2013年 11月 30日 ( 1 )

栃木県/近代文化遺産リスト旧青木家那須別邸 > 概要


青木開墾は,明治時代の殖産興業政策に基づき,那須野ヶ原の一帯に開かれた大農場のひとつで,明治14年(1881年)の創設である。

b0212342_06490384.jpg この建物は、青木農場を開設した青木周蔵(あおきしゅうぞう。1844年〜1914年。山口県出身、明治時代のドイツ公使・外務大臣、子爵)の農場管理を兼ねた別荘で、中央棟は明治21年に竣工した。

 設計はドイツで建築学を学び、七十七銀行本店や台湾鉄道ホテル等の設計をした松ヶ崎萬長(まつがさきつむなが。1858年〜1921年。男爵)。岩倉使節団とともに留学生としてドイツに渡り、12年間滞在して建築を学んだ建築家である。

左 中央棟南側正面

 中央棟の東西に接続する附属棟(東棟及び西棟)は明治42年の増築で,中央棟屋上の物見台もこの時の設置である。

b0212342_07160095.jpgb0212342_07022733.jpg
b0212342_09064151.jpg左上 西棟
右上 東棟
左 中央棟の物見台

 軽快な外観を形成するとともに,内部も階段ホールなどの空間構成が優れており,鱗形のスレートで覆われた外壁に特色がある。構造面では,軸組や小屋裏の扱いなどにドイツ建築の影響が強く現れている。

左 階段ホール       中 外壁        右 軸組の構造を紹介する展示
b0212342_08053791.jpgb0212342_06510485.jpgb0212342_08164967.jpg

 那須野ヶ原の開拓の歴史と,開拓農場経営者であった元勲達の生活を物語る数少ない建築として重要で,松ヶ崎萬長の国内で現存唯一の作品としても貴重である。

 平成元年(1989年)、別邸は栃木県に寄贈され、県では平成8年(1996年)から解体調査を行ない、同10年3月に元の位置から南東側約50mに移転して復元・改修したものである。そして、道の駅「明治の森黒磯」の一施設「とちぎ明治の森記念館」として一般開放されるようになった。

以上の内容は、文化庁国指定文化財等データベース那須塩原市公式サイト内、当該文化財案内ページ、および現地案内看板より。

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by h9w457y8i | 2013-11-30 09:02 | 栃木 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。