サイトマップ栃木県 近代文化遺産リスト > 旧下野煉化製造会社煉瓦窯

アクセス(行き方)

見学のしかた

煉瓦窯(れんががま)ってなに? どんなしくみなの?

管理人のおすすめポイント

フォトギャラリー


b0212342_21404422.jpg



アクセス 

見学用マーカー付き Google Map


徒歩の距離が最も短い行き方 =駅から徒歩
JR古河(こが)駅 西口から、徒歩約35分(2.7km)。
付近には路線バスの停留所がない。残念ながら。


駐車場
b0212342_22091045.jpg
施設付属駐車場あり。
収容台数40台くらい?
無料。
駐車場の入り口はこちらの地図を参照。





見学のしかた 

煉瓦窯周辺は公園のように整備されていて、一般公開されている。
煉瓦窯の内部も見学できる。

開園時間、休園日、見学料などについては、野木町公式サイトを参照。

ボランティアの方による煉瓦窯のガイドツアーもあり。毎時0分に開催。参加自由。詳細は野木町公式サイト内、煉瓦窯パンフレット参照。

b0212342_06104169.jpg
煉瓦窯に近づいたり内部を見学するには、煉瓦窯のすぐ隣にある野木ホフマン館の受付で見学料 100円 を払い、見学者用のヘルメットを借りる。

b0212342_07295170.jpg
野木ホフマン館の中にある受付。
b0212342_07305768.jpg
受付の向かいには、煉瓦窯の歴史やしくみを解説する資料室があった。

↓ 煉瓦窯の内部
b0212342_08024690.jpg
b0212342_08031732.jpg






建物の説明 

明治20年代、明治政府の殖産興業策が功を奏して、全国各地で鉄道や紡績などで企業設立が相次ぎ、機械技術を取り入れる本格的な日本の「産業革命」が始まりました。その時流に乗り、近代的な機械設備を備えた大量生産が可能な煉瓦工場が各地に登場しました。中でも、いち早く煉瓦製造の機械化を果たしたのが下野煉化(しもつけれんが)製造会社でした。下野煉化製造会社の赤煉瓦生産は、新しい技術の導入や経営者・技術者の努力により産業としての形が整えられ、建築、土木事業の社会的ニーズに応じ近代的建築物の素材を提供し、各地のインフラ整備に大きく貢献しました。立教大学池袋キャンパス本館、東京都千代田区の三菱一号館美術館などにその煉瓦が使われています。
下野煉化製造会社が設立されたのは明治21年(1888年)。敷地は渡良瀬遊水地のそばで、煉瓦製造に最適な粘土と川砂が採れ、渡良瀬川の水運も利用できる絶好の地でした。翌明治22年(1889年)にホフマン窯が2基完成。現在残っているのはこのうち「東窯」と呼ばれた窯です。下野煉化製造会社はその後社名を変え、昭和46年(1971年)には株式会社シモレンとなり煉瓦製造を休止しました。その後もセメントなどの建材の総合商社として平成13年(2001年)まで営業を続けました。
ホフマン窯と呼ばれる煉瓦を焼く窯は、ドイツ人のフリードリヒ・ホフマンが19世紀半ばに開発し特許を得た赤煉瓦焼成用の輪窯です。この煉瓦窯の場合、16区画の窯を順番に循環移動しながら、窯詰め、予熱、焼成、冷却、窯出しを繰り返し、連続的に赤煉瓦を焼くことによって大量生産に対応したのです。わが国に導入されてから各地に造られ、昭和26年(1951年)には全国で50基あったとされていますが、現在ではわずかに4基が残るのみです。埼玉県深谷市には、下野煉瓦製造会社煉瓦窯よりも更に大きいホフマン窯、日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設の6号輪窯が国の重要文化財に指定され、一般公開されています。(2017.3では週末のみ公開)
旧下野煉化製造会社煉瓦窯は、煉瓦造りの建造物として珍しく貴重であること、国や地域の発展に果たした役割、産業の近代化に関わっていた先人たちの努力を表すことなどが評価され、昭和54年(1979年)に国の重要文化財に指定されました。更に平成19年(2007年)には、近代化産業遺産群の一つに選定されています。 ←現地配布パンフレット、現地案内看板より

