カテゴリ:神奈川( 74 )

サイトマップ > 神奈川県 近代文化遺産 > 氷川丸 > フォトギャラリー

1
b0212342_11581780.jpg

2
b0212342_11580744.jpg

3
b0212342_11581341.jpg

4
b0212342_11582180.jpg

5
b0212342_11582468.jpg

6
b0212342_12221074.jpg

7
b0212342_12225140.jpg

8
b0212342_12225894.jpg

9
b0212342_12230525.jpg

10
b0212342_12262257.jpg

11
b0212342_12262578.jpg

12
b0212342_12285073.jpg

13
b0212342_12285490.jpg

14
b0212342_12285701.jpg

15
b0212342_12290028.jpg

16
b0212342_12290374.jpg

17
b0212342_12325145.jpg

18
b0212342_12325336.jpg

19
b0212342_12325665.jpg

20
b0212342_12325960.jpg

21
b0212342_12330104.jpg

22
b0212342_12422390.jpg

23
b0212342_12422829.jpg

24
b0212342_12423123.jpg

25
b0212342_12423431.jpg

26
b0212342_12423803.jpg

27
b0212342_06452262.jpg

28
b0212342_12520162.jpg

29
b0212342_12520448.jpg

30
b0212342_12520710.jpg

31
b0212342_12521097.jpg

32
b0212342_12521341.jpg

33
b0212342_12572258.jpg

34
b0212342_12572675.jpg

35
b0212342_12572916.jpg

36
b0212342_12573198.jpg

37
b0212342_12573475.jpg

38
b0212342_13013856.jpg

39
b0212342_13014998.jpg

40   
b0212342_13015290.jpg

41   
b0212342_13015510.jpg

42   
b0212342_13112535.jpg

43   
b0212342_13112883.jpg

44   
b0212342_13113128.jpg

45   
b0212342_13113796.jpg

46   
b0212342_13114107.jpg

47   
b0212342_13163935.jpg

48   
b0212342_13164451.jpg

49   
b0212342_13164893.jpg

50    
b0212342_13165112.jpg

51   
b0212342_13165337.jpg

52   
b0212342_13201162.jpg

53   
b0212342_13201427.jpg

54   
b0212342_13201746.jpg

55   
b0212342_13201911.jpg

56   
b0212342_13202297.jpg

57   
b0212342_13232541.jpg

58   
b0212342_13235551.jpg

59
b0212342_13242431.jpg

60   
b0212342_13245481.jpg

61   
b0212342_13252543.jpg

62    画像
63   
b0212342_13315584.jpg

64    
b0212342_13330807.jpg

65    
b0212342_13333804.jpg


by h9w457y8i | 2018-09-20 10:19 | 神奈川 | Comments(0)

サイトマップ > 神奈川県 近代文化遺産 > 氷川丸

b0212342_13185622.jpg

氷川丸(ひかわまる)は、日本郵船が昭和5年(1930年)に横浜船渠で建造させた1万トン級の大型貨客船です。竣工後はシアトル、ニューヨーク、ヨーロッパなどの航路に就航。当時の最新鋭大型ディーゼル機関を搭載し、水密区画配置など先進の安全性を誇っていました。また一等公室にはフランス人デザイナーによるアールデコ様式の内装が施されました。太平洋戦争中は海軍に徴用されて特設病院船となり、戦後は再び外航航路の貨客船に復活しましたが、建造から30年が経った昭和35年(1960年)に現役から引退し、横浜に係留されました。その後は係留されたまま宿泊・観光施設として利用され、現在に至っています。(利用客の減少から2006年に一旦は閉鎖されましたが、翌年には日本郵船により再び一般公開が開始されています。)
氷川丸は戦前の日本で造られた外洋航路貨客船では唯一現存する船であり、当時の海上交通や造船技術をうかがい知ることができる産業遺産として、その価値が高く評価されています。平成28年(2016年)には、建造物ではなく歴史資料として、国の重要文化財に指定されました。
氷川丸公式サイト文化庁国指定文化財等データベース


氷川丸 フォトギャラリー


氷川丸は赤マーカー4
スマートフォンはこちらのマップ


氷川丸へのアクセス、公開時間、乗船料、定休日などの見学についての情報は、氷川丸公式HPを参照。

施設付属駐車場はない。
氷川丸は横浜の中心地、山下公園に係留されており、周辺には多くの有料駐車場がある。NAVITIME駐車場検索ページにて、「日本郵船氷川丸」で検索。

2018.9
公開時間 10:00〜17:00(最終入館は16:30)
乗船料 大人300円(日本郵船歴史博物館とのセット割引あり)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌日)
船尾のオープンデッキは、土・日・祝日のみ公開。

船内の写真撮影は自由。

船内に飲食店はない。飲み物の自動販売機はある。

↓ 週末のみ立ち入りが可能な船尾のオープンデッキ。
b0212342_13252843.jpg






管理人のおすすめポイント


横浜観光の定番、山下公園に面していて、中華街からも目と鼻の先。

約90年前に造られた船で、戦前に日本で造られた客船で残っているのはこれだけ。

子供に大人気のメカメカしい操舵室、美しく復元された豪華客室や食堂、うねうねした配管がむき出しの薄暗い通路、当時最新鋭だった巨大ディーゼルエンジンが鎮座するエンジンルーム。船内は変化に富んでいて、船や歴史に興味があまりなくても、歩いているだけで楽しめると思います。

