ひがしやまてじゅうにばんかん

明治元年(1868年)、竣工。

主屋(しゅおく):木造、寄棟造り、建築面積372.6㎡、一階建て、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
附属屋(ふぞくや):木造、建築面積78.6㎡、一階建て、桟瓦葺

国指定重要文化財  平成10年(1998年)、指定。




「正面側の3面に及ぶ幅広のベランダをもつ主屋と、背後の附属屋および別棟からなる堂々たる構えで、中廊下型の平面構成も当時の領事館建築の特徴をよく示す。外壁の下見板張り(したみいたばり)は国内で最古の事例でもある。
 全面吹放ち(ふきはなち)とした床下の造りやベランダ列柱の上部に付く円弧形のくり抜き装飾をもつ板状の持送り(もちおくり)は珍しい。」*2

「敷地は,東山手地区旧居留地の一角にあり,建築の基本形式としては初期洋風住宅の容姿を示すが,石造建築に匹敵するような木割りの太さ,全体にゆったりとした間取り,付属屋内にもマントルピースのある居室を置くなど,領事館建築の特徴が如実に現れている遺構である。」*3

「安政5年(1858年)の五カ国修好通商条約の締結に伴い開港場となった長崎では、大浦川河口周辺の海岸地帯で大規模な埋め立て等の造成工事が行われ、居留地が作られました。東山手一帯は安政6年(1859年)に造成され、一番地から十七番地までの17区画が外国人に貸し出されました。
現在の建物が建てられる前は、文久元年(1861年)からアメリカ人商人のジョン・グリア・ウォルシュ(John G. Walsh)が領事を務めるアメリカ領事館として使用されていた建物があり、その後、慶應元年(1865年)からの一時期、プロシア領事館としても使用されていたようです。
現在の建物は、明治元年(1868年)頃に建築されたと想定され、そのときの建築主もジョン・グリア・ウォルシュであったことが判っています。東山手十二番館は当初、ウォルシュ商会の社員がロシア領事を代行していたため、ロシア領事館として使用されていました。それを証明するように、明治3年(1870年)頃のものとされる「梅ヶ崎大浦下り松居留地図」には、東山手十二番地にロシア国旗が描かれています。
その後、主に個人の住宅等に使用されていましたが、明治35年(1902年)から大正10年(1921年)までは、再びアメリカ領事館となりました。
そして、活水女学校(現在の活水学院の前身)の宣教師が居住した後、昭和16年(1941年)に活水学院の所有となり、戦後は学校関係者の住宅等に使われていました。
そのような経緯を経て、昭和51年(1976年)に主屋と附属屋が長崎市に寄贈され、平成元年(1989年)には長崎県指定有形文化財、平成10年(1998年)には国指定の重要文化財となり、現在に至っています。」*4


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東山手十二番館に続くオランダ坂

敷地入口
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西角全景
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南角全景
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ヴェランダ
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左 屋根    右 ヴェランダ持ち送り
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左 煙突   右 ヴェランダ天井吊り灯
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左 ヴェランダ    右 ヴェランダ観音開き窓
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附属屋
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左 玄関    右 玄関に続く廊下
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左 室内縦    右 室内横
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左 資料室内解説1    右 資料室内解説2
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重要文化財指定書
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左 長崎市による現地案内看板   右 入口案内板   いずれもクリックで拡大。
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見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)「大浦海岸通り」電停(長崎電気軌道では、駅のことをこう呼ぶ*5)から徒歩約6分(約500m)。
長崎電気軌道は、長崎市主要部を走る路面電車。乗り方はバスと概ね同じ。後ろのドアから乗り、前のドアから降りる。運賃は全区間均一で大人120円。降りるときに運転手横にある運賃箱に入れる。「築町」電停で乗り継ぎ可能。詳細は長崎電気軌道公式ホームページ参照。

