案内所トップ愛媛県 近代文化遺産 > 本芳我家住宅


アクセス(行き方)

見学のしかた

本芳我家って? どんな建物?

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー

文化財分布マップ


b0212342_13015898.jpg



アクセス


見学用マーカー付き Google Map


● 駅から徒歩
JR内子駅から、徒歩約17分(1.2km)。
2017.3 松山からの特急は、1時間に1本。乗車時間25分、乗車券 + 特急券 = 1,280円。

このほか、東京、大阪、松山空港から内子町まで、高速バスが運行されている。詳しくは内子町観光公式サイトへ。

内子町内には内子町営の定期路線バスが1系統のみ運行されており、JR内子駅にもバス停がある。でも、町の公式サイトには時刻表や運賃の表示はあるものの路線地図はなく、どこにバス停があるかは部外者にはわからない。あくまでも地元の人々の生活の足であり、観光客にはできれば使って欲しくないというメッセージなのかもしれない。JR内子駅のバス停を見つけて、1〜2時間に1本のバスが運よく停まっていれば、運転手さんに行きたい場所を告げ、近くの停留所を教えてもらってもいいかもしれない。


● 駐車場
b0212342_09194605.jpg
施設付属駐車場はない。

内子町の観光用に「内子座・町並駐車場」がある。

1日300円。8:30〜17:00。50台くらい。

駐車場から本芳我家住宅までは、徒歩約6分。
駐車場の場所はこちらのアクセスマップを参照。
ちなみに、いつもリンクを使わせてもらっている NAVITIME には登録されていなかった。






見学のしかた

b0212342_13341692.jpg
建物内部は、2017.3時点では非公開。庭園には入れる。
庭園の開園時間は、内子町観光公式サイト内、本芳我家住宅案内ページ参照。

2017.3
9:00〜16:30、無休、無料。






建物の説明

b0212342_11125412.jpg
本芳我家(ほんはがけ)は、製蝋(せいろう)業で栄えた芳我一族の本家で、内子木蝋(もくろう)の基礎を築いた家です。江戸時代中期の元文元年(1736年)から木蝋生産を始めたとされ、天保11年(1840年)に現在地に移り、大規模に経営を展開しました。明治期には「旭鶴」の商標で海外にも製品を輸出していました。江戸時代末期の1861年以降は、分家やその分家が相次ぎ、それぞれ上芳我、中芳我などの通称で呼ばれています。
建物は木蝋生産が最も盛んだった明治22年(1889年)に建てられました。建物の質が良く、亀甲型のなまこ壁や鶴、亀、波などの華麗な漆喰細工など、華やかなデザインは内子の街並みの中でも際立った存在です。主屋の南に立つ土蔵の鏝絵(こてえ)は本芳我家の商標「旭鶴」です。主屋の背後には炊事場、産部屋、便所、湯殿が建ち、これら付属の建物や庭園など、敷地全体がかつての面影を伝えています。
平成2年(1990年)に国の重要文化財に指定され、平成15年(2003年から3年をかけて保存修理工事が行われました。 ←現地案内看板

←土蔵の「旭鶴」の鏝絵。






管理人のおすすめポイント

b0212342_09062743.jpg
本芳我家住宅周辺は、四国で初めての国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、江戸時代末期〜明治時代の商家の街並みが残されています。600mほどの道の両側には、国の重要文化財に指定された建物が他に3棟あり、それ以外にも住宅や商店はほとんどが当時の面影を残す佇まいとなっています。景観を乱すような建物や看板はほとんどなく、これほどの保存・再現性が確保されているのは、ヨーロッパの世界遺産並みといっても過言ではないかと。そのくらい感動しました。ぜひ散策してみてください。

町並みの様子は、内子町街角スナップのページへ。

木蝋の生産過程や芳我一族の歴史などを知るには、本芳我家から100mほど北にある国指定重要文化財、上芳我家住宅へ。邸内は一般公開されており、木蝋資料館も設置されています。



by h9w457y8i | 2017-07-23 07:58 | 愛媛 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。