また操舵室のあるブリッジから見られる景色は、山下公園とみなとみらいが望めていかにも横浜!という風情。デッキからの記念撮影も横浜観光の思い出が美しく残せると思います。

氷川丸 フォトギャラリー

b0212342_14232030.jpg

b0212342_13280947.jpg

b0212342_13302383.jpg

b0212342_14010049.jpg

b0212342_14031313.jpg

b0212342_14050332.jpg

b0212342_14072393.jpg

氷川丸 フォトギャラリー

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-09-19 09:29 | 神奈川 | Comments(0)

サイトマップ > 神奈川県 江戸時代以前の文化財 > 旧一条恵観山荘



旧一条恵観山荘(きゅう いちじょうえかん さんそう)は、江戸時代前期、1646年ごろに京都・西賀茂付近の里山に建てられた公家別邸の「離れ」です。建てたのは、後陽成天皇(ごようぜいてんのう。1571〜1617年)の第九皇子、一条恵観。摂政・関白を二度務め、和歌や書、茶の湯、絵画などの文化芸能に精通し、また建築にも才能のある人物でした。建物は、江戸初期の数奇屋造りの優れた例であり、田舎屋風建築の野趣と、随所に見られる平安文化の雅やかな意匠とが融合する、大らかな空間となっています。昭和34年(1959年)に京都から鎌倉に移され、その際、保存・管理を行う恵観公山荘茶屋会が設立。昭和39年(1964年)に国の重要文化財に指定されました。
一条恵観山荘公式サイト、現地配布パンフレット、文化庁国指定文化財等データベース


旧一条恵観山荘 フォトギャラリー



アクセス


旧一条恵観山荘は、赤マーカー8(青マーカー13付近)
スマートフォンはこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩
JR および 江ノ島電鉄 鎌倉駅 東口から、徒歩約30分(2.3km)。ほぼ平坦。狭い歩道あり。


バス
JR および 江ノ島電鉄 鎌倉駅 東口 5番バス乗り場(上の地図、青マーカー3)から、京浜急行バス(通称「京急バス」)の
鎌23系統 「鎌倉霊園正門前太刀洗(たちあらい)」行き
鎌24系統 「金沢八景(かなざわはっけい)駅」行き
鎌36系統 「ハイランド循環」のいずれかに乗車。
3つの系統を合わせ、曜日にかかわらず5〜10分に1本。乗車時間8分。200円。時刻表は京急バス公式サイト参照。
「浄明寺(じょうみょうじ)」バス停(上の地図、青マーカー12)で下車。バス停から現地まで徒歩約2分(150m)。ほぼ平坦。歩道あり。

↓ 鎌倉駅東口改札口から見た5番バス乗り場。改札口の目の前。



または、京浜急行 金沢八景駅 東口 2番バス乗り場(上の地図、青マーカー14)から、京浜急行バスの鎌24系統「鎌倉駅」行きに乗車。
30〜40分に1本。乗車時間25分。260円。時刻表は京急バス公式サイト参照。
「浄明寺」バス停下車。バス停から現地まで徒歩約2分。

京浜急行バス(路線バス)の乗り方。
中央部のドアから乗車。運転席横の前のドアから降りる。
全国共通交通系ICカード利用可能。乗車時に中央部ドアのすぐ内側にあるタッチ部分にカードをタッチし、降車時に運賃箱のタッチ部分にタッチ。
現金の場合は、乗車時に中央部ドア付近にある機械から整理券を取る。降車時に運転席横の運賃箱に現金(硬貨のみ)を入れる。両替機が運転席横に設置されている。1,000円以外の高額紙幣は両替不可。

↓ 旧一条恵観山荘 入口。青マーカー13



駐車場
施設付属見学者用駐車場はない。
周辺に複数の民間有料駐車場あり。NAVITIME駐車場案内ページにて、「浄明寺」バス停で検索。






見学のしかた


休園日に関しては、一条恵観山荘公式サイトを参照。
開園時間、入園料についての記載は、公式サイト内には見つけられなかった。


2018.6
開園時間 10:00〜16:00(入園は15:30まで)
入園料 500円
休園日 月・火曜日。ただし月曜日が祝日の場合は開園。

内部見学は、山荘ガイドツアーに参加する必要がある。
見学料 1,000円(入園料とは別に)
要予約。1日4回。各回 1〜12名。10:20、11:50、13:50、14:50から。所要時間 1時間前後。予約、問い合わせは 0467-53-7900 へ。←現地配布パンフレット
事前予約なしでも、当日ツアーに空きがあり、ガイドさんの都合がつけば参加できる場合もある。



見学の際の注意点
見学は小学生以上。
禁煙。園内での飲食は不可。園内にカフェあり。
使役犬以外のペット入園不可。
大型の撮影機材、一脚、三脚、自撮り棒を使用しての撮影不可。
←現地配布パンフレット

山荘内ではないが、隣接する建物で、茶の湯体験もある。お茶菓子付き。初心者歓迎。1日5回。所要時間30〜40分。参加料 2,000円。開催しない日もあるので、詳細は 0467-53-7900 へ。←現地配布パンフレット










