旧前田家本邸 概要

東京都/近代文化遺産リスト旧前田家本邸 トップページ > 概要


旧前田家本邸  八棟
洋館、和館、洋館渡廊下、和館渡廊下、茶室待合、和館門及び塀、門衛所、正門及び塀、土地
附指定 庭塀、棟札 ( x1 )

竣工:昭和4年(1929年)
重要文化財指定:平成25年(2013年)8月



 旧前田家本邸は、目黒区の北端、駒場の台地上に位置する旧加賀藩主前田家の本邸である。

 前田家は、明暦3年(1657年)から本郷に上屋敷を営み、明治維新後は同所を本邸としてきたが、関東大震災の後、東京帝国大学から敷地拡張のため、駒場の農学部用地との交換を打診され、16代の侯爵前田利為が大正15年1月に本邸の移転新築を決定した。本邸敷地は、南北約290m、東西約250mの街区の北面中央西寄りに正門を開いて門衛所を建て、外周道路から20m程内側に外周塀を廻らせて、外側は職員役宅などの宅地とした。敷地の中央に洋館が建ち、西側の車廻しの南に沿って庭塀を延ばして庭門を開く。洋館の東には和館が建ち、北に塀を廻らせて和館門を開く。洋館と和館を繋ぐ渡廊下の南に茶室待合を設ける。敷地の南半は洋風庭園とし、敷地西北隅には尊經閣文庫が設けられた。

 本邸の基本計画は塚本靖に委嘱され、大正15年7月に地鎮祭が行われて洋館などに着工した。和館は当初計画にはなかったが、外国賓客に日本文化を伝えることを目的に昭和2年3月に建設が決定された。同年4月に洋館の上棟、同4年3月に和館の上棟、同年5月に洋館が竣工、翌5年3月に和館が竣工し、同年9月に本郷邸から移転した。設計は洋館を高橋貞太郎、和館を佐々木岩次郎、茶室を木村清兵衛が担当し、施工は竹中工務店が請け負った。昭和19年に洋館以外の建物を中島航空機製作所が買収して本社を疎開し、戦後は進駐軍が接収し、連合国軍司令官邸に用いられた。接収解除後は敷地の大部分が駒場公園となり、洋館は昭和42年から東京都近代文学博物館として、和館は昭和49年から公園の休憩所として公開された。洋館は平成3年3月8日付けで東京都指定有形文化財に指定され、平成20年3月26日付けで和館他五棟と日本近代文学館の敷地を除く土地が追加指定されている。
 洋館は、鉄筋コンクリート造、2階建地下1階で、西正面に車寄せがつく。中庭の北は陸屋根とし、東、南、西の三辺に寄棟造銅板葺の屋根をかけて小屋裏三階を設け、東南隅、南西隅、北西隅に塔屋を掲げる。建築面積978.25㎡である。外壁はスクラッチ・タイル張で、基礎を安山岩張、車寄せアーチ、南面テラス、胴蛇腹、パラペットなどを凝灰岩張として外観を引き締め、全体として重厚なテューダー様式に整える。
 平面は、中庭を中心とし、一階は西面の玄関の南北に大小の応接室を配し、玄関ホール東奥の階段ホールには階段下にイングルヌックを設ける。南面はサロンと小客室の前面に三心アーチのアーケードを付けたテラスを設け、東端を大客室とする。東面には大食堂と小食堂が並ぶ。二階は階段ホールの東から南に家族居室を配し、西南隅が書斎、東南隅が寝室である。中庭の北は一、二階とも家政の諸室で、二階西端に会議室を設ける。小屋裏三階は家事室と倉庫で、西南隅塔屋はナースリー(遊戯室)であった。中庭北の地下に厨房、変電室、汽罐室、倉庫を置く。利為は、留学や駐在武官として欧州での生活が長く、洋館のみで生活が完結するような室構成となっている。
 洋館南東隅から車廻し沿いに西へ延びる庭塀は、鉄筋コンクリート造でスクラッチ・タイル張とし、基礎は安山岩張で、親柱頂部に凝灰岩の笠石を載せ、中央に腰掛、西寄りに庭門を設ける。

