つかやましゅぞうしょしせつ

昭和3年(1928年)、竣工。
主屋、および麹屋(こうじや)からなる。
主屋:建築面積330.49㎡、麹屋:約95㎡。
いずれも、木造、寄棟造(よせむねづくり)*1、本瓦葺(ほんがわらぶき)*1
国指定重要文化財  平成21年(2009年)、指定。





沖縄県那覇市内でレンタカーを借りて、沖縄自動車道を北へ。
1時間ほど走り、沖縄本島中部、名護市にやって来た。

市街地の中、細い路地を入る。住宅が立ち並ぶ静かな一角に、2年余り前に国の重要文化財に指定された、泡盛の小さな造り酒屋がある。それが、津嘉山酒造所だ。

「津嘉山酒造所施設は,名護市街に所在する現役の泡盛醸造所施設である。主屋と麹屋は島袋純一の設計により昭和3年頃に建てられ,この頃から泡盛の生産を始めたとみられる。主屋は,泡盛醸造のための施設と居住部分を一体とした形式で,麹屋とともに昭和初期の酒造施設の形態を良くとどめており,貴重である。また主屋居住部は,沖縄地方の伝統的な住宅平面を受け継ぎながら,近代的な展開も示しており,沖縄の近代住宅を理解する上で重要である。」*2



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玄関。
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主屋、居住区域。
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上の二つの画像は主屋の屋根。沖縄の住宅にかつてよく用いられ、本土でもお寺で使われる本瓦。
一方、下は麹屋の屋根。一部モルタルの瓦で補修されている。
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主屋、酒造所部分。
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麹屋がどのぶぶんなのかは、はっきりとは分からなかった。

昨年の11月に訪れたときの建物の保存状態は、全体的にあまり良好とは言えず、部分的に倒壊寸前というかんじのところもあった。
酒造所の方にうかがうと、平成23年の末から6年がかりの大改修に入るとのこと。改修後にまた訪れてみたい。

一方、建物の裏には、酒造所の解体に備え、立派な新しい酒造施設ができていた。
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見学メモ

アクセス
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部、ゆいレールの旭橋駅から徒歩数分の「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。「バスマップ沖縄」というサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
津嘉山酒造最寄のバス停は、「大中(おおなか)」バス亭。
那覇市内からの行き方。那覇空港国内線ターミナル発、那覇バスターミナルと沖縄自動車道を経由する111番系統、名護バスターミナル行き乗車、終点まで。那覇バスターミナルから約1時間30分、2040円。運行頻度は1時間に1~2本。運行会社は、前述の4社による共同運行。
名護バスターミナルから大中バス亭までは、5つのバス停を経由する。多くの系統のバスが大中バス亭を通るため、名護バスターミナルでどの系統のバスに乗ればいいか聞けばよいだろう。
大中バス停から酒造所までは、徒歩数分。下の地図の青いアイコンが酒造所、黒いアイコンがバス亭。

<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりさぁ~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用したレンタカー会社の車両やサービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
冒頭、1枚目画像にあるコンクリート製の門(下の地図、黄色いアイコン)を入ると、建物の左手に広い駐車スペースがあり、5、6台は停められそう。「駐車場」の表示はないが、酒造所の方に「そこら辺に適当に停めてください」と言われた。ただし、これから建物の解体作業に入るため、そのスペースが作業用に埋まっていることも考えられる。


google map

普段の見学
昨年の11月に訪れた際、酒造所のスタッフの方がおっしゃっていたが、文化財の建物は12月から6年がかりの大改修に入り、2012年の1月からは解体に入る。解体は一度にではなく少しずつ進むため、2012年の早い時期ならば建物の一部見学は可能かもしれない。津嘉山酒造公式サイト内、工場見学案内ページ参照。かつ、津嘉山酒造に要問合せ。なお、建物が解体さえされていなければ、建物の見学は、10:00~16:00の間であればいつでも歓迎いたします、ということだった。自分が訪れたときも予約なしでフラリと訪れたが、スタッフの方が酒造所内部の照明を全部点灯してくださり、「自由にどこでも見学して、写真も自由に撮影してください~」とおっしゃっていた。

特別公開
特になし。

問い合わせ
見学の可否、見学時刻などについては、津嘉山酒造公式ホームページ、問い合わせフォームにて。電話番号:0980-52-2070(NTTタウンページより)
文化財としての内容については、名護市教育委員会文化課へ。名護市公式ホームページ参照。




