギャラリー(48枚 2013.11 撮影)

文化財分布マップ

このページの記載は、
玉藻公園 公式HP
文化庁国指定文化財等データベース
琴平電鉄 公式HP
高松市 公式サイト
現地案内看板
などを参照しています。

by h9w457y8i | 2019-03-27 11:22 | 香川 | Comments(0)

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国宝

国指定重要文化財

国指定史跡

文化財分布マップ

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国指定重要文化財 高松城 旧東之丸艮櫓




国宝


神谷神社 本殿
かみやじんじゃ ほんでん
鎌倉時代前期、1219年の建築。三間社流造、檜皮葺。通常は塀に囲まれており接近は不可だが、事前に神谷神社に電話連絡すれば、間近で拝観できる。
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本山寺 本堂
ほんざんじ ほんどう
鎌倉時代後期、1300年の建築。幅、奥行き共に5間、本瓦葺き。
map 34.13970, 133.69408






国指定重要文化財


小比賀家住宅
おびかけ じゅうたく
主屋、午門、土蔵、米蔵
小比賀家は江戸時代前期に武士から農家になった家で、大庄屋を勤めた。主屋は幅26mの大型茅葺き古民家。公開は毎月第三日曜日のみ。詳細は高松市公式サイトを参照。

覚城院鐘楼
かくじょういん しょうろう
安土桃山時代の建築。高い石造りの土台、建物の大きさからすると過大とも言えそうな巨大シャチホコを頂く屋根が特異。常時見学可能。

観音寺金堂
かんのんじ こんどう
江戸時代中期、1677年の建築。幅三間、本瓦葺き。

旧恵利家住宅
きゅう えりけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。幅14m、茅葺の古民家。

旧河野家住宅
きゅう かわのけ じゅうたく
江戸時代後期(1700年代)の建築。幅12m、茅葺の古民家。現在は四国村のなかに移築され、一般公開されている。

旧木下家住宅
きゅう きのしたけ じゅうたく
江戸時代後期、1871年の建築。茅葺の古民家。現在は四国村のなかに移築され、一般公開されている。

旧金毘羅大芝居
きゅう こんぴら おおしばい
江戸時代末期、1835年の建築。大型芝居小屋。一般公開。見学については琴平町公式サイトを参照。

国分寺本堂
こくぶんじ ほんどう
鎌倉時代後期(1300年前後)の建築。幅、奥行き共に5間、本瓦葺き。

金刀比羅宮
ことひらぐう
旭社、表書院、四脚門、奥書院
江戸時代前期、1660年頃の建築。

志度寺
しどじ
本堂、仁王門
本堂は江戸時代前期、1670年の建築。幅7間、本瓦葺き。

常徳寺 円通殿
じょうとくじ えんつうでん
室町時代中期、1401年の建築。幅三間、本瓦葺き。

白峯寺
しろみねじ
本堂、大師堂、阿弥陀堂、行者堂、薬師堂、頓證寺殿、勅額門、客殿、御成門、十三重塔
本堂は江戸時代中期の建築。幅、奥行き共に三間。本瓦葺き。

善通寺
ぜんつうじ
金堂、五重塔
金堂は江戸時代中期、1699年の建築。幅、奥行き共に三間。本瓦葺き。

b0212342_11361238.jpg高松城
たかまつじょう
北之丸月見櫓(左画像)、北之丸水手御門、北之丸渡櫓、旧東之丸艮櫓
江戸時代中期、1676〜1677年竣工。江戸時代、徳川家一族の松平家居城だった。現在は玉藻公園として一般公開。月見櫓は日曜日、9:00〜15:00のみ内部公開。
map 34.35118, 134.05168

長尾寺経幢
ながおじ きょうとう
鎌倉時代後期、1282年に建てられた石塔。覆屋越しに見ることができる。

細川家住宅
ほそかわけ じゅうたく
江戸時代中期(1700年代)の建築。幅14m、茅葺の古民家。一般公開。詳細はさぬき市観光ガイドを参照。

本山寺 仁王門
ほんざんじ におうもん
室町時代中期(15世紀前半)の建築。幅三間の八脚門。本瓦葺き。境内には国宝の本堂がある。

丸亀城
まるがめじょう
天守、大手一の門、大手二の門
天守は江戸時代前期、1640年頃の建築。本瓦葺き。巨大な石垣が特徴。見学については丸亀城公式サイトへ。

明王寺 釈迦堂
みょうおうじ しゃかどう
室町時代後期、1533年の建築。幅三間、本瓦葺き。

屋島寺 本堂
やしまじ ほんどう
江戸時代前期、1618年の建築。幅、奥行き共に5間、本瓦葺き。






国指定史跡

(一部)

b0212342_07252988.jpg高松城址
たかまつじょうあと
高松城は、豊臣秀吉の家臣、生駒親正(いこま ちかまさ)が自らの居城とするために、安土桃山時代の1588年に建造した。かつては北の丸は海に面しており、全国的にも珍しい水際の城であった。現在は玉藻公園として一般公開。
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by h9w457y8i | 2019-03-25 08:56 | 香川 | Comments(0)

