【重要文化財|那須疏水 旧取水施設】 行き方、見学のしかた (栃木県 那須塩原市)
アクセス 駐車場 那須疏水公園
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国指定重要文化財 導水路
1 アクセス詳細案内
1-1 アクセスマップ
1-2 公共交通機関
1-3 タクシー
1-4 駐車場
2 見学のしかた (内部の可否など)
3 訪れた時の様子と文化財構成要素の説明 (写真)
3-1 東水門、東3号および西3号護岸(附)
3-2 西水門
3-3 導水路および余水路
3-4 余水路水門(附)
3-5 1号および2号護岸(附)
3-6 東隧道・西隧道
3-7 疏水橋(附)
4 那須疏水旧取水施設の説明
5 問い合わせ
1 【アクセス詳細案内】
1-1 アクセスマップ
那須疏水旧取水施設の重要文化財は、赤マーカー
大きい地図で見たい時は、右上のアイコンをタップ

1-2 公共交通機関
実質的に利用可能な公共交通機関はありません。
強いて言えば、次の3つのバス停が、最寄りのバス停ではありますが。
1
那須高原駅からのバスが、朝8時台に1本だけ停まる「那須高原大橋」バス停(上の地図・黒1)から、徒歩15分(1.2km)
2
1日に2本のバスが停まる、「キャンドルハウスシュシュ」バス停(地図・黒2)から、徒歩30分(2.0km)。
3
那須塩原駅からのバスが1時間に1本停まる「広谷地」(ひろやじ)バス停(地図・黒3)から、徒歩40分(2.7km)
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1-3 タクシー
JR黒磯駅とJR那須塩原駅に、タクシー乗り場があります。
旧取水施設がある那須疏水公園の駐車場(地図・黒4)まで、JR黒磯駅から約11km、那須塩原駅から約18km。
料金は、黒磯駅から4,600円程度、那須塩原駅から7,500円程度と思われます。
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1-3 駐車場
那須疏水旧取水施設は、那須疏水公園の中にあり、公園来場者用の無料駐車場が利用できます。
地図・黒4
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2 【見学のしかた】
国の重要文化財に指定されている那須疏水旧取水施設の周辺は、那須疏水公園として整備されています。
公園の中にある西水門、導水路および余水路、附(つけたり)の余水路水門、1号および2号護岸と、公園から離れたところにある疏水橋(地図・赤7)は、いずれも間近で自由に見学ができます。
東水門とその両脇の東3号および西3号護岸は、接近することはできず、公園から遠目に見ることができます。
詳しくは、下の「訪れた時の様子」を参照してください。
なお、地下にある東隧道と西隧道は非公開で、見学することはできません。
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3 【訪れた時の様子と、構成要素の説明】
全ての画像はクリックまたはタップで拡大できます。
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栃木県那須塩原市、那珂川沿いにある那須疏水公園にやってきました。
1 駐車場にクルマを停めて。
2 駐車場のすぐそばから、川に向かって坂を降りていきます。画像右側、車止めがある道へ。
3 眼下には、那珂川。
4
5 導水路と余水路の接続部にある、西水門の上部が、公園への歩道から見えます。
6 公園から見える、現在の取水口のための頭首工(とうしゅこう)。

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3-1 東水門、東3号および西3号護岸(附)
7 公園から見た東水門。その両脇に、附(つけたり)の東3号護岸、と西3号護岸の石垣があります。
8 これらへ近づく道を探してみましたが、川に面した急な斜面を這いつくばって進まないと、どうやら無理なようでした。
9 東水門。明治18年(1885年)建設。
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3-2 西水門
10 導水路から、西水門。明治38年(1905年)の建設。
11 石造で、坑門の上方に架けた角材の上に、鉄製の門扉巻揚装置を設けています。
12 水門の上の巻き上げ装置と門扉は、昭和初期に設置されたとされています。
13
14 巻き上げ機の側には、こんな銘板が。書いてある内容は、苔で覆われていてよくわかりませんでした。
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3-3 導水路および余水路
導水路及び余水路は、巨大な自然石を利用して築かれた角落水門から、くの字形に屈曲して西水門に至る導水路と、西水門の手前からさらにL字形に屈曲し、再び那珂川に至る余水路よりなり、全体で延長209.8mとする。導水路は、敷幅約6m、側壁法勾配約五分とした台形断面の石造構造物で、側壁を谷積、底版を石敷とする。余水路は、底版を石敷とし、西水門の東方約10mの地点に水量調節及び排砂機能を有する水門を設ける。この水門を導水路及び余水路の附指定とする。
15 那珂川に面した、導水路入口の水門。
16
17 公園への歩道から、導水路。
18 導水路。
19
20 導水路。
21 導水路の底から。見えている橋は、公園へのアクセス歩道です。
22 水路の底は石敷きになっていますが、その上には泥が堆積し、シダ植物が茂っていました。

