旧香港上海銀行長崎支店

きゅうほんこんしゃんはいぎんこうながさきしてん

明治37年(1904年)、竣工。
煉瓦および石造、建築面積364.4㎡、三階建、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
国指定重要文化財  平成2年(1990年)、指定。




この建物は、明治から昭和初期に活躍した建築家、下田菊太郎が設計した国内に現存する唯一の遺構であり、明治37年(1904年)に竣工したもので、長崎市内の石造り洋館としても最大級のものである。
建物は煉瓦造、三階建であるが、前面は石造とし、正面に特に意をもちい、一階部分をアーケードとして出入口を設け、二、三階部分を通してコリント式円柱*1を建てた大オーダーとし、上に切妻破風をあげ、正面のデザインをこらしている。銀行建築として、重厚で端正な意匠になっており、長崎の海岸通りに建つ規模が大きい建物として欠かせない存在である。
香港上海銀行は、明治29年(1896年)に長崎に支店を開設し、在留外国人、なかでも貿易商を主な取引先として外国為替や、ロンドン、上海、香港における外貨の売買を主要業務とした特殊為替銀行であった。
昭和6年(1931年)に閉鎖された後、警察署庁舎、歴史民俗資料館として利用されてきたが、昭和62年(1987年)長崎市は、建物の外壁の一部を復元した国際交流会館を建設する計画を発表した。しかし、多くの市民の声を受けて、そのまま現地で保存活用することにし、平成2年(1990年)には、国の重要文化財に指定された。その後、約4年間の保存修理工事を経て、平成8年(1996年)10月1日に「旧香港上海銀行長崎支店記念館」としてオープンした。
展示記念館の1階は、当時の銀行乗務を物語る資料などを展示し、夜間はコンサートや講演会等が開催できる多目的ホールとして有料で貸し出している。
2階は、建物の雰囲気にふさわしい調度品などがあり、応接室、展示室(居留地の人々)、頓珍漢人形の展示室がある。
3階は、「長崎-上海航路」、「貿易港長崎」、「港往来」、「建築・建築家」の4つのテーマで、展示を行っている。*2*3




正面遠景
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正面近景
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西面角
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北東面全景
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左 屋根   右 屋根up
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左 正面下から縦   右 入口縦
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正面下からコリント式円柱 横
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入口横
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左 切妻破風   中 1Fアーケード   右 窓屋外
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1Fホール
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左 2F展示室1   右 2F展示室2
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左 居室1   右 居室2
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左 マントルピース   中 窓室内   右 天井灯り
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左 廊下   中 階段   右 階段裏
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左 現地案内看板概要2   右 現地案内看板支店長室   いずれもクリックで拡大
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概要現地案内看板1 クリックで拡大
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見学の印象。
内部はピカピカになりすぎない程度によく手入れされている。
その一方で外観が残念。正面は石の色が所々違っていたり欠けている部分があったり。それが演出だとしても、両側面のコンクリートっぽい雰囲気と全く合っていない。修復中であれば仕方ないけど、そういう感じでもなかった。加えて、建物周辺の雰囲気も建物の外観と全く不釣り合い。ガソリンスタンドやピカピカの四海楼など。全体的に、お洒落な古い石造りの建物というよりは、取り壊しを待つ古いうらぶれた建物、という印象だった。




見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)、「大浦海岸通り」電停から徒歩約3分(約200m)、または「大浦天主堂下」電停から徒歩約4分(約300m)。長崎電気軌道の公式サイトによると、同社では駅のことを「電停」と呼ぶ。
電車は路面電車となっている区間が多い。乗り方は路線バスとほぼ同じ。詳しくは旧長崎税関下り松派出所の記事、または長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設付属の駐車場は無いが、すぐ隣に長崎市営の松が枝町駐車場がある。長崎市営駐車場公式サイト参照。
また、目の前の国道499号線を挟んで、長崎港松が枝国際ターミナルがあるが、そこの付属駐車場が30分50円と格安。ただし、ターミナルに客船が接岸するときは、前日の18時から離岸後1時間まで、駐車場は閉鎖される。閉鎖日時は長崎港松が枝国際ターミナル公式ホームページ左、「お知らせ」の欄を参照。駐車場の詳細についてはこちら
それぞれの駐車場の入口は、下の地図の黒アイコン。


google map

普段の見学
内部は資料館、多目的ホールとして一般公開されている。
見学の場合
開館時間 9:00〜17:00
休館日 12月29日〜1月3日
入館料 大人100円
以上、長崎市公式サイト内建物案内ページ参照。
1F多目的ホールを利用の場合は、長崎市公式サイト内多目的ホール利用要領ページ参照。

