site map埼玉県 近代文化遺産 > 誠之堂

アクセス(行き方)

見学のしかた

誠之堂ってなに?

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


b0212342_06450791.jpg



アクセス

見学用マーカー付き Google Map

誠之堂は、深谷市大寄公民館の敷地内にある。


徒歩の距離が最も短い行き方 = バス利用
b0212342_07003851.jpg
JR深谷駅 北口から、深谷市が運行するコミュニティーバス「くるリン」の北部定期便に乗車。バスというか、バン。
JR深谷駅北口のバス乗り場は、こちらのGoogle Map参照。

運行頻度は1時間に1本程度。
乗車時間 40分。
料金 200円。
「大寄(おおより)公民館」停留所下車、現地まで徒歩1分。

←大寄公民館停留所。

くるリンの時刻表など詳細は、深谷市公式サイトを参照。


駅から徒歩
JR深谷駅から徒歩約50分(3.7km)。遠い...。


駐車場
b0212342_07363235.jpg
誠之堂は、深谷市大寄公民館の敷地内にある。
公民館の無料駐車場を利用できる。
収容台数 37台。

←駐車場入口。「誠之堂」の看板が道路から見える。





見学のしかた

b0212342_07444096.jpg
開館時間、休館日などの情報は、深谷市公式サイト内、誠之堂案内ページを参照。
2017.3では、9:00〜16:30開館、休館日は12/29〜1/3。

見学無料。
誠之堂のすぐ隣にある大寄公民館で受付を済ませてから見学する。
ガイドの方の解説もあり。時間は決まっておらず、受付でガイドをお願いすると、すぐにボランティアの方?がガイドを始めてくれる。

←大寄公民館入口。






建物の説明

誠之堂(せいしどう)は、大正5年(1916年)、渋沢栄一の喜寿(77歳)を記念して第一銀行行員たちの出資により建設された。
渋沢栄一は現在の深谷市に生まれ、株式会社組織による企業の創設、育成に力を入れ日本の近代経済社会の基礎を築いたが、その拠点となったのが第一国立銀行であり、明治29年(1896年)に同行が第一銀行となってからはその初代頭取を務めた。
栄一は、喜寿を迎えるのを機に第一銀行頭取を辞任したが、誠之堂の建築には栄一が同行の行員たちから深く敬愛されていたことが伺われる。
「誠之堂」の命名は、栄一自身によるもので、儒教の代表的な経典の一つ「中庸」の一節「誠者天之道也、誠之者人之道也(誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり)」にちなんだものである。
設計者は、当時の建築界の第一人者であった田辺淳吉。誠之堂の設計にあたっては、条件とされた「西洋風の田舎屋」で「建坪は30坪前後」を守りつつ、独自の発想を凝縮してこの建物を造り上げた。
建築面積(1階の床の面積)112㎡、煉瓦造平屋建て、天然スレート(石の一種)葺き。外観はイギリス農家を模しながらも、室内外の装飾に、中国、朝鮮、日本などの東洋的なデザインを取り入れるなど、様々な要素が盛り込まれ、それらがバランスよくまとめられている。
平成15年(2003年)、国の重要文化財に指定された。

b0212342_08370024.jpg
暖炉の後ろ側にあたる北側の壁面には、レンガによる朝鮮風の装飾積みで「喜寿」を文字を表している。また、外壁にはあえて色むらのあるレンガを使用し、リズミカルに配置することで、装飾性と変化を与えている。

なお解体の際に、外壁、基礎の各所から「上敷免製」の刻印のあるレンガが発見され、これらのレンガは深谷市上敷免にある日本煉瓦製造株式会社で焼かれたものであることが確認された。

b0212342_08415998.jpg
化粧の間や大広間の窓のステンドグラスは目を引く。大広間のものの図案は森谷延雄(もりやのぶお)による。
中国風の珍しい題材で、漢時代の貴人と侍者、それをもてなす歌舞奏者と厨房の人物たちの像は、栄一を貴人にみたてて喜寿を祝う情景と考えられてる。

b0212342_08452623.jpg
大広間の円筒形の漆喰天井(ヴォールト天井)は、石膏レリーフにより、雲、鶴、松葉の縁、寿の文字が配されて朝鮮風、一方、次之間の天井は日本的な網代天井で、数寄屋造りの様式を取り入れている。