この窯での煉瓦生成過程の解説は、野木町公式サイト内、煉瓦窯解説パンフレットを参照。





管理人のおすすめポイント

2011から5年をかけて修復工事が行われ、昨年2016年には野木ホフマン館もリニューアル・オープンしました。全国に4基残る大規模煉瓦製造窯であるホフマン窯の中で、もっとも保存状態が良い近代化遺産として評価されています。またそれでいてところどころ壁の煉瓦が欠けていたり、窯の内部には焼け焦げた跡が残っていたりと、古い産業遺産の趣きも十分。ヘルメットをかぶって、大人一人が小さくかがんでやっとくぐり抜けられる窯の入り口を入り、薄暗い窯の内部を見るだけでも、なんだかワクワクしてきます。
更にガイドツアーに参加すれば、窯の内外を見ながら明治時代の煉瓦製造の過程を詳しく知ることができます。解説はとてもわかりやすく、オススメです。

b0212342_09113807.jpg
b0212342_09114868.jpg


b0212342_09145848.jpg
見学とは全然関係ありませんが、見学に訪れた際、野木ホフマン館の中にあるカフェ、「こびとカフェ」でランチをいただきました。

b0212342_09154143.jpg
窯焼きのマルゲリータピザにスープとサラダがついて、734円。

とても美味しくて、直径20cmくらいありましたが一人でペロリと平らげました。


文化財分布マップ


by h9w457y8i | 2017-05-13 06:18 | 栃木 | Comments(0)

栃木県/近代文化遺産リスト旧青木家那須別邸 > アクセス


google map

公共交通機関

JR東北本線 黒磯駅から
JR黒磯駅 西口バス乗り場
 ↓
 ↓  東野交通乗り合いバス(路線バス)。
 ↓  板室温泉、またはハイランドパーク行き。
 ↓  時刻検索はこちら。「乗車停留所名」に「黒磯駅」、「降車停留所名」に「青木別荘前」を入力し、
 ↓  「検索」をクリック。
 ↓  「時刻指定」を「全て」に、曜日を選択し、「検索」をクリック。
 ↓  出発予定時刻と到着予定時刻が表示される。
 ↓  「板室(いたむろ)温泉〜黒磯駅」、「ハイランドパーク〜(板室温泉)〜黒磯駅」、
 ↓  「板室温泉〜(黒磯駅)〜那須塩原駅」の3つの系統があり、全ての系統の時刻が表示される。
 ↓  系統番号はない。所要時間14分。本数は、概ね1時間に1本。料金は東野交通に問い合わせ。
 ↓
青木別荘前 バス停留所(上の地図の黒アイコン)
 ↓
 ↓  徒歩約5分(約300m)
 ↓
現地


新幹線 那須塩原駅から
那須塩原駅
 ↓
 ↓  東野交通乗り合いバス(路線バス)。「板室温泉〜(黒磯駅)〜那須塩原駅」系統のバスが、
 ↓  平日、1日1本のみ運行。2013.11現在、出発予定時刻 9:15、到着予定時刻 9:44。
 ↓  時刻確認のしかたは、上記「JR東北本線 黒磯駅から」を参照。
 ↓
青木別荘前 バス停留所

b0212342_13135339.jpgb0212342_13144709.jpg「青木別荘前」バス停留所と、その時刻表。

時刻表は、板室温泉から来て、黒磯駅・那須塩原駅に向かうバスのもの。
b0212342_13212881.jpg
バス停前の風景。
すぐ目の前に道の駅「明治の森」の入口があり、「旧青木家那須別邸」の看板も見える。




クルマ

文化財は、道の駅「明治の森・黒磯」に隣接しており、その無料駐車場を利用できる。

左 駐車場入口の標識。黒磯駅側を背に、板室温泉方面を向いている。
右 駐車場。40台分ほどのスペースがある。
b0212342_13341964.jpgb0212342_13361862.jpg

.

by h9w457y8i | 2013-12-01 14:16 | 栃木 | Comments(0)

