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中城城跡

なかぐすくじょうあと

14世紀中ごろ(室町時代)、築城。
世界文化遺産 2000年登録。
国指定史跡 昭和47年(1972年)指定。




首里城を中心とした琉球王族を守るための、北の前線の城のひとつ。王族側の座喜味城按司(城主)であり、また築城家としても名高い護佐丸(ごさまる)が、1440年ごろから按司として住んでいた。王族に最後まで抵抗した勝連城の按司、阿麻和利(あまわり)に急襲されたこともあった。*1
その他、詳しい解説、城跡マップなどの情報は、中城城跡公式サイトに記載されている。


b0212342_10415220.jpg駐車場から歩いてすぐ、
城跡の入口にある管理事務所。
ここで入場料を支払う。

b0212342_104453.jpg梅?の花が咲く道を登っていく。
訪れたのは2月中旬。



城跡の最も東に位置する場所。見える石垣は、三の郭の城壁。
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城跡を南西方向から見た模型。
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こちらは西方向から。
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石のアーチ門は、裏門。ペリー探検隊一行がエジプト式と評した、精巧なアーチ門。*1
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北の郭。
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「三の郭」と「二の郭」の間の城壁。
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b0212342_1058952.jpg城跡には、さまざまな亜熱帯性の植物が生い茂っている。
本土の城跡とはかなり趣が異なる。

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「二の郭」より、「一の郭」へ通じるアーチ門。
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城跡の中で最も高い位置にある、「一の郭」。中城城で最も広い。かつては正殿があった。
後に間切番所が建てられ、廃藩置県後は中城村役場に使用されていたが、沖縄戦で焼失した。*1
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「一の郭」から南、中城湾を望む。
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「一の郭」北側城壁から西方向。
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「一の郭」の西側に接する、「南の郭」
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「南の郭」には、首里の王を拝む首里遙拝所がある。*1
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「南の郭」と「一の郭」を通じるアーチ門。
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b0212342_11125011.jpg南の郭は、修復工事中だった。


b0212342_11134689.jpg西の郭。
兵馬の訓練をしたといわれている。長さが120mある。*1


ウフガー(大井戸)。城内に水を確保するための施設。急な石段を降りていく。かなり薄暗く、ちょっとコワイ。
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見学メモ
アクセス
地図
中城城跡公式サイト内、案内ページ参照。
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部に近い「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
中城城跡に行く場合のバスの路線などは、上記リンクの公式サイト参照。
<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりです~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用した会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
中城城跡には付属の無料駐車場があり、50台分のスペースあり。特別なイベントでもない限り、満車になることはないだろう。

普段の見学
年中無休。見学は有料。料金、開城時間などは、公式サイト案内ページを参照。

特別公開
特になし。

問い合わせ
中城城跡共同管理協議会へ。


*1 中城城跡公式サイト
by h9w457y8i | 2011-06-30 11:34 | Comments(0)

勝連城跡

かつれんじょうあと

13~15世紀中頃、城としての機能あり。
世界文化遺産 2000年登録。
国指定史跡*1 昭和47年(1972年)指定。




首里を中心とする琉球王国に最後まで抵抗した有力者の住んでいた城。座喜味城を築いた護佐丸を倒し、首里に攻め入ったが敗れ、1458年に廃城となった。その後も何らかの形で16世紀まで使用されていた。*2

勝連城の歴史、関わりの深い人物などについての解説は、勝連城跡公式サイト、案内ページ参照。かなり詳細な記載がある。




勝連城前の駐車場より。
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b0212342_14224222.jpg世界遺産に登録されたことを記念する
現地案内看板。

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三の曲輪(くるわ)への階段。雨で滑りやすかった。
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三の曲輪に到着。
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「肝高の御嶽(チムタカヌウタキ)」                  「ウシヌジガマ」 ウシヌジ=伝説では、
城が滅んでからは祭祀所として使われた。             敵に攻められたときに身を隠す洞穴。   
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b0212342_1463391.jpgウシヌジガマ。

b0212342_14111922.jpg眼下に広がる、うるま市・与那城地区。

b0212342_1424493.jpg三の曲輪にある、「ウタミシガー」。ガーとは、井戸のこと。



そして、さらに一の曲輪に登る。
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雨が時折、横殴りに吹きつけていた。すでに安物のビニール傘は吹き飛び、非常に滑りやすい石の階段を、濡れながらゆっくりと登る。
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一の曲輪。
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一の曲輪から、三の曲輪と建物の基礎が残っている二の曲輪を見下ろす。
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見学メモ