誠之堂は、東京都世田谷区瀬田にあった第一銀行の保養・スポーツ施設「清和園」の敷地内に建てられていたものを現在地に移築・復元したものである。
清和園は当時あまり公開されることのなかった建築物であったが、建築研究者や建築関係者の間では、いずれも日本近代建築史上、対象時代を代表する建築物として高い評価を受けていた。
建築後は、銀行関係者のための集会施設として長い期間利用されていた。昭和46年(1971年)、清和園の敷地の半分以上が聖マリア学園に売却され、昭和50年代には、誠之堂は外国人教師の住まいとして貸し出された。建物や敷地は銀行(当時の第一勧業銀行)の所有であったが、平成9年(1997年)、学園の施設を広げる計画に伴い、誠之堂を取り壊す検討がなされた。渋沢栄一生誕の地である深谷市は、数少ない栄一にゆかりの貴重な建造物が取り壊されるのを見過ごすことはできず、譲り受けに名乗りを上げ、深谷市に移転することができた。
しかし、このような文化財的価値の高い建築物、特にレンガ構造物の移築は、日本でも初めての試みだったため、深谷市では移築保存検討委員会を設置し、移築方法などの検討を重ねた。その結果、「大ばらし」を応用した日本初の工法により実施することを決定した。これは、レンガ壁をなるべく大きく切断して搬送し、移築先で組み直す工法である。平成10年(1998年)2月から2年間の解体・復元工事を経て、平成11年(1999年)8月に復元が完成した。

以上、現地配布パンフレット、現地案内看板、深谷市公式サイトより。





管理人のおすすめポイント

正直に言います、この文化遺産に関してはこれといってオススメなところは...。
深谷市の渋沢栄一に対する並並ならぬ思い入れ、誇りはわかります。日本初の工法を使って東京からこの建物を移築したのも、さぞかし大変だったことでしょう。ですが、大正時代の建築に見られるような、良い意味での枯れた感じ、長い年月・風雪に耐えた感じ、文化遺産の趣きがほとんど感じられません。パッと見、おしゃれだけど一般の住宅、と言われても違和感がありません。すぐ隣にあるピカピカな鉄筋コンクリートの公民館や立派な運動場と、この建物の間に、ちょっとボリュームのある生垣とか植生を作るなどして、風情を出す工夫ができたのではないか、と残念に感じてしまいました。
深谷市にゆかりのある方には、渋沢栄一の偉業に想いを馳せる静かな場所として、いいかもしれません。


文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-06-08 07:28 | 埼玉 | Comments(0)

サイトマップ埼玉県 近代文化遺産日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設


アクセス(行き方)

見学のしかた

遺産の説明

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


b0212342_20541285.jpg
ホフマン輪窯六号窯



アクセス




スマートフォンの方はこちらのマップ


歩く距離がもっとも短くなる行き方 =バス利用
JR深谷駅 北口から、深谷市が運行するコミュニティーバス「くるリン」の北部定期便に乗車。バスというか、バン。
運行頻度は1時間に1本程度。
乗車時間 20分。
料金 200円。
「せきね商店前」下車、現地まで徒歩1分。
くるリンについての詳細は、深谷市公式サイトを参照。


駅から徒歩
JR深谷駅 北口から、徒歩約50分(4.1km)。
徒歩ルートは上の地図の紫の線。


駐車場
施設付属駐車場あり。無料。収容台数 約10台。
駐車場の入口は、上の地図の青色アイコン。

↓ 駐車場入口。
b0212342_21202233.jpg







見学のしかた



開館日、開館時間は深谷市公式サイトを参照。
2017.3 見学可能日は土・日のみ。時間は09:00〜16:00。見学は無料。

↓ 旧事務所は煉瓦資料館となっていて、日本煉瓦製造株式会社の歴史や煉瓦が作られる工程などが解説されている。
b0212342_21264931.jpg


↓ 見学の目玉、「ホフマン輪窯(わがま)六号窯」は、こんなふうにトタン張りの建屋で覆われており、外観は全く風情がない。
煙突はかつては煉瓦造りだったが、大正12年(1923年)の関東大震災で崩れ、その後コンクリート造りになっている。
建屋の中に入るには、煉瓦資料館(旧事務所。重要文化財)の中に詰めているボランティアガイドの方の案内が必要。
b0212342_21291917.jpg