栃木県/近代文化遺産リスト旧青木家那須別邸 > 概要


青木開墾は,明治時代の殖産興業政策に基づき,那須野ヶ原の一帯に開かれた大農場のひとつで,明治14年(1881年)の創設である。

b0212342_06490384.jpg この建物は、青木農場を開設した青木周蔵(あおきしゅうぞう。1844年〜1914年。山口県出身、明治時代のドイツ公使・外務大臣、子爵)の農場管理を兼ねた別荘で、中央棟は明治21年に竣工した。

 設計はドイツで建築学を学び、七十七銀行本店や台湾鉄道ホテル等の設計をした松ヶ崎萬長(まつがさきつむなが。1858年〜1921年。男爵)。岩倉使節団とともに留学生としてドイツに渡り、12年間滞在して建築を学んだ建築家である。

左 中央棟南側正面

 中央棟の東西に接続する附属棟(東棟及び西棟)は明治42年の増築で,中央棟屋上の物見台もこの時の設置である。

b0212342_07160095.jpgb0212342_07022733.jpg
b0212342_09064151.jpg左上 西棟
右上 東棟
左 中央棟の物見台

 軽快な外観を形成するとともに,内部も階段ホールなどの空間構成が優れており,鱗形のスレートで覆われた外壁に特色がある。構造面では,軸組や小屋裏の扱いなどにドイツ建築の影響が強く現れている。

左 階段ホール       中 外壁        右 軸組の構造を紹介する展示
b0212342_08053791.jpgb0212342_06510485.jpgb0212342_08164967.jpg

 那須野ヶ原の開拓の歴史と,開拓農場経営者であった元勲達の生活を物語る数少ない建築として重要で,松ヶ崎萬長の国内で現存唯一の作品としても貴重である。

 平成元年(1989年)、別邸は栃木県に寄贈され、県では平成8年(1996年)から解体調査を行ない、同10年3月に元の位置から南東側約50mに移転して復元・改修したものである。そして、道の駅「明治の森黒磯」の一施設「とちぎ明治の森記念館」として一般開放されるようになった。

以上の内容は、文化庁国指定文化財等データベース那須塩原市公式サイト内、当該文化財案内ページ、および現地案内看板より。

.

by h9w457y8i | 2013-11-30 09:02 | 栃木 | Comments(0)