*1 用語解説参照。
*2 文化庁文化財等データベースより。建物の構造などについての更に詳しい解説もあり。
by h9w457y8i | 2012-01-11 10:33 | 沖縄 | Comments(0)

めかるはかあとぐん

14世紀~19世紀前半にかけて造られた墓跡群。
国指定史跡 平成19年(2007年)指定。




沖縄県那覇市内。かつては米軍住宅だったところを再開発して、新しい街ができた。「おもろまち」という名前の場所であり、周辺はマンションや大規模商業施設が立ち並ぶ。その中に、ポツンと盛り上がった緑地がある。それが、この墓石群である。


銘苅墓跡群は、沖縄グスク時代から琉球王府時代、明治時代に続く大規模な墓跡群である。土地区画整理事業地内には亀甲形(かめこうがた)の外観を持つ亀甲墓のうち最大規模の伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓をはじめ、多くの古墓が存在することが知られていた。伊是名殿内の墓と都市公園予定地内の一部の古墓については保存されることとなったが、他のものは那覇市教育委員会により平成2年から15年まで断続的に発掘調査された。調査が進むにつれ、多様な形式の墓が330基以上に及び、その成立が14~15世紀に遡ることなどが明らかとなった。*1

銘苅墓跡群についての更に詳しい解説は、文化庁文化財等データベースを参照。





伊是名殿内の墓。沖縄県内でも最大規模の亀甲墓であり、この墓跡群の中心的存在。
まわりはこのようにキレイに整地されていて、個人的にはあんまり趣を感じない。
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墓の屋根の部分の丸みを帯びた形状、そして墓の周囲のグネグネした石垣は、なんというか、異星人の宇宙船を彷彿とさせた。
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墓の正面は北西に向いている。後ろに写っているのは那覇市消防本部の建物。
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現地案内看板。
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伊是名殿内(いぜなどぅんち)の墓は、伊是名、伊平屋(いへや)両島の総地頭(そうじとう)(上流士族)、伊是名家の墓です。銘苅墓跡群の中にあって他の墓とはその規模、造形などが大いに異なる亀甲墓(かめこうばか)です。
この墓は小高い山を三面に切り取り、その切り取った土で敷地を造成して作られた、面積約660㎡の県内最大級の亀甲墓です。その規模、建造技術は沖縄県の墓の中でも傑出したもので、道教(風水)の思想を基につくられています。
墓庭を囲む石垣には「相方(あいかた)積み」を用い、隅には突出した石「隅頭(すみがしら)」があり、上級士族の屋敷囲いの石積みを彷彿とさせます。入口には、本門と中門の二つの門があり、入口をクランク状につくることにより、ヤナカジ(悪い風)が直接墓本体に当たらない工夫が施されています。
この墓は、その外観より18世紀代の様式のものである事がうかがえます。亀甲墓は17世紀に中国南部から伝わり士族階級に広がり、18世紀代に沖縄において独自の発達をして完成された墓で、この墓はその特徴をよく表している代表的な墓と言えます。*2







見学メモ

アクセス
<鉄道>
沖縄都市モノレール(通称「ゆいレール」)「おもろまち」駅から、約1.1km(徒歩約15分)
同じくゆいレール「古島(ふるじま)」駅から、約900m(徒歩約13分)
ゆいレールの路線、駅、時刻表、料金については、ゆいレール公式ホームページ参照。
<バス>
99系統「安謝1丁目」バス亭から、約400m(徒歩約5分)。
路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
<クルマ>
渋滞の多い旧市街と異なり、この辺りは広い道路が縦横に走る区画整理の進んだ地域であり、クルマでのアクセスも悪くない。墓跡群から200m弱の「新都心公園」交差点周辺に、コインパーキングもあった。タイムズ公式サイト参照。


google map

普段の見学
伊是名殿内の墓は屋外にあり、見学は常時可能。この墓以外の墓跡が見学に適した状態になっているかどうかは不明。

特別公開
特に見つけられなかった。

問い合わせ
那覇市教育委員会文化財課へ。



*1 文化庁文化財等データベースより抜粋
*2 那覇市教育委員会による現地案内看板より抜粋
by h9w457y8i | 2011-09-28 10:47 | 沖縄 | Comments(0)

