【重要文化財】 横浜市開港記念会館  アクセス・見学のしかた 公式サイト補足情報

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東京・横浜 大理石ホールやステンドグラス、赤レンガが美しい洋風建築

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アクセス


横浜市開港記念会館公式サイト アクセス案内ページ


横浜市開港記念会館は赤マーカー5
(青マーカー3のすぐそば)
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徒歩の距離が最も短い行き方 = 駅から徒歩
みなとみらい線「日本大通り」駅 出口1(エレベーター、エスカレーターあり)から、徒歩1分。


そのほかの駅から徒歩
横浜市営地下鉄 ブルーライン「関内」(かんない)駅 出口1(エレベーターあり)から、徒歩約10分(700m)。
JR根岸線「関内」駅 南口から、徒歩約10分(700m)。


バス
JR根岸線「桜木町」駅、および 横浜市営地下鉄ブルーライン「桜木町」駅 それぞれから徒歩約2分のところにある桜木町駅前バスターミナルから、横浜市営バスの、
158系統(3番乗り場)
20系統(1番乗り場)
21系統(3番乗り場)
58系統(2番乗り場) 磯子車庫前 行き
8系統(2番乗り場) 本牧車庫前 行き
のいずれかのバスに乗車。
 ↓
乗車時間約5分。220円。それぞれ10〜15分に1本。
 ↓
本町1丁目」バス停下車。現地まで徒歩2分。
時刻表、その他バスについての詳細は、横浜市交通局公式サイト参照。


駐車場
施設付属の駐車場はない。周辺に有料駐車場多数あり。NAVITIME公式サイト内駐車場ページ参照。

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見学のしかた


開館時間、休館日などについては、横浜市開港記念会館公式サイトへ。

入口ホール、階段、廊下、2F特別室は毎日見学可能。

公式サイトでは、「講堂、第一会議室は普段は非公開で、毎月15日の特別公開日に見学できる」ということになっているが、特別公開日以外でも使用されていなければ見学できる場合がある。

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管理人のおすすめポイント

今までたくさんの赤レンガ大型建築を見てきたけれど、その中でも見応えはトップクラス。神奈川県の近代(明治以降)文化財の中では一番のお気に入りです。
建物内外ともにとても手入れが行き届いており、それでいて古い建物の趣きが残っている。外観はレンガの赤と大理石の白のシマシマが目を引き、横浜の街に彩りと深みを与える立派なランドマーク。内装はそれに比べるとちょっと控えめだけれど、洒落たデザインの大型照明器具が天井から吊り下げられた立派な講堂、かまぼこ型の2F大型飾り窓の美しさは圧巻です。
最も目立つ時計塔の内部に登れないのが玉に瑕ですが...。

見学所要時間 30分〜1時間

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建物の説明


横浜市開港記念会館は、横浜開港50周年を記念し、横浜市民からの寄付を募り建設された記念建造物であり、大正6年(1917年)6月30日に竣工し、翌7月1日に「開港記念横浜会館」として開館しました。本建築は、横浜市の公会堂であり、翌大正7年に竣工した大阪中之島公会堂とともに大正期二大公会堂建築のひとつに数えられています。
当地所は、横浜市民の中心施設(タウン・ホール)であり、「時計台」として親しまれた「町会所」(明治7年(1874年)竣工、明治39年(1906年)焼失、設計ブリシェンス)が所在し、本建築も、横浜最初の公開建築競技(コンペ)に基づき、旧町会所の時計台のイメージを継承した案が当選し、実施に移されました。建設経緯とともに、時計台を主調とした建築形姿が市民に深く愛される建造物の要因となっています。
その設計にあたっては、コンペの結果当選した東京市の技師福田重義の案を生かして、山田七五郎を中心にして行われ、後に横浜市建築課を形成するスタッフがあたり、市役所営繕の力量を示すにふさわしい作品をつくりあげていることも注目されます。
横浜市開港記念会館の建築様式は、赤煉瓦に花崗岩をとりまぜた、いわゆる「辰野式フリークラシック」を採用し、明治期赤レンガ建築の延長上にありますが、 通りに面した3つの隅部に、時計塔、角塔、八角塔を配し、ドームを架けた建築構成は赤レンガ建築における様式意匠の到達点を示す作品になりえています。また、高さ約36mの時計塔(鉄骨煉瓦造)は大正期の煉瓦作り構造技術の水準を示すとともに、石材装飾のディテールにはセセッションスタイルの反映がみられ、大正期独自の造型も兼ね備えています。
大正12年(1923年)の関東大震災によって、時計塔と壁体だけを残し、内部は焼失し、屋根ドーム群も欠落してしまいました。
昭和2年(1927年)に震災復旧工事が竣工しましたが、復旧に際しては、創建時と同じ設計スタッフが計画にあたり、構造補強をなすとともにステンドグラスを含めて震災復興期のデザインで統一しています。煉瓦造建築の構造補強例としては最初期のものであり、大正末期のインテリア空間を伝えていることでも貴重です。なお、屋根ドーム群は復元されませんでした。
戦後は、昭和20年(1945年)から、開港100周年にあたる昭和33年(1958年)まで米軍に接収され「メモリアルホール」と呼ばれ、進駐軍兵士向けの映画の上映館として利用されました。
昭和34年(1959年)6月に中区の公会堂として位置づけられ、名称が「横浜市開港記念会館」となりました。
昭和60年(1985年)に、創建時の設計図が発見され、本市に寄贈されたのを契機に「ドーム復元調査委員会(委員長:村松貞次郎東京大学名誉教授)」の提言を受け、昭和63年(1988年)度にドームの復元工事に着手し、平成元年(1989年)6月16日に、大正時代そのままの姿に復元しました。外観・内部とともに明治末期から大正時代にかけての建築様式を伝え、また、当時の建築水準を示す優れた建築物としてよみがえりました。
このようにこの会館は、大正期の建物として優れたデザインで、またレンガづくりの建物に構造補強を施した早い例であり、復旧した内部も建物に調和していることが価値が高いと評価され、平成元年(1989年)、国の重要文化財に指定されました。
←横浜市公式サイト内、開港記念会館案内ページ


横浜市開港記念会館のシンボルである時計塔は「ジャックの塔」の愛称で親しまれており、高さは36mです。
神奈川県庁の「キングの塔」、横浜税関の「クイーンの塔」と共に「横浜三塔」と呼ばれています。この愛称は、昭和初期に外国船員がトランプのカードに見立てて呼んだことが由来と言われています。横浜三塔は、戦争等をくぐり抜け建ち続けてきました。いつしか船員達が航海の安全を祈り、これを目印に入港したと言われています。
この3つの塔を同時に見られる3つのスポットを一日で巡ると願いが叶う、という伝説、「横浜三塔物語」があります。
←神奈川県庁公式サイト内、横浜三塔物語紹介ページ


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Commented at 2019-03-13 19:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by h9w457y8i at 2019-03-14 11:35
2019年3月13日にコメントいただいた方へ。
お知らせいただいたメールアドレスに、こちらからご連絡いたします。
by h9w457y8i | 2017-02-08 07:20 | 神奈川 | Comments(2)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。