2018年1月、新たにモバイル・チケットが導入され、
それに伴って、シングル・チケットをトラムの運転手から購入することができなくなりました。

そのため、記事内容を大幅に変更。
モバイル・チケットアプリのダウンロード方法、使い方などについて詳しく書いた記事を、2018年4月にUpし直しました。

新しい記事はこちら。
(エキサイト・ブログからgooブログに移動します)



2018年3月から、gooブログに移行しています。
そちらもよろしくお願いいたします!

# by h9w457y8i | 2018-04-24 08:52 | フィンランド | Comments(0)

「近代文化遺産見学案内所」にお越し頂き、ありがとうございます。

2018年3月1日から、より高画質な画像を投稿できる goo blog での記事掲載を試しています。

当面は、そちらでの記事upになると思います。

よろしくお願いします。

# by h9w457y8i | 2018-03-14 07:12 | 雑記帳 | Comments(0)


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スマートフォンの方はこちらのマップ

1 駐車場(上の地図、マーカー3)付近。
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6 東光寺ビョウ。マーカー1
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13 東山虎口。内郭への玄関口で、蛇行した狭い坂と二つの門で非常に厳重に作られ、固い守りが可能だったとされます。マーカー2
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17 城跡の北には水田が広がり、その奥に京成電鉄が走っています。当時はその線路があるあたりまで、印旛沼が広がっていました。江戸時代の大規模な干拓で、現在は水田となっています。
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19 Ⅳ郭虎口。名称の伝承はなく、大型の門の跡が見つかっています。マーカー5
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20 大堀切。二つの郭(城山と奥ノ山)の間にある堀切で、高低差は6m。門が設置されていました。マーカー6
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23 城山への通路と城山虎口。城山に入るための出入り口。マーカー7
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26 城山。城主の居住・執務のための場所。台所や倉庫もありました。マーカー8
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31 奥ノ山。マーカー9。千葉氏の守護神、妙見さまを祀った妙見宮があり、妙見郭とも呼ばれました。
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35 奥ノ山の斜面。かなりの高さまで急勾配で土が盛られているのがわかります。
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38 倉跡。マーカー10。米を備蓄したりしていた場所と思われます。7つある内郭のなかで最大の広さです。
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41 本佐倉城跡の周囲には竹林が広がっていますが、中を見ると結構荒れていました。
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42 妙見神社。マーカー11。千葉氏の守護神で、もともと奥ノ山にありましたが、この場所に移設されました。移設時期は不明です。
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47 城跡の南には集落と田んぼが広がっていますが、かつてはここに中池と呼ばれる池がありました。戦国時代には貴重な水源池だったと考えられます。マーカー12
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52 水の手。中池と同じく水源池だったところです。現在は水はなく、窪地となっています。マーカー13
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54 セッテイ空堀。マーカー14。セッテイ(マーカー17)と呼ばれた内郭は、ひときわ深く大規模な空堀に取り囲まれていました。画像ではわかりにくいですが、高低差は16mもあり、現在でもかつての姿をほぼそのまま残していると言われています。セッテイは、人質を捕らえていたか、あるいは接待のための館が存在していたと考えられている場所です。
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56 セッテイ虎口。セッテイへの出入り口です。マーカー15
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60 金明竹という珍しい種類の竹が、城跡の周囲には群生しています。緑と黄色の縦縞模様の竹です。マーカー16
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61 倉跡とセッテイの間にある空堀。マーカー18。高低差10m。
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62 南奥虎口。マーカー19。東山虎口と同じく、城北側の玄関口でした。当時はこの虎口には木戸と板塀が張り巡らされ、虎口の内側は外からは見えないようになっていました。
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記事中の解説は、酒々井町公式サイトを参考にしました。

# by h9w457y8i | 2018-03-08 10:29 | 千葉 | Comments(0)


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アクセス(行き方)

見学のしかた

史跡の説明

フォトギャラリー(見どころポイントの解説付き)


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アクセス




スマートフォンの方はこちらのマップ


最寄りの駅から徒歩

京成電鉄 京成本線 大佐倉駅から、徒歩約10分(800m)。
JR酒々井(しすい)駅 西口から、徒歩約25分(1.8km)。


バス

京成電鉄 京成本線 京成佐倉駅 南口 2番バスのりば(上の地図、マーカー21)から、ちばグリーンバス 本佐倉線 京成酒々井駅行きバスに乗車。
1時間に1本、運賃240円、全国共通交通系ICカード利用可。乗車時間8分。

または

京成電鉄 京成本線 京成酒々井駅 東口から、ちばグリーンバス 本佐倉線 田町車庫行きバスに乗車。
1時間に1本、運賃230円、乗車時間8分。

いずれも、「山道(やまみち)」バス停(マーカー22)下車。バス停から妙見神社(上の地図、マーカー11)まで、徒歩約8分(600m)。

バスの時刻表はちばグリーンバス公式サイトを参照。


駐車場

付属無料駐車場あり。上の地図、マーカー3。収容台数およそ30台。
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駐車場への行き方は、上の地図、マーカー20から伸びている青ライン参照。
県道137号線沿い、マーカー20に、本佐倉城跡入口の看板が立っている。
カーナビによっては、酒々井小学校南側の道(上の地図、「避けるべきルート」)を西に行く案内をするかもしれないが、小学校の西側で道やカーブがかなり細くなっており、田んぼに脱輪の恐れあり。オススメしない。






見学のしかた



城跡と駐車場の入口には門がなく、いつでも見学できる。
入場無料。

城跡の土地はほとんどが私有地らしい。ところどころに畑があったり梅の木が植わっているので注意。

オススメの順路と見学ポイントの解説が載ったPDFパンフレットを、酒々井町公式サイトからダウンロード(2.7MB)できる。

城跡のところどころに、QRコードが付いた案内用の道標がある。スマートフォンをQRコードにかざすと、酒々井町公式サイト内、本佐倉城跡のページにつながる。
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酒々井ふるさとガイドの会によるガイドツアーもあり。少人数対応可。要予約。

駐車場に簡易トイレあり。
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史跡の説明



本佐倉城跡(もとさくらじょうあと)は、今から約500年前の室町時代、1470年前後に造られた中世戦国時代の城跡です。当時水上交通の大動脈であった印旛浦(今の印旛沼)に面し、主要街道が交差する陸上交通の要衝の地に築かれました。城の主は千葉氏一族。約100年間で9代の城主が本佐倉城を本拠地としました。治めていた国は下総国(現在の千葉県北部と茨城県南部)で、関東でも有数の名族でした。しかし、豊臣秀吉の天下統一により、敵対していた千葉氏は1590年に滅亡。江戸時代初期に本佐倉城は廃城となりました。
城は、千葉県内最大級である面積約35万㎡の規模を誇り、7つの内郭と3つの外郭から構成されていました。防御性の高い内郭群は城主のための郭、広大な外郭群は家臣の屋敷地および軍団の駐屯地と考えられ、さらにその周囲に城下町が形成されました。本佐倉城は石垣を使わない「土の城」。全て土の造成によって構築された大規模な空堀や土塁には、雄大な「折れ」「出枡形」「隅枡形」が明瞭に残り、戦国時代の城郭の特徴を見ることができます。このように本佐倉城跡は中世城郭の形をよく留める城跡として貴重であり、平成10年(1998年)に国の史跡に指定されました。
←現地案内看板、酒々井町(しすいまち)公式サイト

城跡の郭や空堀、虎口(出入り口)などの画像や解説は、こちらのフォトギャラリーへ。

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文化財分布マップ

# by h9w457y8i | 2018-03-06 17:28 | 千葉 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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