↓ 建屋の中はこんな感じ。ヘルメットをかぶり、ガイドの方の説明を聞きながら見学する。写真撮影は自由。
b0212342_21332108.jpg


↓ 旧変電所(重要文化財)は駐車場から歩いて接近可能。内部は非公開。
b0212342_21371666.jpg


↓ 備前渠鉄橋(びぜんきょ てっきょう。重要文化財)は、煉瓦資料館入口のすぐそばの道から接近する。橋は通行可能。橋の詳細位置、橋へのアクセスは上の地図を参照。
b0212342_21423319.jpg







文化財の説明


国指定重要文化財「日本煉瓦(れんが)製造株式会社旧煉瓦製造施設」は、「ホフマン輪窯(わがま)6号窯」、「旧事務所」、「旧変電室」、「備前渠鉄橋(びぜんきょてっきょう)」の、4つの建造物で構成されています。平成9年(1997年)に重要文化財の指定を受けました。

日本煉瓦製造株式会社は、近代的な官庁街や鉄道等の整備を強く推進していた明治政府の意向を受け、明治21年(1888年)に操業を開始しました。当地で製造された煉瓦は、東京駅丸ノ内本屋や旧東宮御所(現迎賓館赤坂離宮)旧醸造試験所第一工場などに使用されており、日本の近代化に大きく寄与しました。しかし、時代とともに煉瓦需要が減少したこと、安価な外国産煉瓦の市場拡大を原因として、平成18年(2006年)、約120年の歴史に幕を下ろしました。
残された4つの建造物は日本煉瓦製造株式会社の事業清算の際に埼玉県深谷市に寄贈され、現在、市が所有、管理を行っています。また、市ではこれらの施設の保存・活用のための作業を進めています。

現存するホフマン輪窯は、明治40年(1907年)に竣工し、運転を始めた窯です。ドイツ人フリードリヒ・ホフマンが1858年に特許を得たと言われている窯で、昭和26年(1951年)には日本全国で50基がありましたが、現在では栃木県下都賀郡野木町、京都府舞鶴市、滋賀県近江八幡市にそれぞれ1基が現存するのみで、全国では4基しか残されていない貴重なものです。
そのうち、栃木県に残っている旧下野煉瓦製造会社ホフマン輪窯は国の重要文化財に指定され、一般公開されています。
ホフマン輪窯は、一度火をつけたら夜間でも炭を入れ続けなければなりません。このため職員は3交代制で就業し、昭和43年(1968年)まで稼働していました。操業中は窯の中の温度は1,000度を超えていました。
現在残っている6号窯は、関東大震災で崩れた煙突を鉄筋コンクリート造りに改め、3階部分の乾燥室が撤去されています。窯の周囲はトタン板で覆っていますが、現在も当時の覆屋の部材(木材)が残されています。

以上、深谷市公式サイト、現地案内看板、現地配布パンフレットより。
公式サイト掲載のパンフレットには、日本煉瓦製造株式会社の歴史や煉瓦窯のはたらきなどについて、かなり詳細に解説されている。


↓ 旧事務所
工場内で「異人館」「教師館」と呼ばれていたように、ドイツ人煉瓦製造技師ナスチェンテス・チーゼが、令嬢クララと暮らしていた事務所兼住宅。工場創始以来の建物として重要な建造物といえる。チーゼ自らが設計したとされ、明治21年(1888年)に竣工。当初は別の場所にあり、それ以来3回の曳家移転がなされ、現在の位置となった。チーゼが明治22年(1889年)に帰国した後は、工場の事務所として使用された。昭和53年(1978年)から会社が閉業する平成18年(2006年)までは、会社の沿革を示す資料を展示する資料館となっていた。
b0212342_06135132.jpg


↓ 旧変電室
明治39年(1906年)に高崎水力電気株式会社と契約を結び、電燈線を引いた時に建設された。この時期は、多くの産業で電灯・電動機の使用が広がりつつあったが、一般家庭にはまだ電灯はなく、現在の深谷市で最初に電灯線が引かれたのはこの煉瓦工場であったとされる。
b0212342_06180065.jpg


↓ 備前渠鉄橋
明治28年(1895年)、小山川・利根川水運に変わる煉瓦輸送手段として、煉瓦工場と深谷駅の間を結ぶ専用鉄道線が開通した。「備前渠」は埼玉県北部を流れる県内最古の農業用水路で、この鉄橋はその上にかけられ、プレート・ガーター橋と呼ばれるタイプ。線路があった場所は現在遊歩道となっている。
b0212342_06194531.jpg