アクセス
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部に近い「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通,沖縄バス,東陽バス,那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。運行会社公式サイトでは、自分が調べた範囲ではなぜか路線図、時刻表、料金の検索システムは充実していないが、こちらのサイトが非常に見やすく参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
最寄の停留所。52系統「勝連団地前」停留所から、徒歩約5分。27,180,227系統「西原」停留所から、徒歩約10分。
<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりです~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用した会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
記事掲載時期のgoogle map航空写真ではまだできていないように見えるが、実際はすぐ近くに数10台は留められる、見学者用無料駐車場がある。

google map

普段の見学
入場を制限するゲートなどはなく、いつでも無料で見学できる。ライトアップはない。*2 すぐそばの見学者用無料駐車場には休憩所があり、遺跡から出土した土器などの展示コーナー、遺跡のビデオ紹介コーナー、トイレなどがある。休憩所の開所時間、休館日などは、下記*2参照。

特別公開
特になし。

問い合わせ
勝連城跡休憩所へ。電話&FAX 098-978-7373


*1 用語解説
*2 勝連城跡公式サイト 
by h9w457y8i | 2011-06-17 14:55 | Comments(0)

ざきみじょうあと

15世紀初頭、竣工。
国指定史跡*1  昭和47年(1972年)指定。
世界文化遺産  「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つ。平成12年(2000年)登録。




座喜味城は、15世紀の初頭、築城家としても名高い護佐丸(ごさまる)によって築かれたといわれる。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田グスク(=城)に居城していたが、1416年(1422年の説もあり)中山尚巴志(ちゅうざんしょうはし)の北山城(ほくざんじょう)攻略に参戦、北山攻略後は戦後処理のため、一時北山城にとどまったといわれ、その間に座喜味の地へ築城を開始したという。国王の居城である首里城と緊密な連携を図るという防衛上の必要性から、首里城より眺望可能な丘陵上に立地し、北山が滅びた後も沖縄本島西海岸一帯に残存していた旧北山勢力を監視するという役目を担っていた。
城跡は座喜味部落北側の小高い丘、標高120mあまりの名護層からなる台地を石灰岩の切石積(きりいしづみ)で取り囲んで築かれており、城は二つの郭からなる連郭式(れんかくしき)の形態になっている。城郭内の面積は約4012㎡で、沖縄のグスクとしては中規模である。
この城は一の郭と二の郭に分かれており、アーチの門がそれぞれ一つずつ造られている。
座喜味城跡は1972年の沖縄本土復帰に伴って国の史跡に指定され、翌年の10月から沖縄県で初めて史跡整備事業が文化庁と県の補助を受けて開始された。整備事業に伴う遺構発掘調査がなされた結果出土した遺物は、グスク系土器と須恵器(すえき)が少量、中国製陶磁器や古銭などがあり、これらの出土品中最も多いのは中国製の青磁と陶器で、これらの中国陶磁からみると、15世紀から16世紀までのものが見られることから、座喜味城は護佐丸が1440年に中城城へ移った後も使用されていたと考えられる。
遺構については一の郭の北側に間口約17m、奥行き約15mの石組が発掘され、この中に建物が立っていたと思われる。しかし瓦などは出土しないことから、屋根は板葺きか茅葺の建物であったと推定され、また一の郭内の南側では城壁を作る以前の柱穴(ちゅうけつ)群も発見され、出土遺物からそれほどの時代差はないものの、一の郭内において二つの時期の遺構が確認された。
城跡は第二次世界大戦において、一の郭内に日本軍の高射砲陣地が築かれ、戦後も米軍のレーダー基地が建設されたが、整備の始まった翌年返還された。城壁は1982年に修復を完了した。城壁の上に立つと首里、那覇をはじめ本島西側本部半島や東シナ海に浮かぶ慶良間諸島、久米島、伊江島、伊平屋諸島が眺望できる要害の地にある。*2 *3



b0212342_22151174.jpg城跡入り口の駐車場に面して、読谷村立美術館、歴史民族資料館がある。
今回は時間の関係で立ち寄らなかった。

b0212342_22172964.jpg駐車場内にある、世界遺産登録の記念碑。

b0212342_22184429.jpg駐車場から城跡に向かう階段が始まる。


城跡に向かう途中には、松林。
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b0212342_0584796.jpg松林の途中にあった現地案内看板の、航空写真。下記「見学メモ」内の地図からgoogle earthにいって見ると、結構キレイな画像で見られる。


そして松林を抜けると、石垣が見えてくる。画面がやや暗いが、この日は風が非常に強く、雨も混じっていた。差していた傘はこの辺りですでにブッとんで、使いモノにならなくなった。
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外側の石垣と、二の郭へのアーチ門、「追手門」*2
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b0212342_10384.jpgアーチの中央部には、細いクサビ型の石がはめ込まれている。これは他のグスクでは見られない形。この石門は沖縄では最古のアーチ型の石門。*3


