【登録有形文化財】 国立天文台三鷹キャンパス  文化財建造物の説明

第一赤道義室

大赤道儀室

太陽分光写真儀室(アインシュタイン塔)

レプソルド子午儀室

ゴーチェ子午環室

旧図庫および倉庫

第一および第二子午線標室

各建造物の位置 (Google Map)

アクセス・見学のしかた

フォトギャラリー



  第一赤道義室


赤道儀とは、日周運動で動く天体の動きに合わせて、星を追尾する架台のこと。「第一赤道儀室」は、国立天文台三鷹キャンパスの中で最も古い建物。設計は東京帝国大学営繕課。大正10年(1921年)竣工。1階が倉庫、2階が口径20cm屈折望遠鏡と太陽写真儀(カメラ望遠鏡)が設置された観測室となっている。望遠鏡が天体を追尾する仕組みには、「重錘式(じゅうすいしき)時計駆動」が使われている。これは支柱の中に吊るされている重り(重錘)が落ちる力を速度調整装置(ガバナー)で加減して駆動部分に伝え、望遠鏡を一定の速さで動かすという仕組み。第一赤道儀室では昭和13年(1938年)から60年間、スケッチによる太陽黒点の観測や、写真儀による太陽全体の写真撮影が行われてきた。観測記録は毎月整理されて国際機関に報告され、太陽活動の監視や研究に貢献した。←現地配布パンフレット

b0212342_16213043.jpg






  大赤道儀室


設計は東京帝国大学営繕課。大正15年(1926年)竣工。現在は天文台歴史館として使われている。地面からの高さが19.5m、ドーム直径が15mもある巨大な建築物。建設当時、この巨大な半球ドームを作る技術が建築業者にはなく、船底を作る技術を持った造船技師の力を借りて作られた。建物の外壁には、11〜12世紀のヨーロッパ・ロマネスク様式の建築に多く見られるロンバルト帯と呼ばれる小さなアーチを繰り返す装飾がつけられていて、ヨーロッパ歴史主義の影響を受けた明治建築に近い特徴を持っている。
2階にある65cm屈折望遠鏡は、屈折望遠鏡としては日本最大の口径を誇る。主に、星の位置測定を行なっていた。1998年3月で研究観測から引退したが、現在でも観測が可能な状態を保っている。観測床はエレベーター式に上下し、望遠鏡がどんな向きになっていても、楽な姿勢で望遠鏡を覗くことができた。現在は床は固定されており動かない。←現地配布パンフレット

b0212342_16370195.jpg






  太陽分光写真儀室(アインシュタイン塔)


塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしている建物。設計は設計は東京帝国大学営繕課。昭和5年(1930年)竣工。建物のほとんどが直線で構成されているが、ひさしやバルコニーには曲線が取り入れられ、外壁はスクラッチタイル(釘で筋模様をつけたタイル)で装飾されている。鉄筋コンクリート造、スクラッチタイル装飾という建築様式は、昭和初期に流行したと言われている。
塔内部は吹き抜けになっており、鉄骨の櫓(やぐら)が建っている。太陽光は、地面からの高さ約20mのドーム内にあるシーロスタット(2枚の平面鏡。熱に強い水晶製)によって垂直に取り込まれ、鉄骨櫓に固定されている望遠鏡で収束される。その後、半地下の大暗室に導かれ、プリズムや回折格子を使って、太陽の光を虹色の光の帯、スペクトルに分けて観測していた。
「アインシュタイン塔」という愛称の由来は、ドイツのポツダム天文物理学研究所のアインシュタイン塔にある。これは、アインシュタインの一般相対性理論を太陽光の観測から検証する目的で建てられたもので、国立天文台の建物も同じ構造と機能を持っているため、このような愛称で呼ばれるようになった。国立天文台の施設では一般相対性理論の検証はできなかったが、黒点の磁場観測や太陽フレアの観測、太陽の自転の測定や太陽光スペクトルの研究などに使われ、成果を挙げた。←現地配布パンフレット

b0212342_06371883.jpg






  レプソルド子午儀室


大正14年(1925年)竣工。鉄筋コンクリート造。当時流行していた新しい造形芸術運動であるセセッションの流れを汲んだ、縦筋に見える直線模様が柱の頭部や入口のひさし部分に使われており、建物にアクセントを与えている。建物内部は現在「子午儀資料館」となっており、入口から見学することができる。観測時には、鉄骨造りの屋根が中央から左右に分かれて開閉する仕組みになっている。
経度や時刻を決めるため、子午線上を通過する天体を観測する装置を子午儀という。子午儀資料館の中央に設置されたレプソルド子午儀は1880年ドイツ製で、海軍省海軍観象台が購入した本格的な天体観測装置で、天文台が港区麻布にあった頃は時刻の決定と経度測量に使われていた。三鷹に移されてからのレプソルド子午儀は、月、惑星、主要な小惑星の赤経(地球の重心を原点、自転軸を南北とする仮想の球(天球)の経度)の決定に使用された。昭和12年(1937年)以降は主に恒星の赤経観測に使用され、昭和24年(1949年)に日本で初めての本格的観測星表である「三鷹黄道帯星表」が出版。昭和37年(1962年)には「三鷹赤道帯星表」も出版された。レプソルド子午儀は130年以上の歴史を持った基本的な天文観測装置として、日本の天文学史上貴重な望遠鏡である。この点が評価され、平成23年(2011年)に国の重要文化財に指定された。←現地配布パンフレット

b0212342_12523113.jpg






  ゴーチェ子午環室


大正13年(1924年)竣工。半円形のドームに入口の台形の屋根というユニークなデザイン。基礎と側壁は鉄筋コンクリート造、ドーム屋根は金属板葺きの鉄骨造。天体観測時には東西にスライドして開く仕組みで、屋根開閉の機構は今もそのまま残されている。
内部中央に据えられたゴーチェ子午環はフランス製。明治37年(1904年)に約2万円で購入された。当時天文台のあった麻布で試験的に使用され、三鷹に移転後、主要装置として本格稼働した。なお子午環とは、子午線(真北、天頂、真南を結んだ天空上の線)上の天体の精密位置を観測するように工夫された望遠鏡。そのため子午環の基礎は建物から独立し、基礎周囲には砂を入れ、建物の振動が伝わりにくいように工夫されている。また、子午環は南北方向でのみ回転する仕組みで、軸線を正確に捉える必要がある。そのため子午環からそれぞれ南北100mの位置に、第一および第二子午線標室(ともに登録有形文化財だが非公開)を設置し、軸線の制度を確保した。長期にわたって眼視による観測を行ってきたが、のちにCCDカメラ(デジタルカメラ)を使った精密な観測も行われるようになった。←現地配布パンフレット

b0212342_13131179.jpg






  旧図書庫および倉庫


図書資料を保管していた建物。太陽分光写真儀室と同様に、壁面がスクラッチタイルで装飾されている。

b0212342_13160141.jpg

東京都 近代文化遺産リスト

文化財分布マップ

site map


by h9w457y8i | 2017-03-22 17:06 | 東京 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。