【重要文化財|旧北村家住宅】 行き方、見学のしかた (川崎市日本民家園)
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北村家住宅は現在の神奈川県秦野市、堀山下にあった農家で、名主(なぬし)の分家であったとされています。昭和42年(1967年)の解体移築の際に、柱に書かれていた内容から、江戸時代初期の1687年に建てられたことが分かりました。東日本で建築年代がはっきりしている古民家の中では最古級です。
この頃の民家は壁に囲まれた閉鎖的な作りをしているのが普通ですが、この家は前面に広い縁側が伸びる開放的な作りになっています。また、室内の押入れ、作りつけの棚、障子が多用されているなど、当時としては進んだ民家の形式となっています。これらのことから、17世紀末の平均的民家よりもかなり上質の家だったと思われます。
昭和41年(1966年)、国の重要文化財に指定されました。
川崎市教育委員会公式サイトに、更に詳しい解説が載っています。
川崎市立日本民家園へのアクセス、見学のしかたは、こちらのページへ。
旧北村家住宅は、赤マーカー5
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1 家の前面には広い縁側と、掃き出しの戸。開放的な造りになっています。

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4 軒下。

6 ヒロマの前面の、シシマド。

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9 居間として使われていた「ヒロマ」。分厚いムシロが敷かれています。

10 9の画像と撮影場所は同じですが、撮影時期が違います。

11 ムシロの下は、竹簀子(スノコ)。板材は高価で手に入り難かった反面、竹は家の周りにたくさん生えていて、それを使ったそうです。

12 ヒロマの囲炉裏では、家の中を燻蒸するために火が焚かれていました。

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15 ヒロマから、畳敷きのオク。家の中では格上の部屋です。

16 格上とは言っても、天井がありません。民家に天井が張られるのは、もう少しあとの時代になってからのようです。

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18 オクの神棚。

19 もっとも奥にある、ヘヤ。窓がなく、家族の寝室として使われていたようです。押入れがあるのは、当時としては先進的な構造です。

20 ちょっとわかりにくいですが、ヘヤとヒロマの敷居は床よりも一段高くなっています。このいかにもつまずきそうな作りは、納戸造りと言います。

21 家のあちこちに、簡単に手に入った竹が使われています。

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24 現地案内看板

文化財分布マップ
(全国の国宝、重要文化財建造物の詳細位置をプロットしています)
このページは、
川崎市立日本民家園 公式HP
川崎市教育委員会 公式サイト
文化庁国指定文化財等データベース
現地案内看板
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by h9w457y8i
| 2020-06-27 07:24
| 神奈川
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