以下、二の郭。
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一の郭へのアーチ門、石造拱門*2。
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b0212342_165182.jpgにょっきりと突き出す石の柱は、1843年(中国年号の道光23年)に設置された座喜味親方の「寄進灯籠」。座喜味親方とは毛恒徳座喜味親方盛普のことで、毛氏は護佐丸の子孫である。座喜味親方が江戸への慶賀使として無事任務を果たしたお礼として城内の神に灯籠を寄進したのだろう。*4

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今回は事前の調査不足で、一の郭にある建物跡は撮影しなかった。





見学メモ
アクセス
地図
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部に近い「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
で、座喜味城跡へ行く場合は、29系統、「座喜味」停留所から徒歩約9分=約600m。「那覇バスターミナル」からの直行便だと約1時間。2~4時間に1本しかない。このようなバスの旅も、沖縄独特の情緒を楽しむのならそれなりにオススメである。一方「那覇バスターミナル」発「読谷バスターミナル」行きの28系統だと、1時間に3~4本運行しており、「高志保入口」停留所から徒歩約19分=約1.5km。
<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりです~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用した会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
で座喜味城跡周辺の駐車場。座喜味城跡入口に20台ほど留められる無料駐車場があり、雰囲気的に満車になることはあんまりなさそう。

普段の見学
見学は常時可能。(現地には時刻によって開閉するようなゲートは見つけられなかったし、開場時間が決まっているという情報も見つけられなかった) 無料。

特別公開
特になし。

問い合わせ
読谷村役場へ。



*1 用語解説
*2 文化庁文化財等データベース 
*3 文部省、沖縄県、読谷村による現地案内看板
*4 読谷村公式サイト、座喜味城跡案内ページ
by h9w457y8i | 2011-06-13 01:31 | 沖縄 | Comments(0)

しまだい (4棟のよみがなの記載なし)

明治16年(1883年)、竣工。

酒店 : 木造2階建、瓦葺、建築面積80㎡ 
書院(古硯堂): 木造平屋建、瓦葺、建築面積88㎡
巽蔵 : 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積44㎡
絲店 : 木造2階建、瓦葺、建築面積113㎡

国登録有形文化財*1 平成16年(2004年)、登録。




京都中心部では珍しい、並木のある大通り、御池通(おいけどおり)に面している。いわいる「町屋」に分類されるが、間口が狭く奥行きが長いウナギの寝床、という町屋の構造的なイメージとは異なり、間口は広い。
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b0212342_7353479.jpg建物の前、御池通にて。
画像の方向は東。




酒店
敷地の南東隅に建ち,東街路側を正面とする。平面は巽蔵を囲むL字型で,総土間とする。1階正面は連子格子を設け,南寄りに入り口を開く。庇上は土壁とし,虫籠窓を開く。御池通に面した妻面は上部白漆喰塗とし,巽蔵と連続する景観を形成している。*2
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書院(古硯堂)
敷地の奥に建ち,絲店と中庭を介して向かい合う。昭和27年に敷地内で移築されている。切妻造,桟瓦葺で,12畳半の主室と,9畳の次の間からなる。天井をやや低めにとり,栂などの良材を用いた質の高い意匠を備え,欄間彫刻などにも特徴がある。*3
撮影時は内部に入れなかったので、画像はない。



巽蔵
御池通に面して建つ土蔵。3間四方の平面で,東と北の酒店側に扉口を開く。外観は腰縦板張,上部は漆喰塗とし,軒まで塗込め,屋根は本瓦葺である。内部は1階・2階とも柱を現し,いずれも一室とする。京都の近代初頭の景観を今日に伝える建築である。*4
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絲店
御池通りに南面して建つ。切妻造,桟瓦葺,平入で,西側を一段高く葺く。正面には庇をかけ,出格子を設ける。庇上の壁面は土壁とし,横長の虫籠窓を設けている。平面ほぼ中央南北に土間を通し,1階はその両脇を広い2室とする。近代初頭京町屋の好例である。*5
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「清酒」という看板がかかっている通り、かつては造り酒屋だったらしい。