<クルマ>
施設付属駐車場はない。周辺半径300m以内に、いくつか有料駐車場がある。NAVITIME駐車場検索ページ、「東山手十二番館」で検索。

<バス>
長崎バス「市民病院前」停留所から徒歩約4分(約300m)。長崎バスの路線図、運賃、時刻表等に関しては、長崎バス公式ホームページ参照。なお、長崎バスのサイトについては、旧長崎英国領事館の記事を参照。結論を言えば、このサイトは一見の観光客向けには作られていない。

東山手十二番館の位置は、下地図の赤アイコン。+印は無関係。

google map

普段の見学
東山手の丘に次々と創設されたミッションスクールの歴史を紹介する、旧居留地私学歴史資料館として、一般公開されている。
開館時間 9:00〜17:00
入館料 無料
休館日 12月29日〜1月3日

特別公開
特に情報はない。

問い合わせ
旧居留地私学歴史資料館へ。



*1 用語解説参照。
*2 長崎市公式サイトより。
*3 長崎県公式サイトより。
*4 現地案内看板より。画像あり。
*5 長崎電気軌道公式サイトより。
by h9w457y8i | 2013-03-08 08:02 | 長崎 | Comments(0)

きゅうながさきえいこくりょうじかん

明治40年(1907年)、竣工。

本館:煉瓦造、建築面積464.7㎡、二階建て、鉄板葺、一部銅板および桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
附属屋:煉瓦造、建築面積109.4㎡、一階建て、四面木造庇(ひさし)付き、桟瓦葺、一部鉄板葺き
職員住宅:煉瓦及び木造、建築面積219.7㎡、二階建て、桟瓦葺、一部鉄板葺、外部階段付属(鉄板葺)

国指定重要文化財  平成2年(1990年)、指定。




安政5年(1858年)、日英修好通商条約が締結された後、長崎は開港場として自由貿易が開始され、英国領事館が開かれて外交事務が始められた。現在の領事館は、在上海英国政府建築課ウィリアム・コーワンの設計によって、明治40年(1907年)に建設された。第二次世界大戦中にこの領事館は閉鎖され、昭和30年(1955年)に長崎市が買収、その後児童科学館として活用された。
平成5年(1993年)からは、「野口彌太郎(のぐちやたろう)記念美術館」として故野口彌太郎画伯の作品を展示してきたが、築後100年が経過し、老朽化が進み保存修理の必要が生じたことから、現在は閉鎖中。*3
敷地内には煉瓦造二階建てで1階を事務室、2階を領事住宅とした本館、厨房等にあてられる煉瓦造、平屋建ての付属屋、煉瓦造と木造を左右に繋いだ二階建ての職員住宅等があり、敷地は煉瓦塀や石塀で囲まれている。本館は1、2階とも周囲にヴェランダを巡らし、正面2階にはイオニア式の柱を立てる等して正面性を強調している。
旧英国領事館は、本館、附属屋、職員住宅を始め、各建物の質がよく、敷地全体にわたって往時の姿を良く保っており、長崎市の明治後半期の洋風建築として貴重であるばかりでなく、近代日本外交史の一端を示す資料としても価値が高い。*2




正面全景
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左 煉瓦塀   右 文化財碑
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門から
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左 ヴェランダ1&2F   右 ヴェランダ2F
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ヴェランダ縦
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北西角
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左 南西角   
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左 北西角2F   中 ヴェランダ扉   右 門
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左 明治時代の写真   右 看板
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見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)、「大浦海岸通り」電停(長崎電気軌道では、駅のことをこう呼ぶ*4)から、徒歩約2分(約100m)。
乗り方、料金等については、旧長崎税関下り松派出所の記事、または長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
現在は閉鎖中の施設であり、付属駐車場はない。半径300以内にいくつか有料駐車場がある。NAVITIME駐車場検索ページで、「旧長崎英国領事館」で検索。
下地図の黒アイコンが駐車場の入口。