 和館は、木造二階建で、建築面積355.48㎡である。屋根は二階南端は宝形造銅板葺とし、北に延びる棟は入母屋造桟瓦葺で軒先を銅板葺とする。一階屋根は西面を入母屋造、東と北は寄棟造の桟瓦葺とし、軒桁から先を銅板葺とする。北面の中央に切妻造銅板葺の玄関、西寄りに切妻造桟瓦葺の厨房、西面に切妻造で四周に庇を廻らせた茶室がそれぞれ接続する。
 平面は、北側玄関の東に詰所と家職室、西に衣服預室を置き、南に階段を介して一間半幅の大廊下を東西に通し、南に座敷を並べる。西側の客間21畳は、西面にトコと棚を設け、トコの南の琵琶棚は南面の付書院との間に壁を設けず連続させている。次之間17畳半との境には筬欄間を入れる。次之間南の縁は一間幅で外側一尺五寸を板張、内側を畳敷とする。次之間の東には畳廊下を介して小座敷10畳があり、東面にトコと棚を設ける。客間の南から西へ板縁を廻らせ、西方に水屋と茶室四畳半を突出する。二階への階段は一間幅で擬宝珠高欄の手摺を付け、中間の踊場の西に便所と浴室を設ける。階段を上がった階段ホール状の畳敷廊下の南には、東側に書斎7畳を置き、西側廊下が南の居間15畳に通じる。居間は西面にトコと棚を設け、南から東に窓を廻らせ、東面北寄りは円窓とする。外には刎高欄付の縁を付ける。大廊下、階段など動線の空間にゆとりを持たせた近代和風建築である。

 洋館渡廊下は、鉄筋コンクリート造、建築面積40.45㎡である。中間の東屋部分の宝形屋根と、和館渡廊下取付部の切妻造を桟瓦葺とするほかは陸屋根とする。東屋の下部には物置を設け、この東の階段で和館渡廊下に降りる。外壁はスクラッチ・タイル張で、上部は擬石塗のパラペットとする。南面は、西端を洋館東面テラスに接続する欠円アーチの出入口、東屋までを欠円アーチの窓とし、東屋から東は縦長方形窓を開く。北面は東屋から東のみ縦長の方形窓とする。出入口、窓とも建具は入れない。床はタイル敷である。

 和館渡廊下は、木造、建築面積21.91㎡である。屋根は招造で、流れの短い北側を桟瓦葺、南側を銅板葺とする。南面は柱間を開放とし、北面は土壁で閉じる。床は円形板石敷で、化粧小屋とする。東端で和館に接続する。

 茶室待合は、木造、建築面積6.23㎡、切妻造銅板葺である。南半を腰掛とし、北面に雪隠を設ける。外壁は土壁中塗仕上で、腰を杉皮張とする。

 和館門は、一間薬医門の平唐門で、門口2.9m、切妻造銅板葺である。門扉は上部を縦格子とする桟唐戸である。塀は木造で、和館門から東へ折曲がり延長18.2m、西へ折れ曲がり延長32.7mで、屋根を桟瓦葺とする。一間毎に柱を立て、腰は外面が割竹張、内面が木賊張で、上部は木格子とし、西面南寄りに潜門を設けて両開桟唐戸を吊り込む。

 門衛所は、鉄筋コンクリート造平家建で、建築面積28.32m、屋根は寄棟造で北端部を四角錐の尖塔形とし、銅板葺とする。外壁はスクラッチ・タイル張で基礎を安山岩張、パラペットを凝灰岩張とする。平面は矩形で北面を三角に突出させ、東面の北寄りに出入口と小窓を設け、北面突出部と東面南寄り及び南面に窓を開く。

 正門は、鉄筋コンクリート造で、門柱間6.2mで、西側に脇門がつく。門柱は凝灰岩張で基礎は安山岩張とする。上部は角形に造り、縦格子形の装飾を施す。塀は、鉄筋コンクリート造で、門衛所東から正門と脇門を挟んで東へ延び、屈曲して北側道路に達する延長29.6mで、中間に高低をつけて変化を与えている。壁体はスクラッチ・タイル張で屈曲部に凝灰岩をあしらい、基礎を安山岩張、笠石を凝灰岩とする。

 旧前田家本邸は、旧大名家が建設した和洋二館からなる住宅建築で、英国風の重厚な意匠をもつ洋館を生活の中心とし、和館は迎賓施設に特化しており、昭和初期における貴顕の生活像が表現された建物として価値が高い。敷地形状も良好に維持されており、併せて保存を図る。

【参考文献】
『前田利為』、『前田利為(軍人編)』(前田利為公伝記編纂委員会 1986年、1992年)
『東京都の近代和風建築』(東京都教育委員会 2009年)

以上、文化庁国指定文化財等データベースより。


by h9w457y8i | 2016-03-01 04:33 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。