見学メモ

アクセス
<鉄道>
京都市営地下鉄烏丸線、および東西線「烏丸御池(からすまおいけ)」駅から、徒歩約1分。
京阪電鉄本線「三条」駅から、徒歩約17分(約1.4km)。
阪急電鉄京都線「烏丸(からすま)」駅から、徒歩約12分(約900m)。
<バス>
京都市街は市営バスと京都バスが網の目のように走っており、鉄道駅が最寄になくてもバスを駆使すれば、少なくとも京都市街地内の移動にはほとんど不都合なし。市バスの路線図 ・ 京都バスの路線図
(乗り放題パスはいろいろな種類がある。市営地下鉄、市バス、京都バスが全て使えるパスもある。詳しくは
京都市交通局案内ページへ)
最寄の停留所は、市バス15,45,51,65系統、および100円循環の「烏丸御池」。あるいは京都バス45,61,62,63,65系統「烏丸御池」。時刻表、料金などは京都市交通局公式ホームページ、もしくは京都バス公式サイトへ。
<クルマ>
半径200mに10程度のコインパーキングあり。詳しくはこちら

google map

普段の見学
外観は見学自由。市街地にあり、建物を遮る塀もない。ただし、書院は中庭にあり外部からは見えない。内部はしばしばギャラリーや集会場としてオープンしているらしいが、常時公開されているわけではない。

特別公開
上記のように内部はしばしばギャラリーや集会場として使用されている。しかし常時一般公開されているわけではない。内部見学ができる日程、スケジュール、頻度に関する情報は見つけられなかったので、いつ内部を見られるかは不明。過去の内部使用に関する情報は以下の通り。
京都大学によるセミナー和のクリスマスフェスタ2010京都木工芸展(京都新聞)

問い合わせ
不明。内部見学の機会については、「嶋臺」で検索して催しをキャッチするしかないと思われ。


*1 用語解説
*2 文化庁文化財等データベース
*3 文化庁文化財等データベース
*4 文化庁文化財等データベース
*5 文化庁文化財等データベース
by h9w457y8i | 2011-06-11 09:18 | 京都 | Comments(0)

きゅうにっぽんぎんこうきょうとしてん

附(つけたり)*1 : 旧金庫

明治39年(1906年)、竣工。

煉瓦造、建築面積884.4㎡、二階建、一部地下一階、スレート・銅板葺*2、両翼塔屋付、袖塀*1附属

国指定重要文化財  昭和44年(1969年)、指定。




建物の沿革
明治27年(1894年) 日本銀行京都出張所が東洞院通御池上る(東洞院通と御池通の交差点をやや北に行ったとこ
              ろ、という意味)に開設。
明治39年(1906年) 業務拡張に伴い、この地に新築移転。
明治44年(1911年) 出張所から京都支店に名称が変更。
昭和40年(1965年) 日本銀行京都支店が河原町通り二条に移転。
昭和42年(1967年) 建物が財団法人古代学協会の所有となるり、「平安博物館」として使用開始。
昭和44年(1969年) 国の重要文化財に指定。
昭和61年(1986年) 建物が京都市に寄贈、京都府教育委員会文化財保護課により創建当初の姿に修理・復元。
昭和63年(1988年) 京都府京都文化博物館別館として使用開始。*2

外観は三条通に面して左右対称で、赤レンガに白い花崗岩を装飾的に配している。この意匠は19世紀後半のイギリスの建築によく使われた様式である。両翼には塔屋が付き、屋根には通気塔、採光窓などを設けて変化に富む。内部には旧営業室の吹き抜けの大きな空洞があり、カウンターのクスリーンや壁面の装飾、天井などは時代の雰囲気をよく表している。左右の各室は応接室や所長室として使われていた。二階には上等室、大広間が設けられた。この建物の背後には別棟の金庫があり、渡り廊下により繋がっている。金庫棟は煉瓦造、1階建て、桟瓦葺*1である。設計は、明治建築界の帝王と言われ、東京駅などを設計した辰野金吾(1854年~1919年)と、辰野の弟子で各地の銀行建築を手がけた長野宇平治(1867年~1937年)とによる。*2


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旧営業室。大きな吹き抜けとなっている。現在はホールとして使用されている。
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京都文化博物館の本館は鉄筋コンクリートの建物で、この別館のすぐ北側に隣接して建てられている。各種展示のほか、多くのオシャレな京都料理店、雑貨店なども入っていて、昼食時は賑わっていた。
訪れたときは旧金庫が附に指定されているとは知らず、画像はない。旧金庫の画像や建物の間取りなどについては、京都文化博物館公式サイト、建物案内ページ参照。




見学メモ

アクセス
京都文化博物館公式サイト、アクセス案内ページ参照。有料駐車場(36台)あり。京都市街のバスについては、こちらの記事の見学メモが参考になるのではないだろうか。


google map

普段の見学
博物館開館時間内は、内部のホールは無料で一般公開されている。
旧金庫については、そのすぐそばにカフェがあったので外観は開館中は見学自由と思われる。内部に関しては不明。