管理人のおすすめポイント


2017.3の時点では、正直、外観はイマイチ。トタン板で覆われた工場はもちろん、旧事務所も塗装が剥げていたりして、「瀟洒な洋風建築」、といった趣きはあんまりありません。
ですが、旧事務所の内部は手入れが行き届いていて、明治時代の建物の雰囲気を味わえます。展示されている資料も充実。
そして、何と言ってもホフマン輪窯の内部がこの見学の見どころ。大人一人がかがんでやっと通れる窯の入口から中に入ると、巨大な煉瓦造りの空間がずっと奥の方まで続いていて、なんか洞窟を探検するようなワクワク感を味わえました。窯内部の様子はフォトギャラリーをご覧ください。

さらに健脚の方は、JR深谷駅から現地まで続く、かつてのレンガ運搬用鉄道の線路跡を利用して作られた遊歩道を歩いてみてはいかがでしょう。のんびり歩いて片道1時間。ハイキングにはオススメです。
遊歩道の位置は こちらのGoogle Map 参照。紫色の線が引いてあります。


文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-06-03 06:23 | 埼玉 | Comments(0)

歓喜院(かんぎいん)は埼玉県熊谷市にあるお寺。日本三大聖天の一つとされ、「妻沼聖天山」と呼ばれる。
聖天堂(本堂)は江戸時代中期の1760年頃再建された建物で、国宝に指定されている。
歓喜院(妻沼聖天山)公式サイト


1〜13 国宝 聖天堂(しょうてんどう)
1
b0212342_13523017.jpg

2
b0212342_13533138.jpg

3
b0212342_13540260.jpg

4
b0212342_13543256.jpg

5
b0212342_13553416.jpg

6
b0212342_13560390.jpg

7
b0212342_13563329.jpg

8
b0212342_13570107.jpg

9
b0212342_13573169.jpg

10
b0212342_13580184.jpg

11
b0212342_14004182.jpg

12
b0212342_14010065.jpg

13
b0212342_14012728.jpg


14〜26 国指定重要文化財 貴惣門(きそうもん)
14
b0212342_14042991.jpg

15
b0212342_14080453.jpg

16
b0212342_14115746.jpg

17
b0212342_14144749.jpg

18
b0212342_14151447.jpg

19
b0212342_14154867.jpg

20
b0212342_18332977.jpg

21
b0212342_18333735.jpg

22
b0212342_18334852.jpg

23
b0212342_18343622.jpg

24
b0212342_18344877.jpg

25
b0212342_18345915.jpg

26
b0212342_18353306.jpg

27
b0212342_18372030.jpg

28
b0212342_18372917.jpg

29
b0212342_18374002.jpg

30
b0212342_18374530.jpg

31
b0212342_18382170.jpg

32
b0212342_18382960.jpg

33
b0212342_18384081.jpg

34
b0212342_18384866.jpg

35
b0212342_18392017.jpg

36 ↓駐車場入口
b0212342_18395169.jpg

37 ↓駐車場
b0212342_18403528.jpg

38
b0212342_18405557.jpg

39
b0212342_18410995.jpg

40
b0212342_18413034.jpg


埼玉県 江戸時代以前の文化財リスト

埼玉県 近代文化財リスト

文化財分布マップ

site map


by h9w457y8i | 2017-04-10 07:09 | 埼玉 | Comments(0)

国宝

国指定重要文化財

文化財分布マップ


b0212342_12070073.jpg
国宝 歓喜院聖天堂


国宝


b0212342_11364993.jpg
歓喜院聖天堂
かんぎいん しょうてんどう
聖天堂は、拝殿、中殿、奥殿の三つに分かれており、このうち奥殿の拝観は時間が指定され、有料となっている。妻沼聖天山公式サイトを参照。







国指定重要文化財


出雲伊波比神社本殿
いずもいわいじんじゃ ほんでん

内田家住宅
うちだけじゅうたく
茅葺き、幅25mの大型養蚕農家。江戸時代後期竣工。一般公開に関する情報は見つけられなかった。問い合わせは秩父市教育委員会へ。

黄林閣
おうりんかく
茅葺き、幅25mの大型古民家。東京国立博物館が所有。毎週木曜日のみ公開。見学についての詳細は東京国立博物館公式サイトを参照。

大沢家住宅
おおさわけじゅうたく
江戸中期、1792年竣工。桟瓦葺き、二階建ての蔵造り商家。一般公開。見学に関する情報は川越の観光サイトへ。

小野家住宅
おのけじゅうたく
江戸中期の竣工。茅葺き、幅14mの農家。日曜日のみ一般公開。見学に関する情報は所沢市公式サイトへ。

金鑽神社多宝塔
かなさなじんじゃ たほうとう

b0212342_11373613.jpg
歓喜院貴惣門
かんぎいん きそうもん

喜多院
きたいん
客殿、庫裏、山門、慈眼堂、書院、鐘楼門

旧新井家住宅
きゅうあらいけじゅうたく

旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門
きゅうだいとくいんれいびょう ちょくがくもん、ちょうしもん および おなりもん

