サイトマップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 旧大原家住宅



倉敷は,江戸初期以来の幕府直轄地でした。倉敷川の水運を利用して経済力が高まり,江戸後期には「新禄(しんろく)」と呼ばれる新興勢力が台頭し,それまでの「古禄(ころく)」と呼ばれる世襲の勢力に代って次第に富を蓄え,社会的地位を確立してきました。
こうした新禄層の屋敷のうち,往時の面影を最もよく留める現存の町屋として,旧大原家住宅と大橋家住宅の2つの町屋が,国の重要文化財に指定されています。屋敷構えは互いに全く異なるものの,主屋等の建造物は両者ともに18世紀末における倉敷町屋の代表的な形式を示しています。
旧大原家住宅は寛政7年(1795)に主屋の建築が着工され,その後座敷部分が増築され, その先には広い庭が続いています。また,主屋の後ろには蔵が建ち並び, 防火の役目も果たしています。
主屋は本瓦葺,厨子二階建てで,屋根は一見入母屋造に見えますが,実際には切妻造りで妻側に付庇を設けた庇付き切妻屋根となっています。また倉敷窓,倉敷格子といった倉敷独特の意匠も備えています。蔵は土蔵造りで,外壁は腰に瓦を張りつけ,目地を白漆喰で盛りあげる『なまこ壁』で仕上げられ,そのコントラストは非常に美しく,倉敷の町並みの景観を特徴づけています。 ←倉敷市公式サイト

文化財は、主屋、内倉、離座敷、倉、新倉、中倉、内中倉、北倉、壬子倉、西倉の10の建造物からなる。昭和46年(1971年)、国の重要文化財に指定。←文化庁国指定文化財等データベース
 
見学は外観のみ可能。

アクセスマップ

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文化財分布マップ

by h9w457y8i | 2017-09-15 07:08 | 岡山 | Comments(0)


サイトマップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 大橋家住宅



倉敷市の大橋家(おおはしけ)は金融業を兼ねた大地主として財を成し、「新禄(しんろく)」の一として栄えてきた旧家。元は豊臣氏の家臣だったが、大阪城落城のあと江戸幕府から落ちのび、京都付近に潜んだが、その後1700年ごろから倉敷に住むようになった。
江戸中期、寛政年間(1790年代)に建てられた主屋、表門、米蔵、内蔵が、昭和53年(1978年)に国の重要文化財に指定されている。一部の建物や敷地が失われているが、主要部分は建物、敷地ともよく旧状を保っており、倉敷における大地主の屋敷構えを示すものとして重要である。

JR倉敷駅 南口より徒歩約10分(800m)。美観地区が近い。
見学用マップ

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by h9w457y8i | 2017-09-06 08:43 | 岡山 | Comments(0)


案内所トップ岡山県 近代文化遺産 > 高梁川東西用水取配水施設



アクセス(行き方)

見学のしかた

建物の説明

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


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南配水樋門



アクセス


見学用マーカー付き Google Map

徒歩の距離が最も短い行き方=バス利用

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JR倉敷駅北口バスターミナル 1番のりば(上画像)から、両備バス イオンモール倉敷循環線 に乗車。
乗車時間 約9分。運賃170円。平日、土日共に10分に1本。2017.8
時刻表、乗車の仕方などは、両備バス公式ホームページ参照。
西酒津(にしさかづ)バス停下車、南配水樋門まで徒歩約14分(1km)。
バス停の位置などは、こちらの見学用マーカー付き Google Map を参照。
(なお、北配水樋門の北東、直線距離で約120m、県道24号線沿いに、井笠バスカンパニーの 酒津水門 バス停が残っているが、この路線は既に廃止されている。井笠バスカンパニーに確認済み。2017.8)


最寄り駅から徒歩

JR倉敷駅北口から、徒歩約30分(2.2km)。
ほぼ平坦、歩道あり。


駐車場

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文化財施設は酒津公園に面しており、公園付属の無料駐車場(上画像)が利用可能。
駐車場入り口はこちらのGoogle Mapを参照。


レンタサイクル

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水島臨海鉄道の倉敷市駅(JR倉敷駅南西部に隣接)構内に、レンタサイクル・ステーション「健彩館」(けんさいかん)がある。
1日乗り放題 600円、保険代 100円、事前予約可能。
画像は水島臨海鉄道、倉敷市駅の中。きっぷ売り場のすぐ横。自転車は駅の外に並べてある。
健彩館の場所はこちらのGoogle Map参照。