特別公開
普段公開されない部分が見られる、という特別公開の情報は見つけられなかった。一方1階ホールでは、時折演奏会や講演会などが催されている。詳しくは京都府京都文化博物館公式サイト内、別館ホール案内ページへ。

問い合わせ
京都文化博物館へ。


*1 用語解説
*2 現地案内看板
by h9w457y8i | 2011-06-09 11:48 | 京都 | Comments(0)

きゅうきょうとちゅうおうでんわきょく にしじんぶんきょくしゃ

大正10年(1921年)、竣工。 昭和60年(1985年)、保存・改修工事終了。*2
鉄筋コンクリート造、一部木造(3階柱廊。ただし現在はコンクリートに造りかえられている。*3)、建築面積489.00㎡、3階建。
国指定重要文化財  平成18年(2007年)、指定。ただし外観のみ。*1




旧京都中央電話局西陣分局舎は,油小路通と中立売通との交差点西南角にある。京都市内で三番目の電話分局になり,大正9年10月の起工,翌年12月の竣工で,設計は逓信省技師の岩元祿であり、この建物は彼の現存唯一の建築作品である。
外観は,正面1階に半楕円形断面の柱3本を立ち上げ,各頂部にヴィーナスのトルソー(裸婦像)を載せ,2階弓形出窓の周囲や東面2階庇下を踊り子のレリーフ・パネルで飾る。外観意匠は極めて独創的で,ドイツ表現主義と同質の造形意匠を創出した作品として,日本近代建築史上,重要である。*1  当時の電報電話局舎においてこれほどまでに大胆なデザインは西陣分局のみであった。*3
現在、建物はNTT西日本が管理する一方、「西陣IT路地」と銘打たれ、ITベンチャー企業のためのレンタル・オフィススペース、事業支援事務所として活躍している。
 


中立売通より。
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正面の北面。1階には半楕円形断面の柱3本、2階弓形出窓、レリーフが見られる。
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北西角。
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北面の柱の上に立つ、ヴィーナスのレリーフ。            北面のライオン。
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東面2階庇下、踊り子のレリーフ・パネル。             現地案内看板。
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正直な感想は、「…え?これが重要文化財?」。ちょっと古めのコンクリートの建物に、なんか変わったレリーフがくっついている、という程度の印象だった。
しかし確かに、大正時代の電話局としては、庶民の感覚だと「素晴らしい」というか、「目を見張る珍しい建物」だったんだろうな。





見学メモ
アクセス
西陣IT路地公式サイト内、アクセス案内ページを参照。
<鉄道>
京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅から、徒歩約13分(約1km)。
<バス>
京都市街は市営バスが網の目のように走っており、この建物の近くにも「堀川中立売」停留所がある。9、12、50、67、101系統が通る。市バスの路線図はこちら。バスの乗り放題パス、停留所の時刻表、料金など詳細は、京都市交通局公式ホームページを参照。
<クルマ>
建物には、一般見学者用の駐車場はない。半径500m以内に、いくつかのコインパーキングがある。タイムズの公式サイト参照。
建物の約700m東には京都御苑が広がり、その敷地内の公営駐車場が利用できる。

google map

普段の見学
外観見学は常時自由。

特別公開
重要文化財の指定は外観のみであり、特になし。

問い合わせ
西陣IT路地へ。




*1 文化庁文化財等データベース
*2 現地案内看板
*3 NTT西日本公式サイト案内ページ
by h9w457y8i | 2011-06-07 14:53 | 京都 | Comments(0)

京都府/近代以前の文化遺産リスト > 冷泉家住宅 トップページ


国指定重要文化財
冷泉家住宅
れいぜいけじゅうたく

座敷及び台所 ざしきおよびだいどころ
(附(つけたり*3):土塀、庭塀、供待及び台所門、立蔀、棟札、祈祷札)
御文庫 おぶんこ
台所蔵 だいどころぐら
表門 おもてもん


b0212342_17543947.jpgb0212342_17554996.jpg

● 概要
● アクセスgoogle map
● 見学要領・問い合わせ

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by h9w457y8i | 2011-06-05 22:48 | 京都 | Comments(0)

うすいとうげてつどうしせつ  だいはちずいどう ・ だいきゅうずいどう

明治26年(1893年)、竣工。
煉瓦造
国指定重要文化財 平成5年(1993年)、指定。
地図




碓氷峠鉄道施設の概要は、こちらの記事を参照。
碓氷峠鉄道施設のこの他の重要文化財については、群馬県の文化遺産リストへ。

第八隧道は、第六橋梁の東、第九隧道は第六橋梁の西に、それぞれ接するように口を開けている。
下の2枚の画像は、それぞれ第六橋梁が目の前に見える、国道18号線旧道から撮影。トンネルの手前に見えるレンガの壁は、それぞれ第六橋梁の側壁。