<バス>
最寄りのバス停は、長崎バス「市民病院前」停留所。徒歩約2分(約100m)。場所は下地図の緑アイコン。
長崎バスの公式ホームページはこちら。このサイト、長崎の街やバスの路線に不案内な一見の観光客にはやや使いづらい印象。長崎市内には多くの路線を持っているようだが、任意の地点間移動に、どの路線、どの系統、どこ行きのバスを使ったらいいのか、路線図を見てもほとんど分からない。住所や地点名、ランドマークから停留所名を検索することもできない。系統(長崎バスでは「経路」と呼ばれる)、行き先、料金、時刻は、正確な停留所名が分からないと検索できない。また、行き先も「〜行き」と「〜向」という使い分けがされており、どう違うのかも、長崎バス公式サイトをしばらく見てみたがよくわからなかった。

下地図中心の+印は、旧長崎英国領事館の位置とは無関係。

google map

普段の見学
野口彌太郎記念美術館として一般公開されていたが、記事公開時現在は老朽化が進んだため閉鎖中。*3 ただ、現在の当該美術館は仮の建物らしいので、いずれはこちらに戻ってくるようだ。ただそれがいつになるかは不明。
この記事では本館の画像しかupしていないが、敷地の東側の「職員住宅」も、道路から外観を見ることが出来る。

特別公開
特に情報はない。

問い合わせ
長崎市文化観光部文化財課、または野口彌太郎記念美術館へ。


*1 用語解説参照
*2 文化庁文化財等データベースより。
*3 長崎市公式サイトより
*4 長崎電気軌道公式サイトより。
by h9w457y8i | 2013-03-03 09:09 | 長崎 | Comments(0)

きゅうおるとじゅうたく

1865年、竣工。
木および石造、建築面積504.1㎡、一階建、正面車寄付、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
国指定重要文化財  昭和47年(1972年)、指定。


この住宅は石造一階建で、三方にタスカン式*1の天草石による柱列を配した広いベランダを設け、港に向かう正面に切妻造のポーチが突出する。長崎の洋風住宅の中では建築年代の古いものに属し、意匠も良い。また、長崎の石造りの建物の中では最大。古い図により、当初の確室の用途が知られることは珍しい。施工は、大浦天主堂旧グラバー住宅を手がけた小山秀*4(こやまひで)による。主屋背後にある付属屋および倉庫は煉瓦造で、建築年代は明治中期のものであるが、長崎の洋風住宅で別棟の台所、倉庫の現存する数少ない遺例として貴重。*2*3

「この家には、イギリス人ウィリアム・ジョン・オルト(William J. Alt 1840〜1905)が1865年(慶応元年)〜1868(明治元年)の3年間住んでいました。石造円柱が列ぶベランダの中央に切妻屋根のポーチがあり軒高の堂々たる偉容を誇る幕末明治洋風建築の中でも出色の建築です。イギリス人の設計で日本人棟梁、小山秀之進が施工したと言われています。オルトは1859年(安政6年)に来日、貿易商として製茶業を主に実業家として活躍しました。1861年(文久元年)、彼は居留地自治会の初代役員に選ばれ、同年6月には居留地商工会議所で最初の議長となりました。妻エリザベス(1847〜1923)と二人の娘との四人家族で、明治元年までの3年間をこの家で過ごしました。その後、大阪で1年半、横浜に2年間滞在しています。
その後、この邸宅はメソジスト派の活水女学校の校舎や米国領事館として使われ、1903年(明治26年)からリンガー家の所有となりました。フレデリック・リンガーの長男一家が太平洋戦争勃発まで住んでいましたので、リンガー(兄)邸とも言われています。この由緒ある住宅は1943年(昭和18年)に川南工業に売却され、1970年(昭和45年)に長崎市が買い取りました。」*5


北西面遠景
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北西面近景
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正面ポーチおよび噴水
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南西面
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左 柱遠景  右 柱近景
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 煙突


ベランダ
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左 ベランダ柱  右 エントランス
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ベランダ天井