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
旧香港上海銀行長崎支店記念館へ。


*1 用語解説参照
*2 長崎市公式サイトより。
*3 文化庁文化財等データベースより。
by h9w457y8i | 2013-02-27 09:02 | Comments(0)

きゅうおるとじゅうたく

1865年、竣工。
木および石造、建築面積504.1㎡、一階建、正面車寄付、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
国指定重要文化財  昭和47年(1972年)、指定。


この住宅は石造一階建で、三方にタスカン式*1の天草石による柱列を配した広いベランダを設け、港に向かう正面に切妻造のポーチが突出する。長崎の洋風住宅の中では建築年代の古いものに属し、意匠も良い。また、長崎の石造りの建物の中では最大。古い図により、当初の確室の用途が知られることは珍しい。施工は、大浦天主堂旧グラバー住宅を手がけた小山秀*4(こやまひで)による。主屋背後にある付属屋および倉庫は煉瓦造で、建築年代は明治中期のものであるが、長崎の洋風住宅で別棟の台所、倉庫の現存する数少ない遺例として貴重。*2*3

「この家には、イギリス人ウィリアム・ジョン・オルト(William J. Alt 1840〜1905)が1865年(慶応元年)〜1868(明治元年)の3年間住んでいました。石造円柱が列ぶベランダの中央に切妻屋根のポーチがあり軒高の堂々たる偉容を誇る幕末明治洋風建築の中でも出色の建築です。イギリス人の設計で日本人棟梁、小山秀之進が施工したと言われています。オルトは1859年(安政6年)に来日、貿易商として製茶業を主に実業家として活躍しました。1861年(文久元年)、彼は居留地自治会の初代役員に選ばれ、同年6月には居留地商工会議所で最初の議長となりました。妻エリザベス(1847〜1923)と二人の娘との四人家族で、明治元年までの3年間をこの家で過ごしました。その後、大阪で1年半、横浜に2年間滞在しています。
その後、この邸宅はメソジスト派の活水女学校の校舎や米国領事館として使われ、1903年(明治26年)からリンガー家の所有となりました。フレデリック・リンガーの長男一家が太平洋戦争勃発まで住んでいましたので、リンガー(兄)邸とも言われています。この由緒ある住宅は1943年(昭和18年)に川南工業に売却され、1970年(昭和45年)に長崎市が買い取りました。」*5


北西面遠景
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北西面近景
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正面ポーチおよび噴水
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南西面
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左 柱遠景  右 柱近景
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 煙突


ベランダ
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左 ベランダ柱  右 エントランス
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ベランダ天井


室内全景1,2,3,4
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左 テーブルセット  右 テーブル上調度品
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左 テーブル上食器  右 テーブル上模型
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左 鳩時計  中 洋服掛け  右 浴室入口
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左 廊下出入口  右 廊下ドア
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現地案内看板。クリックで拡大。







見学メモ

アクセス
旧オルト住宅は、江戸時代末期から明治時代にかけての洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園の中にある。グラバー園へのアクセス情報は、旧グラバー住宅の記事、ならびにグラバー園公式サイトアクセス案内ページを参照。

旧オルト住宅の位置は、下地図の赤アイコン。+印は無関係。

google map


普段の見学
この建物はグラバー園の中にある。グラバー園の営業時刻、入園料、休業日などについては、旧グラバー住宅の記事、もしくはグラバー園公式サイトを参照のこと。
なお、重要文化財に指定されているのは、主屋、付属屋、倉庫の3つ。*2
主屋内部は資料館として、常時公開されている。
付属屋、倉庫が上の画像のどれにあたるかはわからなかった。公開されているかどうかも不明。