栃木県/近代文化遺産リスト旧青木家那須別邸 > フォトギャラリー

画像は2013.5当時のもの。
全ての画像はクリックで拡大できます。

南東正面
b0212342_06442398.jpgb0212342_06464032.jpg
南東正面3       中央破風
b0212342_05193462.jpgb0212342_09081115.jpg
南東角       東面
b0212342_07013338.jpgb0212342_07022733.jpg
北東角       北面
b0212342_07064302.jpgb0212342_07093705.jpg
北面東側       北面西側
b0212342_07080752.jpgb0212342_07102542.jpg
北面 2F       西面
b0212342_07111629.jpgb0212342_07114258.jpg
西面入口       南西角
b0212342_07132471.jpgb0212342_07160095.jpg
南面西側ヴェランダ
b0212342_07244710.jpgb0212342_06594868.jpg
1Fヴェランダ窓      1F中央入口ポーチ      1F西側ヴェランダ
b0212342_09002481.jpgb0212342_09022707.jpgb0212342_07145437.jpg
ヴェランダ軒下       入口新階段および旧階段
b0212342_07272942.jpgb0212342_07283718.jpg
1Fにシヴェランダ       1F入口
b0212342_09030626.jpgb0212342_07003230.jpg
南面2F       2F鱗壁および鎧戸
b0212342_07170461.jpgb0212342_09041366.jpg
正面入口および2Fヴェランダ       1F中央ポーチ      煙突
b0212342_06490384.jpgb0212342_09045780.jpgb0212342_07085543.jpg
1Fおよび2F窓      2F窓      ドーマー窓
b0212342_06510485.jpgb0212342_06584187.jpgb0212342_06501689.jpg
ドーマー窓      中央見晴し台
b0212342_07255003.jpgb0212342_09064151.jpg
鱗型のスレートで覆われた壁      地下室窓
b0212342_06524051.jpgb0212342_07025529.jpg
名称碑       現地案内看板
b0212342_07523989.jpgb0212342_07124603.jpg
入口案内       重要文化財指定書
b0212342_07301591.jpgb0212342_07551031.jpg
現地案内看板屋内      屋内見取り図
b0212342_07560178.jpgb0212342_07564398.jpg
1F応接室(入館受付)       1F夫人室でっぱり
b0212342_07572799.jpgb0212342_07590062.jpg
夫人室でっぱり      夫人室でっぱり家具      でっぱり飾り柱
b0212342_08590961.jpgb0212342_08582446.jpgb0212342_08595000.jpg
夫人室
b0212342_08005005.jpg
見学者へのお願い      夫人室暖炉      煙突案内
b0212342_07540119.jpgb0212342_08024236.jpgb0212342_08020522.jpg
1F玄関階段室      浴室      浴室案内
b0212342_08053791.jpgb0212342_08042273.jpgb0212342_08035160.jpg
浴室バスタブ       大食堂
b0212342_08050402.jpgb0212342_08080646.jpg
大食堂案内      主人室ストーブ      主人室案内
b0212342_08070932.jpgb0212342_08110186.jpgb0212342_08093192.jpg
主人室椅子       主人室椅子案内
b0212342_08573266.jpgb0212342_08561425.jpg
主人室       1F廊下骨
b0212342_08101767.jpgb0212342_08121311.jpg
1F玄関廊下      馬車解説     1F居室(9)構造案内
b0212342_08123403.jpgb0212342_08133629.jpgb0212342_08175689.jpg
馬車       1F居室(9)
b0212342_08140890.jpgb0212342_08155150.jpg
1F居室(9)柱の太さを示す       2F居室(15)
b0212342_08192143.jpgb0212342_08230667.jpg
1F居室(9)の構造展示     東側階段室1      東側階段室2
b0212342_08164967.jpgb0212342_08202730.jpgb0212342_08212329.jpg
2F中央階段室       2F廊下階段
b0212342_08441085.jpgb0212342_08233030.jpg
2F居室(18)から      窓および鱗壁      鎧戸
b0212342_08250097.jpgb0212342_08412002.jpgb0212342_08511638.jpg
2F廊下階段2      2F廊下階段3      2F寝室(19)案内
b0212342_08294796.jpgb0212342_08313476.jpgb0212342_08260698.jpg
寝室(19)(20)ドア       2F寝室(19)つづら
b0212342_08483281.jpgb0212342_08265179.jpg
2F寝室(19)電灯      寝室(19)全景
b0212342_08490321.jpgb0212342_08495453.jpg
2F寝室(20)ベッド骨組み       暖炉
b0212342_08274074.jpgb0212342_08282932.jpg
2F廊下吹き抜けと中央階段室       中央階段室
b0212342_08304121.jpgb0212342_08324209.jpg
2F中央ヴェランダ入口ドア      ドア把っ手      ヴェランダ
b0212342_08334833.jpgb0212342_08351743.jpgb0212342_08381447.jpg
2F中央ヴェランダ       ヴェランダ軒下
b0212342_08370780.jpgb0212342_08374309.jpg
ヴェランダから南側       那須野ヶ原解説
b0212342_08390017.jpgb0212342_08532556.jpg
鉄板葺きの屋根
b0212342_08394009.jpgb0212342_08405874.jpg
青木農場の略歴      暖炉
b0212342_08522513.jpgb0212342_08544543.jpgb0212342_08554091.jpg
暖炉上の骨
b0212342_08541200.jpgb0212342_08551366.jpg
正面庭の狛犬     道路から建物正面に至る杉並木
b0212342_09092688.jpgb0212342_09121380.jpg
南東遠景1       南東遠景2
b0212342_09103236.jpgb0212342_09110880.jpg
建物南側から菜の花畑を望む       敷地内菜の花畑
b0212342_09131543.jpgb0212342_09114030.jpg

by h9w457y8i | 2013-11-29 09:21 | 栃木 | Comments(0)

栃木県の近代文化遺産那須疏水旧取水施設 > 見学要領・問い合わせ


● 普段の見学
● 特別公開
● 問い合わせ





普段の見学

b0212342_2059465.jpg左 現地案内看板に描かれた文化財の地図。


那須疏水旧取水施設は、文化財解説のページにあるように、東水門、西水門、導水路とそれにつながる余水路、更に附(つけたり*1)として、これらの周辺に存在する石造の護岸、および疏水橋からなる。