第八隧道、西側出入口。
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第九隧道、東側出入口。
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碓氷峠鉄道施設文化財群の位置関係についての地図。現地案内看板に描かれていた。ネット上でいろいろな地図を見たが、結局これが一番分かりやすかった。なお、これは第四橋梁のための案内板のもの。クリックして拡大。
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見学メモ
アクセス
第八、第九隧道の合計4つの出入口のうち、容易に見えるのはこの記事に掲載した二つ。場所は第六橋梁を目の前に臨む国道18号線旧道の上。そこまでのアクセスについては、第六橋梁の記事、見学メモを参照。
普段の見学
上記のように、国道18号線の旧道上、第六橋梁を正面に望む場所からそれぞれのトンネルの出入口をチラリと見ることができる。
碓氷峠鉄道施設のうち、旧丸山変電所から第三橋梁までは、旧碓氷線を改造した遊歩道が整備されているが、第三橋梁西詰めから西は整備中で、トンネル内部は立ち入り禁止の立て札があった。よって、これら二つのトンネル内部には立ち入ることはできず、またトンネルに接近する歩道はない。この記事に掲載した二つの出入口に近づこうとするなら、国道から外れて第六橋梁の下の沢を上り、更に橋の上まで斜面を登る必要がある。第六橋梁の記事の画像を見れば分かるが、かなり急であり、危険と思われる。また、第八隧道の東側、第九隧道の西側の出入口にいたっては、山の中の道なき道を、サバイバル訓練さながらに突き進まなければならず、更に危険度は増すと思われる。
特別公開
これら二つのトンネル内部が遊歩道として整備され、一般公開される時期についての情報は、この記事掲載時には見つけることはできなかった。
問い合わせ
安中市「学習の森」へ。 http://www.city.annaka.gunma.jp/gakushuunomori/index.html
by h9w457y8i | 2011-06-03 10:29 | Comments(0)

うすいとうげてつどうしせつ だいろくきょうりょう

明治26年(1893年)、竣工。
煉瓦造。アーチ径間11.0m、高さ17.4m、頂部長さ51.9m。*1
国指定重要文化財  平成5年(1993年)、指定。
地図



碓氷峠鉄道施設の概要と、他の重要文化財のリストについては、こちらの記事を参照。
隅角部を切石で補強し、高い橋台(きょうだい)*2と片蓋柱(かたふたばしら)*2、長い側壁を持っている。長さ、レンガの使用量では第三橋梁に次ぐ規模。*1

国道18号線の旧道より。橋までは50mもない。
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道路沿いに立っていた、現地案内看板。
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橋に接近するため、道路から外れ、岩がゴロゴロして足場がやや悪い沢を登っていく。
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アーチの下の、石で補強された隅角部。
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b0212342_10312398.jpgb0212342_10313791.jpg



第四橋梁のための現地案内版に描かれた地図。碓氷峠鉄道施設文化財群の位置関係について、ネット上でいろいろな地図を見たが、結局これが一番分かりやすかった。クリックして拡大。
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見学メモ
アクセス
b0212342_10382691.jpg第三橋梁から、国道18号線の旧道を歩いて接近することになる。第三橋梁までのアクセスは、こちらの記事の見学メモ参照。この旧道はクルマの通りは少ないものの、歩道はなく、細い路側帯しかない。歩行の際は十分な注意が必要である。第三橋梁~橋が見える場所まで、約1.6km=徒歩約22分。橋は国道からよく見えるし、案内看板もあるので迷うことはないが、現地までの到達距離の目安として、左の画像のようなカーブ番号標識が役に立つかもしれない。この道路の全てのカーブに番号が付けられており、この橋の最寄カーブは「69」、第三橋梁は「33」。上に掲載した現地案内版に描かれた地図を参照。
道路は細くカーブが大きいため、路上駐車は危険。


普段の見学
橋は国道18号線旧道から見ることができ、国道沿いには現地案内看板もある。ただし、国道から橋に近づく歩道はない。国道と橋の間は数10m。草が生い茂っていたり大きな石がゴロゴロする荒れた沢だが、立ち入り禁止の表示は見当たらなかったので、今回は国道から外れて橋の近くまで歩いていった。足場はよいとは言えず、特に夏は虫もウジャウジャいそう。橋の上に登るには、上記の画像でも分かるようにかなり急峻な斜面を登らなければならず、危険と判断してやめておいた。
特別公開
第三橋梁のように、橋の上を遊歩道として通れるようになるのがいつか、という情報は、この記事掲載時点では見つけられなかった。
問い合わせ
安中市「学習の森」へ。http://www.city.annaka.gunma.jp/gakushuunomori/index.html