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
グラバー園へ


*1 用語解説参照
*2 文化庁文化財等データベースより
*3 グラバー園公式サイトより。
*4 現地案内看板(画像が記事内にあり)によると、「小山秀之進」とある。
*5 現地案内看板より。
by h9w457y8i | 2013-02-24 07:33 | 長崎 | Comments(0)

きゅうぐらばーじゅうたく

1863年、竣工。

木造、建築面積510.8㎡、一階建、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
附属屋(ふぞくや)あり。建築面積129.2㎡、一階建、桟瓦葺

国指定重要文化財  昭和36年(1961年)、指定。
世界文化遺産 (「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の一つとして) 平成27年(2015年)登録。


「1859年(安政6年)、長い鎖国が終わりを告げ、長崎・横浜・箱館(函館)の3港は世界に門を開きました。同時に諸外国の商人たちは大浦居留地の周辺に住居を構え、貿易を営み始めます。
これら貿易商人の一人、英国スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバー(T.B.Glover 1838〜1911)の住居は、数多い洋風建築の中でも独特のバンガロー風様式を持つ、現存する日本最古の木造洋風建築です。
安政の開国直後の1859年、グラバーは弱冠21歳で上海を経由して来日、ベテランの外国人商人たちの中にあって茶やその他の産物、武器、船舶等を取り扱う商人として仲間入りをしました。やがて彼は、日本の再建に外国人商人としての立場を超越した活躍を見せ始めました。
それには日本の若い志士たちに国際的な目を開かせることが先決だとして、伊藤博文をはじめ数多くの若者の海外勉学の旅を斡旋しています。こうして維新動乱前後に多くの新時代の日本の指導者が続出したのは彼の努力に追う所が少なくありません。
次にグラバーは、産業立国の大方針を経て当局に協力し、造船、炭鉱、水産、鉄鋼、造幣、ビール産業の分野を開拓しました。1865年(元治2年)、我が国の鉄道開通の7年も前に、大浦海岸に蒸気機関車を試走させ、1868年(明治元年)、高島炭鉱を開発、また同年には小菅に近代式修船場を設けたりと日本の新世紀にエネルギーあふれる協力をしました。その後、トーマス・グラバーの息子、倉場富三郎とその妻ワカは、1939年(昭和14年)に三菱重工業株式会社長崎造船所(当時)に売却するまでこの家を自宅として利用していました。1957年(昭和32年)、三菱造船株式会社(三菱重工業株式会社から改称)長崎造船所開設100周年記念として長崎市に寄贈され、翌年から一般公開されました。」*2
設計はグラバー自身、施工は、大浦天主堂等を請け負った天草の棟梁、小山秀(こやまひで)であったと思われる。正面玄関を設けないクローバー型の建築(建物を上から見たときの形)が特徴。*3*4


南西面1
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南西面2
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中央部
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南屋
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温室
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ベランダ
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ベランダ逆光
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ベランダ
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桟瓦葺の屋根。洋風建築だが、鬼瓦風の瓦も見える。
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応接室
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居室1
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客用寝室
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食堂 テーブル
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廊下


模型
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附属屋
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敷地内から長崎湾。
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現地案内看板。内容は記事冒頭に。







見学メモ

アクセス
旧グラバー住宅は、江戸時代末期から明治時代にかけての洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園の中にある。以下は、グラバー園へのアクセス情報。

<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)、「大浦天主堂下」電停(長崎電鉄では、駅のことをこう呼ぶ*5)から、グラバー園第1ゲートまで、徒歩約7分(約450m)。第1ゲート入口は下地図の緑アイコン。
または、「石橋」電停からグラバー園第2ゲートまで、徒歩約6分(約350m)。こちらは電停から徒歩約2分の「グラバースカイロード(無料)」経由。2基のエレベーターと平坦な道からなるのでバリアフリー。しかも丘陵地にあるグラバー園の最上部に到着するので、見学が楽。第2ゲート経由のアクセスについての詳細は、グラバー園公式サイトアクセスページを参照。グラバースカイロード入口は、下地図緑アイコン。
長崎電鉄の乗り方。路面電車となっている区間が多く、基本的には路線バスと同じ。後ろのドアから乗って、前のドアから降りる。降りるときに運転席横の料金箱に料金を入れる。運賃は全線均一料金で、大人120円。築町電停では乗り継ぎができる。詳細は長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設付属の駐車場はない。旧グラバー住宅から直線距離で半径300m以内に、いくつか有料駐車場がある。NAVITIMEの駐車場検索で、「グラバー園」で検索。
下地図の黒アイコンは、このうちのいくつかの駐車場。営業時刻、料金、収容台数については、以下のリンク参照。
長崎市営駐車場、グラバー園・大浦天主堂下駐車場
30分間50円の格安駐車場、松が枝国際ターミナル付属駐車場。ただし客船が入港するときは駐車場は閉鎖される。入港スケジュールはこちら