東水門とそれに付随する三号護岸、そしてやや離れたところにある疏水橋以外は、那須疏水公園というきれいに整備された公園内にあり、いずれも容易にすぐそばまで近づける。

疏水橋は一般道のすぐ脇にあり、橋の上を歩いて渡ることもできる。(位置はアクセスのページ冒頭の地図、オレンジアイコン)

b0212342_20563444.jpg公園への入園はいつでもでき、無料。

b0212342_20513214.jpg水路の底はぬかるんではいたが、立ち入り禁止の表示は見当たらなかったので、水路内に入るのも問題ないだろう。特に危険も感じなかった。

b0212342_20573711.jpgただし、東水門は、このページ冒頭の地図からもわかる通り、公園からはやや離れた場所にある。公園から那珂川を挟んで遠目に見ることはできるが、水門を間近に見るには川の中に入る必要があり、その部分はかなり深く、流れも速いので、水門真下まで行くのは不可能に近い。

b0212342_20581046.jpg今回は、余水路が那珂川に注ぎ込む付近から、西三号護岸に沿ってケモノみちのような細い道が出来ており、そこをたどってみると水門上部のアーチ内部、巻上機まで行くことができた。

ただ、立ち入り禁止表示こそ見当たらなかったものの、あまり安全とは言えないかんじだった。自分で行っておいてナンだが、接近はあまりオススメできない。




特別公開

情報は特になし。



問い合わせ

那須塩原市教育委員会(那須塩原市公式サイトに関する問い合わせ先リンク)、
または栃木県教育委員会へ。
現地案内看板の設置者が、これら教育委員会、および文化庁になっていた)

あるいは、

農林水産省農村振興局整備部設計課へ。那須疏水旧取水施設の案内ページに連絡先が記載されている。



*1 用語解説参照
by h9w457y8i | 2013-05-12 21:28 | 栃木 | Comments(0)

栃木県の近代文化遺産那須疏水旧取水施設 > アクセス




google map

那須疏水旧取水施設は、現在の那須疏水頭首工(とうしゅこう。用水の取入れ口)の上流に隣接する那須疏水公園内にある。

● バス
● タクシー
● レンタカー
● クルマ
● 現地周辺の様子





バス

最寄りの鉄道駅は、JR東北本線黒磯(くろいそ)駅、もしくは東北新幹線那須塩原駅。それぞれから路線バスが出ている。なお、最も近い黒磯駅から道のりで約11km離れている。

バスでの行き方 1

JR黒磯駅
 ↓ 
 ↓  東野交通乗合バス(路線バス)。
 ↓  乗り場番号、行き先、系統名は不詳。公式サイトを見てもよくわからない。
 ↓  黒磯駅から目的地の「広谷地」停留所までは、複数の系統があるようだ。
 ↓  発車時刻、到着時刻はネットで調べられる。公式サイトの時刻検索ページ
 ↓  「乗車停留所名=黒磯駅」「降車停留所名=広谷地」を入力して調べ、
 ↓  「広谷地(ひろやじ)に行きたい」とバスの乗務員に尋ねるのがいいのでは。
 ↓  始発 5:45  最終 18:45  1時間に1〜2本。
 ↓  乗車時間 約14分
 ↓  運賃 不明。公式ホームページに、運賃については東野交通まで電話で問い合わせるよう書かれて
 ↓  いる。
 ↓
広谷地(ひろやじ)停留所記事冒頭地図に黒アイコンで表示)
 ↓
 ↓  徒歩約40分(2.9km)
 ↓
那須疏水公園



バスでの行き方 2

東北新幹線・JR那須塩原駅
 ↓
 ↓  東野交通乗合バス(路線バス)、那須ロープウェイ山麓駅行き乗車。
 ↓  1日1本のみ。時刻検索はバス時刻検索ページにて、乗車停留所名=那須塩原駅、
 ↓  降車停留所名=那須高原大橋を入力。(記事掲載時は9:05発)
 ↓  乗車時間 約23分
 ↓  運賃 不明。公式ホームページに、運賃については東野交通まで電話で問い合わせるよう
 ↓  書かれている。
 ↓
那須高原大橋停留所
b0212342_8391982.jpg