23 余水路。那珂川に水を排出する水路です。本来の水路の底は石敷きですが、導水路同様、こちらも泥が厚く堆積していました。
24 那珂川に余水路が注ぎ込むところ。
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3-4 余水路水門(附)
26 余水路から、余水路水門。
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3-5 1号護岸および2号護岸(附)
28 川と水門の間の赤く囲った部分が、附の1号護岸です。知っていないとほとんど判別できません。
29 2号護岸。
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3-6 東隧道・西隧道
地下にあり、非公開です。
東隧道は、明治18年(1885年)の開削当初の貴重な遺構です。隧道の断面は、独特な形の変形五角形で、石積みでした。
一方、西隧道は明治38年(1905年)に新たに築かれた取水口の坑門と共に整備されたもので、断面形状などに近代における技術の変遷をみることができます。
東隧道、西隧道とともに、既指定建造物の一連の施設として価値が高く、平成29年(2017年に、国の重要文化財に追加されました。
30 公園に立っていた、案内看板。拡大した画像はこちら。
31 公園内には、いくつかの石碑が。
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33 文化財とは関係ありませんが、「猿顔石」と説明書がある石。確かに。

34 公園内には、ベンチや東屋も設けられています。

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36 公園から上流側。
37 公園で咲いていた、桜?
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3-7 疏水橋(附)
那須疏水公園から300mほど東の道路沿いにある、小さな橋です。那須疏水が開通した明治18年(1885年)、最初の疏水橋が架けられ、地元の人々や疏水関係者等が利用しました。しかし簡単な橋のため、時々修繕を必要としたため、明治38年(1905年)、那須疏水取入口変更工事に合わせて新しく橋を架けることとなり、現在の疏水橋が造られました。当時としては大変豪華な橋で、その形から「めがね橋」とも呼ばれたそうです。
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4 【那須疏水旧取水施設の説明】
那須疏水(なすそすい)は、水に乏しかった那須野が原開拓地の飲用、水田灌漑などを目的として、明治政府直轄の国営事業によって開かれたものです。当時としては日本有数の規模で、福島県の安積(あさか)疏水、滋賀県と京都府にまたがる琵琶湖疏水とならび、日本三大疏水の一つに数えられます。現在地である那珂川から取水し、千本松に至る約16kmの本幹水路、4本の分水路と、そこから更に分かれる多くの支線水路が、約1万ヘクタールに及ぶ那須野が原の開拓地を潤しました。
最初の第一次取入口は、明治18年(1885年)に、現在の東水門がある場所に、トンネルを掘って作られました。この取水口には現在とは違って水量を調節したり土砂の流入を防いだりする開閉施設がなく、大水の時は取水口がたびたび使用できなくなりました。そのため、明治38年(1905年)に約200m上流に第二次取水口を設け、導水路、西水門、余水路が設置。使用されなくなった第一次取入口は、予備の水門としてこの時に石積みの工事が行われました。その後、川の流れが変わったため、取水口は大正4年(1915年)に、再び元の第一次取入口の場所に戻されました。昭和3年(1928年)には水量調節施設の設置、上部へのアーチ型の石積みなどの増設が行われ、現在見られる石組みの東水門となりました。
昭和51年(1976年)、国営事業の一環として西岩崎頭首工が新設され、かつての取入口は使用されなくなりました。旧取水施設は当時の状態を良好に残しており、那須野が原開拓のシンボルとなっています。
那須疏水旧取水施設は、明治時代に造られた水門および水路等がかつての姿をよく残しており、近代における大規模水利施設の取水システムの構成を知る上で、価値が高いと言えます。明治期有数の規模を誇る那須疏水の代表的遺構として重要であり、平成18年(2006年)に、東水門、西水門、導水路(どうすいろ)、余水路(よすいろ)が国の重要文化財に指定され、平成29年(2017年)に、東隧道(ひがしずいどう)、西隧道が新たに国の重要文化財として追加されました。

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5【問い合わせ】
文化財についての問い合わせ
那須塩原市 教育部 生涯教育課 文化振興係
電話番号 0287-37-5419
問い合わせフォーム
那須疏水公園についての問い合わせ
那須塩原市 農林整備課
電話番号 0287-62-7152
このページは、以下の記載などを参照しています。
那須塩原市公式サイト内、当該文化財案内ページ
文化庁 国指定文化財等データベース
現地案内看板
by h9w457y8i
| 2025-05-17 05:56
| 栃木
|
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