管理人のおすすめポイント


建物は、一見農村の古民家という風情です。それはそれで野趣が前面に出ていていいのですが、実はとても凝った造りとなっています。屋根はこけら葺きと茅葺の二重構造、内部は侘び寂びの中にも平安時代の朝廷文化を再現し、公家の美意識を各所に取り入れた、風雅な空間となっています。例えば、ふすまの取っ手。「月」の字をかたどった取っ手の裏には、「の」の取っ手。和歌で「月の」という言葉が多用されることから、恵観が遊び心で取り入れたものだそうです。また各所の板戸に描かれた絵。パッと見ただけではなんの絵かよくわからない。山荘を訪れた天皇も、同じ感想を持たれたそうです。これも、恵観の遊び心だったのでしょうか。他にも風流を味わう様々な細かい工夫がなされており、とても興味深いです。そしてそれを満喫するためには、建物の見学ガイドツアーに参加する必要があります。別途1,000円が必要ですが、とても詳しく、かつわかりやすい説明でしたし、写真撮影をしたければこちらのペースに合わせてくださるので、参加を強くオススメします。また、石、苔、松、紅葉を効果的に使ったお庭もとても手入れが行き届いており、四季折々、美しい景色が楽しめます。

旧一条恵観山荘 フォトギャラリー










そして、重要文化財の建物とはなんの関係もありませんが、敷地内にあるカフェ、「楊梅亭(やまももてい)」。10:00〜15:30。美しいお庭を眺めながらいただいたスイーツ。絶品でした。
パティスリー雪乃下」監修だそうです。

庭を眺めながらゆったりと過ごすことができます。








↓ 「醍醐のケーキ」。月夜の庭を表現されているそうです。素晴らしいお味でした。


旧一条恵観山荘 フォトギャラリー

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-09-17 07:35 | 神奈川 | Comments(0)

サイトマップ > 神奈川県 江戸時代前の文化財 > 朝夷奈切通

大切通

朝夷奈切通(あさいな きりどおし)は、山と海に囲まれた鎌倉に通じる7つの切通、「鎌倉七口」のうちの一つで、7つの中でももっとも峠の標高が高く、急な道とされています。「切通」とは、峠を削って道にした部分、あるいはその部分を含む道路のことを言います。朝夷奈切通は、鎌倉時代の1241年に峠の岩を削る工事が始まりました。切通の鎌倉とは反対側、横浜市側には、当時「六浦津(むつらのつ)」と呼ばれる天然の良港があり、時の執権、北条氏はこれを鎌倉の外港として利用。鎌倉と六浦を結ぶ朝夷奈切通は、重要な交通路となりました。江戸時代まで、切通は麓の村人たちによって整備が繰り返し行われ、切通の入口付近には複数の供養塔が残っています。また明治期には、切通の頂上、大切通付近に茶屋があったことが記録されています。その後も切通は県道として利用されていましたが、昭和31年(1956年)、切通を迂回する現在の県道204号線が開通すると、街道としての役目を終えました。切通周辺はその後開発がほとんど行われなかったため、現在でも往時の姿を比較的良く残していると言われています。
昭和44年(1969年)、鎌倉七口の一つとして鎌倉の地勢と外部との連絡状況を示す重要な遺構である、との理由で、国の史跡に指定されました。そして平成20年(2008年)には、切通周辺のやぐら(中世の納骨施設)群や鎌倉の守護神とされる熊野神社なども、切通を構成する一部として、史跡に追加指定されています。
横浜市教育委員会公式サイト、横浜市教育委員会による現地案内看板など


朝夷奈切通 フォトギャラリー



切通入口へのアクセス


スマートフォンはこちらのマップ


1. 最寄りの駅から徒歩
1-1. 横浜市側(東側)入口へ。上の地図、赤マーカー3
京浜急行 逗子線 六浦(むつうら)駅 西口から、徒歩約30分(2.1km)。39mの標高差あり、緩い上り坂が続く。
または、
京浜急行 本線 金沢八景(かなざわはっけい)駅から、徒歩約40分(2.8km)。ほぼ平坦。

1-2. 鎌倉市側入口(上の地図、赤マーカー4)への徒歩圏内の駅はない。もっとも近いJR鎌倉駅から、約4.2km(徒歩約55分)。


2. バス
バスの時刻表、乗り方などの情報は、京浜急行バス公式サイト、または神奈川中央交通バス公式サイトへ。

2-1. バスで横浜市側(東側)入口へ。 赤マーカー3

京浜急行 本線 金沢八景駅から
神奈川中央交通バス(通称「神奈中バス」。バスにペイントされているロゴは「Kanachu」)1番バスのりば(上の地図、青マーカー1)から、
神奈中バス 船08系統 大船駅行きバス
神奈中バス 金24系統 上郷ネオポリス行きバス
神奈中バス 金25系統 上郷ネオポリス行きバス
のいずれかに乗車。運行頻度は3つの系統を合わせて1時間に3〜4本。