 
位置は記事冒頭地図、黒アイコン。

(なお、この停留所は一方向のみの停留所で、那須塩原駅へ向かうバスはない。鉄道駅に向かうには、広谷地(ひろやじ)停留所(このページ冒頭地図の黒アイコン)まで歩き、そこから東野交通黒磯駅行きのバスに乗る。)
左 那須高原大橋停留所の時刻表   右 停留所から那須疏水公園に向かう方向
b0212342_8394726.jpgb0212342_8425311.jpg
 ↓
 ↓
 ↓  徒歩約9分(750m)
 ↓
那須疏水公園
▲このページの先頭へ





タクシー
JR黒磯駅、東北新幹線・JR那須塩原駅にタクシー乗り場がある。
那須疏水公園まで、JR黒磯駅から約11km、那須塩原駅から約18km。





レンタカー
JR黒磯駅前に、トヨタレンタカーの支店あり。
JR那須塩原駅前に、日産レンタカー、オリックスレンタカー、トヨタレンタカー、ニッポンレンタカー、JR駅レンタカーの支店あり。
現地周辺の駐車場については、下記「クルマ」の項を参照。





クルマ
東北自動車道、那須ICから約8km。

b0212342_8562367.jpg那須疏水公園付属駐車場。

位置は記事冒頭地図の黒アイコン。
収容台数約10台。
無料。
24時間利用可能。
▲このページの先頭へ





現地周辺の様子

b0212342_933556.jpg
疏水橋(冒頭地図、オレンジアイコン)から、那須疏水公園入口方向を見る。

左のガードレールのある坂を上る。

b0212342_9175872.jpg
那須疏水公園入口。

駐車場の目の前。
▲このページの先頭へ

 
 
栃木県の近代文化遺産那須疏水旧取水施設 > アクセス
by h9w457y8i | 2013-05-09 09:43 | 栃木 | Comments(0)

栃木県の近代文化遺産那須疏水旧取水施設 > 解説

国指定重要文化財
竣工: 明治38年(1905年)から明治39年(1906年)
文化財指定: 平成18年(2006年)
附指定: 疏水橋、東水門および西水門の門扉および巻上装置、一号・二号・三号護岸


b0212342_7151677.jpg東水門 
竣工 明治39年(1906年)  
石造水門、石造擁壁附属

b0212342_7155015.jpg西水門 
竣工 明治38年(1905年)  
石造水門、石造擁壁附属

b0212342_7161714.jpg導水路及び余水路 
竣工 明治38年  
石造

那須疏水旧取水施設は、水に乏しい那須野ヶ原開拓地の飲用・水田灌漑等を目的に建設された那須疏水の施設で、明治期有数の規模を誇る貴重な土木遺産である。
 明治18年と同38年にそれぞれ築かれた隧道の坑門を利用して整えられた東水門と西水門、同38年に建設された導水路及び余水路よりなり、いずれも那珂川の湾曲地点の右岸に位置する。導水路の東方、余水路の北方等に明治38年に築かれた石造の一号、二号及び三号護岸が残る。また、東水門の約290m東方の水路には同年に疏水橋が架けられ、その南橋詰には疏水橋建設の経緯を陰刻した『疏水橋之記』の石碑と、橋名及び建設年月が陰刻された親柱が残る。これらを附指定とする。

b0212342_7244186.jpg東水門は石造で、坑門の上方に架けた角材の上に、鉄製の門扉巻揚装置を設け、さらに半円アーチ形開口部を川に向かって開くほぼ台形平面の上屋を設けたもので、正面5.4m、高さ8.6mとし、乱積の基礎部分を除き全体を切石の布積で築く。

なお、『大正三年ヨリ 工事請負並設計書』(那須疏水土地改良区所蔵)に、那須鉄工所が大正15年3月12日に作成した、門扉及び巻揚装置に関する見積書と添付図面が残る。この門扉及び巻揚装置を附指定とする。


b0212342_7264482.jpg 
西水門は石造で、坑門の上方に架けた角材の上に、鉄製の門扉巻揚装置を設けたもので、正面5.1m、高さ3.9mとし、導水路に対しやや斜めに構える。