室内全景1,2,3,4
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左 テーブルセット  右 テーブル上調度品
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左 テーブル上食器  右 テーブル上模型
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左 鳩時計  中 洋服掛け  右 浴室入口
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左 廊下出入口  右 廊下ドア
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現地案内看板。クリックで拡大。







見学メモ

アクセス
旧オルト住宅は、江戸時代末期から明治時代にかけての洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園の中にある。グラバー園へのアクセス情報は、旧グラバー住宅の記事、ならびにグラバー園公式サイトアクセス案内ページを参照。

旧オルト住宅の位置は、下地図の赤アイコン。+印は無関係。

google map


普段の見学
この建物はグラバー園の中にある。グラバー園の営業時刻、入園料、休業日などについては、旧グラバー住宅の記事、もしくはグラバー園公式サイトを参照のこと。
なお、重要文化財に指定されているのは、主屋、付属屋、倉庫の3つ。*2
主屋内部は資料館として、常時公開されている。
付属屋、倉庫が上の画像のどれにあたるかはわからなかった。公開されているかどうかも不明。

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
グラバー園へ


*1 用語解説参照
*2 文化庁文化財等データベースより
*3 グラバー園公式サイトより。
*4 現地案内看板(画像が記事内にあり)によると、「小山秀之進」とある。
*5 現地案内看板より。
by h9w457y8i | 2013-02-24 07:33 | 長崎 | Comments(0)

きゅうぐらばーじゅうたく

1863年、竣工。

木造、建築面積510.8㎡、一階建、桟瓦葺(さんかわらぶき*1)
附属屋(ふぞくや)あり。建築面積129.2㎡、一階建、桟瓦葺

国指定重要文化財  昭和36年(1961年)、指定。
世界文化遺産 (「明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の一つとして) 平成27年(2015年)登録。


「1859年(安政6年)、長い鎖国が終わりを告げ、長崎・横浜・箱館(函館)の3港は世界に門を開きました。同時に諸外国の商人たちは大浦居留地の周辺に住居を構え、貿易を営み始めます。
これら貿易商人の一人、英国スコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバー(T.B.Glover 1838〜1911)の住居は、数多い洋風建築の中でも独特のバンガロー風様式を持つ、現存する日本最古の木造洋風建築です。
安政の開国直後の1859年、グラバーは弱冠21歳で上海を経由して来日、ベテランの外国人商人たちの中にあって茶やその他の産物、武器、船舶等を取り扱う商人として仲間入りをしました。やがて彼は、日本の再建に外国人商人としての立場を超越した活躍を見せ始めました。
それには日本の若い志士たちに国際的な目を開かせることが先決だとして、伊藤博文をはじめ数多くの若者の海外勉学の旅を斡旋しています。こうして維新動乱前後に多くの新時代の日本の指導者が続出したのは彼の努力に追う所が少なくありません。
次にグラバーは、産業立国の大方針を経て当局に協力し、造船、炭鉱、水産、鉄鋼、造幣、ビール産業の分野を開拓しました。1865年(元治2年)、我が国の鉄道開通の7年も前に、大浦海岸に蒸気機関車を試走させ、1868年(明治元年)、高島炭鉱を開発、また同年には小菅に近代式修船場を設けたりと日本の新世紀にエネルギーあふれる協力をしました。その後、トーマス・グラバーの息子、倉場富三郎とその妻ワカは、1939年(昭和14年)に三菱重工業株式会社長崎造船所(当時)に売却するまでこの家を自宅として利用していました。1957年(昭和32年)、三菱造船株式会社(三菱重工業株式会社から改称)長崎造船所開設100周年記念として長崎市に寄贈され、翌年から一般公開されました。」*2
設計はグラバー自身、施工は、大浦天主堂等を請け負った天草の棟梁、小山秀(こやまひで)であったと思われる。正面玄関を設けないクローバー型の建築(建物を上から見たときの形)が特徴。*3*4