あるいは、

京浜急行バス 2番バスのりば(青マーカー2)から、鎌24系統 鎌倉駅行きバスに乗車。運行頻度は1時間に2本。

いずれのバスでも、乗車時間8分、運賃210円。全国共通交通系ICカード使用可能。中乗り、前降り。

「朝比奈(あさひな)」バス停下車。バス停から入口まで徒歩約2分。

金沢八景駅前 京浜急行バス 2番バスのりば。
b0212342_17485341.jpg

朝比奈バス停。


朝比奈バス停の目の前にこんな感じの案内看板があるので、入口までの道はすぐにわかる。
b0212342_17514455.jpg

b0212342_17514803.jpg

入口までの道。
b0212342_19094291.jpg

切通、横浜側入口。右側の道。
b0212342_19094878.jpg

入口にある案内看板。




2-2. バスで鎌倉市側(西側)入口へ。 赤マーカー4

JR および 江ノ島電鉄 鎌倉駅 東口 5番バスのりば(青マーカー4)から、京浜急行バスの
鎌23系統 鎌倉霊園正門前太刀洗(かまくられいえんせいもんまえ たちあらい)行きバス
鎌24系統 金沢八景駅行きバス
のいずれかに乗車。運行頻度は両方の系統を合わせて1時間に5〜6本。乗車時間12分、運賃210円。全国共通交通系ICカード使用可能。中乗り、前降り。
「十二所(じゅうにそ)」バス停(青マーカー5)下車。バス停から入口まで徒歩約9分(600m)。ほぼ平坦。

JR鎌倉駅 東口改札口から、5番バスのりばを見たところ。改札口のすぐ目の前にある。
b0212342_17472162.jpg

十二所バス停。
b0212342_17461575.jpg

十二所バス停から鎌倉市側入口への道を見たところ。
b0212342_17464965.jpg

このような案内も所々にある。
b0212342_19113718.jpg

最初は道の両側に住宅などが立ち並ぶが、やがて建物はなくなり、山道っぽくなっていく。
b0212342_19121050.jpg

b0212342_19121560.jpg





鎌倉市側の入口。左側の道。



3. 駐車場
史跡付属の駐車場はない。
横浜市側入口の半径500m以内に複数の駐車場あり。NAVITIME駐車場案内ページにて、「朝比奈」(バス停)で検索。
鎌倉市側入口の周辺には時間貸し駐車場はない。

小切通(赤マーカー2)







歩く時の注意点


横浜市側入口と鎌倉市側入口の距離は、約1km。手で何かを掴まなくては登れないような、崖のような坂はないが、所々に急な部分はある。普通の運動靴であれば通過可能。
ただし、峠の大切通から鎌倉側は常時水が流れていて、滑りやすくなっている。防水か、ぐっしょり濡れても良い靴を履いてくることをオススメする。雨の後は川のようになっており、進むのがためらわれるほど。





岩の壁に掘られた「やぐら」


熊野神社







管理人のおすすめポイント



いつ行っても足が濡れる。それさえ気にしなければ、鎌倉にある7つの切通のうち、もっともダイナミックな岩の開削部分を見られる切通です。また、多数のやぐらや熊野神社などの古い宗教施設もあり、普通のハイキングコースでは味わえない、なんだか神秘的な雰囲気すら漂っています。急な坂はちょこっとありますが、1kmと距離は短く、それほどの体力は必要としません。切通の両端入口それぞれの近くに、頻繁に運行しているバスの停留所があり、アクセスもgood。いつもと違う鎌倉散策を楽しみたければ、しっかりした運動靴を履いた上で、是非訪れていただきたいです。

b0212342_20121547.jpg

b0212342_20122276.jpg

フォトギャラリー

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-09-04 05:37 | 神奈川 | Comments(0)

サイトマップ > 神奈川県 江戸時代以前の文化財

国宝

国指定重要文化財

川崎市立日本民家園の国指定重要文化財 (7棟)

三渓園(横浜市)の国指定重要文化財 (10棟)

国指定史跡

文化財分布マップ



国宝



b0212342_05373776.jpg円覚寺 舎利殿
えんがくじ しゃりでん
神奈川県内で唯一の国宝建築物。普段は非公開。正月の1月1〜3日、および11月上旬の数日間に特別公開される。詳細は円覚寺に問い合わせ。
map 35.33931, 139.54894







国指定重要文化財



b0212342_15505744.jpg安養院宝篋印塔
あんよういん ほうきょういんとう
鎌倉最古の石塔。
map 35.31440, 139.55525

石井家住宅
いしいけ じゅうたく
江戸中期の民家。昭和12年(1937年)に茅葺から鉄板葺に変更。現住のため見学は要予約。詳細は石井家住宅ホームページへ。

b0212342_15513162.jpg英勝寺
えいしょうじ
仏殿(画像)、山門、鐘楼、祠堂、祠堂門

b0212342_15515348.jpg荏柄天神社本殿
えがらてんじんじゃ ほんでん
鎌倉時代後期、1316年建立。外観は自由に見学できる。

覚園寺
かくおんじ
開山塔、大燈塔
鎌倉時代、1332年建立の宝篋印塔(石塔の一種)。拝観はガイドツアー方式。1日に5〜6回。敷地内での写真撮影禁止。詳細は覚園寺公式ホームページを参照。

b0212342_16470027.jpg旧石井家住宅
きゅう いしいけ じゅうたく
江戸時代中期の茅葺き古民家。一般公開。
map 35.35146, 139.51981

b0212342_08230843.jpg旧一条恵観山荘
きゅう いちじょうえかん さんそう
元々は、江戸時代前期、京都に公家別邸内の離れとして建てられた。平安時代建築の要素を各所に取り入れている。昭和に入ってから鎌倉に移された。一般公開。
map 35.32044, 139.57115