背後には長方形の石碑を中央に嵌め込んだ擁壁を布積で築く。

坑門を水門に改めた年代は詳らかでないが、設置された門扉及び巻揚装置は東水門のものと類似していることから昭和初期と推定され、これを附指定とする。


左 導水路                    右 余水路
b0212342_932023.jpgb0212342_9324798.jpg
導水路及び余水路は、巨大な自然石を利用して築かれた角落水門から、くの字形に屈曲して西水門に至る導水路と、西水門の手前からさらにL字形に屈曲し、再び那珂川に至る余水路よりなり、全体で延長209.8mとする。導水路は、敷幅約6m、側壁法勾配約五分とした台形断面の石造構造物で、側壁を谷積、底版を石敷とする。余水路は、底版を石敷とし、西水門の東方約10mの地点に水量調節及び排砂機能を有する水門を設ける。この水門を導水路及び余水路の附指定とする。東水門と同様に、前掲『大正三年ヨリ 工事請負並設計書』に那須鉄工所が作成した門扉及び巻揚装置に関する見積書と添付図面が残るが、現在撤去されている。
 
 明治期の大規模な灌漑水路施設としては、この那須疏水の他、明治用水(愛知県、明治13年)、安積(あさか)疏水(福島県、明治15年)、琵琶湖疏水(京都府、明治23年)、淡河疏水(兵庫県、明治24年)等が知られる。那須疏水は、昭和42年から平成7年にかけて実施された那須野ヶ原総合開発事業の一環として、大規模な改修工事が行われ、小規模な隧道を除けば、旧態を現在も保持するのは旧取水施設のみである。なお、那須野ヶ原開拓に関連する遺構としては、旧青木家那須別邸(明治21年、国指定重要文化財)、旧山縣有朋那須別邸(明治42年、栃木県指定有形文化財)、旧大山家那須別邸(明治末期、栃木県指定有形文化財)等がある。
 那須疏水旧取水施設は、水門及び導水路等が旧態を良好に保持して残り、近代における大規模水利施設の取水システムの構成を知る上で、価値が高い。明治政府の殖産興業政策を背景として開拓が進められた那須野ヶ原の基盤施設であり、明治期有数の規模を誇る那須疏水の代表的遺構として重要である。*5



明治9年(1876年) 那須岳の裾野に広がる那須野ヶ原が、内務省が実施した官営開墾適地調査において、安積(あさか)原野に次ぐ開墾候補地の一つに選定される。
明治11年(1878年) 那須野ヶ原が官有地に編入。士族授産政策を背景として開墾が進められる。
明治12年(1879年)以降、地元有力者の設立した那須開墾社を筆頭に、三島通庸、西郷従道、青木周蔵等の政府高官による大農場経営が行われる。
明治15年(1882年) 開拓の基盤施設として、栃木県が飲用水路を建設。竣工直後より破損を繰り返す。
明治18年(1885年) 内務省土木局疏水課が新たに疏水を建設。竣工後「那須疏水」と称される。取水口から千本松に至る約16kmの本幹水路、4本の分水路とそこから分かれる多くの支線水路が、約1万haにおよぶ那須野ヶ原の開拓地を潤した。
明治18年(1885年) 取水施設については、那珂川右岸(川上から川下に向いて右側)の絶壁に、東水門の原型となる取水隧道入口(第一次取入口)が設けられる。しかしこの取入口には水量調節や土砂流入防止の機能がなく、川の水かさが増えるとたびたび使えなくなった。
疏水橋の元となる橋が竣工。
明治38年(1905年) 取水口竣工以降の河床の変動や岩盤崩落を受け、那須疏水普通水利組合は、栃木県技師井上二郎の設計に基づき、第一次取入口の西方約200mの位置に新たに取入口(第二次取入口)を建設。導水路から取り入れられた水が、西水門の原型となる第二隧道入口から取り入れられ、余った水が余水路を通って那珂川に戻る仕組み。
現在残る疏水橋が竣工。
明治39年(1906年) 第一次取入口から続く取水隧道を予備用として利用するため、坑門を石造に改める。
大正4年(1915年) 那珂川河床の変動に伴い、取水口が元の場所=第一次取入口に戻され、第三次取入口となる。
昭和3年(1928年) 第三次取入口に対し、水量調節施設の設置、上部へのアーチ型の石積み等の増設が行われ、現在見られる石組みの水門(東水門)となる。
昭和51年(1976年) 国営の那須野ヶ原総合開発の一環として、第三次取入口の北方30mの位置に取入口が新設(第四次取入口)。この西岩崎頭首工(にしいわさきとうしゅこう*1)建設に伴い、取水施設としての機能が廃止される。
平成13年(2001年) 旧取水施設周辺が那須疏水公園として整備される。*3