*1 文化庁、安中市教育委員会による現地案内看板
*2 用語解説
by h9w457y8i | 2011-06-02 11:06 | 群馬 | Comments(0)

サイトマップ > 北海道 近代文化遺産

国指定重要文化財

国登録有形文化財

文化財分布マップ



国指定重要文化財


遺愛学院 (旧遺愛女学校)
いあいがくいん(きゅういあいじょがっこう)
本館、旧宣教師館
木造洋風学校建築。現役の中・高等学校施設として使用されており、普段は非公開。特別一般公開あり。

大谷派本願寺函館別院
おおたにはほんがんじ はこだてべついん
本堂、鐘楼、正門
鉄筋コンクリート造の寺院建築。一般公開。見学についての詳細は、函館市観光公式サイトへ。

旧旭川偕行社
きゅうあさひかわかいこうしゃ

旧網走監獄
きゅうあばしりかんごく
庁舎、舎房および中央見張所、教誨堂(きょうかいどう)
木造大型建築。博物館・網走監獄として一般公開。

旧網走刑務所 二見ヶ岡刑務支所(二見ヶ岡農場)
きゅうあばしりけいむしょ ふたみがおかけいむししょ(ふたみがおかのうじょう)
庁舎、舎房、教誨堂および食堂、鍵鎖附着所(けんさふちゃくじょ)、炊場(すいじょう)
木造1階建農場建築。一般公開。

旧開拓使工業局庁舎
きゅうかいたくし こうぎょうきょくちょうしゃ

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旧札幌農学校演武場(時計台)
きゅうさっぽろのうがっこう えんぶじょう(とけいだい)
一般公開。

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旧手宮鉄道施設
きゅうてみやてつどうしせつ
機関車庫1号、機関車庫3号、危険品庫、貯水槽、転車台、擁壁
一般公開。ただし冬期は積雪のため接近不可。

旧中村家住宅
きゅうなかむらけ じゅうたく

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旧日本郵船株式会社小樽支店
きゅうにほんゆうせんかぶしきがいしゃ おたるしてん
一般公開。

旧函館区公会堂
きゅうはこだてく こうかいどう
コロニアルスタイルの瀟洒な木造2階建て洋館。一般公開。見学についての詳細は旧函館区公会堂公式サイトへ。

旧花田家番屋
きゅうはなだけ ばんや

旧本間家住宅
きゅうほんまけ じゅうたく

旧三戸部家住宅
きゅうみとべけ じゅうたく

太刀川家住宅店舗
たちかわけ じゅうたくてんぽ
土蔵造り、2階建ての店舗住宅建築。現在はカフェとして営業。

函館ハリストス正教会復活聖堂
はこだてはりすとすせいきょうかい ふっかつせいどう
一般公開。配管についての詳細は函館ハリストス正教会公式ホームページ参照。

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豊平館
ほうへいかん
多目的貸し室として使用。見学用の一般公開も行っている。

北海道大学農学部植物園・博物館
ほっかいどうだいがくのうがくぶ しょくぶつえん・はくぶつかん
博物館本館、博物館事務所、博物館倉庫、植物園門衛所
重要文化財に指定されている建物を見学できるのは、4月下旬から11月上旬まで。詳細は北海道大学植物園公式サイト参照。

北海道大学農学部(旧東北帝国大学農科大学)第2農場
ほっかいどうだいがくのうがくぶ(きゅうとうほくていこくだいがく のうかだいがく)だいにのうじょう
事務所、種牛舎、牧牛舎、産室・追込所及び耕馬舎、穀物庫、収穫室及び脱稃室、秤量場、釜場、製乳所

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北海道庁旧本庁舎
ほっかいどうちょう きゅうほんちょうしゃ
一般公開。
    





国登録有形文化財


遺愛学院 (旧遺愛女学校)
いあいがくいん(きゅういあいじょがっこう)
講堂、謝恩館木造洋風学校建築。現役の中・高等学校施設として使用されており、一般公開情報は見つけられない。

あさでん春光整備工場(旧陸軍第七師団騎兵第七連隊覆馬場)
大型煉瓦造建築。平屋建。旭川電気軌道株式会社のバス整備工場として利用。非公開。問い合わせ先は、旭川電気軌道株式会社ホームページ参照。