香川県の近代文化遺産リスト披雲閣 > 見学要領・問い合わせ
概要          フォトギャラリー          アクセスGoogle Map


普段の見学

普段はイベントの貸館として利用されており、一般見学者の内部への立ち入りは不可。*1
ただし、外観、庭園の見学は、玉藻(たまも)公園開園時間内は自由。

玉藻公園の開園時間、入園料、無料開園日、休園日については、玉藻公園公式サイト/利用案内ページ参照。





特別公開・イベント情報

毎年1月1日〜3日の3日間、無料で特別一般公開される。*2
内部の写真撮影可否は不明。
平成26年(2014年)の特別公開詳細は、香川県公式観光サイトうどん県旅ネット/玉藻公園新年無料開放案内ページ参照。





問い合わせ

玉藻公園管理事務所へ。電話 087-851-1521




*1 玉藻公園管理事務所に電話で確認済み。2013.11
*2 玉藻公園公式サイト/年間行事案内ページより。


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by h9w457y8i | 2014-02-11 07:00 | 香川 | Comments(0)

香川県の近代文化遺産リスト披雲閣 > フォトギャラリー

概要         アクセスGoogle Map          見学要領・問い合わせ


2013.11撮影。
全ての画像はクリックで拡大できます。

南面
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南西方向より正面玄関
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事務所東面          庭園への東側通路
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本館付倉庫            東側調理場
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藤の間
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松の間
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槇の間
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槇の間
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槇の間 縁側
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槇の間 縁側         波の間
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槇の間         槇の間 石
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波の間角           槇の間 内部
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槇の間 縁側 縦    槇の間 北西角
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槇の間 縦        大書院 石        大書院 軒
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大書院北面
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大書院西面                 大書院屋根
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大書院北面
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大書院 内部         大書院 案内看板
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槇の間と大書院の西面           大書院 西面
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大書院 破風         大書院 破風瓦
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大書院 南面         大書院とそてつの間の間にあるそてつ
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大書院 破風 縦      そてつの間 西面縁側 縦
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そてつの間 北面         そてつの間 北面縁側
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ソテツの間 西面破風
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そてつの間 南面縁側           そてつの間 内部
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そてつの間 南面
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玄関
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玄関 縦          南面事務所看板
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玄関上瓦            現地案内看板
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高松城趾見取り図          高松城東入口旭橋
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旭橋から中堀         桜御門跡から披雲閣
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by h9w457y8i | 2014-02-07 08:06 | 香川 | Comments(0)

香川県の近代文化遺産リスト披雲閣 > 概要

フォトギャラリー       アクセスGoogle Map       見学要領・問い合わせ


ひうんかく(きゅうまつだいらけたかまつべってい)
本館
本館付倉庫
倉庫

国指定重要文化財
附指定:  裏門、袖塀 x2、井戸屋形、四阿(あずまや)x2

竣工: 大正6年(1917年)
構造および形式等: 木造、建築面積1,916.51㎡、一部2階建、入母屋造および寄棟造、南面車寄附属、桟瓦葺
設計: 清水組(現清水建設株式会社)
文化財指定: 平成24年(2012年)

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大書院


 江戸時代にもこの場所に、約2倍の規模で政務が行われる場所、藩主が生活する場所として「披雲閣」という名前の御殿がありました。現在の披雲閣は、明治維新後、老朽化を理由に取り壊された旧披雲閣を、高松松平家の第12代当主、松平賴寿伯爵が大正3年に再建に着手し、3年余りの歳月をかけ大正6年(1917年)に完成したものです。当時の新聞記事には「壮麗目を奪う」「瀬戸内海の一大建造物」といった見出しが躍りました。
 この建物は松平家の別邸として建てられましたが、その一方で、香川を訪れる賓客をもてなす迎賓館としての役割も持ちあわせていました。建築的特色としては、伝統を踏まえた意匠は近世以来の正統的書院造としていささかの破綻もなく、伝統技術と洋風技術が見事に融合された構造となっています。




