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京都府/近代以前の文化遺産リスト冷泉家住宅 トップページ > 概要


国指定重要文化財 昭和57年(1982年)、指定。

寛政2年(1790年)、竣工。
瓦葺の近世公家住宅。(構造・形式の詳細は、文化庁文化財等データベース参照)

冷泉家は、今から800年余り前、藤原俊成(しゅんぜい)・定家(ていか)・為家(ためいえ)の3代が、相次いで勅撰和歌集の撰者となって以来、「歌の家」として存続してきた。歴代の当主は、和歌に関する様々な本を書写、収集、保存し、伝え続けてきた。明治時代には、ほとんどの公家が天皇に同行して東京に移り住む中、冷泉家は御所の守りや御文庫の保持のため京都に留まった。そのため、冷泉邸は関東大震災や戦災を免れ、元の場所にほぼ完全な姿で保存されている唯一の近世公家住宅として、重要文化財に指定されている。 そして冷泉家は、平安の王朝文化を今に伝える和歌守(うたもり)として、公家の日常生活を彩ってきた多くの年中行事や作法に従った歌会などを、今日まで受け継いでいるのである。*1
建物は、座敷と台所を別棟とし、正面に大きな式台を設けて、脇に立蔀、供待、塀重門等を備えた屋敷構えや、表向きと奥向きを前後に分けた内部空間などは、公家住宅の特色をよく表している。 旧地で保存されているこの種の住宅としては唯一の遺例であり、歴史的価値も高いので、土地を含めて指定されている。*2


*1 asahi.com
*2 文化庁文化財等データベース
by h9w457y8i | 2013-10-31 15:30 | 京都 | Comments(0)

群馬県/近代文化遺産リスト旧富岡製糸場トップページフォトギャラリー > 東置繭所


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左  東面1      右 東面2
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左  南東角横
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左 南東角縦1         中 南東角縦2       右 南東角2階
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左 鉄窓1      中 鉄窓2     右 鉄窓開
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要石
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左 配電室?電灯     中 配電室?入口     右 1階窓大
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左 西面       右 基礎
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左 北面1      右 北面2
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左 西面廊下     中 壁煉瓦     右 桟瓦葺
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左 現地案内看板      右 桟瓦葺
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左 内部資料館      右 繰糸器
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左 鉄窓内側      中 扉大内側     右 繰糸器
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左 鉄製窓枠説明      右 建物構造説明
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by h9w457y8i | 2013-10-30 05:41 | 群馬 | Comments(0)

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左 東面入口      右 北東角
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左 東面破風      中 破風斜め     右 北面窓縦1
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北面
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左 別入口      中 別入口札      右 北面窓縦2
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左 中央通路横1      右 中央通路横2
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左 天井トラス構造1      中 天井トラス構造2      右 中央通路縦
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左 天井トラス構造3        右 天井トラス構造模型
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左 装置&パイプ1      
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左 装置&パイプ2      右 装置&パイプ3
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左 天井機械1     中 バルブメーター     右 タンクランプ
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左 自動繰糸機1     右 作業用黒板
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左 操業時装置1       右 女工模型写真
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左 備品庫入口        右 備品庫内
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左 天井運び器        右 現地案内看板
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by h9w457y8i | 2013-10-29 03:59 | Comments(0)

検査人館

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検査人館 *1
けんさにんかん


国指定重要文化財  平成18年(2006年)指定

竣工 明治6年(1873年)
木骨煉瓦造(もっこつれんがぞう*2)、建築面積224㎡、二階建、東面及び南面ヴェランダ付、西面及び北面玄関・東面洗面所及び便所附属、桟瓦葺(さんかわらぶき*2)

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生糸や器械の検査を担当したフランス人男性技術者の住居として建築された住宅である。残念ながら2名の検査人は、無断欠勤等を繰り返したため解雇され、実際にこの建物に住んだ可能性は低いと伝えられている。
その後に改修され、現在は事務所として使用されている。2階には、皇族や明治政府の役人がここを訪れた際に使用したと言われている「貴賓室」が、大理石製のマントルピースを備えたかつての状態のまま残されている。また、首長館や女工館と同じようにコロニアル様式*2が用いられ、内部階段や菱組の天井も当時のものが残っている。
隣の女工館との連結部は当初のものではなく、後に付設されており、元々この2棟は独立して建てられていた。*3*4*5

この記事を掲載した時点では、内部は非公開。

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*1 文化財の名称について。このブログに掲載する名称は、文化財指定を公表した官報、および文化庁国指定文化財等データベースによる。現地案内看板には「3号館」とあった。
*2 用語解説参照
*3 現地案内看板より
*4 現地配布パンフレットより
*5 富岡製糸場公式サイト内、フラッシュコンテンツより
by h9w457y8i | 2013-10-27 08:49 | Comments(0)

女工館

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女工館 *1
じょこうかん


国指定重要文化財  平成18年(2006年)指定

竣工 明治6年(1873年)
木骨煉瓦造(もっこつれんがぞう*2)、建築面積381㎡、二階建、階段付属、桟瓦葺(さんかわらぶき*2)