見学のしかた


文化財の構成要素のうち、「酒津取水樋門」「南配水樋門」「北配水樋門」は屋外にあり、常時見学が可能。
「事務所」は非公開。

それぞれの構成要素の詳しい位置は、こちらの見学用マップを参照。

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事務所





施設の説明


国指定の重要文化財、「高梁川東西用水取配水施設」(たかはしがわ とうざいようすい しゅはいすいしせつ)は、高梁川の下流に位置する農業用水施設で、「酒津取水樋門」「南配水樋門」「北配水樋門」「事務所」の4つの建造物からなっています。この施設は、高梁川に点在していた古い取水施設を統合して旧東高梁川の河川敷に築かれたもので、高梁川に面する酒津取水樋門(さかづ しゅすい ひもん)から高梁川の水を配水池に引き入れ、配水池の南北にある配水樋門から、倉敷市内の複数の用水路へ配水しています。
工事は、高梁川の治水を目的とした国の事業として、明治40年(1907年)から行われた高梁川改修工事の付帯工事として行われました。樋門は内務省大阪土木出張所の計画・設計に基づき、大正13年(1924年)に竣工、事務所は岡山県の設計により大正15年(1926年)に竣工しました。建設後、門扉の改修、配水樋門の上の通路部分の改修等が行われていますが、全体としてかつての姿を良く残しています。
高梁川東西用水取配水施設は、近世以来の小規模な取水施設を統合して、施設の大規模化と水利用の合理化が図られた近代農業用水施設のうち、大正期での最大規模のものとして重要です。また、大正期に全国的に導入が図られた鉄筋コンクリート造樋門の現存例としても貴重で、農業土木技術史上価値が高いと言えるでしょう。これらの点が評価され、平成28年(2016年)、国の重要文化財に指定されました。
文化庁国指定文化財等データベース

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酒津取水樋門(さかづ しゅすい ひもん)は、高梁川の東岸に築かれた、幅約22mの鉄筋コンクリート造の樋門です。「樋門」(ひもん)とは、堤防の中にトンネル状の水路を設け、その水路内を流れる水を調整するための門のことです。なお水門は、堤防を分断してそこに門を作った場合の呼び方です。
通水部は門形で七連からなり、表面全体に花崗岩が美しく積み上げられています。


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南配水樋門は、倉敷用水、備前樋用水、南部用水、西部用水、西岸用水への配水量を調節する、幅48mの鉄筋コンクリート造の樋門です。


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北配水樋門は、八ヶ郷用水への配水量を調節する、幅18mの六連からなる鉄筋コンクリート造樋門です。


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事務所は、木造二階建で、現在は高梁川東西用水組合の事務所として使用されており、現在は非公開となっています。






管理人のおすすめポイント 


今まで、明治・大正時代に築かれたいろいろな水利施設を見学してきましたが、南配水樋門付近の用水路構造はとても珍しく、興味深いものでした。15もの配水樋門が横に連なる幅48mの堤防を抜けた水が、倉敷周辺の各地に分配されていく様子が一目でわかるようになっています。

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そして施設周辺は、緑の多い遊歩道や公園として整備されていて、人々の憩いの場にもなっているようでした。
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なお、文化財とは全く関係がありませんが、今回の訪問では北配水樋門近くにある「三宅商店 水辺のカフェ」で、ランチをいただきました。
古民家を改装した落ち着いた雰囲気のカフェで、倉敷市内のランチ・プレイスの中でも、口コミ評価で上位にランキングされていました
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画像のカレーセットで、1,200円。
北配水樋門から出た水の流れを眺めながら、のんびり・ゆったりした時間を過ごせます。


by h9w457y8i | 2017-08-27 10:25 | 岡山 | Comments(0)

史跡 【備中国分寺跡】


サイトマップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 備中国分寺跡

文化財分布マップ



備中国分寺跡(びっちゅう こくぶんじ あと)は、8世紀(奈良時代)に聖武天皇の勅願によって全国に建立された国分寺の遺跡の一つ。小高い台地の上に、ほぼ二町(約220m)四方の旧寺地の地割りや、南大門・中門の礎石がよく残っている。なお、中心部は江戸時代再興の寺院境内となっており、五重塔が遺存する。昭和43年(1968年)に国の史跡に指定された。←文化庁国指定文化財等データベース

見学用マップ

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by h9w457y8i | 2017-08-20 08:06 | 岡山 | Comments(0)


案内所トップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > 備中国分寺五重塔

文化財分布マップ


備中国分寺五重塔(びっちゅうこくぶんじ ごじゅうのとう)は、江戸時代後期の1844年ごろに竣工したとされる。岡山県内で現存する唯一の五重塔で、昭和55年(1980年)、国の重要文化財に指定された。←現地案内看板

徒歩30分(2.5km)圏内には駅もバス停もない。付属の無料駐車場がある。駐車場の位置は、こちらの見学用マップを参照。

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28 ↓ 付属無料駐車場
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by h9w457y8i | 2017-08-19 08:46 | 岡山 | Comments(0)