南西面1
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南西面2
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中央部
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南屋
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温室
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ベランダ
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ベランダ逆光
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ベランダ
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桟瓦葺の屋根。洋風建築だが、鬼瓦風の瓦も見える。
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応接室
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居室1
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客用寝室
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食堂 テーブル
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廊下


模型
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附属屋
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敷地内から長崎湾。
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現地案内看板。内容は記事冒頭に。







見学メモ

アクセス
旧グラバー住宅は、江戸時代末期から明治時代にかけての洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園の中にある。以下は、グラバー園へのアクセス情報。

<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)、「大浦天主堂下」電停(長崎電鉄では、駅のことをこう呼ぶ*5)から、グラバー園第1ゲートまで、徒歩約7分(約450m)。第1ゲート入口は下地図の緑アイコン。
または、「石橋」電停からグラバー園第2ゲートまで、徒歩約6分(約350m)。こちらは電停から徒歩約2分の「グラバースカイロード(無料)」経由。2基のエレベーターと平坦な道からなるのでバリアフリー。しかも丘陵地にあるグラバー園の最上部に到着するので、見学が楽。第2ゲート経由のアクセスについての詳細は、グラバー園公式サイトアクセスページを参照。グラバースカイロード入口は、下地図緑アイコン。
長崎電鉄の乗り方。路面電車となっている区間が多く、基本的には路線バスと同じ。後ろのドアから乗って、前のドアから降りる。降りるときに運転席横の料金箱に料金を入れる。運賃は全線均一料金で、大人120円。築町電停では乗り継ぎができる。詳細は長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設付属の駐車場はない。旧グラバー住宅から直線距離で半径300m以内に、いくつか有料駐車場がある。NAVITIMEの駐車場検索で、「グラバー園」で検索。
下地図の黒アイコンは、このうちのいくつかの駐車場。営業時刻、料金、収容台数については、以下のリンク参照。
長崎市営駐車場、グラバー園・大浦天主堂下駐車場
30分間50円の格安駐車場、松が枝国際ターミナル付属駐車場。ただし客船が入港するときは駐車場は閉鎖される。入港スケジュールはこちら

旧グラバー住宅の位置は、下地図の赤アイコン。「+」印は無関係。

google map


普段の見学

古い洋風建築物を集めた長崎市内屈指の観光施設、グラバー園の中にある。グラバー園入園に関しては以下の通り。
営業時刻 季節によって変わる。概ね8:00〜18:00(入場は17:40まで)。ハイシーズンは21:30まで延長。
休園日 年中無休
入園料 大人600円。学生、小児、団体割引あり。
グラバー園はバリアフリー対応。オストメイト対応のトイレ、授乳室もあり。詳細は、グラバー園公式サイトアクセス&入園案内ページ参照。

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グラバー園は丘の斜面に広がるが、このようにエスカレーターが整備されている。

グラバー園案内マップ。クリックで拡大。
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特別公開
特に情報なし。

問い合わせ
グラバー園へ。公式サイト参照。


*1 用語解説参照。
*2 現地案内看板より
*3 長崎市公式サイトより
*4 グラバー園公式サイトより
*5 長崎電気軌道公式サイトより
by h9w457y8i | 2013-02-19 09:12 | 長崎 | Comments(0)

きゅうりんがーじゅうたく

明治元年(1868年)頃*1、竣工。
木および石造、建築面積350.8㎡、一階建、桟瓦葺(さんかわらぶき)*2
国指定重要文化財  昭和41年(1966年)、指定。





長崎の観光施設、「グラバー園」の中にある。
この建物は、旧グラバー住宅、旧オルト住宅とともに、元々この場所に建っていた。
この3つ以外にも多くの古い洋風建築物が園内には建っているが、いずれも移築されたものであり、国指定の重要文化財に指定されているのは前出の3つのみ。