旧グラバー住宅の位置は、下地図の赤アイコン。「+」印は無関係。

google map


普段の見学

古い洋風建築物を集めた長崎市内屈指の観光施設、グラバー園の中にある。グラバー園入園に関しては以下の通り。
営業時刻 季節によって変わる。概ね8:00〜18:00(入場は17:40まで)。ハイシーズンは21:30まで延長。
休園日 年中無休
入園料 大人600円。学生、小児、団体割引あり。
グラバー園はバリアフリー対応。オストメイト対応のトイレ、授乳室もあり。詳細は、グラバー園公式サイトアクセス&入園案内ページ参照。

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グラバー園は丘の斜面に広がるが、このようにエスカレーターが整備されている。

グラバー園案内マップ。クリックで拡大。
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特別公開
特に情報なし。

問い合わせ
グラバー園へ。公式サイト参照。


*1 用語解説参照。
*2 現地案内看板より
*3 長崎市公式サイトより
*4 グラバー園公式サイトより
*5 長崎電気軌道公式サイトより
by h9w457y8i | 2013-02-19 09:12 | 長崎 | Comments(0)

きゅうりんがーじゅうたく

明治元年(1868年)頃*1、竣工。
木および石造、建築面積350.8㎡、一階建、桟瓦葺(さんかわらぶき)*2
国指定重要文化財  昭和41年(1966年)、指定。





長崎の観光施設、「グラバー園」の中にある。
この建物は、旧グラバー住宅、旧オルト住宅とともに、元々この場所に建っていた。
この3つ以外にも多くの古い洋風建築物が園内には建っているが、いずれも移築されたものであり、国指定の重要文化財に指定されているのは前出の3つのみ。

「三方をベランダで囲まれたバンガローのような旧リンガー住宅は、明治の初めに建てられたもので、重要文化財に指定 されています。ベランダの床石には、ウラジオストックから運んだ御影石、ベランダの屋根を支える角柱には天草の石が使われています。重厚さと華麗さを感じさせる建物で、木と石が調和した木骨石造の建築構造はとても珍しいものです。」
グラバー園公式サイトより。


北西角
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北面
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桟瓦(さんかわら*2)の屋根

左 軒下角  中 釣り灯  右 煙突
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左 ベランダ縦  右 ベランダ扉右 煙突
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ベランダ横
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南面
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西面。玄関。
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左 玄関内側  右 下駄箱?
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弓形窓横
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左 マントルピース1  右 オルガン?
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マントルピース2
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資料室
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建物側面古い門の外
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庭から長崎港を望む。
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現地案内看板。建物そのものの説明というより、リンガーの人物紹介。
画像をクリックして拡大。





見学メモ

旧リンガー住宅は、古い洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園内にある。見学メモは旧グラバー住宅の記事を参照。



*1 文化庁文化財等データベースより。
*2 用語解説参照。
by h9w457y8i | 2013-02-16 10:09 | 長崎 | Comments(0)

旧羅典神学校

きゅうらてんしんがっこう

明治8年(1875年)、竣工。
木骨煉瓦造(もっこつれんがぞう)*1、建築面積232.8㎡、地上3階・地下1階建、桟瓦葺(さんかわらぶき)*1
国指定重要文化財 昭和47年(1972年)、指定。