建長寺
けんちょうじ
仏殿、昭堂、法堂、唐門、山門、大覚禅師塔

b0212342_15522211.jpg光明寺本堂
こうみょうじ ほんどう
江戸時代中期の建立。鎌倉にある仏殿の中では最大規模。

光明寺本堂内厨子
こうみょうじ ほんどうない ずし

極楽寺
ごくらくじ
忍性塔(にんしょうとう)、五輪塔
奥の院の墓地にある石塔。忍性塔は高さ357cm、五輪塔は高さ193cm。双方非公開。

五輪塔(逗子市)
ごりんとう

五輪塔(箱根町)
ごりんとう
鎌倉時代に建立された高さ約2.5mの3基の石塔。曽我兄弟(十郎祐成および五郎時致)、および十郎祐成の妾「虎御前」の墓とされる。国道1号線旧道沿いにあり、常時見学可能。

b0212342_15555216.jpg浄光明寺五輪塔
じょうこうみょうじ ごりんとう
高さ3mほどの巨大な石塔。普段は非公開。毎年4月、第二日曜日から第三日曜日までの一週間に開催される鎌倉まつりの期間中のみ特別公開される。
map 35.32784, 139.55214

b0212342_15594282.jpg関家住宅
せきけじゅうたく
主屋、書院、表門
住居として使用されており、普段は非公開。不定期で特別公開あり。詳細は横浜市教育委員会公式サイト参照。
map 35.5438, 139.58726

b0212342_16024141.jpg鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう
上宮、摂社若宮、大鳥居(一の鳥居)、末社丸山稲荷社本殿

宝篋印塔(箱根町)
ほうきょういんとう
鎌倉時代後期建立の、高さ3m近くある巨大な石塔。多田満仲の墓とされる。国道1号線旧道沿いにあり、見学自由。

宝城坊
ほうじょうぼう
本堂、旧本堂内厨子






川崎市立日本民家園の重要文化財



川崎市立日本民家園 公式ホームページ


b0212342_15474382.jpg旧伊藤家住宅
きゅう いとうけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。川崎市内から移築。一般公開。
map 35.60889, 139.55835

b0212342_11482510.jpg旧江向家住宅
きゅう えむかいけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。富山県西部、南砺市から移築。一般公開。
map 35.60962, 139.56028

b0212342_15481711.jpg旧太田家住宅
きゅう おおたけ じゅうたく
主屋、土間
江戸中期の建築。茨城県笠間市から移築。八丈島や南西諸島など南方でよく見られる分棟型で、関東地方では珍しい。一般公開。
map 35.60887, 139.55950

b0212342_15484531.jpg旧北村家住宅
きゅう きたむらけ じゅうたく
江戸時代初期、1687年の建築。建築年代がわかっている古民家の中では、東日本で二番目の古さ。神奈川県秦野市から移築。一般公開。
map 35.60921, 139.55903

b0212342_15491597.jpg旧工藤家住宅
きゅう くどうけ じゅうたく
江戸時代中期の建築。岩手県の中部、紫波町からの移築。一般公開。
map 35.60848, 139.55870

b0212342_15495219.jpg旧作田家住宅
きゅう さくたけ じゅうたく
主屋、土間
江戸時代中期の建築。千葉県九十九里町から移築。代々網元を務めた漁師の住宅。一般公開。
map 35.60866, 139.56000

b0212342_15502141.jpg旧佐々木家住宅
きゅう ささきけ じゅうたく
江戸時代中期、1731年の建築。長野県の南端、南佐久郡から移築。一般公開。
map 35.60954, 139.56067







三渓園の重要文化財



国指定名勝・横浜三渓園 公式ホームページ

三渓園内でのスナップ写真 2017.1


b0212342_15411284.jpg旧天瑞寺寿塔覆堂
きゅう てんずいじ じゅとうおおいどう
豊臣秀吉が母のために建てた寿塔(生前に長寿を祝って建てる建物。現在は京都の大徳寺にある)を覆うための建物。桃山時代の1591年に建立。もとは京都にあったものを明治35年(1905年)にこの場所に移築。内部非公開。

b0212342_15415995.jpg旧東慶寺仏殿
きゅう とうけいじ ぶつでん
室町時代、1509年に建てられた仏殿。鎌倉の東慶寺内にあった。東慶寺は1285年に建てられた寺で、駆け込み寺、縁切り寺として有名だった。明治40年(1910年)に移築。内部非公開。

b0212342_15424069.jpg旧燈明寺三重塔
きゅう とうみょうじ さんじゅうのとう
燈明寺は京都府の南端、木津川市加茂町にあった寺。奈良時代に創られた古刹だったが、現在は廃寺となっている。三重塔は室町時代の建立と考えられ、関東地方に現存する塔の中では最古。大正3年(1914年)に移築。内部非公開。

b0212342_15432671.jpg旧燈明寺本堂
きゅう とうみょうじ ほんどう
室町時代中期の建立とされる。昭和22年(1947年)の台風で大きな被害を受け、解体・保存されていたが、昭和62年(1987年)に三渓園内に再建された。内部も公開されている。内装はいたってシンプル。
燈明寺については上の「旧燈明寺三重塔」を参照。

b0212342_15435267.jpg旧矢箆原家住宅
きゅう やのはらけ じゅうたく
もとは岐阜県の白川郷にあった合掌造りの農村家屋。飛騨三長者のうちの一家と言われた矢箆原家の主屋として、江戸中期に建てられた。昭和35年(1960年)に御母衣ダムの湖底に沈む運命だったのを、三渓園が矢箆原家から寄進を受けて移築。普通農家と格式ある書院造が合体した特徴ある構造となっている。内部公開。季節に応じた展示がある。

b0212342_15450126.jpg月華殿
げっかでん
江戸時代初期(1603年)に、徳川家康が京都の伏見城内に諸大名の控え室として建立したと言われる。その後、京都府宇治市の三室戸寺に移され、更に大正7年(1918年)、三渓園内に移築された。