 披雲閣は、高松市街の中心部、瀬戸内海に面して築かれた高松城旧三之丸に所在する。旧高松城主の松平家が別邸として建設したもので、施主は松平頼壽、設計と施工は清水組(現清水建設株式会社)が一括して請負い、大正3年(1914年)に着工、翌4年に上棟、同6年(1917年)に竣工した。披雲閣の名は、江戸時代に三之丸にあった御殿の呼称に由来する。

 敷地は、天守台の東側から北側にかけて鉤の手に築かれた旧三之丸で、江戸時代の構成に倣い、南面に開く桜御門跡を正門として敷地中央に住宅を建て、海に面した北側に庭園をつくる。庭園は、東京から庭師大胡勘蔵を招いて住宅の建設と同時に作庭したもので、築山や石組など一部に江戸時代の庭園の造形を残す。
 高松城跡は、昭和30年(1955年)3月2日付けで国指定史跡となっている。披雲閣の建物は、平成17年(2005年)10月6日付けで高松市指定有形文化財となっている。

 本館は、木造で、接客、居住、家政などの機能をもつ各部を渡廊下で接続しており、建築面積は1,916㎡に及ぶ。南を正面として玄関を構え、西から北へ蘇鉄の間、大書院、槙の間の各広間を並置し、北方の庭園を望む接客空間とする。玄関の北には杉の間、桐の間、松の間、藤の間が連なり、居住と宿泊に供する。玄関の北東には勝手と調理場、桐の間の東には浴室を設ける。廊下と渡廊下で囲まれた大小の中庭を配し、ゆとりのある平面を構成する。平面計画は、廊下も含めて一間六尺五寸の柱割で、一体的に設計されている。
 槙の間の二階を波の間とするほかは平屋建である。大書院は入母屋造の桟瓦葺で、蘇鉄の間、波の間と玄関は起りのついた入母屋造の桟瓦葺とし、玄関の正面西端に入母屋造の車寄を突出する。その他は寄棟造の桟瓦葺で、調理場には切妻造の越屋根を載せる。小屋組は、梁間の広い蘇鉄の間と大書院の二棟をトラス構造とするほかは和小屋である。

 蘇鉄(そてつ)の間は、東の18畳と西の21畳の二部屋からなり、四周に入側を廻し、さらに南西北の三方に濡縁を廻らす。室内は内法長押と蟻壁長押を廻し、入側境に障子欄間、部屋境に筬欄間を入れる。外廻りには、縦長に桟を割付けた特徴的なガラス障子を建込む。室内、入側とも拭板張で、天井は、室内を吹寄格天井、入側を棹縁天井とし、和風シャンデリアを備える。
 大書院は、28畳三部屋が東西に並ぶ。南東北の三方に入側を廻し、さらに四周に廊下を廻らす。西面の中央に入母屋造桟瓦葺の附属屋を出し、物置と便所を設ける。室内は、西面にトコを構え、北に付書院を設ける。内法長押と蟻壁長押を廻し、入側境に障子欄間、部屋境に筬欄間を入れる。トコは幅二間半、奥行一間の規模で畳敷とし框を黒漆塗で仕上げる。トコ脇には天袋と鳥居棚形式の違棚を配する。室内、入側とも畳敷とし、入側を含めた座敷の規模は142畳に及ぶ。天井は、室内、入側とも棹縁天井で、和風シャンデリアを備える。
 槇の間は、12畳半二部屋が東西に並び、南北に入側を設ける。さらに四周に廊下を廻らし、西側の中央に表階段、東側に裏階段を設ける。室内は、西面にトコを構える。内法長押と蟻壁長押を廻し、入側境に障子欄間、部屋境に筬欄間を入れる。
 波の間は、槇の間の二階にあたり、10畳二部屋が東西に並び、四周に幅一間の廊下を廻らし、東側に三畳の控室を設ける。室内は、西面にトコを構える。内法長押のみを廻し、入側境に障子欄間、部屋境に板欄間を入れる。
 槇の間と波の間の西面には入母屋造、桟瓦葺の附属屋を出し、1階に3畳の控室と便所、2階に6畳の茶室と便所を設けるほか、南面の西端にも寄棟造、桟瓦葺の附属屋を出して物置を設ける。槇の間と波の間とも室内と入側を畳敷とし、天井は棹縁天井とする。
 杉の間は、幅一間の中廊下の南北に各三部屋を配し、南側と北側に縁を通す。南列は西から8畳二部屋と六畳を並べ、西の8畳の西面にトコを構える。一方、北列は6畳三部屋で、各部屋にトコを構える。
 桐の間は、東から10畳、8畳、8畳の三部屋を並べ、東北西の三方に廊下を廻し、南側に縁を通す。東の10畳と中央の8畳は続き間として東面にトコを構え、西の八畳との境には押入を設けて限る。
 松の間は、10畳二部屋を東西に並べ、四周に廊下を廻す。室内は、西の部屋の西面にトコを構え、東の部屋の東面に押入を設ける。
 藤の間は、松の間の東側に矩折れに連なる。北から10畳、6畳、10畳の三部屋を並べ、西側に廊下を通し、東北隅に便所を設ける。室内は、北の10畳の北面に押入、中の部屋の東面に流し、南の部屋の南面に流しと押入を設ける。
 玄関は、西に車寄からつながる表玄関15畳、東に脇玄関六畳を構え、表玄関の北面の小壁に「披雲閣」の額を掲げる。両玄関の間には各10畳の二部屋からなる使者の間を設け、北側に幅一間の畳廊下を通す。各部屋と玄関との境はトコと押入を設けて限る。
 本館付倉庫は、浴室の南側に建つ蔵で、藤の間から延びる廊下の南端に接続する。木造、東西7.9m、南北4.9m、二階建、切妻造、桟瓦葺で西面に戸口を開く。小屋組は和小屋とし、外壁は下見板張で仕上げる。
 倉庫は、本館付倉庫の東南に建つ蔵で、大正末年の建築とみられる。木造、東西4.9m、南北9.8m、二階建、寄棟造、桟瓦葺で北面に戸口を開く。小屋組はトラス構造とし、外壁は擬石塗で仕上げる。
 裏門は、旧三之丸東面の石垣を切欠いて設けた通用門で、大正末年の建築とみられる。門柱のみの簡易な形式で、門柱間3.2m、鉄筋コンクリート造、擬石塗で仕上げ、北側の袖壁に潜戸を設ける。
 袖塀は、本館玄関棟の東西に設けた、円弧形平面を呈する切妻造、桟瓦葺の塀である。東袖塀は、延長14.4m、八間で、北寄り二間分を切欠き、裏門への通路を設ける。西袖塀は、延長42.2m、二三間で、南寄りに庭園につながる棟門を開く。
 井戸屋形は、本館調理場と倉庫の間に位置する、切妻造、桟瓦葺、四方吹放ちの建物である。
 四阿(あずまや)は、庭園の東西二箇所に設けられる。東四阿は宝形造、西四阿は寄棟造で、各杉皮葺、四方吹放ちの建物である。