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木骨煉瓦造二階建て廻廊(かいろう)様式のベランダ付き住宅。構造は管理人館とあまり変わらない。日本人の女工に、器械による糸取り技術を教えるために雇われた、4人のフランス人女性教師の住居として建てられた。建物はコロニアル様式*2 で、ベランダの天井は板が格子状に組まれており、ガラスの外側に設けられた鎧戸(よろいど)は、直射日光を避けるための工夫と考えられる。共に当時の日本建築には見られない特徴だが、湿気の多い日本に適した構造となっている。
建築から約50年後の大正12年(1923年)に、1階は食堂に改修され、2階は会議室として使用されるようになった。*3*4

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*1 文化財の名称について。このブログに掲載する名称は、文化財指定を公表した官報、および文化庁国指定文化財等データベースによる。現地案内看板には「2号館」とあった。
*2 用語解説参照
*3 現地案内看板より
*4 富岡製糸場公式サイト内、フラッシュコンテンツより
by h9w457y8i | 2013-10-26 10:17 | Comments(0)

首長館

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首長館 *1
しゅちょうかん


国指定重要文化財  平成18年(2006年)指定

竣工 明治6年(1873年)
木骨煉瓦造(もっこつれんがぞう*2)、建築面積917㎡、地下室及び四面ヴェランダ付、北面玄関及び廊下・東面教室及び便所附属、桟瓦葺(さんかわらぶき*2)

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高床で廻廊(かいろう)風のベランダを持つこの建物は、首長(指導者)として雇われたポール・ブリューナ一家とそのメイドが住んでいた。ブリューナは横浜のフランス商館で生糸の検査をしていた技術者で、明治8年(1875年)末の任期満了までここで生活した。
首長館が建つ場所は、敷地内でも最も南の条件の良い場所。個人の住宅としては非常に大規模なものだった。当時のブリュナの給料は賄い料も合わせると700円。当時の太政大臣(総理大臣)が800円だったのと比較しても、その優遇ぶりがうかがえる。
その後、工女に読み書きや和裁、行儀見習い等を教える夜間学校や片倉富岡高等学校の校舎として利用された。そのため、内部は大幅な改造が加えられており、当初の面影は少ない。
現在の講堂となっている床下には、食料品貯蔵庫に使用したと思われる煉瓦作りの地下室が3室残されている。*3*4*5

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*1 文化財の名称について。このブログに掲載する名称は、文化財指定を公表した官報、および文化庁国指定文化財等データベースによる。現地案内看板には「ブリュナ館」とあった。
*2 用語解説参照
*3 現地案内看板より
*4 現地配布パンフレットより
*5 富岡製糸場公式サイトより
by h9w457y8i | 2013-10-24 09:28 | Comments(0)

下水竇及び外竇

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下水竇及び外竇 *1
げすいとうおよびがいとう


国指定重要文化財  平成18年(2006年)指定

竣工 明治5年(1872年)
下水竇 煉瓦造、延長186m
外竇 石造及び煉瓦造、延長135m




製糸場から出る糸を取った後の排水と、建物屋根からの雨水のために造られた下水道。明治時代の下水道には珍しく、排水溝まで完備されている衛生環境の整った工場は初めてであった。*2

「竇」とは、暗渠のこと。繰糸場と平行に、東西方向に下水溝が作られ、それが敷地東側の道路で南に曲がり、立て札のある場所まで来て川に注いでいます。下水溝は、天井も側壁もレンガで作られています」
現地ボランティアガイドさん談。

この記事を掲載した時点では非公開。

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*1 文化財の名称について。現地案内看板では「レンガ積排水溝」となっている。このサイトでの名称は、文化庁国指定文化財等データベースによる。重要文化財に指定された際の官報に掲載されていた名称。
*2 現地案内看板より
by h9w457y8i | 2013-10-23 04:20 | Comments(0)

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鉄水溜  
てっすいりゅう


国指定重要文化財  平成18年(2006年)指定

竣工 明治7年(1874年)
鉄製、直径15.0m、深さ2.4m、貯水量約400㎥ *1 石積基礎を含む。



繰糸用の水を蓄えるために造られた鉄製の水槽。川から引き入れた水路の水の汚れを取り除くためのものと考えられる。
この水槽は当初、使われていた煉瓦積みの水槽の水漏れに伴い、急いで設置された。制作は横浜製作所が行い、加工された鉄板を富岡製糸場内に運び込み、組み立てられた。組み立てには造船技術であるリベット接合が用いられ、水圧の違いを考慮して、リベットの数は上部と下部とで異なっている。また、基礎の石積みは当初2段だったが、おそらく水圧を上げるため、後に5段積みに変更された。*1

この記事を掲載した時点では非公開。接近も不可。


*1 現地案内看板より
by h9w457y8i | 2013-10-22 19:15 | 群馬 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。