「三方をベランダで囲まれたバンガローのような旧リンガー住宅は、明治の初めに建てられたもので、重要文化財に指定 されています。ベランダの床石には、ウラジオストックから運んだ御影石、ベランダの屋根を支える角柱には天草の石が使われています。重厚さと華麗さを感じさせる建物で、木と石が調和した木骨石造の建築構造はとても珍しいものです。」
グラバー園公式サイトより。


北西角
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北面
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桟瓦(さんかわら*2)の屋根

左 軒下角  中 釣り灯  右 煙突
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左 ベランダ縦  右 ベランダ扉右 煙突
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ベランダ横
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南面
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西面。玄関。
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左 玄関内側  右 下駄箱?
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弓形窓横
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左 マントルピース1  右 オルガン?
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マントルピース2
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資料室
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建物側面古い門の外
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庭から長崎港を望む。
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現地案内看板。建物そのものの説明というより、リンガーの人物紹介。
画像をクリックして拡大。





見学メモ

旧リンガー住宅は、古い洋風建築物を集めた観光施設、グラバー園内にある。見学メモは旧グラバー住宅の記事を参照。



*1 文化庁文化財等データベースより。
*2 用語解説参照。
by h9w457y8i | 2013-02-16 10:09 | 長崎 | Comments(0)

【国宝】 大浦天主堂

おおうらてんしゅどう

1864年、竣工。
明治8年(1875年)、改修。

五廊式教会堂、煉瓦造、桟瓦葺(さんかわらぶき)*1、北端八角尖塔付

国宝 昭和8年(1933年)、指定。昭和28年(1953年)、再指定。




「大浦天主堂」は通称。日本では教会に地名を付けて呼ぶ習慣があるため。正式名称は、「日本二十六聖殉教者天主堂」。日本二十六聖人とは、豊臣秀吉のキリシタン禁教令によって捕縛され、1597年2月5日、長崎、西坂の丘で処刑された13歳の子供を含む26人が、1862年、ピオ9世教皇により聖人の尊称を受け、全世界でカトリック信者の尊崇を受けることになった殉教者のこと。教会の正面は、処刑地西坂の丘方向に向いている。
江戸末期に来日したフランス人のプチジャン司教、およびボアリエ神父の指導により、長崎地方在住の日本人大工棟梁が施工を担当した。
我が国に現存する最古の教会建築物であり、ヴォールト天井*1や尖塔式アーチ型の窓を持つ本格的な洋風建築で、我が国の工匠が洋風建築を手がけた最初期の例として貴重である。*2*3*4

大浦天主堂公式サイト、および長崎県庁公式サイトに、天主堂の歴史、建築様式などについての詳細な解説が書かれている。

我が国の国宝洋風建築物は、この教会と、東京赤坂の旧東宮御所の二つのみ。



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参道。
すぐそばまで土産物屋が並ぶ。


左 階段下 右 参拝券売り場
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正面遠景
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左 正面1 右 正面2
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左 参道階段 右 階段上から下へ
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左 正面上を見上げる 右 正面斜め
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左 西側面 右 西側面裏
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左 西側面窓1 右 西側面窓2
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左 西側面窓 中 西側面窓1 右 西側面窓2
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左 東側面 右 東側面
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裏勝手口?
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左 尖塔 右 尖塔上
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左 マリア像 正面 右 マリア像後ろ
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マリア像
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左 入り口 中 入り口横 右 入口扉
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左 入り口上部 右 入り口天井
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内部
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見学メモ

アクセス
<鉄道>
長崎電気軌道(通称「長崎電鉄」)「大浦天主堂下」電停(駅のことをこう呼ぶ。*4)から徒歩約5分(300m)。
長崎電鉄の乗り方。路面電車となっている区間が多く、基本的には路線バスと同じ。後ろのドアから乗って、前のドアから降りる。降りるときに運転席横の料金箱に料金を入れる。運賃は全線均一料金で、大人120円。築町電停では乗り継ぎができる。詳細は長崎電気軌道公式サイト参照。