 披雲閣は、江戸時代の城内の殿舎を意識した伝統的な建物の配置や意匠をもつとともに、様々な規模、形式の座敷による充実した接客空間を擁する近代の和風住宅であり、江戸時代の城跡に再建された希少な事例である。また、近代的な組織体制により、設計と施工の管理が徹底された住宅建築であり、大正時代における我が国の大規模木造建築の技術的水準を示すものとして重要である。

【参考文献】 『香川県の近代和風建築』(香川県教育委員会 2010年)



by h9w457y8i | 2014-02-06 07:46 | 香川 | Comments(0)

香川県の近代文化遺産リスト > 披雲閣


国指定重要文化財
披雲閣(旧松平家高松別邸)
ひうんかく(きゅうまつだいらけたかまつべってい)

本館
本館付倉庫
倉庫





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by h9w457y8i | 2014-02-05 07:31 | 香川 | Comments(0)

香川県の近代文化遺産リスト旧善通寺偕行社 > 見学要領・問い合わせ

概要         フォトギャラリー         アクセスGoogle Map


普段の見学

開館時間: 10:00〜16:00
休館日: 12月29日〜1月3日 ただし臨時休館日あり。また館内がイベント、結婚披露宴、集会等で使用中の場合は入館不可。
入館料: 無料

見学の際の注意事項: 
建物内部、および建物周辺は禁煙。
子供連れでも見学は可能だが、白壁(漆喰壁)に手を触れないようにすること。
窓、カーテンには手を触れないこと。

現地配布プリント(JPEG)
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b0212342_06390503.jpg建物北東角(建物正面に向かって左側)に設置された見学者入口。
バリアフリー化されている。

「偕行社かふぇ」もここから入る。
b0212342_06392678.jpg「偕行社かふぇ」

旧善通寺偕行社に併設されている。
モーニング、ランチ、カフェ、スイーツのメニューあり。

開店時間、休業日、メニューなどの詳細は、
偕行社かふぇ公式ホームページを参照。




特別公開・イベント情報

特別公開に関する情報は見つけられない。
館内でのイベントに関しては、善通寺市役所公式サイト/イベント案内ページを参照、または下の問い合わせ先に連絡。




問い合わせ

偕行社事務室へ。善通寺市公式サイト/旧善通寺偕行社ホームページ参照。
電話: 0877-63-6362
FAX: 0877-63-6397
受付時間: 9:00〜17:00