春草廬
しゅんそうろ
江戸時代。庭から内部を見ることができる。

b0212342_15454200.jpg聴秋閣
ちょうしゅうかく
江戸時代初期(1623年)、徳川家光が京都に上洛する際、二条城内に造らせたと言われる。大正11年(1922年)に移築。庭から内部を見ることができる。

b0212342_15461620.jpg天授院
てんじゅいん
江戸時代初期(1651年)、鎌倉の建長寺の場所にかつてあった心平寺に地蔵堂として建立。大正5年(1916年)に移築。内部非公開。

b0212342_15465141.jpg臨春閣
りんしゅんかく
江戸時代初期(1649年)、徳川頼宣により和歌山県紀ノ川沿いに建てられた別荘。現在では数奇屋風書院造として、京都の桂離宮とともに中世別荘建築の双璧と言われている。大正6年(1917年)に移築。建物内には入れないが、庭から部屋の中を見ることができる。

三渓園の建物の解説は、現地案内看板を元にしています。





国指定史跡 (一部)



b0212342_22424282.jpg朝夷奈切通
あさいな きりどおし
鎌倉時代、鎌倉東部の峠を削って作られた道。現在はハイキングコースとなっている。全長約1km。バスで容易にアクセス可能。
map 35.32721, 139.59101

b0212342_15374951.jpg安養院境内
あんよういん けいだい
北条政子が夫・源頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が鎌倉時代末期に焼失したため、この地に新しく移した際、政子の法名である「安養院」がそのまま寺の名になった。境内には鎌倉最古の石塔となる国指定重要文化財の宝篋印塔がある。一般公開。拝観時間、拝観料については、鎌倉市公式サイト/安養院案内ページを参照。
map 35.31415, 139.55533

b0212342_11234535.jpg円覚寺境内
えんがくじ けいだい
鎌倉時代中期(1282年), 幕府の執権北条時宗が元寇の戦没者追悼のために創建した寺院. 一般公開. 境内の奥には、神奈川県内で唯一の国宝建造物、舎利殿がある。
map 35.33774, 139.54798

b0212342_10041678.jpg大塚・歳勝土遺跡
おおつか・さいかちど いせき
弥生時代中期の大規模集落。公園、および横浜市歴史博物館の一部として一般公開。
map 35.55038, 139.58091

b0212342_07425809.jpg鎌倉大仏殿跡
かまくらだいぶつでんあと
鎌倉時代、1260年頃に築造された鎌倉大仏(阿弥陀如来座像)とほぼ同時期に建造。災害による倒壊と再建を何度か繰り返したあと、1400年頃以降は再建されず、大仏は雨ざらしとなった。大仏は国宝に指定されている。
map 35.31684, 139.53575

b0212342_14452706.jpg亀ヶ谷坂
かめがやつざか
鎌倉時代、鎌倉に入るために造られた切通のうちの一つ。現在は生活道路として使われている。
map 35.32987, 139.55011

b0212342_07550171.jpg旧相模川橋脚きゅう さがみがわ きょうきゃく
鎌倉時代後期に旧相模川に掛けられた橋の、木製の橋脚。その後川の流れが大きく変わり地中に埋まっていたが、1923年の関東大震災による液状化で水田の中に突如出現。その直後から文化財として保存措置が取られた。現在では周囲は公園として整備され、案内看板なども充実している。
map 35.33218, 139.38426

b0212342_09460540.jpg仮粧坂
けはいざか
鎌倉時代、山と海に囲まれた鎌倉への交通路として作られた「鎌倉七口」のうちの一つ。7つの切通の中ではもっとも短いが、平均勾配がもっとも急。
map 35.32592, 139.54476

b0212342_14441907.jpg極楽寺境内・忍性墓
ごくらくじ けいだい にんしょうのはか
鎌倉時代、13世紀中頃に忍性が開いた寺院。室町時代にかけて勢力のある寺だった。境内は一般公開。忍性墓は境内の北西角にあり、普段は非公開。4/8に特別公開される。境内は写真撮影禁止(←現地看板)。
map  35.31023, 139.52842

b0212342_17262813.jpg浄光明寺境内・冷泉為相墓
じょうみょうこうじ けいだい・れいぜいためすけのはか
鎌倉時代創建の古刹。一般公開。拝観時間、拝観料などは鎌倉市公式サイトを参照。

b0212342_08001282.jpg大仏坂切通
だいぶつざか きりどおし
鎌倉時代、山と海に囲まれた鎌倉への交通路として作られた「鎌倉七口」のうちの一つ。岩を削って造られた「切通」の状況がよく残っている。現在はハイキングコースとして通行可能。
map 35.31877, 139.53152

b0212342_08454602.jpg伝上杉憲方墓
でん うえすぎのりかたの はか
上杉憲方は室町時代後期に活躍した武将。「伝」とあるのは、その墓と伝えられている、という意味。
map 35.30953, 139.52967