あらがきけじゅうたく

明治末期以前、竣工。

主屋  うふや : 桁行8.6m、梁間10.6m、寄棟造(よせむねづくり)*3、北面突出部付、本瓦葺(ほんがわらぶき)*3
     とんぐわ : 桁行7.0m、梁間9.9m、寄棟造*3、南面突出部付、東面うふやに接続、本瓦葺*3
     附(つけたり)*3 : ふーる×1、石牆×2

作業場  桁行7.5m、梁間5.7m、南面及び西面下屋附属、北面主屋取合部を含む

離れ  桁行6.6m、梁間5.4m、寄棟造、本瓦葺

登窯  延長22.7m、幅4.0m、連房式登窯、焚場、燃焼室、焼成室9房、排煙口からなる。上屋 桁行19.6m、
     梁間4.0m、寄棟造*3、本瓦及び鉄板葺

国指定重要文化財 平成14年(2002年)指定。






新垣家住宅は,沖縄県那覇市、国際通りの南東方に広がる壺屋地区にある。沖縄陶業の拠点であった壺屋地区に唯一残る陶工の住宅であり,石牆(家の周りの石垣)をめぐらした大規模な屋敷を構えており,沖縄の民家及び壺屋の歴史を知る上で,欠くことのできない重要な遺構である。
主屋は,「うふや」と、その西に一間南にずれて接続する「とんぐゎ」からなる。作業場は作陶のための施設で,離れも,もと作業場であった。登窯は粘土造で,九房の焼成室を連ねる。
中心となる主屋は19世紀後半までに建築されたとみられ,遅くとも明治末年頃までに,現在の屋敷構えが整えられたと考えられる。*1

主屋附の「ふーる」とは何を指すのかは、不明。

2006年から2009年にかけ、釜や屋根の崩落が続き、存続が危ぶまれていた。そこで2009年5月、国、沖縄県、那覇市がそれぞれ費用を出し合って修復することが決まった。*2
2011年2月に訪れた際は、その修復工事の真っ只中であり、全面が工事用安全シートや建屋で覆われ、外観すらほとんど見られない状態だった。



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b0212342_11105290.jpg現地工事案内看板に載っていた写真。






見学メモ
アクセス
地図
<鉄道>
沖縄都市モノレール、通称「ゆいレール」の「安里(あさと)」駅から、徒歩約8分(600m)。または、同じくゆいレール「牧志(まきし)」駅から、姫百合橋交差点、および国道330号線経由、徒歩約9分(750m)。ゆいレールは、那覇市中心部の要所をグネグネ経由しながら那覇空港と首里地区を結ぶ、沖縄県で唯一の鉄道。那覇市街の道路は時間によっては渋滞が激しく、駐車場も多くはないため、沿線地区の移動にはもっとも便利だと思う。
<バス>
沖縄本島の路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、本島のほぼ全域をカバーしている。路線の系統番号は全社共通となっている。
新垣家住宅へは、17、30、31、55、112系統の「壺屋」バス停から、徒歩約1分。路線図、バス停の時刻表、料金など詳細は、バスマップ沖縄のサイトがわかりやすい。ただしこれはバス会社の公式サイトではないし、時刻表は一部の系統のものしか掲載されていないので、利用に際しては前記リンクのバス運行会社に確認したほうがいいかもしれない。
個人的なオススメは、ゆいレール沿線でない場合は、まず那覇バスターミナル(那覇BTと記載されることが多い)までバスで行き、そこから徒歩2分のゆいレール「旭橋」駅へ、その後ゆいレール利用。
<クルマ>
付属の駐車場はない。新垣家の周辺は、車1台がやっと通れるか通れないかというくらいの、かなり細く曲がりくねった道路であり、クルマで乗り付けるのは、明らかに周辺住民の方の迷惑となる。有料駐車場は付近には見当たらず、那覇市街中心部に近いため朝夕の渋滞も発生しやすいし、はっきり言って、アクセスの方法としては最もオススメ度は低い。
半径600m以内に、かなり大規模なタイムズのコインパーキングがいくつかある。


google map

普段の見学
上記画像にあるように、修復工事が2016年3月末まで行われており、2011年2月の段階では外観も満足に見られない状態。たとえ外部が見られる状態だったとしても、もともと所有者の方が住まわれている住宅なので、内部は非公開。