<クルマ>
施設付属の駐車場はない。大浦天主堂から徒歩6分、長崎電鉄大浦天主堂下電停から徒歩1分のところに、2つの長崎市営駐車場がある。収容台数は、それぞれ90台と40台。場所は下の地図の黒アイコン。営業時刻、料金等詳細は、長崎市営駐車場公式サイト参照。


google map

普段の見学
拝観時間 8:00〜18:00
休館日 公式サイトに記載なし。
拝観料 大人300円。この他、学生・小児・障害者・団体の各割引がある。
b0212342_8483823.jpg入口の拝観者用注意書き。なお、記事の中に入口から内部の一部を撮影した画像があるが、外から望遠で入口越しに撮影。「堂内での撮影はダメですが、外から中を撮るくらいなら」ということで許可をいただいた。
見学所要時間 30分

特別公開
情報は特になし。

問い合わせ
大浦天主堂へ。


*1 用語解説参照。
*2 大浦天主堂公式サイトより。
*3 文化庁文化遺産データベースより 
*4 長崎県庁公式サイトより
by h9w457y8i | 2013-02-10 09:46 | 長崎 | Comments(0)

サイトマップ長崎県 近代文化遺産リスト > 頭ヶ島天主堂

かしらがじまてんしゅどう

附(つけたり)*1 司祭館
大正8年(1919年)竣工
単廊式教会堂、石造、建築面積131.6㎡、正面塔屋付、桟瓦葺(さんかわらぶき)*1
国指定重要文化財  平成13年(2001年)指定



頭ヶ島天主堂は,五島列島中通島の東方にある長径2km余の小島(頭ヶ島)にある。

鉄川与助の設計,施工により,明治43年に着工,大正8年に竣工した。

小規模ながら類例の少ない石造で,内外とも斬新な意匠をもち,長崎を中心に数多く残る離島,辺地の教会堂のなかでも傑出した遺構として,重要文化財に指定されている。

境内地は,島北の入り江に面した小集落の奥,緩やかに傾斜する山裾の一段高い位置にひらかれている。天主堂の周辺には,石造の門柱一対をはじめとして,同時期の石垣,石段などもよく残り,いずれも丁寧な仕事になる。

これらの工作物及び地勢を巧みに活かして造成された境内地は,周辺環境と一体となって良好な風致を形成しており,天主堂とともに保存を図る。*2

このほか、長崎県庁公式サイト内、頭ヶ島天主堂案内ページにて、詳細な解説あり。

天主堂外観、内部の写真が「写真紀行~風に吹かれて」というサイトにアップされていた。とても美しく撮影されている。(リンク禁止の記述が見当たらなかったので、貼らせていただきました。不都合がありましたらご連絡いただければ削除いたします)







見学準備メモ

アクセス
この教会が建っている「頭ヶ島(かしらがじま)」は、長崎県五島列島の最も東に位置している。この島には上五島空港があり、以前は定期便が就航していたが、2006年以降廃止となり、事実上旅客空港としては機能していない。(「上五島空港」で検索しても、ターミナルの公式サイトは見つけられなかった)
この島に行くには、橋で繋がっている中通島(なかどおりじま)から、ということになる。中通島は、定期航空便が就航する福江島とは橋ではつながっていないので、中通島へのフェリー、あるいは高速船のみとなる。
中通島へは、佐世保、長崎、福岡、福江のそれぞれの港からフェリー、あるいは高速船が出ている。

福岡空港/長崎空港→福江空港→福江港→中通島
福岡空港→福江空港はエアーニッポンが、長崎空港→福江空港はオリエンタル・エア・ブリッジ(旧長崎航空)が運航している。九州本島からの日帰りが可能かどうか。朝一番に福江空港に着くのはエアーニッポンの福岡発の便であり、午前9時30分着だが、中通島行きフェリー(九州商船野母商船、五島旅客船)の福江港出発時刻は、最も遅いものでも午前9時20分であり、それ以降は午後も含め、ない。よってこのルートでは不可能。