b0212342_14432236.jpg名越切通
なこし きりどおし
鎌倉時代、鎌倉に入るために山を削って作られた切通のうちの一つ。現在はハイキングコースとなっている。

b0212342_08030784.jpg北条氏常盤亭跡
ほうじょうし ときわてい あと
鎌倉幕府の摂政、北条氏が鎌倉時代に別邸を構えていた場所。鎌倉北西部の交通の要所を固めるためのものであったと考えられる。
map 35.32215, 139.53423

b0212342_14441464.jpg仏法寺跡
ぶっぽうじ あと
鎌倉時代から室町時代にかけて存在した有力寺院の遺構、地面に柱の跡などが残っているらしいが、現在は雑草が生い茂り冬でも地面を見ることはできない。接近は困難で、獣道をかき分けていく。
map 35.30699, 139.53147


by h9w457y8i | 2018-09-01 08:08 | 神奈川 | Comments(0)


サイトマップ神奈川県 江戸時代以前の文化財仮粧坂

1
b0212342_10083441.jpg


仮粧坂(文化庁のサイトおよび現地案内看板では「けはいざか」。実際の呼称は「けわいざか」と思われます)は、鎌倉の北西から藤沢、武蔵方面(現在の神奈川県北部から埼玉県にかけて)に抜ける「鎌倉往還上ノ道(かみのみち)」、別名「武蔵路」の出入り口に当たります。海と山に囲まれた鎌倉に入るための峠道、「鎌倉七口」の一つで、鎌倉交通の要衝であり、南北朝時代の1333年、新田義貞(鎌倉幕府を滅ぼした武士の一人)の鎌倉攻めでは激戦地となりました。
鎌倉時代に書かれた歴史書「吾妻鏡」には、ここは鎌倉の中で小町屋および売買所を構えてもよい場所 = 商業地区の一つとして、「気和飛坂山上(仮粧坂の山上)と書かれています。坂の頂上部は葛原岡(くずはらおか)とも呼ばれ、1332年の後醍醐天皇の倒幕計画に関わった日野俊基(ひのとしもと)が斬首された刑場でもありました。坂の頂上付近にはこの日野俊基の墓が残されています。
仮粧坂は、昭和44年(1969年)に国の史跡に指定されました。指定地区の北部には、地蔵や五輪塔などの浮き彫りを持つ特徴的なやぐら群(瓜ヶ谷やぐら群。やぐらとは岩の壁を四角くくり抜いたもので、古い納骨施設)があります。また周辺の発掘調査では多数の火葬跡が発見されており、ここが交通の要衝であると同時に、鎌倉で亡くなった者たちをあの世に送り出す場所であったことが明らかになっています。
←現地案内看板、文化庁国指定文化財等データベース


JRおよび江ノ島電鉄 鎌倉駅 西口から、徒歩約22分(1.4km)。


スマートフォンの方はこちらのマップ


鎌倉駅 西口を出たら、海蔵寺(上の地図、マーカー4)方面へ。

2 上の地図、マーカー 1の案内看板。
b0212342_11510264.jpg

3 マーカー 2の案内看板。
b0212342_11515678.jpg

4 住宅地の中を進むと、やぐらの跡?
b0212342_11523319.jpg

5
b0212342_11532061.jpg

6
b0212342_11532499.jpg

7 入口。坂の北側に当たる。画像ではわかりにくいが、壁のような傾斜部にジグザグに道がついている。
b0212342_11535152.jpg

8 車両は通れない。
b0212342_13330907.jpg

9 他の切通(きりどおし)とは違い、道の表面が砂を固めたような感じになっている。滑りやすい。
b0212342_13342671.jpg

10 坂というよりも、急な階段。
b0212342_13354611.jpg

11
b0212342_13355081.jpg

12 坂の下を振り返る。
b0212342_13364786.jpg

13 頂上部から。
b0212342_13371747.jpg

14
b0212342_13374019.jpg

15 頂上部。
b0212342_13380596.jpg

16 坂の頂上部入口。マーカー3付近。
b0212342_13381356.jpg

17
b0212342_13395335.jpg

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-03-03 07:07 | 神奈川 | Comments(0)