明治6年(1873)明治政府のキリスト教禁教令廃止を契機に、大浦天主堂のプティジャン神父(管理人注:プティジャンは大浦天主堂の建設を指導した)はラテン神学校設立を計画し、明治8年(1875)に完成した。大正15年(1926)浦上神学校ができるまでは、神学校の校舎兼宿舎として使用された。その後司祭館や集会所にも使用され、昭和になって1階の間仕切(まじきり)を撤去して広い部屋をつくり、更に3階を改造して学生の寝室とした。設計はド・ロ神父。構造は木骨煉瓦造で、骨組を木造にし壁に煉瓦を積む特殊なものであるが、ド・ロ神父は建築技術に造詣が深く、その設計監督した建物は極めて堅牢であるのが特徴である。大浦天主堂内司祭館・出津教会等、数多くの建物を遺している。*2,*5
1階は校長室と教室、2階は神父の個室と教室、3階は学生宿舎、地下は食堂として使用されたとみられる。*3
当時は、講義が全てラテン語で行われていたため、「羅典神学校」と呼ばれた。*4




北全面
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南全面
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左 北東角地下1階〜3階  右 北東角地下1階〜1階
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左 南面1階廊下  右 南面1,2階中央部
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南西角1階〜3階
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北西面
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建物地下1階。
地下と言っても周辺の土地が北に向かって大きく傾斜しているため、このようにほとんど地上に出ている。


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内部はキリシタン資料室として、一般公開されている。

左 廊下  右 階段
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床下の様子。


現地案内看板
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見学メモ

アクセス
旧羅典神学校は、国宝大浦天主堂のすぐ隣に建っている。アクセスに関しては、大浦天主堂の記事を参照。


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普段の見学
大浦天主堂のすぐ隣にあり、敷地内に入るには大浦天主堂と共通の入場料が必要。大人300円。
開館時間 8:00〜18:00(ただし、入場は閉館の15分前まで)
休館日 記載なし
以上、大浦天主堂公式サイトより。
見学所要時間 30分

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
大浦天主堂へ。電話 095-823-2628



*1 用語解説参照。
*2 長崎市公式サイトより。
*3 長崎新聞公式サイトより。
*4 長崎県公式サイトより。
*5 現地案内看板より
by h9w457y8i | 2013-02-13 08:30 | Comments(0)

【国宝】 大浦天主堂

おおうらてんしゅどう

1864年、竣工。
明治8年(1875年)、改修。

五廊式教会堂、煉瓦造、桟瓦葺(さんかわらぶき)*1、北端八角尖塔付

国宝 昭和8年(1933年)、指定。昭和28年(1953年)、再指定。




「大浦天主堂」は通称。日本では教会に地名を付けて呼ぶ習慣があるため。正式名称は、「日本二十六聖殉教者天主堂」。日本二十六聖人とは、豊臣秀吉のキリシタン禁教令によって捕縛され、1597年2月5日、長崎、西坂の丘で処刑された13歳の子供を含む26人が、1862年、ピオ9世教皇により聖人の尊称を受け、全世界でカトリック信者の尊崇を受けることになった殉教者のこと。教会の正面は、処刑地西坂の丘方向に向いている。
江戸末期に来日したフランス人のプチジャン司教、およびボアリエ神父の指導により、長崎地方在住の日本人大工棟梁が施工を担当した。
我が国に現存する最古の教会建築物であり、ヴォールト天井*1や尖塔式アーチ型の窓を持つ本格的な洋風建築で、我が国の工匠が洋風建築を手がけた最初期の例として貴重である。*2*3*4