石崎漁港トンネル
エドウィン・ダン記念館(旧北海道庁真駒内種畜場事務所)
上川倉庫 (事務所、1号倉庫、2号倉庫、3号倉庫(チェアーズギャラリー)、8号倉庫、10号倉庫(デザインギャラリー)、11号倉庫(大雪地ビール館))
北村家住宅主屋(旧土田旅館)
旧青山家別邸 (主屋・文庫蔵・板塀)
旧岡田家住宅 (主屋・蔵)
旧上藻別駅逓所(きゅうかみもべつえきていしょ)
旧国鉄根北線越川橋梁
旧国鉄士幌線 (音更トンネル・十三の沢橋梁・第3音更川橋梁・第5音更川橋梁・第6音更川橋梁・勇川橋梁)
旧国鉄富内線富内駅 (駅舎・プラットフォーム・構内線路)
旧瀬戸家住宅主屋
旧丹波屋旅館 (洋館・和館)
旧中村平八郎家住宅主屋
旧西岡水源地取水塔
旧北炭夕張炭鉱 (高松ズリ捨線スキップ隧道・高松ズリ捨線ベルト隧道西坑門・高松ズリ捨線拱橋・専用鉄道高松跨線橋・天龍坑資材斜坑坑口・天龍坑人車斜坑坑口・模擬坑道)
旧北陸銀行江別支店
旧幌向駅逓所(きゅうほろむいえきていしょ)
旧三井芦別鉄道炭山川橋梁
熊谷家住宅主屋
黒田家住宅 (主屋・表門・蔵・石塀)
高龍寺 (本堂・位牌堂・開山堂・金比羅堂・山門および袖塀・鐘楼・水盤舎・土塀・宝蔵・防火塀)
五島軒本店旧館
小林家住宅主屋
小林酒造 (一番蔵、二番蔵、三番蔵、四番蔵、五番蔵、六番蔵、旧ビール庫・缶詰資材庫(大正・昭和の暮らし館)、旧資材庫(昔の酒道具展示館)、旧事務所(蔵元北の錦記念館)、旧精米場(酒の郷なつかしホール)、蒸米場、製麹室)
最創山光岸寺本堂
斉藤家住宅(旧盛田家住宅)主屋
札幌市資料館(旧札幌控訴院)

b0212342_10531140.jpg   

JR小樽駅
(本屋、プラットホーム)

順誓寺本堂
正行寺鐘楼(しょうぎょうじしょうろう)
杉野目家住宅
星槎大学(旧頼城小学校)(せいさだいがく) (校舎、体育館)
伝成館(旧北海道農事試験場根室支場庁舎)
中標津町郷土館緑ヶ丘分館(旧北海道農事試験場根室支場陳列館)
ニッカウヰスキー北海道工場 (リキュール棟・旧竹鶴邸・研究室・事務所棟・蒸溜棟・第1乾燥塔・第2乾燥塔・第1貯蔵庫・貯蔵棟)
日本キリスト教団札幌教会(旧札幌美以教会堂)
根室市明治公園 (第1サイロ・第2サイロ・第3サイロ)
博物館網走監獄 (庁舎、鏡橋入口哨舎、鏡橋出口哨舎、五翼放射状平屋舎房、西門哨舎、二見ヶ岡農場、裏門、裏門哨舎、煉瓦造独居房、教誨堂)
函館大手町ハウス(旧浅野セメント函館営業所)
函館中華会館
双葉幼稚園園舎
プレイリー・ハウス(旧佐田邸)
北星学園創立百周年記念館(旧北星女学校宣教師館)
北海道教育大学函館校北方教育資料室(旧函館師範学校) 
北海道大学旧札幌農学校  (昆虫及養蚕学教室、図書館書庫、図書館読書室)
北海道大学農学部博物館バチェラー記念館
北海道大学農学部附属苫小牧地方演習林森林記念館(旧標本貯蔵室)
北海道大学附属植物園庁舎(旧札幌農学校動植物学教室)
北海道大学古河記念講堂(旧東北帝国大学農科大学林学科教室)
北海道大学文学部二風谷研究室(旧マンロー邸)
北海道知事公館(旧三井クラブ)
北海道立根釧農業試験場(旧北海道農事試験場根室支場) (種苗倉庫、農具庫)
北海道林木育種場旧庁舎
沼田家住宅 (旧りんご倉庫、旧第二りんご倉庫)
松岡家住宅
室蘭市旧室蘭駅舎
柳田家住宅旧りんご蔵
山崎家住宅主屋
夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)


by h9w457y8i | 2011-06-02 00:19 | 北海道 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。