サイトマップ > 神奈川県 江戸時代以前の文化財 > 朝夷奈切通 > フォトギャラリー


1 京浜急行 金沢八景駅前 京急バス2番のりば。ここからバスに乗る。
b0212342_08031645.jpg

2 朝比奈バス停。ここから切通入口までは徒歩数分。
b0212342_08032212.jpg

3 朝比奈バス停のすぐ横にある案内看板。
b0212342_08032792.jpg

4
b0212342_08033104.jpg

5 朝比奈バス停から横浜市側入口への道。
b0212342_08033597.jpg

6 切通の横浜市側入口。切通は右側の道。
b0212342_08041511.jpg

7 入口に設置された案内看板。
b0212342_08042038.jpg

8
b0212342_08042425.jpg

9
b0212342_08042866.jpg

10 かつての道普請で亡くなった人足を弔うためか。
b0212342_08043223.jpg

11 横浜横須賀道路の下を通る。切通を歩いていて、開発されているのはここくらい。
b0212342_08050927.jpg

12
b0212342_08051726.jpg

13
b0212342_08052391.jpg

14 今でも土嚢などで補修されている。
b0212342_08052885.jpg

15 実際、管理人が歩いている最中もあちこちで小さな落石があった。
b0212342_08053267.jpg

16〜19 小切通。
16
b0212342_08062343.jpg

17
b0212342_08062704.jpg

18
b0212342_08063158.jpg

19
b0212342_08063605.jpg

20
b0212342_08064901.jpg

21
b0212342_08072009.jpg

22 中世の納骨施設、"やぐら"の跡。切通の周囲にはこのようなやぐらが多数残されている。
b0212342_08072474.jpg

23
b0212342_08072824.jpg

24
b0212342_08073112.jpg

25
b0212342_08073411.jpg

26
b0212342_08082596.jpg

27
b0212342_08082880.jpg

28
b0212342_08083198.jpg

29〜34 大切通。高さは20mほどありそう。
29
b0212342_08083595.jpg

30
b0212342_08083814.jpg

31
b0212342_08184398.jpg

32
b0212342_08185002.jpg

33 横浜市と鎌倉市の境界にあたる。
b0212342_08185413.jpg

34
b0212342_08185706.jpg

35〜44 熊野神社と参道。大切通から参道が分岐している。参道はここしかなく、自動車は通れない。社の修復などはさぞかし大変なんだろう。
35
b0212342_08202789.jpg

36
b0212342_08203233.jpg

37
b0212342_08203638.jpg

38
b0212342_08203987.jpg

39
b0212342_08204307.jpg

40
b0212342_08204674.jpg

41
b0212342_08214867.jpg

42
b0212342_08215900.jpg

43
b0212342_08215213.jpg

44
b0212342_08215594.jpg

45
b0212342_08250157.jpg

46
b0212342_08250590.jpg

47 訪れた頃は極寒の日が続き、昼間でもツララが。
b0212342_08250989.jpg

48 いつ訪れても、大切通から西側の道には水が流れている。湧き水があるのだろう。
b0212342_08251343.jpg

49
b0212342_08251699.jpg

50
b0212342_08251930.jpg

51
b0212342_08282493.jpg

52
b0212342_08282855.jpg

53
b0212342_08283245.jpg

54 西へ。坂を下っていく。
b0212342_08283545.jpg

55
b0212342_08283912.jpg

56
b0212342_08284250.jpg

57
b0212342_08291911.jpg

58 鎌倉市側の入口に近づくと、車両も通れそうな道になってきた。
b0212342_08301160.jpg

59
b0212342_08301797.jpg

60 鎌倉市側の入口。
b0212342_08302393.jpg

61 左側の道が切通。
b0212342_08311103.jpg

62 鎌倉市側の入口には、昭和16年(1941年)に立てられた石碑がある。当時の観光案内のようだ。
b0212342_08315001.jpg

63
b0212342_08315437.jpg

64
b0212342_08334343.jpg

65
b0212342_08334639.jpg

66 さらに西に歩くと、住宅地の中に出る。
b0212342_08344226.jpg

67
b0212342_08344948.jpg

68
b0212342_08345350.jpg

69 鎌倉市側からのアクセスで降りるバス停、十二所(じゅうにそ)。
b0212342_08354245.jpg

70 十二所バス停から切通に通じる道路の入り口を見たところ。
b0212342_08362810.jpg

71 鎌倉駅東口、5番バスのりば。ここからのバスで、十二所バス停に向かう。
b0212342_08363207.jpg


by h9w457y8i | 2018-02-22 15:53 | 神奈川 | Comments(0)


サイトマップ神奈川県 近代文化遺産寸松堂

1
b0212342_05571843.jpg


鎌倉には、鎌倉時代から受け継がれていると言われる「鎌倉彫」という伝統工芸があります。木を浅く彫刻し、その上から漆を塗って仕上げたもので、古くは仏具、現在では皿や盆、手鏡などとして売られています。寸松堂(すんしょうどう)は、そんな鎌倉彫の老舗です。
昭和11年(1936年)、鎌倉彫の彫師・佐藤宗岳の店舗併用住宅として、市内の大工西井喜一、正二親子によって建てられました。1階店舗部分のガラス戸、ショーウィンドウなどに近代洋風建築の技術が見られますが、全体としては寺院建築と城郭建築が合体したような建物となってます。寸松堂は建築当初から 笹目町、長谷界隈のランドマークとして重要な役割を果たしており、台所などの水回り、ショーウィンドウなどの増改築部分を除けば、建造当初の姿をほぼそのまま残しています。平成18年(2006年)、主屋と蔵が国の登録有形文化財となりました。


アクセス

スマートフォンの方はこちらのマップ
「寸松堂」は、赤マーカー4


江ノ島電鉄 和田塚駅 または 由比ヶ浜駅から、徒歩約5分。

施設付属駐車場はない。
半径300m以内に有料駐車場多数あり。NAVITIME駐車場検索ページにて「寸松堂」で検索。



見学のしかた

店舗部分のみ見学可能。←鎌倉市観光公式サイト
ただし店舗内部の写真撮影は不可。

営業時間 10:00〜17:00
定休日 不定休
鎌倉市公式サイト


2
b0212342_07051306.jpg

3
b0212342_07052781.jpg

4
b0212342_07053174.jpg

5
b0212342_07053692.jpg

6
b0212342_07054330.jpg

7
b0212342_07054734.jpg

文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2018-02-19 07:55 | 神奈川 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。