佐世保、長崎、福岡からのフェリー
いくつもの会社によって運行されている。長崎県庁公式サイト内、「ながさきのしま」アクセス案内ページで分かりやすくまとめられている。
九州本島からの日帰りが可能か。結論から言うと、不可能。ただし、福岡港を深夜11時30分に出て、船上で夜を明かし、翌日中に九州本島内に戻ることは可能。

中通島の各港から天主堂まで。
バス。西肥(さいひ)バスが運行している。「頭ヶ島教会」停留所から徒歩5分。ただし、青方港から1日1本、有川港から1日2本のみ。
レンタカー。佐世保、長崎からの船が着く有川、奈良尾の各港に、メジャーなところではトヨタレンタリースの営業所がある。


google map

普段の見学
天主堂、あるいは天主堂を管理する団体の公式サイトは見つけられなかった。
長崎観光連盟および長崎県庁が運営する「ながさき旅ネット」というポータルサイト内に、この天主堂の案内ページあり。それによると、教会が開いている9:00~17:00であれば内部の見学は基本的に可能。ただし、ミサ(第2,4日曜日の16:00~)や冠婚葬祭が行われているときは不可の場合もある。拝観無料。
堂内の写真撮影の可否について。このポータルサイトの「見学時マナー」ページによると、現役の宗教施設なので一般論として不可。

問い合わせ
長崎県庁公式サイト内、頭ヶ島天主堂案内ページに、「主任教会は鯛ノ浦教会 TEL 0959-42-0221」とある。
まっぷる観光ガイドによると、「問い合わせ先 TEL 0959-42-0964」となっているが、どこの番号なのかは明らかでない。
文化財保存の主管はたいてい地方自治体の教育委員会なので、新上五島町教育委員会 TEL 0959-54-1984 


*1 用語解説
*2 文化庁文化財等データベースより

by h9w457y8i | 2011-11-24 09:29 | 長崎 | Comments(0)

文化財分布マップ


   国宝

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大浦天主堂
おおうら てんしゅどう
一般公開。内部の写真撮影は禁止。





   国指定重要文化財

青砂ヶ浦天主堂
あおさがうら てんしゅどう

江上天主堂
えがみ てんしゅどう

大野教会堂
おおの きょうかいどう

頭ヶ島天主堂
かしらがしま てんしゅどう

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旧オルト住宅
きゅう おるとじゅうたく
一般公開。グラバー園内。

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旧グラバー住宅
きゅう ぐらばーてい
一般公開。グラバー園内。

旧五輪教会堂
きゅう ごりん きょうかいどう

旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設
きゅう させぼ むせんでんしんじょ(はりおそうしんじょ)しせつ
無線塔3基、電信室、油庫

旧出津救助院
きゅう しつ きゅうじょいん

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旧長崎英国領事館
きゅう ながさき えいこくりょうじかん
2013.12現在、老朽化のため非公開。長崎市が一般公開に向けて準備中。

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旧長崎税関下り松派出所
きゅう ながさきぜいかん くだりまつはしゅつしょ
長崎市べっ甲工芸館として一般公開。

旧鍋島家住宅
きゅう なべしまけ じゅうたく
主屋、御座敷、隠居棟、土蔵、長屋門

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旧香港上海銀行長崎支店
きゅう ほんこんしゃんはいぎんこう ながさきしてん
一般公開。

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旧羅典神学校
きゅう らてんしんがっこう
キリシタン資料室として一般公開。

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旧リンガー住宅
きゅう りんがーじゅうたく
一般公開。グラバー園内。

黒島天主堂
くろしま てんしゅどう

興福寺本堂(大雄宝殿)
こうふくじ ほんどう(だいゆうほうでん)

出津教会堂
しつ きょうかいどう

田平天主堂
たびら てんしゅどう

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東山手十二番館
ひがしやまて じゅうにばんかん
旧居留地私学歴史資料館として一般公開。





   国登録有形文化財


編集中

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by h9w457y8i | 2011-06-01 13:52 | 長崎 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。
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