b0212342_9454046.jpg左 現地案内看板より。

クリックで拡大できます。



疏水橋(附指定*2)
竣工  明治38年(1905年)
構造・規模  石造単アーチ橋、幅3.2m、長さ13.1m

b0212342_9342935.jpg 那須疏水が開通した明治18年、最初の疏水橋が架けられ、地元の人々や疏水関係者等が利用した。しかし簡単な橋のため、時々修繕を必要とした。そこで明治38年、那須疏水取入口変更工事に合わせて永久橋を架けることとなり、那須疏水を管理する那須疏水普通水利組合似寄って、現在の疏水橋が造られた。当時としては大変豪華な橋で、その形から「めがね橋」とも呼ばれた。
その後橋の架かった道路は、那須温泉と塩原温泉を結ぶ道路として整備され、交通量の増加に伴いコンクリートで幅を広げ、アーチ部分の下方は疏水の改修工事に合わせて狭められた。平成7年(1995年)、下流部に隣接して新しい橋が架けられたことにより、疏水橋は増設したコンクリート部分を取り外し、原型に近い形で復元・保存された。
「疏水橋」と刻まれた角柱の石碑は、疏水橋の親柱(おやばしら。らんかんの端にある太い柱)。その近くにある石碑は、この橋の完成を記念して建立されたもので、建設の経過が刻まれている。かつては数10m北西に位置していたが、橋の復元と共に、現在の位置に移築された。*4




*1 用語解説参照。
*2 文化庁国指定文化財等データベースによると、附指定の情報は"なし"となっている。しかし、同データベースの当該施設詳細解説、および現地案内看板(フォトギャラリーに掲載)によれば、これらの施設が附として指定されている。
*3 参考資料  文化庁国指定文化財等データベース、現地案内看板(フォトギャラリーに掲載)、農林水産省公式サイト内当該施設案内ページ
*4 現地案内看板より(フォトギャラリーに掲載)
*5 文化庁国指定文化財等データベース内当該施設詳細解説より。


栃木県の近代文化遺産那須疏水旧取水施設 > 解説
by h9w457y8i | 2013-05-08 09:40 | 栃木 | Comments(1)

栃木県の近代文化遺産 > 那須疏水旧取水施設



国指定重要文化財
那須疏水旧取水施設
なすそすいきゅうしゅすいしせつ

東水門 ひがしすいもん
西水門 にしすいもん
導水路及び余水路 どうすいろおよびよすいろ


解説   フォトギャラリー   アクセスgoogle map   見学要領・問い合わせ

b0212342_1602092.jpgb0212342_21305216.jpg

by h9w457y8i | 2013-05-07 16:09 | 栃木 | Comments(0)

文化財分布マップ

国指定重要文化財

b0212342_21331079.jpg
旧青木家那須別邸
きゅうあおきけ なすべってい
一般公開。

旧篠原家住宅
きゅうしのはらけじゅうたく
主屋、新蔵
土蔵造りの和風建築物。二階建て。一般公開。詳細は宇都宮市公式サイト参照。

b0212342_11505723.jpg
旧下野煉化製造会社煉瓦窯
きゅう しもつけれんがせいぞうがいしゃ れんがかま
幅32m、高さ34mの巨大な煉瓦製のレンガを焼くための釜。一般公開。見学については野木町公式サイト参照。

旧日光田母澤御用邸
きゅうにっこうたもざわごようてい

b0212342_2133586.jpg
那須疏水旧取水施設
なすそすい きゅうしゅすいしせつ
東水門、西水門、導水路及び余水路
周辺は公園として整備され、常時見学可能。ただし東水門は接近困難。

古河橋
ふるかわばし




国登録有形文化財

編集中


site map


by h9w457y8i | 2011-05-31 00:23 | 栃木 | Comments(0)
だけでなく、世界各地の世界遺産見学のしかた、海外鉄道の乗り方、各地を訪れた時の街角スナップも。