サイトマップ岡山県 江戸時代以前の文化財 > こうもり塚古墳


吉備の大首長の墓と考えられる前方後円墳で、後円部には棺を納めた横穴式石室があります。
この横穴式石室は、全長19.4mで巨大な石を組み合わせて造られており、岡山県下三大巨石墳の一つに数えられています。また、全国でも、確認されている横穴式石室の中では第4位の規模を誇ります。
玉砂利を敷き詰めた石室には、井原市産出の貝殻石灰岩で造られた家形石棺、土を焼いて作った陶棺、そして木の棺が安置されていました。盗掘を受けていましたが、須恵器や土師器などの土器のほか、大刀や馬具をはじめとした鉄器などが多数出土しています
この古墳は,かつて仁徳天皇に愛された吉備のくろひめの墓とされ、くろひめ塚古墳と呼ばれていました。しかし、この古墳が6世紀後半に造られたもので、仁徳天皇の時代とは100年以上も隔たりがあることから、名前の変更が考えられ、石室内にこうもりがたくさんいたことからこうもり塚古墳と改名されました。 ←総社市公式サイト

古墳の徒歩30分圏内(2.5km)には、駅やバス停はない。備中国分寺付属の北側駐車場から、徒歩約4分。JR服部駅から徒歩50分(3.5km)。
見学用マップ

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by h9w457y8i | 2017-08-15 08:08 | 岡山 | Comments(0)


サイトマップ > 岡山県 江戸時代以前の文化財



国宝

国指定重要文化財

国指定史跡

文化財分布マップ


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国指定重要文化財 備中国分寺五重塔



国宝


吉備津神社本殿及び拝殿
きびつじんじゃ ほんでん および はいでん

旧閑谷学校講堂
きゅう しづたにがっこう こうどう





国指定重要文化財(一部)


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井上家住宅
いのうえけ じゅうたく
主屋、三階蔵、井戸蔵
江戸時代中期の建立。主屋は側面が20mもある。
34.59652, 133.77229

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大橋家住宅
おおはしけ じゅうたく
主屋、表門、米蔵、内蔵
江戸時代中期、1790年ごろの建築になる大型商家。一般公開。 map

岡山城
おかやまじょう
月見櫓は江戸時代前期、西丸西手櫓は桃山時代の建立。内部は非公開。
34.66531, 133.93516

吉備津神社
きびつじんじゃ
御釜殿、南隋神門、北隋神門
御釜殿は江戸時代初期(1612年)建立。本殿と拝殿は国宝。
34.67066, 133.85061

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旧大原家住宅
きゅう おおはらけ じゅうたく
江戸時代中期の商家。内部は非公開。

旧苅田家住宅
きゅう かんだけ じゅうたく
主屋、三階蔵、米蔵、前蔵、西蔵、大蔵、醤油蔵、新蔵、巽門及び浴室、裏門
江戸時代後期建立の造り酒屋。津山城下の商家では最大規模を誇る。内部は非公開。道路に面しているので外観はいつでも見学可能。
35.061533, 134.01082

旧閑谷学校
きゅう しずたにがっこう
小斎、習芸斎及び飲室、文庫、公門、聖廟、石塀
詳細は旧閑谷学校公式HPへ。旧講堂は国宝。
34.79640, 134.21954

閑谷神社(旧閑谷学校芳烈祠)
しずたに じんじゃ
本殿(芳烈祠)、幣殿(階)、拝殿(中庭)、中門(外門)、神庫(庫)、石階、練塀、繋牲石
本殿は江戸中期の建立。正面幅三間、本瓦葺き。旧閑谷学校講堂のすぐ隣にある。
34.79670, 134.22035

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備中国分寺五重塔
びっちゅうこくぶんじ ごじゅうのとう
江戸時代後期に竣工。岡山県唯一の五重塔。
34.66606, 133.78143

吉川八幡宮本殿
よしかわ はちまんぐう ほんでん
室町時代後期(1408年)建立。幅五間、こけら葺き。文化庁サイトに画像なし。
34.81979, 133.75174




国指定史跡 (一部)


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こうもり塚古墳
こうもりづか こふん
6世紀後半に造られたと考えられる。全長約90mの前方後円墳。内部の石室は19mもあり、石棺が安置されている。内部の見学も一部可能。詳しくは総社市公式サイトへ。
34.66730, 133.78601

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備中国分寺跡
びっちゅうこくぶんじ あと

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備中国分尼寺跡
びっちゅうこくぶんにじ あと

by h9w457y8i | 2017-06-29 21:03 | 岡山 | Comments(0)


サイトマップ岡山県 近代文化遺産 > 旧山手村役場



旧山手村役場(きゅう やまてそん やくば)は、初代山手村長の風早雲嶂(かざはやうんしょう)の自宅として、明治初期、旧山手村地頭片山に建てられました。明治35年(1902年)から昭和43年(1968年)まで旧山手村役場として使用されました。昭和47年に現在の場所に移築し、復元されました。木造平屋建、入母屋造茅葺の四周に本瓦葺の下屋を設けています。玄関には式台が作られています。明治初期の民家住宅の特徴を残す建物で、地域のシンボルとして住民に親しまれました。平成19年(2007年)、国の登録有形文化財となっています。 ←総社市公式サイト

内部非公開。
徒歩30分圏内(2.5km以内)に、駅、バス停はない。備中国分寺北側駐車場から、徒歩約6分(500m)。

見学用マップ

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by h9w457y8i | 2017-06-26 08:23 | 岡山 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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