特別公開
平成22年7月、修復工事中の「東の窯」が、那覇市教育委員会主催で一般公開された。今後ももしかすると、工事中でも特別公開があるかもしれないが、この記事の掲載時点ではそういう情報は確認できなかった。

問い合わせ
那覇市教育委員会文化財課へ。



*1 文化庁文化財等データベース
*2 琉球新聞記事
*3 用語解説
by h9w457y8i | 2011-07-07 12:09 | 沖縄 | Comments(0)

きゅうそうげんじだいいちもん および せきしょう

附(つけたり)*1 :下馬碑×1、下馬日残欠×1
1527年以前、竣工。
石造三連アーチ門、左右石牆延長66.3m、各脇門一所を含む
国指定重要文化財 昭和47年(1972年)指定。




崇元寺は臨済宗(りんざいしゅう)の寺で山号を霊徳山(れいとくざん)と言った。王府時代の国廟で、天孫氏(てんそんし)をはじめとする歴代国王の神位が安置され、冊封使(さっぽうし)が来た時には新王冊封に先立って先王を祀る諭祭(ゆさい)が行われた。かつて崇元寺は国宝に指定されていたが、太平洋戦争で正廟をはじめとする木造建築物は全て消失した。
第一門および石牆(周囲の石垣)は、正面中央の切石積み三連のアーチ門とその左右に延びる両掖門を備えた琉球石灰岩のあいかた積みの石垣であり、沖縄の石造りアーチ門の代表的なものである。
石門の東に立つ石碑が「下馬碑」で、戦前は西にも同じものがあり、国の重要美術品に指定されていた。表はかな書き、裏は漢文で、この碑のところから下馬することを命じている。また、碑銘に「大明嘉靖六年丁亥七月二十五日」とあり、この年が西暦1527年にあたるので、崇元寺の創建はこの頃ではないかと考えられている。*2
…自分には難しい用語がちりばめられていてところどころ意味不明だが、「近代文化遺産」ではないので詳しく調べるのは別の機会に。





3つのアーチ門の両脇に、石垣=石牆が延びているのが分かる。クルマの往来が激しい県道29号線に面している。目の前には、バスの「崇元寺」停留所。
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門には木製の扉も再現されていた。
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石門の内側。公園となっており、立ち入りは自由。高校生のカップルがくつろいでいた。
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すぐそばにはガジュマル?の巨木。石門をくぐった敷地内は、このせいで昼間でも薄暗い。
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現地の案内看板。
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石門の東にある下馬碑、下馬日残欠が附に指定されているとはこのときは知らなかったので、それらの画像はない。






見学メモ
アクセス
<鉄道>
沖縄都市モノレール、通称「ゆいレール」の「牧志(まきし)」駅から、徒歩約6分(450m)。ゆいレールは、那覇市中心部の要所をグネグネ経由しながら那覇空港と首里地区を結ぶ、沖縄県で唯一の鉄道。那覇市街の道路は時間によっては渋滞が激しく、駐車場も多くはないため、沿線地区の移動にはもっとも便利だと思う。
<バス>
沖縄本島の路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。多くの系統の「崇元寺」停留所があり、そこから徒歩0分=目の前。系統はバスマップを参照。ただし、正確にはどの系統番号がこの停留所を通っているか、また運行会社、停留所の時刻表などの詳細は調べ切れなかった。系統によっては1時間に1本しかないものもある。詳細は、前記各運行会社に問い合わせるしかないと思う。
…個人的には、ゆいレールの沿線でないところから行く場合は、那覇バスターミナル(「那覇BT」と記載されることが多い)までバスで行き、そこから徒歩2分のゆいレール「旭橋」駅へ、そしてゆいレール利用、がわかりやすいと思う。那覇バスターミナルまでのバス系統番号は前記バスマップ参照。時刻表や料金は記載されていないこともあるので、前記各運行会社へ。
<クルマ>
施設付属の駐車場はない。周辺は市街中心部であり、駐車場も多くなく、オススメ度は最も低い。半径400m以内に、タイムズのコインパーキングが4箇所ある。

google map

普段の見学
公園の施設の一部として、常時開放されている。見学時間に制限なし。見学無料。

特別公開
特になし。この場所でなにかの特別な催しがある、という情報も見つけられなかった。

問い合わせ
那覇市教育委員会、でいいと思う。文化財の管理を行っているのは、たいてい現地自治体の教育委員会だから。


*1 用語解説
*2 沖縄県教育委員会、および那覇市教育委員会による現地案内看板
by h9w457y8i | 2011-07-03 13:32 | 沖縄 | Comments(0)