旧高橋家住宅
きゅうたかはしけじゅうたく

高倉寺観音堂
こうそうじ かんのんどう

広徳寺大御堂
こうとくじ おおみどう

光福寺宝篋印塔
こうふくじ ほうきょういんとう

高麗家住宅
こうらいけじゅうたく

慈光寺開山塔
じこうじ かいざんとう

東照宮(川越市)
とうしょうぐう
唐門、随身門、鳥居、拝殿及び幣殿、本殿、瑞垣

日枝神社本殿
ひえじんじゃ ほんでん

平山家住宅
ひらやまけ じゅうたく

福徳寺阿弥陀堂
ふくとくじ あみだどう

吉田家住宅
よしだけじゅうたく

和井田家住宅
わいだけじゅうたく
主屋、長屋門


埼玉県 近代文化遺産リスト

site map


by h9w457y8i | 2017-04-04 09:05 | 埼玉 | Comments(0)

サイトマップ埼玉県 近代文化遺産

文化財分布マップ



国指定重要文化財



b0212342_11403888.jpg誠之堂
せいしどう
一般公開。見学についての詳細は深谷市公式サイト参照。

b0212342_11412641.jpg日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設
にほんれんがせいぞう かぶしきがいしゃ きゅう れんがせいぞうしせつ
ホフマン輪窯六号窯、旧事務所(日本煉瓦史料館)、旧変電所、備前渠鉄橋
週末に限り一般公開。



by h9w457y8i | 2011-05-31 00:25 | 埼玉 | Comments(0)

にほんれんがせいぞうかぶしきがいしゃ きゅうれんがせいぞうしせつ

国指定重要文化財
ホフマン輪窯六号窯 明治22年(1889年)、竣工。煉瓦造、建築面積1,044.2㎡、煙突付、木造覆屋附属 
旧事務所(現 煉瓦史料館)、明治21年(1888年)頃、竣工。木造平屋建、建築面積433.6㎡
旧変電所 明治期(1868-1911年)、竣工。煉瓦造平屋建、建築面積22.3㎡
備前渠鉄橋 明治28年(1895年)、竣工。鉄製単桁橋、煉瓦造単アーチ橋附属



旧事務所、旧変電所は洋風建築。装飾はほとんどない。平成19年以降、深谷市が所有し、管理している。なので、いずれは文化財名が「旧日本煉瓦製造~」となると思われる。
文化財に付いての解説は、深谷市公式サイト内案内ページ参照。



見学メモ

アクセス
JR高崎線「深谷」駅から、徒歩50分(4.1km)。施設から300m以内に、深谷市が運行するコミュニティーバス「くるリン」の停留所あり。JR深谷駅北口から、北部定期便に乗車、「せきね商店前」下車、現地まで徒歩1分。200円、1時間に1本。くるリンについての詳細は深谷市公式サイトを参照。
駐車場あり。20台。


google map

普段の見学
地図を見れば分かるが、いずれも一般者が通行可能な道路から20m以内にあり、外観の見学は、限られた角度からのみとなるものの、常時可能と思われる。
毎週土・日曜日の9~16時、旧事務所が一般公開。入館無料。このときに敷地内から旧変電室、旧事務所、備前渠鉄橋を見学できるのかどうかは不明。見学に先立ち、下記問い合わせ先に問い合わせること。
ホフマン輪窯六号窯が団体予約見学に限り見学可。毎週土・日曜日の9~16時。10名以上の団体対象。要予約。
特別公開
不定期でホフマン輪窯六号窯の特別公開あり。2015年3月10日現在、それ以降の日にちにおける公開情報なし。2014年12月14日に特別公開された。

問い合わせ
深谷市文化振興課へ。



by h9w457y8i | 2011-04-26 00:41 | 埼玉 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。