【史跡|日野俊基 墓】 行き方、見学のしかた (神奈川県 鎌倉市)
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1 アクセス詳細案内
1-1 アクセスマップ
1-2 公共交通機関
1-3 駐車場
2 見学のしかた(公開時間など)
3 訪れた時の様子 (写真)
4 日野俊基墓の説明
5 問い合わせ
1 【アクセス詳細情報】
1-1 アクセスマップ
日野俊基墓は、赤マーカー2
1-2 公共交通機関
JR 北鎌倉駅から、急な上り坂を含め徒歩約30分(1.7km)。
1-3 駐車場
墓は小高い丘の上、葛原岡(くずはらおか)神社の境内にあり、参拝者用の駐車場があります。
駐車場の入口は、地図・黒1。(赤2付近)
収容台数は、5台程度。
なお、地図・黒2から神社に向かう道は非常に細く、軽自動車でないと通れません。
またこの辺りは全般的に道が細い上に徒歩の観光客が多く、クルマでのアクセスはオススメできません。
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2 【見学のしかた】
墓は、小高い丘の上にある葛原岡神社の境内にあります。
墓はいつでも自由に、間近で見学が可能です。
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3 【訪れた時の様子】 2024.12
北鎌倉駅から、亀ヶ谷坂(かめがやつざか)、仮粧坂(けわいざか。地図・赤1)を経由して、小高い丘の上にある、源氏山公園にやってきました。
1 仮粧坂を登り切ったところから、墓方向(北西方向)を見たところ。

2 その場所から、北鎌倉駅の方向。山の上、という感じです。

3 ここから、北西方向に緩い坂を登っていきます。
4 しばらく行って、仮粧坂方向を振り返ります。
5 辺りは、紅葉が進んでいました。
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8 日野俊基を祀っている葛原岡(くずはらおか)神社の手前に、墓の入り口がありました。
9 墓の入り口から、仮粧坂方向(南東方向)。
10 入口を、神社の駐車場の前から。
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11 駐車場の前からも、石の柵に囲まれた墓が見えます。
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15 上の画像とは違う、別の石碑もありました。かなり古く、内容はよくわかりませんでした。
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18 墓は、日野俊基が鎌倉幕府打倒を企てた罪で処刑されたとされる場所に立っています。
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22 四方に梵字が描かれていました。

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24 傘の部分の一部が欠けています。

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26 源氏山公園側から、墓を見たところ。
27 墓の周囲の木々も、秋の装いでした。
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4 【日野俊基墓の説明】
日野俊基(ひの としもと)は、鎌倉時代末期の公家の一人です。後醍醐天皇の命を受け、執権北条高時の時代に鎌倉幕府を打倒するために立ちあがりましたが、六波羅探題に探知され、京都で捉えられました。その時は冤罪として釈放されますが、再び討幕を企てて拘束され、鎌倉に送られた後、1332年に、鎌倉の北西部、葛原の岡の上で処刑されました。俊基の墓は、その場所に立てられたとされています。翌年の1333年、新田義貞の大軍がこの岡を越えて鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府は終焉を迎えます。明治時代になると、室町時代の南北朝のうち、南朝が正当な天皇家ということになり、日野俊基は英雄と讃えられるようになりました。昭和2年(1927年)には、歴史上重要な人物ということで、その墓は国の史跡に指定されました。
墓は安山岩でできた宝篋印塔(ほうきょういんとう)で、地面からの高さは113cmあります。

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5 【問い合わせ】
鎌倉市教育委員会 文化財課へ。
電話番号 0467-61-3857
このページは、以下の記載などを参照しています。
コトバンク
文化庁 国指定文化財等データベース
by h9w457y8i
| 2024-12-05 22:30
| 神奈川
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