ざきみじょうあと

15世紀初頭、竣工。
国指定史跡*1  昭和47年(1972年)指定。
世界文化遺産  「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つ。平成12年(2000年)登録。




座喜味城は、15世紀の初頭、築城家としても名高い護佐丸(ごさまる)によって築かれたといわれる。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田グスク(=城)に居城していたが、1416年(1422年の説もあり)中山尚巴志(ちゅうざんしょうはし)の北山城(ほくざんじょう)攻略に参戦、北山攻略後は戦後処理のため、一時北山城にとどまったといわれ、その間に座喜味の地へ築城を開始したという。国王の居城である首里城と緊密な連携を図るという防衛上の必要性から、首里城より眺望可能な丘陵上に立地し、北山が滅びた後も沖縄本島西海岸一帯に残存していた旧北山勢力を監視するという役目を担っていた。
城跡は座喜味部落北側の小高い丘、標高120mあまりの名護層からなる台地を石灰岩の切石積(きりいしづみ)で取り囲んで築かれており、城は二つの郭からなる連郭式(れんかくしき)の形態になっている。城郭内の面積は約4012㎡で、沖縄のグスクとしては中規模である。
この城は一の郭と二の郭に分かれており、アーチの門がそれぞれ一つずつ造られている。
座喜味城跡は1972年の沖縄本土復帰に伴って国の史跡に指定され、翌年の10月から沖縄県で初めて史跡整備事業が文化庁と県の補助を受けて開始された。整備事業に伴う遺構発掘調査がなされた結果出土した遺物は、グスク系土器と須恵器(すえき)が少量、中国製陶磁器や古銭などがあり、これらの出土品中最も多いのは中国製の青磁と陶器で、これらの中国陶磁からみると、15世紀から16世紀までのものが見られることから、座喜味城は護佐丸が1440年に中城城へ移った後も使用されていたと考えられる。
遺構については一の郭の北側に間口約17m、奥行き約15mの石組が発掘され、この中に建物が立っていたと思われる。しかし瓦などは出土しないことから、屋根は板葺きか茅葺の建物であったと推定され、また一の郭内の南側では城壁を作る以前の柱穴(ちゅうけつ)群も発見され、出土遺物からそれほどの時代差はないものの、一の郭内において二つの時期の遺構が確認された。
城跡は第二次世界大戦において、一の郭内に日本軍の高射砲陣地が築かれ、戦後も米軍のレーダー基地が建設されたが、整備の始まった翌年返還された。城壁は1982年に修復を完了した。城壁の上に立つと首里、那覇をはじめ本島西側本部半島や東シナ海に浮かぶ慶良間諸島、久米島、伊江島、伊平屋諸島が眺望できる要害の地にある。*2 *3



b0212342_22151174.jpg城跡入り口の駐車場に面して、読谷村立美術館、歴史民族資料館がある。
今回は時間の関係で立ち寄らなかった。

b0212342_22172964.jpg駐車場内にある、世界遺産登録の記念碑。

b0212342_22184429.jpg駐車場から城跡に向かう階段が始まる。


城跡に向かう途中には、松林。
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b0212342_0584796.jpg松林の途中にあった現地案内看板の、航空写真。下記「見学メモ」内の地図からgoogle earthにいって見ると、結構キレイな画像で見られる。


そして松林を抜けると、石垣が見えてくる。画面がやや暗いが、この日は風が非常に強く、雨も混じっていた。差していた傘はこの辺りですでにブッとんで、使いモノにならなくなった。
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外側の石垣と、二の郭へのアーチ門、「追手門」*2
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b0212342_10384.jpgアーチの中央部には、細いクサビ型の石がはめ込まれている。これは他のグスクでは見られない形。この石門は沖縄では最古のアーチ型の石門。*3


以下、二の郭。
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一の郭へのアーチ門、石造拱門*2。
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b0212342_165182.jpgにょっきりと突き出す石の柱は、1843年(中国年号の道光23年)に設置された座喜味親方の「寄進灯籠」。座喜味親方とは毛恒徳座喜味親方盛普のことで、毛氏は護佐丸の子孫である。座喜味親方が江戸への慶賀使として無事任務を果たしたお礼として城内の神に灯籠を寄進したのだろう。*4