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by h9w457y8i | 2014-02-04 07:07 | 香川 | Comments(0)

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公共交通機関

JR土讃線善通寺駅から、徒歩約5分(約350m)。



クルマ

旧善通寺偕行社は善通寺市役所の敷地内にあり、市役所の駐車場を利用できる。見学者の駐車場利用は無料。
駐車場入口(上の地図の青アイコン)には係員の詰所があり、そこで駐車券を受け取る。
旧善通寺偕行社の見学者入口で、駐車券に確認印を押してもらう。
出車する際、この詰所に駐車券を渡す。
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by h9w457y8i | 2014-02-03 07:47 | 香川 | Comments(0)

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きゅうぜんつうじかいこうしゃ
国指定重要文化財
竣工: 明治36年(1903年)
構造および形式: 木造、建築面積678.4㎡、桟瓦葺、正面玄関ポーチ
設計: 陸軍省営繕組織
文化財指定: 平成13年(2001年)

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「偕行社」とは明治10年(1877年)に創立された陸軍将校の親睦及び学術研究を目的とする団体の名称です。
この偕行社が社交場として建設した建物にもその名が用いられたため、偕行社という名の建物は代表的な師団が開設された場所、つまり全国的に存在していましたが、現存するものはとても少なくなりました。
明治29年(1896年)善通寺町に開設された第十一師団は、日清戦争後の陸軍拡張期に増設された6師団のうちの一つで、「旧善通寺偕行社」は、第十一師団の将校たちによって明治36年(1903年)5月10日に竣工しました。

竣工年の10月13日には東宮(後の大正天皇)が 香川県行啓の際の休憩所としてご利用になり、明治38年(1905年)には土屋中将が日露戦争の戦傷で療養した記録も残っています。
また、大正11年(1922年)にはこの地で実施された陸軍軍事大演習参観のため、皇太子(後の昭和天皇)がご宿泊されています。
戦後はアメリカ軍が進駐し、昭和20年(1945年)12月には米兵・豪州兵の社交場となりました。

昭和22年(1947年)5月からは善通寺区検察局、
昭和24年(1949年)からは香川県食料事務所仲多度支所、
昭和25年(1950年)からは自衛隊クラブ・ドリームランド、
昭和29年(1954年)からは善通寺市役所、
昭和44年(1969年)からは善通寺公民館、
昭和55年(1980年)からは善通寺市立郷土館として使用されました。

「旧善通寺偕行社」は、平成13年(2001年)6月15日に国の重要文化財となり、同年12月には「旧善通寺偕行社調査整備委員会」を発足。東京大学名誉教授である岡田恒男氏を委員長とし県内外の有識者を招聘、復元工事に関する多角的な議論を積み重ねました。そして、平成16年(2004年)から平成19年(2007年)まで、「旧善通寺偕行社整備検討委員会」に名称を変えた委員会の指揮のもと保存修理工事を実施し、創建当時の状態を基本に復元されました。
また、重要文化財でありながら、偕行社本来の用途である社交場として使用する際に利便性を高める目的で附属棟も建設しました。




建築物としての価値

旧善光寺偕行社は東西に長い木造平屋の建物で、主体部は桁行41.8m(23間)、梁間12.7m(7間)の規模で、その北面中央を幅14.5m(8間)にわたって前面に4.5m(2間半)ほど突出させ、更にその中央に玄関ポーチを設けています。
南面には下家を差し掛けて幅1.4mのヴェランダがあり、これを経て大広間から直接南側庭園に出ることが出来ます。建物と庭園が一体化して使用できるようになっています。
基礎は煉瓦造布基礎で、小屋組はキングポストを基本とし、主体部の屋根は東西棟の寄棟造桟瓦葺、正面突出部は南北棟の寄棟造、桟瓦葺で主体部よりも棟を高くしてあります。
外観意匠は簡明なルネサンス様式で、正面中央にドリス式角柱と三角ペディメントによる車寄ポーチを構え、内外とも簡素な造形で統一し、陸軍建築の堅実な作風が典型的に示された建物です。
四国には陸軍師団関係施設が少ない中で保存状態は良好であり、この地方における洋風建築の普及を知る上で重要であると評価されています。


左 南面のヴェランダ          右 正面玄関ポーチ上の三角ペディメント
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by h9w457y8i | 2014-02-02 05:55 | 香川 | Comments(0)

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国指定重要文化財
旧善通寺偕行社
きゅうぜんつうじかいこうしゃ




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by h9w457y8i | 2014-01-31 04:36 | 香川 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。