大浦天主堂公式サイト、および長崎県庁公式サイトに、天主堂の歴史、建築様式などについての詳細な解説が書かれている。

我が国の国宝洋風建築物は、この教会と、東京赤坂の旧東宮御所の二つのみ。



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参道。
すぐそばまで土産物屋が並ぶ。


左 階段下 右 参拝券売り場
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正面遠景
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左 正面1 右 正面2
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左 参道階段 右 階段上から下へ
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左 正面上を見上げる 右 正面斜め
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左 西側面 右 西側面裏
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左 西側面窓1 右 西側面窓2
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左 西側面窓 中 西側面窓1 右 西側面窓2
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左 東側面 右 東側面
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裏勝手口?
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左 尖塔 右 尖塔上
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左 マリア像 正面 右 マリア像後ろ
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マリア像
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左 入り口 中 入り口横 右 入口扉
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左 入り口上部 右 入り口天井
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内部
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見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)「大浦天主堂下」電停(駅のことをこう呼ぶ。*4)から徒歩約5分(300m)。
長崎電鉄の乗り方。路面電車となっている区間が多く、基本的には路線バスと同じ。後ろのドアから乗って、前のドアから降りる。降りるときに運転席横の料金箱に料金を入れる。運賃は全線均一料金で、大人120円。築町電停では乗り継ぎができる。詳細は長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設付属の駐車場はない。大浦天主堂から徒歩6分、長崎電鉄大浦天主堂下電停から徒歩1分のところに、2つの長崎市営駐車場がある。収容台数は、それぞれ90台と40台。場所は下の地図の黒アイコン。営業時刻、料金等詳細は、長崎市営駐車場公式サイト参照。


google map

普段の見学
拝観時間 8:00〜18:00
休館日 公式サイトに記載なし。
拝観料 大人300円。この他、学生・小児・障害者・団体の各割引がある。
b0212342_8483823.jpg入口の拝観者用注意書き。なお、記事の中に入口から内部の一部を撮影した画像があるが、外から望遠で入口越しに撮影。「堂内での撮影はダメですが、外から中を撮るくらいなら」ということで許可をいただいた。
見学所要時間 30分

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
大浦天主堂へ。


*1 用語解説参照。
*2 大浦天主堂公式サイトより。
*3 文化庁文化遺産データベースより 
*4 長崎県庁公式サイトより
by h9w457y8i | 2013-02-10 09:46 | 長崎 | Comments(0)

旧長崎税関下り松派出所

きゅうながさきぜいかんさがりまつはしゅつしょ

明治31年(1898年)、竣工。

煉瓦造、建築面積220.7㎡、一階建、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
南面突出部付属:木造、桟瓦葺

国指定重要文化財 1990年3月19日、指定。




「長崎港は鎖国時代にあっても唯一公認された外国との窓口として開かれていましたが、開国後も重要な貿易港として、当初は九州全域を管轄下とする税関が置かれました。
この旧長崎税関下り松派出所庁舎は、明治31年(1989年)に建設され、その後長崎市歴史民俗資料館分館として利用され、親しまれてきました。
建物の外観的な特徴としては、正面を海に向けて建つ煉瓦造平屋建てで、正面両端に三角破風(ペディメント)を見せた端正な意匠となっています。小規模ですが、平面構成上もよくまとまった建物で、附属の便所、敷地を囲む煉瓦塀等、全体として明治時代における税関施設の状況を今に伝えています。資料的価値が高いだけでなく海岸通りの景観形成にも重要な役割を担っているといえます。
平成2年(1990年)3月に国の重要文化財に指定されましたが、老朽化が著しかったため、平成10年(1998年)より平成13年(2001年)にかけ、半解体修理を行いました。平成14年(2002年)4月に『長崎市べっ甲工芸館』として開館しました。」
現地案内看板より。下に画像掲載。

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現地案内看板






見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)「大浦海岸通り」駅、または「大浦天主堂下」駅から、それぞれ徒歩約2分(約100m)。
長崎電鉄の乗り方。路面電車となっている区間が多く、基本的には路線バスと同じ。後ろのドアから乗って、前のドアから降りる。降りるときに運転席横の料金箱に料金を入れる。運賃は全線均一料金で、大人120円。築町電停(駅、もしくは停留所のことを長崎電鉄では「電停」と呼ぶ。公式サイトより)では乗り継ぎができる。詳細は長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設附属の駐車場はないが、すぐ隣に長崎市営の駐車場が二つある。松が枝町駐車場は普通車40台、松が枝町第2駐車場は普通車90台収容。位置は下の地図の黒アイコン。営業時刻、料金に関しては、長崎市営駐車場公式サイト参照。


google map

普段の見学
現在内部は長崎市べっ甲工芸館として一般公開されている。
開館時間 9:00〜17:00
休館日 年末年始(12月29日〜1月3日)
入館料 大人100円
以上、長崎市公式サイトより
見学所要時間 30分

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
長崎市べっ甲工芸館(電話番号 095-827-4331)へ。


*1 用語解説参照。
by h9w457y8i | 2013-02-07 09:55 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。