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今回は事前の調査不足で、一の郭にある建物跡は撮影しなかった。





見学メモ
アクセス
地図
<バス>
沖縄本島内の鉄道は、那覇市内のごく一部を走るモノレール「ゆいレール」1本のみであり、それ以外の公共交通機関とはすなわち、路線バスとなる。沖縄本島ではバスの路線網が全島をカバーしており、那覇市街中心部に近い「那覇バスターミナル」から、乗り継ぎも含めるとほぼ全域に行くことができる。ただし遠方へは1時間以上かかる場合も珍しくない。路線バスは琉球バス交通沖縄バス東陽バス那覇バスの4社が主に運行しており、路線の系統番号は全社共通となっている。こちらのサイトだと全ての運行会社の全ての路線が非常に見やすく掲載されており、時刻表、料金も見られてとても参考になる。ただし公式サイトではないので、最新の情報に関しては各運行会社に問い合わせるのがベターだろう。
で、座喜味城跡へ行く場合は、29系統、「座喜味」停留所から徒歩約9分=約600m。「那覇バスターミナル」からの直行便だと約1時間。2~4時間に1本しかない。このようなバスの旅も、沖縄独特の情緒を楽しむのならそれなりにオススメである。一方「那覇バスターミナル」発「読谷バスターミナル」行きの28系統だと、1時間に3~4本運行しており、「高志保入口」停留所から徒歩約19分=約1.5km。
<クルマ>
沖縄は圧倒的に車社会であり、ハッキリ言って那覇市の市街地や首里地区以外を訪問するのなら、クルマのほうが断然便利である。レンタカー料金も、沖縄地方のみで営業するローカルな会社なら、タクシーの運転手さんが「あんなに安いと我々も商売上がったりです~」とこぼすほど格安な会社、プランがある。具体的な社名や料金の記述は差し控えるが、「沖縄 レンタカー」で検索すれば容易に見つかる。格安とはいえ、自分が今まで利用した会社のクルマ・サービスは十分満足のいくものだった。沖縄本島ドライブの注意点は、自分の実感としては、1、那覇市街での朝と夕方のラッシュがひどい。2、時刻によって道路の中心線が移動、つまり車線が増減する道がところどころにあり、初めてだと結構とまどう。というところか。いずれもレンタカー会社で説明してくれる。
で座喜味城跡周辺の駐車場。座喜味城跡入口に20台ほど留められる無料駐車場があり、雰囲気的に満車になることはあんまりなさそう。

普段の見学
見学は常時可能。(現地には時刻によって開閉するようなゲートは見つけられなかったし、開場時間が決まっているという情報も見つけられなかった) 無料。

特別公開
特になし。

問い合わせ
読谷村役場へ。



*1 用語解説
*2 文化庁文化財等データベース 
*3 文部省、沖縄県、読谷村による現地案内看板
*4 読谷村公式サイト、座喜味城跡案内ページ
by h9w457y8i | 2011-06-13 01:31 | 沖縄 | Comments(0)

サイトマップ > 沖縄県 近代文化遺産

文化財分布マップ


国指定重要文化財


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新垣家住宅
あらがきけ じゅうたく
主屋、作業場、離れ、登窯
平成29年(2017年)中まで、修復工事中のため非公開。工事終了後一般公開の予定。詳細は那覇市公式サイトを参照。
左画像は2013年、工事中の外観。

旧与那国家住宅
きゅう よなぐにけ じゅうたく

高良家住宅
たからけ じゅうたく

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津嘉山酒造所施設
つかやま しゅぞうしょ しせつ
現役の造り酒屋。あらかじめ連絡すれば、建物内部見学可。

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仲村渠樋川
なかんだりひーじゃー
屋外の施設であり、常時一般公開。

銘苅家住宅
めかるけ じゅうたく
主屋、あさぎ





国登録有形文化財

編集中


by h9w457y8i | 2011-06-01 14:07 | 沖縄 | Comments(0)

国指定重要文化財


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  旧崇元寺第一門及び石牆






国指定史跡

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  銘苅墓跡群






世界文化遺産

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  座喜味城跡

首里城跡

斎場御嶽

今帰仁城跡

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  勝連城跡

園比屋武御嶽石門

識名園

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  中城城跡

玉陵
by h9w457y8i | 2011-05-30 09:31 | 沖縄 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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